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誰もが一つしか持てない概念《コンセプト》を、俺だけ二つ持っていた~零から始まる無限の力で世界最強へ~

作者: NOARC
掲載日:2026/04/04

皆さん、こんにちは。


しばらく連載をお休みしていた『KIMEN:GOU』ですが、少し気分を変えたくて、今回は新しい短編作品を投稿してみます。


舞台は、“概念”そのものが力になる世界。

才能、血筋、能力、階級――全てが数字とランクで決められ、弱者は簡単に切り捨てられる。


主人公は、最底辺クラス『零組』に所属する少年、零無弦。

誰からも期待されず、見下され、存在しないもののように扱われてきた彼だったが、ある日、世界の常識そのものを壊しかねない異常な力に触れる。


今回は短編として投稿していますが、皆さんの反応次第では続きもかなり書きたいと思っています。


どのキャラが気になったか。

どの設定が好きだったか。

そして、この作品の続きを読みたいか。


ぜひ感想やコメントで教えてもらえると嬉しいです。


短編ながら、自分の好きな「最底辺からの逆転」「ダークな学園世界」「能力覚醒のカタルシス」を全力で詰め込みました。


少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。

 雨だった。


 夜の東京は、まるで巨大な水槽の底みたいだった。


 高層ビル群のガラス壁を、幾筋もの雨粒が滑り落ちていく。


 交差点。信号機。大型ビジョン。濡れたアスファルト。車のヘッドライト。コンビニの明かり。傘の群れ。


 街そのものが、白と黒とネオンだけで作られた別世界みたいに見えた。


 零無れいむ げんは、その中を一人で歩いていた。


 制服のシャツは雨で肌に張りつき、黒いパーカーのフードを被っていても、髪の先からぽたぽたと水滴が落ちる。


 右手には、コンビニの白いビニール袋。


 中に入っているのは、安い菓子パンとペットボトルの水だけだった。


 腹は減っていた。


 だが、それ以上に疲れていた。


 学校。


 バイト。


 家。


 その全部が、最近の弦には重かった。


 教室では目立たない。


 成績は悪くないが、良くもない。


 運動もそこそこ。


 友達はいるが、親友と呼べるほどじゃない。


 クラスの中心にはなれない。


 かといって、完全に孤立しているわけでもない。


 誰かの記憶に強く残る人間じゃない。


 そんな、自分でも驚くほど“普通”の人間だった。


 ……いや。


 普通ですら、なかったのかもしれない。


 弦は小さく息を吐いた。


 白い息が、雨の冷たさにすぐ溶ける。


 視線の先。


 駅前の大型ビジョンでは、ニュースキャスターが何かを読み上げていた。


 『都内各地で発生している謎の失踪事件。現在も警察は関連性を調査中――』


 画面の隅には、ぼやけた防犯カメラ映像。


 人が消える瞬間。


 ノイズ。


 白い光。


 そして、空間が歪むみたいに映像が途切れる。


 最近、ネットでも話題になっていた。


 都市伝説。


 異世界転移。


 神隠し。


 どれも胡散臭い話ばかりだった。


 弦は興味なさそうに視線を逸らし、そのまま横断歩道へ向かう。


 赤信号。


 大勢の人間が立ち止まっている。


 スーツ姿の男。


 女子高生。


 サラリーマン。


 子供連れの母親。


 誰もがスマホを見て、誰もが他人に興味を持たない。


 雨音だけが、やけに大きかった。


 その時だった。


 ――キィィィィィィィィィン。


 耳鳴り。


 弦は反射的に顔を上げた。


 空。


 黒雲。


 雨。


 その向こう。


 何か、巨大なものが見えた気がした。


 目の錯覚。


 そう思った次の瞬間。


 世界が、軋んだ。


 交差点の空間に、一本の白い亀裂が走った。


 まるで、ガラスを内側から叩き割ったみたいに。


 ピシ。


 ピシピシピシッ。


 空間そのものに、ひびが入る。


 人々が悲鳴を上げた。


 誰かがスマホを落とした。


 車が急ブレーキを踏む。


 大型ビジョンがノイズを吐き、街の明かりが明滅した。


 弦は動けなかった。


 目の前の光景が、現実だと理解できなかった。


 空間の亀裂は、ゆっくりと広がっていく。


 その奥には、夜空でも街でもない、別の何かが見えた。


