全国から集まる『貢ぎ物』と、小市民の在庫管理
「――おい、これは一体何の騒ぎだ……?」
月曜日、朝9時。
一ノ宮クランのロビーに降りてきた俺――ひじりは、目の前の光景に顎が外れそうになっていた。
クランの広大な駐車場から正面玄関にかけて、運送会社の大型トラックや、地方のナンバーをつけた高級ワンボックスカーが何十台もギッシリと並び、大渋滞を起こしていたのだ。
しかも、車から降りてきたスーツ姿の女性たちが、血相を変えて次々と巨大な段ボール箱や桐箱をクランの中に運び込んでいる。
「ひじり総帥、おはようございます!」
受付の特設デスクで、電話を両手に持って凄まじいスピードで処理していたカレン監査官が、俺の姿を見るなり飛び上がって最敬礼した。その横では、ジークリンデが搬入される箱を鋭い目で検品している。
「カレンさん、これ、マジで何が起きてるんですか? 引っ越し業者の一斉デモ?」
「いいえ! 本日、ひじり様が【全国総帥】に就任されたという公式発表を受け、全国数百の地方クランから、総帥へのご挨拶とご機嫌取りのための『貢ぎ物(陣中見舞い)』が殺到しているのです!」
カレンが差し出してきたタブレットには、恐ろしい文字が並んでいた。
『2区クランより:最高級A5ランク黒毛和牛ブロック100kg』
『5区クランより:宮内庁御用達の超高級完熟マンゴー50箱』
『11区クランより:幻のヴィンテージ純米大吟醸100本』
『全国一ノ宮繊維組合より:最高級シルク仕立ての総帥専用スウェット10着』
「……はぁあ!?」
俺は思わず裏返った声をあげた。
黒毛和牛に高級マンゴー、おまけに絹のスウェットって、どこの成金貴族の生活だ。
「昨日、4区の本家がひじり様の一言で一瞬で解体されたのを見て、全国の地方クランの代表たちは今、『次のターゲットは自分たちかもしれない』と完全に恐怖に怯えております。ですので、少しでも総帥の機嫌を損ねまいと、各区の特産品や最高級品をこれでもかと送りつけてきているのです。……いかがいたしますか? 気に入らない地方の貢ぎ物は、その場で送り返し、監査を入れて取り潰しますか?」
カレンの目が「いつでも命令を」とギラギラに輝いていた。怖い。
「いや、取り潰さないから! 返品もしなくていいけど……待って、これ全部、クランの倉庫に入るの!? 冷蔵とか冷凍の物、早く仕分けして冷やさないと全部腐っちゃうよ!?」
俺の脳内で、前世のデパ地下チーフ時代の【お中元・お歳暮商戦の悪夢】がフラッシュバックした。
百貨店の地下食品売り場には、毎日狂ったような量の高級食材が届く。それを「賞味期限」「保存温度(常温・冷蔵・冷凍)」「先入先出」のルール通りに爆速で仕分けしなければ、一瞬で現場が崩壊し、数百万のロス(損失)が出るのだ。
しかも、今も次々とロビーに積み上げられていく生鮮食品の山。
「ああもう! 見てられない! ジークリンデさん、クランの全職員と手が空いてる警備兵を集めて! あと、太いマジックペンと、ガムテープ、それから搬入用の台車をありったけ持ってきて!」
「は、ハッ! 直ちに!」
俺はスウェットの袖をまくり上げ、完全に「デパ地下の鬼チーフ」のモードに切り替わった。引きこもりたいとか言っている場合じゃない。目の前の食材が腐る方が、元食品関係者として精神的に耐えられないのだ。
「いいですか、全員私の指示に従って動いてください! まず2区の和牛は即座に業務用冷凍庫の奥へ! 5区のマンゴーは冷蔵だけど、追熟が必要なものは常温の風通しが良い日陰へ! 11区の酒は立てて暗所に保管! 箱の表面には必ず、今日の日付と『〇〇区クランから』って太マジックでデカデカと書いて!!」
「「「は、はいっ!!」」」
俺の怒涛の指示に、17区最強の女騎士ジークリンデや、本庁のエリートであるカレン、そして18区の職員お姉様たちが、まるで一兵卒のようにキビキビと動き始めた。
前世で何千回と修羅場をくぐり抜けた俺の『在庫管理マニュアル』は完璧だった。
無駄のない動線配置、一瞬で品物の状態を見抜く検品能力、そして「これ、賞味期限が今週中だから、今日のクランの晩ご飯のメニューに強制組み込みね!」という冷徹なまでのジャッジ。
わずか2時間後。
ロビーを埋め尽くしていた数百箱の貢ぎ物は、完璧に分類され、クランの倉庫へと美しく収まっていた。
「ふぅ……。なんとか午前中の便は捌き切ったか……」
俺は額の汗を拭いながら、お茶をゴクリと飲んだ。よし、ロスはゼロだ。
だが、その様子を後ろで見ていたカレンとジークリンデは、もはや恐怖すら感じさせるほどの、深い敬畏の目で俺を見つめていた。
「……恐ろしい。恐ろしすぎるお方だ、ひじり総帥は……」
カレンが小刻みに震えながら、手帳に何かを猛烈に書き留めている。
(全国数百のクランから届いた、あの膨大な、複雑極まりない物資の山。それを、目録すら見ずに一瞬で『各区の力関係(※実際は保存温度)』ごとに分類し、完璧に配置してみせた……。しかも、賞味期限の短い地方の物資を『今日の晩餐のメニューに強制組み込み(※ただの消費期限対策)』に指定することで、『お前たちの地方の忠誠度など、今夜の私の腹づもり一つでどうにでもなる』という、全国への無言の威嚇を完了されたわ……!!)
ジークリンデも、漆黒の魔剣を握りしめて深く感服していた。
「ああ。11区の極上酒をあえて『暗所に立てて幽閉』したのも、『11区クランはしばらく謹慎していろ』という政治的メッセージだな。一歩も動かず、ただの物資の仕分けだけで全国の権力構造を完全に再構築し、物流の主導権を握られるとは……。やはり我が総帥は、この国の経済をも裏から支配する魔王だ……!」
「だから違うんだってぇええええええ!! 肉を早く冷やさないと、ドリップが出て味が落ちるから急いだだけだよ!! 政治とか1ミリも関係ねええええええ!!」
俺の心の中の叫びなど届くはずもなく。
ひじり総帥による、迅速かつ冷徹な『全国貢ぎ物仕分け(棚卸し)ハザード』の噂は、リアルタイムで待機していた運送業者たちの口から、瞬く間に全国のクラン、そしてネット掲示板へと拡散されていくのだった。
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