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碧の青春【改訂版】  作者: 美凪ましろ
第二十九章 努力します
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(5)

「学校来るん最後やなんて、信じれんよ」

 感慨深げに紗優が言う。

「僕はまた来ますがね」

「タスクは合格してるよ。……頑張ってたんだし。あとね、神社行ったとき祈願しといた」

「ありがとうございます。桜井くん」

 卒業式が合格発表後であれば心置きなく迎えられただろうに。

 国公立組は三月六日に合否を知る。

「じーちゃんもいまごろ太宰府天満宮で祈願しとるから」

「お気持ちは嬉しいのですが、桜井くん。合否の結果はすでに出ている頃です」

「あ、……とぉ」頭をかく和貴が可愛くて、私は紗優と顔を見合わせて笑った。

「人事を尽くして天命を待つ」なにかを悟ったかの口調でマキが言う。夕闇が降りてくる空を見あげ、「片ついたら和貴んちで合格祝いでもすっか」

「え、えー?」驚いたのは紗優だ。マキが遊びの提案をするなんて滅多に無い。

「蒔田くん、ノンプレッシャーでどうぞ。合格していない可能性もありますので、卒業祝いということでいかがでしょう」

「因みにね、うちのじーちゃん。博多からトンボ返りでまた愛知に行くんだ。一度うちには寄るけど」

「知らんかった。なして」

「法事。……遠い親戚なんだけどさあ、ま、……昔世話になったひとだから」

 歯切れの悪い彼の言い方に、和貴の両親の死を知らせたひとに関わるものだと、私は直感した。

「来週? なして出なならんが。やって和貴……」

「仕方ないよ。本当は僕が行くべきとこを、じーちゃんが出てくれんだから」

 なにか紗優が言いたそうとするまえに、和貴は立ち止まり、後ろの校舎を見やる。「坂田。待たなくていいの?」

「しもた。忘れとった」

「忘れられちゃって坂田くん、可哀想に」

 なにか喋ってるマキとタスクを視野に入れつつ、真ん中の紗優に私は笑いかけた。

「んもっ。そーゆー言い方せんといて」

「じゃあね。紗優」

 恋人たちは二人で帰るに決まっている。

 だから笑って校門を向きかけたのが、

 腕を引っ張られた。

「ま、さきぃ……」

 涙でいっぱいだ。

 紗優の大きな目が。

 ちょっと持っておって。

 と和貴に断りを入れると、

「おふわっ」

 私に飛びついてきた。

 自由の女神さながらに私は花束を掲げた。上から抜き取ってくれたのは多分、マキだ。

 紗優は顔を起こした。美麗な顔が、近い。「なしって、真咲はいつもそー冷静なん。寂しいんないん? あたしたち卒業したんよ。これでもー同じガッコで会えるん、最後ながよ」

「寂しいよ」

 目の端から流れ涙一筋が頬を伝う。

「紗優とこうして会えなくなるのが、私は、寂しい」

 う。

 わぁーん!