 青白い光。


 どこまでも続く巨大な都市。


 空中に浮かぶ道路。


 無数の塔。


 宙を走る列車。


 人影。


 見たこともない景色。


 異世界。


 そんな言葉が、弦の頭に浮かんだ。


 次の瞬間、誰かが弦の肩にぶつかった。


 押される。


 バランスが崩れる。


 濡れた路面。


 足が滑る。


 身体が、亀裂の方へ傾いた。


 「――っ!?」


 掴もうとした。


 信号機。


 ガードレール。


 誰かの腕。


 だが、指先は何にも届かない。


 身体が落ちる。


 いや。


 落ちたというより、引きずり込まれた。


 耳元で、何百人もの声が重なった。


 泣き声。


 笑い声。


 怒号。


 悲鳴。


 知らない言葉。


 頭の奥を掻き回されるような感覚。


 視界が真っ白に染まる。


 重力が消える。


 上下も左右も分からない。


 自分がどこにいるのかも、自分が何なのかも分からなくなる。


 その白の中で。


 弦は、一瞬だけ見た。


 巨大な“0”。


 そして、その奥で脈打つ、光の“∞”を。


 次の瞬間。


 零無弦の身体は、別の世界へ叩き落とされた。



 目を開けた瞬間、零無弦は、自分がどこにいるのか理解できなかった。


 冷たい石の感触。


 背中に走る鈍い痛み。


 肺の奥に入り込んでくる空気は、妙に薄く、金属みたいな匂いがした。


 無弦は咳き込みながら身を起こす。


 視界が揺れる。


 頭の中では、まだ耳鳴りが鳴っていた。


 白い光。


 落下感。


 誰かの悲鳴。


 あの交差点。


 雨。


 巨大な亀裂。


 全部が悪夢みたいに曖昧で、それでも妙に鮮明だった。


 だが。


 目の前に広がる景色だけは、夢では済まされなかった。


 空が、割れていた。


 昼でも夜でもない。


 どこまでも高い空全体に、無数の白い亀裂が走っている。


 まるで、巨大な硝子板の向こう側に別の世界が存在していて、それが今にも砕け散りそうになっているようだった。


 裂け目の奥では、青白い光が脈打っている。


 星の海にも見えた。


 炎にも見えた。


 何か巨大な生物の血管にも見えた。


 空そのものが生きているみたいで、無弦は無意識に息を呑んだ。


 地面は黒い石畳だった。


 一枚一枚が鏡みたいに滑らかで、足元には淡い光の線が流れている。


 街灯はない。


 なのに周囲は薄明るかった。


 空気そのものが、青く発光している。


 視線を上げる。


 そして、無弦は完全に言葉を失った。


 巨大な塔があった。


 一本ではない。


 十本でもない。


 何百、何千という塔が、地平線の向こうまで並んでいた。


 塔は細く鋭く、まるで世界そのものを串刺しにしているみたいだった。


 表面には、見たこともない紋様と文字が流れている。


 古代神殿のような装飾。


 それでいて、ガラスと金属で出来た超高層ビルにも見える。


 無機質なのに神々しい。


 文明と神話を、無理やり一つに繋ぎ合わせたみたいな景色だった。


 さらにその上。


 空中には、巨大な輪がいくつも浮かんでいた。


 輪状の軌道。


 そこを、銀色の列車のようなものが高速で走っている。


 車輪はない。


 レールもない。


 ただ宙を滑るように移動していた。


 その下では、小さな飛行船のような乗り物が街の間を飛び回っている。


 どこか遠くでは、何か巨大な機械が低い唸り声を上げていた。


 まるで、世界そのものが動いている。


 無弦は呆然と立ち尽くした。


 ここが地球じゃないことだけは、嫌でも理解できた。


 制服の袖を握る。


 ちゃんと感触がある。


 夢じゃない。


 頬を抓る。


 痛い。


 やっぱり夢じゃない。


 その時だった。


 背後から、誰かの泣き声が聞こえた。


 振り返る。


 そこには、無弦と同じ制服姿の少年少女たちが立ち尽くしていた。


 人数は多い。


 ざっと見ただけでも百人近い。


 中学生くらいの子もいる。


 高校生くらいの者もいる。


 スーツ姿の大人までいた。


 皆、同じだった。


 状況を理解できず、混乱し、怯えている。


 女子が泣き崩れていた。


 男子がスマホを取り出している。


 だが、画面には圏外表示しか出ていない。


 誰かが叫ぶ。


 誰かが走り出す。


