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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第三十二章 バイバイ、和貴
117/124

(2)

「白菜って、最初に半分とか四分の一に切ってから横に切ったほうが……」

「え、そお?」

「うん。横に長いとびらびらーってなっちゃう」

「あんたいったい何を作ろうとしとるが」

 和貴は白菜を切る手を止め、

「なにって、……鍋」

「鍋ぇ!?」言葉に若干の嫌悪感が混ざる。「鍋って冬に食べるもんやん、なしてこの春先に、……しっかも、きりたんぼ……」

「うん。変かな」

「変っつうか、……あー」

「おっまえらさっきからうるせーぞ、……っ、くそ。間違えた」

 部屋の隅で手伝わず一人ゲームをしているマキ。まるで引きこもりの彼を親指で指し、「ひとんち来て手伝わんでゲームしとるってどうやの」

 かく言う紗優もバナナを立ち食いしているのだが。

「マキぃ、セーブデータ上書きしないでよ」

「和貴、包丁握ったままよそ見すると危ない」

 あ、ごめん、と言いつつ慌ててまな板に目を戻す。

「ったりめーだ。これ、ティファとデートするように進めてんのか」

「そーだよ」和貴が大きめの声で答える。

「ふつーはエアリスだろ」

「だったらやり直せばいーじゃんよ」

「んな時間ねえよ。するとあれか。『天空の花嫁』はビアンカ派か」

「あったりまえじゃん」

「普通フローラにすんだろ、……おまえ、境遇に同情するタチか」

「ちっがう。キャラが好みなだけぇ。ぬくぬく恵まれて育ったお嬢様気質が好みじゃないだけ」

「あのか弱さがあいつの魅力だろ」

「僕には分からない」

「私にも分からないっ!」

 互いに背を向け交錯する彼らの会話に割って入った。

「マキは、ゲームするなら一人でしてて。包丁扱うひとに話しかけないっ。和貴は、集中できないなら相手しなくていい。危なかしっくて見てらんないよっ」

 わかりやすくしゅんと和貴がしょげる。

 一方で、彼のほうが動じるはずもなく、


「――話し掛ける相手がおまえならいいんだな。俺は、おまえのいれたコーヒーが飲みたい」


 知るかよっ。


 と思いつつも動いてしまう自分がああ情けない。


 ブラック党だからミルクも砂糖も不要。

 と気づき、出しかけた瓶を棚に戻す。せっかくだから全員のぶんを用意しておこう。マグカップを四つ、……紗優はどちらかといえば紅茶派だから受け皿もあったほうがいいかな。一応はティースプーンも四つ。王冠のついたデザインが結構可愛らしい。

 湯沸かしポットがあるのって便利。さっき水を入れておいたからちょうど湧く頃。と思ったら煙が湧いた。ジャストタイミング。ティースプーンの一つをひとまずコーヒー用に。多めに三倍。濃い目のブラックが好きだから。紗優には、持って行くときに聞こうかな。バナナそっちのけでマキと画面に見入ってる。私には分からないがどうやら画面のなかにドラマティカルな展開が巻き起こっている。

 ――さて。

 いざ、マキにブラックを運ぼうとしたときだった。

 和貴が、私のことを見ていた。

 手を止め、包丁を置き、本当に食い入るようにじっと見ていた。

 どうしたのだろう。


「よく、……分かったよね」


 指を引っ掛けたマグカップを一旦ダイニングに置いた。指の当たる部分が結構熱い。

「コーヒーの場所にカップの位置とか全部。僕、なんにも説明していないのに」


 冷や汗が吹き出た。

 現時点で、私が桜井家に出入りした事実を知られていない。

 だが私の気持ちは完全にあの頃に還っていた。

「や、なんとなく。……分かりやすい場所にあるし」

「そうかな? 僕、……ボランティアで色んなおうちにお邪魔したけど、どこも使い勝手が違くて戸惑ったよ。引き出し開いたら箸じゃなくて布巾が入ってたりしてさあ」

 笑えないけど無理に私は笑った。「台所の作りがうちとそっくりなの。和貴もコーヒー、飲む?」

「じゃ、ココアをお願い。……急がなくていいよ」

 柔らかく言い、和貴がとんとん白菜を切り始めると、私はため息を押し殺した。

 ……危ない。

 そして決めた。

 

