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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第三十二章 バイバイ、和貴
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(3)

「きりたんぽにご飯。……よくよく考えるときつくねえか。米に米だぞ」

「あんたいっちゃん食べとるくせによぉゆうわ」

「私は、……紗優が一番食べてると思う」

「そお?」

「具材足しますか。残り少ないですし、あけてしまいましょう」

「案外箸が進むでしょ。僕、料理の腕に自信持っちゃいそうだよ」

「鍋に上手いも下手もあるかよ」

「それがあるのよ、マキ」

 具材を取りに私は立った。「かつおだしを取るところから始めて、……料理本片手に、大変だったんだから」

「へー市販のつゆ使わんかったんや」

「僕は、やるなら徹底的にやるタイプだから」

「なんっか、エロくないかぁいまの言い方」

「どこがだよっ」

 タスクが具材を各自の皿に分け、マキが着火する。

 こういうところで性格が出る。箸を舐め、紗優が和貴をからかい、和貴が顔を赤くして応戦するのを横目に見つつ、私は鍋に具材を投入した。

 マキが箸で沈め、蓋をした。

「ありがと」

「てめーが食いたいだけだ」

「それでも、ありがとう」

 いままでのすべてに対してありがとうと言いたい。

 今夜はみんなで集まれる最後の夜だから。

 ぶっきらぼうにああと返しつつ、時折蓋を開けて具材をかき回す様子が、ほんのり、私のこころを暖めた。


 * * *


「もう……八時なんだ。私、帰らないと」

「時間が経つのは早いですね。そろそろ僕も、おいとまします」

「真咲は明日の準備があるからね」

 紗優からジャケットを手渡される。「荷物全部送ってあるし、あのかばんと財布さえ忘れなければ大丈夫なんだけどね。あとはうちにあるボストンバッグだけだし」

「一人で行けんのか」手を伸ばしマキが自力でハンガーを取る。先に、タスクに渡す意外な気遣いも見られる。「空港まで送ってやろうか?」

「いいよ別に」

「これから一人で生きてくんだな。実感が沸かない」

「私も。まだ制服着て緑高行ける気分だよ」

 タスクがみんなのぶんのハンガーを回収し、それぞれにかばんを手渡す。

「……送るよ」

 彼の声に全員が注目した。

 和貴の表情がなんとなしに強ばって見えた。

「大丈夫だよ、みんな道分かってるし」

「じゃあ玄関まで。……忘れ物ないよね」

「おっけぇでぇす」はいっと紗優が挙手する。

 幼稚園児みたいな声のトーンに思わず、和貴の表情がほころぶ。


 こういう場合のマキは率先して動く。廊下を歩く一群の先頭を行き、「ごちそーさん」「うんじゃあね」一言で終了。

「桜井くん、ご馳走様でした」タスクの微笑もしばらく見られないのかと思うと、切ないものがある。「……畑中にも遊びに来てくださいね。そうだ、松岡さんが桜井くんに会いたがっていましたよ。なにやら、いたく貴方のことを気に入ったようでして」

「うっは。勘弁してよ」片手で頭を抑えるが、……誰のことだろう。やや狼狽した様子。苦手な相手なのか。

「じゃーな」「うん」紗優にもご近所さんだからか、あっさりしたものだった。

 私はみんなに続かなきゃと急ぐも、なかなか靴のストラップが留まらない。

「……真咲さん」

 玄関口に置いていたかばんを、差し出されていた。

「和貴」私は顔を起こした。

 三和土に立つ私は、彼より数段位置が低い。だから、見あげるかたちとなった。その角度がいつもより、高く、

「私、忘れない……」

 これが、正真正銘に最後なのだと。

「うちに、和貴が、来てくれたときのこと……」

 怖さを知らない子どものように懐に飛び込んで、

 からかい倒す余裕も見られたこと。

「運動場で和貴が、私のことを庇ってくれたこと……」

 あのときよりも時間が経過し、歴史を重ねてきた感慨が、胸のうちを満たす。

 彼の瞳にもそういう、感慨が見られるのは、

「公園で、私を見つけてくれた、……励ましてくれた、こと」

 私の色眼鏡で彼を見ているせいだろうか。

「いろんなことがあったけれど、絶対に忘れたくない。

 だから、和貴も……」

 言いよどんでしまった。


 私の気持ちと彼の気持ちとは違う。


 同じものを、要求する台詞ではないだろうか、いまのは。


 詰まる胸を押さえた。

 この気持ちを、


 いったいどう形容していいのか。


「うん……」


 和貴が一段、降りてくる。靴下でも履ける、サンダルを履き、


 その手が私に、近づいてくる。


 触れられるまえに、私は、


「和貴も、……緑川で頑張って。私も頑張るから」


 自分の決意を口にした。

 一瞬、彼の口許がこわばったかに見えたが、すぐにほほ笑みへと変え、小さく頷いた。「僕も、……元気でね。真咲さん」

 挙げていた手を小さく振った。

「和貴も」

 閉じていた玄関戸に私は手をかける。

 彼の知らないあいだに何度も触れている。おじいさんはこんな感じで見送ってくれた。私の知る、すべての桜井家にもさよならする瞬間だった。

 最後に見た和貴の左手。あたたかくすべてを包んでくれる―ー何度も苦しいとき、助けてくれた。こころの支えになった。

 彼が最後に見せてくれた花のような笑顔。

 鼻腔を満たすのは彼のほのかな香水と、記憶している桜井家の匂い。


『笑ってる方が合ってるよ、真咲さんには』


 だから私も、


 笑え。


 笑え……!


 扉を開きかけた途中で、和貴のことを振り向いた。

 どうしたのかと瞳孔を開かせた彼のすべてを胸に刻みつつ、自分の腕を、指す。


「ここ、なんて言うか知ってる?」


 その唇が動いた。「ピザ」


 互いに目を見合わせ、笑った。

 もう一度見られて、よかった。

 エゴでもなんでも、最後は笑って別れたかった。


「バイバイ、和貴」


 そうして私は、桜井家を辞した。

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