 誰かが地面に座り込み、震えている。


 パニックだった。


 その中で、無弦だけは妙に静かだった。


 いや。


 静かというより、現実感がなかった。


 目の前の全てが、映画のワンシーンみたいだった。


 自分だけ、透明な壁の向こうから見ているみたいな感覚。


 その時。


 都市全体を震わせるような轟音が響いた。


 ゴォォォォォン――。


 鐘だった。


 巨大な鐘の音。


 腹の底まで震えるような低音。


 一度鳴っただけで、場の全員が黙った。


 泣き声も、怒鳴り声も、足音も止まる。


 誰もが空を見上げた。


 遠くに見える塔の一本、その最上部が白く発光していた。


 光は徐々に強くなり、次の瞬間、空中一面に巨大な文字列が浮かび上がる。


 それは見たこともない文字だった。


 だが、不思議と意味だけは理解できた。


『転移個体、確認』


『適性測定、開始』


概念コンセプト適合率を測定します』


 誰かが小さく息を呑んだ。


 無弦の背筋に、冷たいものが走る。


 概念。


 その言葉だけは、妙に重かった。


 次の瞬間。


 空から、無数の光が降ってきた。


 細い糸みたいな光だった。


 白く、透明で、どこか生き物みたいに揺れている。


 その一本一本が、人々の額へ触れていく。


 触れられた瞬間、その人間の頭上に文字が浮かび上がった。


『炎 適合率82%』


『剣 適合率76%』


『雷 適合率91%』


『愛 適合率65%』


『重力 適合率88%』


『速度 適合率79%』


 歓声が上がる。


 泣き声も上がる。


 炎の適性を持った少年の手のひらから、小さな火花が散った。


 雷の少女の周囲では、空気がバチバチと弾けている。


 重力の男が立った場所だけ、地面にひびが入った。


 誰もが、自分の中に生まれた何かに呑まれていた。


 才能。


 力。


 特別。


 その言葉に、人は弱い。


 そして。


 無弦の番が来た。


 一本の光が、静かに額へ触れる。


 その瞬間。


 脳の奥で、何かが弾けた。


 熱い。


 頭の中が焼けるみたいに熱い。


 視界の奥に、一瞬だけ“0”が見えた。


 真っ黒な空間。


 その中心に浮かぶ巨大な零。


 そして、その奥で無限に脈打つ光の弦。


 次の瞬間。


 頭上に浮かび上がった文字を見て、周囲が静まり返った。


『零 適合率測定不能』


『無 適合率測定不能』


『弦 適合率測定不能』


『総合判定――異常個体』


 一瞬。


 本当に、一瞬だけ。


 場の音が全部消えた。


 風も。


 ざわめきも。


 呼吸音すら。


 百人近い視線が、一斉に無弦へ向く。


 恐怖。


 困惑。


 嫌悪。


 理解できないものを見る目。


 無弦は、自分の喉が妙に乾いていることに気づいた。


 何だ、それ。


 測定不能って。


 異常個体って。


 ふざけるな。


 そう思った。


 だが、言葉は出なかった。


 その時だった。


 塔の上空に、一つの影が現れた。


 人間だった。


 だが、人間離れしすぎていた。


 純白の外套。


 銀色の長髪。


 背中には六枚の光翼。


 足元には、巨大な魔法陣のような紋様。


 空中に立っているだけで、周囲の空気が変わる。


 誰も逆らえない。


 誰も目を逸らせない。


 その存在だけで、場の支配者だと理解させられる。


 人物は静かに口を開いた。


「ようこそ、《概念世界アストラ》へ」


 透き通る声だった。


 男なのか女なのかも分からない。


 高くも低くもない。


 なのに、全員の耳へ強制的に届く。


「君たちはこれより、《学園都市アルカディア》へ編入される」


「概念を持つ者は、その強さに応じた階級へ」


「価値のある者は高みへ」


「価値のない者は、価値のない場所へ」


 そして。


 その人物の視線が、真っ直ぐ無弦へ向いた。


 冷たい瞳だった。


 人間を見る目じゃない。


 石ころでも見るみたいな目。


「測定不能個体、零無弦」


「君は最底辺階級《零組》へ送られる」


 その瞬間。


 周囲から、笑い声が漏れた。


 小さな笑い。


 だが、それは一瞬で広がった。


 嘲笑。


 安堵。


 優越感。


 自分より下がいると知った人間たちの笑いだった。


 無弦は拳を握った。


 爪が食い込む。


 血が出そうになる。