 ココアの缶の位置は分からないふりをしようと。


 * * *


「もーおっそぉいタスクぅー」

 タスクが桜井家を訪れたのは十七時を過ぎていた。電気が明るく感じられるので外が暗くなったのが分かる。

 ソファに座っていた紗優が居間にやってきたタスクに唯一接近する。私と和貴はたかだか鍋の準備に二時間以上を費やしていた。

「みなさん、おひさしぶりです。……が宮沢さん、どうかなさいましたか」

 紗優の目が赤いのを訝しんでタスクが言う。画面のなかのヒロインが死んだためにだ。

「綾波レイが死んだばりに悲しい」

「それは大変ですっ」

 制服のブレザーを脱ぎ捨て、マキが操作するゲームに駆け寄る。後ろ姿のマキは彼を見ず冷静に、

「……いや、ちげえから。普通にFF7だ」

 しかしちょっと鼻声だ。

 かごに切った野菜を入れる和貴が目ざとく気づいた。「うん? マキ泣いてんの?」

「ちっげえ。てめーら、ちんたらしてねーでとっとと飯にすんぞ」

 しかし袖口で目許を拭った。

 絶対泣いたよ。

 男の子なのに、ゲームで泣くなんて意味が分からないし。

 失望だか理解不能だか、形容しがたい感情を抱えつつ、ガスコンロをテーブルに運んだ。それを見てタスクが、

「いい匂いがしますね。今夜は鍋ですか」

「そーなんよ。きりたんぽ鍋」ソファに置きざりにされたブレザーを紗優がハンガーにかける。和貴は、あちち、と言いながら鍋つかみを使って鍋をテーブルに運ぶ。

 ぶかぶかのエプロンが気になる。雇われの家政婦さんみたいだ。

 ところで、マキは急かしておきながら画面に釘付けで、代わる代わる変わる色に漆黒の髪が照らされる。

 なんとなく、笑えた。

「どしたの?」

 よっぽど熱かったのか、左手首を和貴が大きく振る。「ううん、あのね、なんか私たち……家族みたいだよね」

「家族?」片方の顔をややしかめ、自分の耳たぶを摘まむ。

 彼の動きもコミカルだなと思いつつ彼の疑問に答えた。「タスクがね、仕事から疲れて帰ってくるお父さんで、……お母さんが紗優。さっきの、ブレザーをハンガーにかける仕草が自然だったから。マキは、ゲームばっかしてて引きこもりがちな子どもかな。……そんな、家族の光景に見えてきた」

「僕は?」

「和貴は、出来た弟っぽい」彼が準備するのを感じつつ私はお皿を探す。迷うそぶりを入れ、人数分のお茶碗と、鍋の取り皿を。サラダも作ったから平坦なお皿も人数分要るだろう。「お兄さんがあんな感じだから頑張ってるしっかり者の。だけど時々抜けてる。で、家政婦っぽく家事が万能とか。ねえなんか、本でも一本書けそうだね」

 なぜだか三人の真ん中でコントローラを握らされるタスクを見、それから和貴に笑いかけたつもりだった。

 雷に打たれた衝撃があるとしたらこのことだろう。

 和貴の大きな瞳から透明な雫が流れ落ちた。


 悪いことをした気がする。

 誰がどんな泣き方をしても、自分がきっかけを与えた場合に。

「わ、たし……ごめん。なんか変なこと言って」

「それじゃあ、真咲さんはなんだろうね」もう一筋伝う雫をそのままに訊いてくる。私はあまり見ないようにし、両手に持つ小皿をテーブルに置いた。「……分かんない。末っ子とか?」

「みんなの可愛いペットかな……タマちゃんの役なんかぴったりだよね」

 食器棚に再び対峙しサラダ用のお皿をカウントする。「……ちびまる子ちゃんの方じゃないよね」

「それっぽく鳴いてみてごらんよ」

「ちゃあーっ」

「ちょっ」後ろで唐突に和貴が咳き込んだ。「なんでイクラちゃんの真似……」

 腰を折り曲げる和貴を見、私は理解した。

 理解する頃にはお互いに噴き出していた。


 きょとんと目を丸くするのなんか、子リスにそっくりな彼は、

 ひたすらに笑い上戸だった。


「真咲さんはなにかとそれだよね。そんなに似てる?」

 彼が次々よそいだすお茶碗を受け取りつつ私は首肯する。ほかの三人は、なかなかにゲームに盛り上がっていて、気に留める気配が無い。

 振り向いて大きくなる茶色い無垢な瞳の感じが、森の湖畔に佇む子リスのまさにそれ。「可愛い感じが、そっくり」

「可愛いって、……微妙だね。そいや、真咲さんはなんに似てるって言われる?」

 炊飯器を閉じ和貴が言う。

「……笑わないでよ」

「誓います」左手を挙げ、右手を胸に添え宣誓する。

「……こけし」

「……っ!」

 和貴が目を剥く。

「小さい頃はこけしだとか日本人形だとか言われた。髪型もいけないんだろね。かといって、伸ばしてみたら今度は、貞子」

「……」

「ひどくない?」

 口を押さえこくこく頷く和貴は、絶対笑うのを堪えている。

「笑いたいなら笑えばいいよ。桜井和貴を信じた私が馬鹿でした」人数分のお箸を取りに食器棚のほうに移動する。「誓うって言ったのに、守れないなんて、がっかり」

 音を立てて箸を数える。「みんなはさー芸能人に似てるって言われるのに、こけし貞子ってさ。さりげに傷つくというか」

 灰汁を取り除くお玉に受け皿も用意する。

「……そんなに、似てるんだ」

 声を殺し彼を確かめ、本当に傷ついた気がした。

 冗談のつもりが、言って後悔した。

 雑にテーブルに一旦全てを置いた。

 そこへ、別の手が箸を取りあげる。

「こけしこけしうるせえな! 俺は、おまえが松たか子に似て見えてどうしようもない!」

 とうとう、押さえていた笑いを和貴は爆発させ、「盲目ですね……」と言いゲームの電源をタスクが切る。紗優が「んっほわ、いーにおいっ」ぱかっと鍋の蓋を開ける。


 できれば私は、最後の立場になりたかった。

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