 と紗優が再び抱きついてきた。

 高い位置の頭を撫でながら、思う。

 いつも、

 閉ざしがちな私のところに、飛び込んできてくれて、ありがとう。

 紗優は、私の青春の日々を照射する、まっすぐな、ひかりだった。

 影に隠れる私の正体を。

 私に言えないことを言う。

 私ができないことを、する。

 素直に友達が好きだとか、力になりたいとか、いままでの私には、言うことも言われる付き合いも皆無だった。

 親友だと言ってくれる、最初で最後の存在だと思った。


 一方で、押しつけれる紗優の柔らかさが心地よいと思えるのも、残念ながら私の気持ちの真実だった。


 * * *


「お待たせ、しました」

 すこし離れたところで待つ三人に近寄るのは、大泣きした自分を見られるようで、ちょっと気持ちに抵抗があった。

「行くか」

 だから、花束を渡されぐしゃっと髪を撫でるマキの行動には、和貴の前で嫌だなあって抵抗感よりも、助かったという気持ちのほうが強かった。

 私は、小走りで校門前に着くと、頭を、下げた。

 通りがかった在校生がびっくりして見てくるのが分かった。

「なに――してる」

「感謝を込めて緑高に御礼を。――部活でこういうの、しなかった?」

「剣道部や吹奏楽部ではしますね。練習場所は、使う人々にとって神聖な場所ですので、使わせて頂く気持ちや御礼の気持ちを込めて、出入りするたびに礼をするのです」

 隣に並ぶタスクの革靴。彼の影が動いたから、彼も礼をしたのだろう。

「陸部じゃやんないなあ。サッカー部はどうだった?」

「しねえ。……敬意は仲間と対戦相手にこそ払えど、先ずは己の利き足じゃねえのか」

 と不服げに言いつつも、和貴に続いてマキが、タスクの隣に並んだ。

 各自順に頭を下げた。

 されど和貴は、

「一度顔あげよっか。バラバラだとカッコ悪い」

 私の目を見てニィと口端をあげるなり、

 通い慣れた校舎に向き直り、


「緑川高等学校殿!」


 辺りをつんざく声量で叫んだ。


 前後左右の注目を集めたし、なにごとかと窓から顔を出すひとも見られた。


「三年間! ありがとうございましたっ!」

「ありがとうございました!」

 私も続いた。……正確には『り』のところからだけだったけれど。


 膝に添えた手を離し、顔を起こす。

 顔を見合わせ、誰ともなく、笑い始めた。

 揃って校舎を背に、再び校門に対峙する。知ってるひと知らないひとが目を丸くしてる。手を振ってくる子には手を振って返す。「急に大声出して、びっくりしたよ、和貴」

「でもなんかスッキリしたでしょ」

「うん確かに」

「都倉さんは三年足らずの、一年半ですね」

「いいよタスクそんなの。気にしなくって」

「じゃあ。僕はここで」

 いつの間に校門を出てしまっていた。

 ここで道が別れる。

「……あ。うん。元気でね、和貴」

「長谷川の合格祝い、忘れんなよ」

「不合格の場合には卒業祝いとご承知おきを。……桜井くん。お元気で」

「また、会えるよ。じゃねっ」

 くるり背を向け、俊敏に立ち去る。

 ブレザーのボタンがすべて女子に奪われ、走る彼に合わせて波打つ。

 私にとっての彼はいつもスピーディーで、笑顔だった。

 過ごした日々のすべてがここで終了する。

 一瞬の絵を、私はこころのシャッターに収めた。

 そしてタスクとマキの制服の後ろ姿を見、

 彼の両手を塞ぐ持ちにくそうな紙袋を見、私は、悟った。


 これが、別れなのだった。


 ……和貴は、携帯電話の番号を私には教えなかった。卒業を機に持ち始める子が多く、だから、教えあうのが流行りだったし、卒業式の日は勿論だった。持っていることが私たちのなかでステイタスの高さだった。

 でも彼は、教えなかった。

 聞きそびれたのもある、けど、聞いていいのか、……躊躇した。

 未練がましい自分を発見する気がして。

 私は、携帯を、持っていない。……いまのところ、持たない予定だ。固定電話を引くのが結構お金がかかるので今後の成り行き次第で、必要があれば、といったところ。

 卒業してから、連絡を取り合う間柄でないと、判断されたのだろう。

 教えてもらってもおそらく電話なんかしないだろう男子の番号もゲットした。

 ひととの別れ際に、それまで同じ場所で日々を過ごしてきた仲間に、惜しむやりとりを、なにかの儀式のように行う。

 これからさき、そのひとが自分の傍にいない寂しさを惜しみ。

 限れられていた日々の大切さをいまこそ実感する。

 生きることとは、そんな体感を繰り返す工程だ。

 後悔のないように、とひとは言う。彼も言った。

 だが、後悔のない人生など存在しない。

 常になにごとも全力投球、などできるはずもなく。

 単三電池のように手軽に切れてしまう。

 だから、全力投球できなかった部分の寂しさや後悔の念、まつわる情のもろもろを、泣き、嘆き、袖振り合うことなどで私たちは消化にかかろうとする。

 生きていればそのような場面に往々に出くわす。


 諦めることに。


 木島の父の経験から私は学習した。

 もう一度、会いたい。もっと、一般的な娘らしく振る舞えばよかった。素直で、甘えたがる、女の子らしい、性格になれればよかった。

 覆水盆に返らず。

 語源の通りに、父と母が復縁する可能性は、ゼロだ。互いに別の道を歩んでおり、その道が交錯することは、無い。

 子どもである私がいくら泣いてみたところで、この結論は、覆らず。

 生きていることが、このような諦めを積み重ねることなのかもしれず。

 たとえそのときは切り刻まれた痛みを感じたとしても、いずれ傷は癒え、風化する。慣れてしまう。そしてその痛みの乗り越え方をひとは、編み出す。痛んだとて、べつのなにかに打ち込めばいっときは、忘れられる。

 だから。

 和貴のこともそのようなことの一種だと思えば、私のなかで解決できる気がした。

 そんな軽く考えるなんて、と自分の一部が抵抗するけれども、

 それをも従えて、乗り越えること。

 俗に言う、失恋の痛み。

 世の中のひとはこのような痛みと平時から向き合っているのかと思えば、……驚愕はすれど、なんとかなる、と思えていた。

 思い込むよう努力した。


 和貴を、こころのなかから追い出すつもりは無い。

 ただ、好きでいるだけ。


 一旦整理をつけたかに見えた私の片鱗は。

 思わぬひととの再会にて。

 ――二度と会うことは無いと思っていたあのひととの再会にて、再び、蘇ることとなる。

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