 それでも、何も言い返せなかった。


 言葉より先に、自分自身が理解してしまったからだ。


 この世界でも。


 自分はまた、“下”に落とされる側なのだと。



 移動は、一瞬だった。


 無弦たちの足元に巨大な光陣が浮かび上がり、視界が白に呑まれる。


 次に目を開けた時、そこは先ほどまでの転移広場とはまるで別世界だった。


 巨大な都市。


 だが、今度は近い。


 近すぎる。


 空へ突き刺さる塔群。


 宙を横切る幾重もの透明な道路。


 その上を、獣のような形をした乗り物や、金属の翼を持つ飛行機械が走り抜けていく。


 建物の壁面には巨大な光文字が浮かび、見たこともない紋章や数字が流れていた。


 通りを歩く人間たちも異様だった。


 耳の長い者。


 肌に発光する紋様が浮かぶ者。


 機械の腕を持つ者。


 目の色が左右で違う者。


 背中に翼の生えた者。


 皆、当たり前みたいな顔で歩いている。


 誰一人として、転移してきた無弦たちを気遣わない。


 むしろ視線は冷たかった。


 珍しい動物でも見るみたいな目。


 値踏みするような目。


 そして、頭上に浮かぶ概念適性値を見て、露骨に態度を変える。


 『雷 91%』の少女には感嘆。


 『炎 82%』の少年には羨望。


 『愛 65%』の少女には微笑み。


 だが、無弦に向けられるのは違った。


 『測定不能』。


 その四文字を見た瞬間、人々の目が濁る。


 眉をひそめる者。


 顔を背ける者。


 小さく笑う者。


 中には、あからさまに舌打ちする者までいた。


 「何だ、あれ」


 「異常個体だってよ」


 「初めて見た……」


 「気味悪……」


 囁き声が、雨みたいに降り注ぐ。


 無弦は俯いた。


 見慣れた光景だった。


 学校でも、家でも、バイト先でも。


 結局、人間は同じだ。


 分からないものを嫌う。


 自分より下を見つけると安心する。


 この世界は違うかもしれない。


 そんな期待が、少しだけあった。


 だが、甘かった。


 世界が変わっても、人間は変わらない。


 やがて無弦たちは、巨大な門の前へ辿り着いた。


 それは城門にも見えたし、巨大な要塞の入口にも見えた。


 高さは数百メートル。


 白銀の壁面には、巨大な紋章が刻まれている。


 剣。


 翼。


 王冠。


 そして、その中心に浮かぶ輪。


 門の上には、巨大な文字が刻まれていた。


 《学園都市アルカディア》


 その名を見上げた瞬間、周囲からどよめきが起きる。


 有名なのだと、空気だけで分かった。


 誰もが憧れ、誰もが目指し、誰もが階級を競い合う場所。


 そんな匂いがした。


 門が重々しい音を立てて開く。


 その先には、さらに巨大な街が広がっていた。


 広場。


 噴水。


 白い校舎。


 空中庭園。


 闘技場。


 無数の寮。


 訓練場。


 そして、中央には、空を貫く一本の黒い塔。


 あまりにも巨大で、見上げても頂上が見えない。


 塔の周囲には、輪のような光が幾重にも浮かんでいた。


 まるで世界の中心そのものだった。


 転移者たちは、息を呑んでいた。


 だが、その感動は長く続かなかった。


 白い外套の人物が、空中に幾つもの光板を展開する。


 そこには、名前と階級が表示されていた。


 S級。


 A級。


 B級。


 C級。


 そして、最下層の零級。


 転移者たちは次々と呼ばれていく。


 雷91%の少女はS級。


 炎82%の少年はA級。


 重力88%の男はS級。


 愛65%の少女でさえB級だった。


 呼ばれた者たちは、笑顔だった。


 周囲から拍手を受ける者もいる。


 歓声を浴びる者もいる。


 中には、もう自分が勝者になったような顔をしている者までいた。


 そして最後。


 広場に、無弦の名前だけが残った。


『零無弦』


『階級:零級』


『所属:零組』


 沈黙。


 次の瞬間。


 誰かが吹き出した。


 それをきっかけに、あちこちから笑い声が漏れる。


 「零組って、まだあったんだ」


 「最底辺の掃き溜めだろ」


 「犯罪者予備軍とか、失敗作とかが送られる場所」


 「終わったな」


 笑い声。


 嘲笑。


 憐れみ。


 無弦は、何も言えなかった。


 胸の奥が、冷たくなる。


 怒りとも違う。


