(3)
「きりたんぽにご飯。……よくよく考えるときつくねえか。米に米だぞ」
「あんたいっちゃん食べとるくせによぉゆうわ」
「私は、……紗優が一番食べてると思う」
「そお?」
「具材足しますか。残り少ないですし、あけてしまいましょう」
「案外箸が進むでしょ。僕、料理の腕に自信持っちゃいそうだよ」
「鍋に上手いも下手もあるかよ」
「それがあるのよ、マキ」
具材を取りに私は立った。「かつおだしを取るところから始めて、……料理本片手に、大変だったんだから」
「へー市販のつゆ使わんかったんや」
「僕は、やるなら徹底的にやるタイプだから」
「なんっか、エロくないかぁいまの言い方」
「どこがだよっ」
タスクが具材を各自の皿に分け、マキが着火する。
こういうところで性格が出る。箸を舐め、紗優が和貴をからかい、和貴が顔を赤くして応戦するのを横目に見つつ、私は鍋に具材を投入した。
マキが箸で沈め、蓋をした。
「ありがと」
「てめーが食いたいだけだ」
「それでも、ありがとう」
いままでのすべてに対してありがとうと言いたい。
今夜はみんなで集まれる最後の夜だから。
ぶっきらぼうにああと返しつつ、時折蓋を開けて具材をかき回す様子が、ほんのり、私のこころを暖めた。
* * *
「もう……八時なんだ。私、帰らないと」
「時間が経つのは早いですね。そろそろ僕も、おいとまします」
「真咲は明日の準備があるからね」
紗優からジャケットを手渡される。「荷物全部送ってあるし、あのかばんと財布さえ忘れなければ大丈夫なんだけどね。あとはうちにあるボストンバッグだけだし」
「一人で行けんのか」手を伸ばしマキが自力でハンガーを取る。先に、タスクに渡す意外な気遣いも見られる。「空港まで送ってやろうか?」
「いいよ別に」
「これから一人で生きてくんだな。実感が沸かない」
「私も。まだ制服着て緑高行ける気分だよ」
タスクがみんなのぶんのハンガーを回収し、それぞれにかばんを手渡す。
「……送るよ」
彼の声に全員が注目した。
和貴の表情がなんとなしに強ばって見えた。
「大丈夫だよ、みんな道分かってるし」
「じゃあ玄関まで。……忘れ物ないよね」
「おっけぇでぇす」はいっと紗優が挙手する。
幼稚園児みたいな声のトーンに思わず、和貴の表情がほころぶ。
こういう場合のマキは率先して動く。廊下を歩く一群の先頭を行き、「ごちそーさん」「うんじゃあね」一言で終了。
「桜井くん、ご馳走様でした」タスクの微笑もしばらく見られないのかと思うと、切ないものがある。「……畑中にも遊びに来てくださいね。そうだ、松岡さんが桜井くんに会いたがっていましたよ。なにやら、いたく貴方のことを気に入ったようでして」
「うっは。勘弁してよ」片手で頭を抑えるが、……誰のことだろう。やや狼狽した様子。苦手な相手なのか。
「じゃーな」「うん」紗優にもご近所さんだからか、あっさりしたものだった。
私はみんなに続かなきゃと急ぐも、なかなか靴のストラップが留まらない。
「……真咲さん」
玄関口に置いていたかばんを、差し出されていた。
「和貴」私は顔を起こした。
三和土に立つ私は、彼より数段位置が低い。だから、見あげるかたちとなった。その角度がいつもより、高く、
「私、忘れない……」
これが、正真正銘に最後なのだと。
「うちに、和貴が、来てくれたときのこと……」
怖さを知らない子どものように懐に飛び込んで、
からかい倒す余裕も見られたこと。
「運動場で和貴が、私のことを庇ってくれたこと……」
あのときよりも時間が経過し、歴史を重ねてきた感慨が、胸のうちを満たす。
彼の瞳にもそういう、感慨が見られるのは、
「公園で、私を見つけてくれた、……励ましてくれた、こと」
私の色眼鏡で彼を見ているせいだろうか。
「いろんなことがあったけれど、絶対に忘れたくない。
だから、和貴も……」
言いよどんでしまった。
私の気持ちと彼の気持ちとは違う。
同じものを、要求する台詞ではないだろうか、いまのは。
詰まる胸を押さえた。
この気持ちを、
いったいどう形容していいのか。
「うん……」
和貴が一段、降りてくる。靴下でも履ける、サンダルを履き、
その手が私に、近づいてくる。
触れられるまえに、私は、
「和貴も、……緑川で頑張って。私も頑張るから」
自分の決意を口にした。
一瞬、彼の口許がこわばったかに見えたが、すぐにほほ笑みへと変え、小さく頷いた。「僕も、……元気でね。真咲さん」
挙げていた手を小さく振った。
「和貴も」
閉じていた玄関戸に私は手をかける。
彼の知らないあいだに何度も触れている。おじいさんはこんな感じで見送ってくれた。私の知る、すべての桜井家にもさよならする瞬間だった。
最後に見た和貴の左手。あたたかくすべてを包んでくれる―ー何度も苦しいとき、助けてくれた。こころの支えになった。
彼が最後に見せてくれた花のような笑顔。
鼻腔を満たすのは彼のほのかな香水と、記憶している桜井家の匂い。
『笑ってる方が合ってるよ、真咲さんには』
だから私も、
笑え。
笑え……!
扉を開きかけた途中で、和貴のことを振り向いた。
どうしたのかと瞳孔を開かせた彼のすべてを胸に刻みつつ、自分の腕を、指す。
「ここ、なんて言うか知ってる?」
その唇が動いた。「ピザ」
互いに目を見合わせ、笑った。
もう一度見られて、よかった。
エゴでもなんでも、最後は笑って別れたかった。
「バイバイ、和貴」
そうして私は、桜井家を辞した。