 悲しみとも違う。


 もっと深い場所。


 諦めに近い感情だった。


 やっぱり、自分はこうなる。


 そういう人間なんだと。


 やがて、一人の男が無弦の前へ歩いてきた。


 黒い軍服。


 鋭い目。


 頬には大きな傷。


 年齢は三十代後半くらい。


 肩には、零の紋章が刻まれていた。


 男は無弦を見下ろし、面倒そうに舌打ちする。


 「……お前が今回の零組か」


 声は低く、荒れていた。


 「来い。説明は道中だ」


 無弦は何も言わず、その背中についていった。


 学園都市の華やかな区域を抜ける。


 白い建物。


 笑い声。


 噴水。


 綺麗な制服。


 強い概念を持つ者たち。


 だが、進めば進むほど景色が変わっていく。


 建物の色は薄汚れ。


 道には亀裂が増え。


 空気は重くなる。


 やがて、巨大な壁が見えた。


 学園都市の外周近く。


 そこだけ、明らかに別の場所だった。


 壊れかけた建物。


 割れた窓。


 錆びた鉄柵。


 崩れた石像。


 空は灰色に近く、冷たい風が吹き抜けている。


 壁に取り付けられた看板には、赤黒い文字で書かれていた。


 《零組管理区域》


 男はそこで立ち止まる。


 「ここがお前の居場所だ」


 その言葉と同時。


 遠くで、悲鳴が上がった。


 無弦が反射的に顔を上げる。


 建物の隙間。


 暗闇の奥。


 そこには、人間ではない何かがいた。


 四足。


 異様に長い腕。


 剥き出しの骨。


 真っ黒な皮膚。


 顔の半分だけが仮面みたいに白く、残った半分には大量の目が浮かんでいる。


 化け物だった。


 それが、血まみれの男を咥えながら、こちらを見ていた。


 無弦の呼吸が止まる。


 化け物の目が、ゆっくりと細くなった。


 次の瞬間。


 それは地面を砕きながら、無弦へ向かって飛びかかってきた。



 化け物は、速かった。


 飛びかかった瞬間には、もう目の前まで来ていた。


 黒い巨体。


 濁った息。


 白い仮面。


 大量の目。


 その全てが、無弦の視界を埋め尽くす。


 逃げろ。


 頭では分かっている。


 だが、身体が動かない。


 足が地面に縫い付けられたみたいだった。


 怪物の腕が振り下ろされる。


 鋭い爪。


 風を裂く音。


 その瞬間。


 無弦の身体が横から突き飛ばされた。


 地面を転がる。


 肺の中の空気が全部抜けた。


 咳き込みながら顔を上げる。


 そこには、黒軍服の男が立っていた。


 男は片腕だけで怪物の腕を受け止めていた。


 地面が沈む。


 空気が震える。


 それでも男は一歩も引かない。


 「ぼさっとしてんじゃねぇ!!」


 怒鳴り声と同時に、男の肩に刻まれた零の紋章が赤く光る。


 空間の中に、無数の黒い鎖が浮かび上がった。


 蛇みたいにうねる鎖。


 それが怪物の四肢へ巻き付き、一気に地面へ叩きつける。


 怪物が咆哮を上げた。


 男は舌打ちする。


 「黙って縛られてろ。《拘束》」


 鎖がさらに増える。


 一本。


 二本。


 三本。


 何十本もの鎖が怪物の身体を封じ込め、身動きを奪っていく。


 無弦は呆然と、その光景を見ていた。


 これが概念。


 これが、この世界の力。


 そう思った次の瞬間。


 怪物の身体が、不気味に脈打った。


 仮面の下の目が、一斉に開く。


 嫌な予感がした。


 瞬間。


 怪物の影が、地面に広がる。


 その黒い影の中から、小型の化け物が次々と飛び出してきた。


 犬ほどの大きさ。


 だが顔だけは、人間みたいだった。


 笑っている顔。


 泣いている顔。


 怒っている顔。


 壊れた感情が、そのまま貼り付けられている。


 何十体もの怪物が、一斉に無弦へ向かって駆け出した。


 男が目を見開く。


 「っ……分裂型か!!」


 鎖では全部を止めきれない。


 何体かが男の横をすり抜ける。


 無弦は後退った。


 一歩。


 二歩。


 背中が壁にぶつかる。


 逃げ場がない。


 小型の怪物たちが、一斉に飛びかかる。


 その瞬間。


 無弦の頭の奥で、何かが切れた。


 耳鳴り。


 視界が白く染まる。


 世界の音が、全部遠くなる。


 その代わりに。


 心臓の音だけが聞こえた。


 ドクン。


 ドクン。


 ドクン。


 脈打つたび、頭の奥に“0”が浮かぶ。


 暗闇。


 巨大な零。


 その周囲を巡る、無数の光の線。


 無弦は、見た。


 怪物たちの身体から、細い糸みたいなものが伸びている。


 命。


 存在。


 繋がり。


 そういうもの全部を束ねたみたいな糸。


 何故か分かった。


 あれを断てばいい。


 そう思った瞬間。


 無弦の右手が、ゆっくりと持ち上がる。


 指先の前に、一本の黒い線が浮かんだ。


 糸だった。


 細く。


 鋭く。


 夜そのものを細く裂いて作ったみたいな、漆黒の糸。


 小型の怪物が飛びかかる。


 無弦は、ただ腕を振った。


 黒い糸が、空を走る。


 次の瞬間。


 怪物たちの動きが止まった。


 一拍遅れて、その姿が黒い粒子になって崩れていく。


 砂みたいに。


 煙みたいに。


 跡形もなく。


 静寂。


 風だけが吹いた。


 黒軍服の男が、目を見開いている。


 無弦自身も、自分が何をしたのか分からなかった。


 指先から伸びる黒い糸。


 それはまだ消えていない。


 空中で、微かに揺れている。


 綺麗だった。


 不気味なほどに。


 まるで夜空を一本だけ切り取って、そのまま線にしたみたいだった。


 その時。


 巨大な怪物の本体が、鎖を引きちぎった。


 轟音。


 砕け散る鎖。


 男が叫ぶ。


 「避けろ!!」


 だが、遅い。


 怪物は無弦へ向かって飛びかかる。


 今度こそ終わる。


 そう思った瞬間。


 無弦の視界に、“0”が浮かんだ。


 黒い輪。


 何もない穴。


 空間そのものが抉り取られたみたいな、巨大な虚無。


 怪物の腕が、その輪に触れる。


 瞬間。


 腕が消えた。


 斬れたわけじゃない。


 砕けたわけでもない。


 最初から、そこに存在しなかったみたいに。


 怪物が絶叫する。


 だが、“0”は止まらない。


 腕。


 肩。


 身体。


 仮面。


 大量の目。


 全てが黒い輪に呑み込まれ、静かに消えていく。


 数秒後。


 そこには、何も残っていなかった。


 風だけが吹いていた。


 無弦は、その場に膝をつく。


 全身から汗が噴き出していた。


 呼吸が苦しい。


 頭が割れそうに痛い。


 視界が揺れる。


 吐き気が込み上げる。


 黒軍服の男が、ゆっくりと近づいてきた。


 その目には、さっきまでの面倒そうな色はなかった。


 代わりにあるのは、驚愕。


 そして、ほんの少しの恐怖。


 「お前……今、何をした……?」


 弦は答えられなかった。


 答えられるはずがなかった。


 自分でも分からない。


 ただ。


 頭の奥で、あの三つの言葉だけが脈打っていた。


 零。


 無。


 弦。


 まるで心臓みたいに。


 遠くで警報が鳴り始める。


 赤い光が、零組区域を照らす。


 学園都市アルカディア。


 その最底辺に落とされた少年は、この日初めて、自分が“異常”であることを知った。


 そして同時に。


 この世界そのものを壊しかねない何かを、自分の中に抱えていることも。

ここまで読んでくれてありがとうございます。


今回の作品は、連載中の『KIMEN:GOU』とはかなり違う方向性で、「概念能力」「学園」「最底辺からの逆転」をテーマに短く凝縮して書いてみました。


零無弦という主人公が、何も持っていないように見えて、実は誰よりも危険な存在かもしれない――そんな不穏さと、覚醒の瞬間のカタルシスを全力で詰め込んでいます。


そして、この作品は短編として投稿していますが、皆さんの反応次第では続きをかなり書きたいと思っています。


・零無弦が気になった

・能力や世界観が好きだった

・零組や学園の設定をもっと見たい

・続きを読みたい


そう思ったら、ぜひ感想やコメントで教えてください。


また、


・無課金無双

・KIMEN:GOU

・紅蓮

・ドラグーン

・境に生きる

・概念能力バトル(本作)


この中で、特に続きを読みたい作品があれば、それもぜひ教えてほしいです。


皆さんの反応を見ながら、次にどの作品を優先して書くか決めていこうと思っています。


零無弦の物語が、少しでも心に残ったなら嬉しいです。

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