誰もが一つしか持てない概念《コンセプト》を、俺だけ二つ持っていた~零から始まる無限の力で世界最強へ~
皆さん、こんにちは。
しばらく連載をお休みしていた『KIMEN:GOU』ですが、少し気分を変えたくて、今回は新しい短編作品を投稿してみます。
舞台は、“概念”そのものが力になる世界。
才能、血筋、能力、階級――全てが数字とランクで決められ、弱者は簡単に切り捨てられる。
主人公は、最底辺クラス『零組』に所属する少年、零無弦。
誰からも期待されず、見下され、存在しないもののように扱われてきた彼だったが、ある日、世界の常識そのものを壊しかねない異常な力に触れる。
今回は短編として投稿していますが、皆さんの反応次第では続きもかなり書きたいと思っています。
どのキャラが気になったか。
どの設定が好きだったか。
そして、この作品の続きを読みたいか。
ぜひ感想やコメントで教えてもらえると嬉しいです。
短編ながら、自分の好きな「最底辺からの逆転」「ダークな学園世界」「能力覚醒のカタルシス」を全力で詰め込みました。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。
雨だった。
夜の東京は、まるで巨大な水槽の底みたいだった。
高層ビル群のガラス壁を、幾筋もの雨粒が滑り落ちていく。
交差点。信号機。大型ビジョン。濡れたアスファルト。車のヘッドライト。コンビニの明かり。傘の群れ。
街そのものが、白と黒とネオンだけで作られた別世界みたいに見えた。
零無 弦は、その中を一人で歩いていた。
制服のシャツは雨で肌に張りつき、黒いパーカーのフードを被っていても、髪の先からぽたぽたと水滴が落ちる。
右手には、コンビニの白いビニール袋。
中に入っているのは、安い菓子パンとペットボトルの水だけだった。
腹は減っていた。
だが、それ以上に疲れていた。
学校。
バイト。
家。
その全部が、最近の弦には重かった。
教室では目立たない。
成績は悪くないが、良くもない。
運動もそこそこ。
友達はいるが、親友と呼べるほどじゃない。
クラスの中心にはなれない。
かといって、完全に孤立しているわけでもない。
誰かの記憶に強く残る人間じゃない。
そんな、自分でも驚くほど“普通”の人間だった。
……いや。
普通ですら、なかったのかもしれない。
弦は小さく息を吐いた。
白い息が、雨の冷たさにすぐ溶ける。
視線の先。
駅前の大型ビジョンでは、ニュースキャスターが何かを読み上げていた。
『都内各地で発生している謎の失踪事件。現在も警察は関連性を調査中――』
画面の隅には、ぼやけた防犯カメラ映像。
人が消える瞬間。
ノイズ。
白い光。
そして、空間が歪むみたいに映像が途切れる。
最近、ネットでも話題になっていた。
都市伝説。
異世界転移。
神隠し。
どれも胡散臭い話ばかりだった。
弦は興味なさそうに視線を逸らし、そのまま横断歩道へ向かう。
赤信号。
大勢の人間が立ち止まっている。
スーツ姿の男。
女子高生。
サラリーマン。
子供連れの母親。
誰もがスマホを見て、誰もが他人に興味を持たない。
雨音だけが、やけに大きかった。
その時だった。
――キィィィィィィィィィン。
耳鳴り。
弦は反射的に顔を上げた。
空。
黒雲。
雨。
その向こう。
何か、巨大なものが見えた気がした。
目の錯覚。
そう思った次の瞬間。
世界が、軋んだ。
交差点の空間に、一本の白い亀裂が走った。
まるで、ガラスを内側から叩き割ったみたいに。
ピシ。
ピシピシピシッ。
空間そのものに、ひびが入る。
人々が悲鳴を上げた。
誰かがスマホを落とした。
車が急ブレーキを踏む。
大型ビジョンがノイズを吐き、街の明かりが明滅した。
弦は動けなかった。
目の前の光景が、現実だと理解できなかった。
空間の亀裂は、ゆっくりと広がっていく。
その奥には、夜空でも街でもない、別の何かが見えた。
青白い光。
どこまでも続く巨大な都市。
空中に浮かぶ道路。
無数の塔。
宙を走る列車。
人影。
見たこともない景色。
異世界。
そんな言葉が、弦の頭に浮かんだ。
次の瞬間、誰かが弦の肩にぶつかった。
押される。
バランスが崩れる。
濡れた路面。
足が滑る。
身体が、亀裂の方へ傾いた。
「――っ!?」
掴もうとした。
信号機。
ガードレール。
誰かの腕。
だが、指先は何にも届かない。
身体が落ちる。
いや。
落ちたというより、引きずり込まれた。
耳元で、何百人もの声が重なった。
泣き声。
笑い声。
怒号。
悲鳴。
知らない言葉。
頭の奥を掻き回されるような感覚。
視界が真っ白に染まる。
重力が消える。
上下も左右も分からない。
自分がどこにいるのかも、自分が何なのかも分からなくなる。
その白の中で。
弦は、一瞬だけ見た。
巨大な“0”。
そして、その奥で脈打つ、光の“∞”を。
次の瞬間。
零無弦の身体は、別の世界へ叩き落とされた。
◇
目を開けた瞬間、零無弦は、自分がどこにいるのか理解できなかった。
冷たい石の感触。
背中に走る鈍い痛み。
肺の奥に入り込んでくる空気は、妙に薄く、金属みたいな匂いがした。
無弦は咳き込みながら身を起こす。
視界が揺れる。
頭の中では、まだ耳鳴りが鳴っていた。
白い光。
落下感。
誰かの悲鳴。
あの交差点。
雨。
巨大な亀裂。
全部が悪夢みたいに曖昧で、それでも妙に鮮明だった。
だが。
目の前に広がる景色だけは、夢では済まされなかった。
空が、割れていた。
昼でも夜でもない。
どこまでも高い空全体に、無数の白い亀裂が走っている。
まるで、巨大な硝子板の向こう側に別の世界が存在していて、それが今にも砕け散りそうになっているようだった。
裂け目の奥では、青白い光が脈打っている。
星の海にも見えた。
炎にも見えた。
何か巨大な生物の血管にも見えた。
空そのものが生きているみたいで、無弦は無意識に息を呑んだ。
地面は黒い石畳だった。
一枚一枚が鏡みたいに滑らかで、足元には淡い光の線が流れている。
街灯はない。
なのに周囲は薄明るかった。
空気そのものが、青く発光している。
視線を上げる。
そして、無弦は完全に言葉を失った。
巨大な塔があった。
一本ではない。
十本でもない。
何百、何千という塔が、地平線の向こうまで並んでいた。
塔は細く鋭く、まるで世界そのものを串刺しにしているみたいだった。
表面には、見たこともない紋様と文字が流れている。
古代神殿のような装飾。
それでいて、ガラスと金属で出来た超高層ビルにも見える。
無機質なのに神々しい。
文明と神話を、無理やり一つに繋ぎ合わせたみたいな景色だった。
さらにその上。
空中には、巨大な輪がいくつも浮かんでいた。
輪状の軌道。
そこを、銀色の列車のようなものが高速で走っている。
車輪はない。
レールもない。
ただ宙を滑るように移動していた。
その下では、小さな飛行船のような乗り物が街の間を飛び回っている。
どこか遠くでは、何か巨大な機械が低い唸り声を上げていた。
まるで、世界そのものが動いている。
無弦は呆然と立ち尽くした。
ここが地球じゃないことだけは、嫌でも理解できた。
制服の袖を握る。
ちゃんと感触がある。
夢じゃない。
頬を抓る。
痛い。
やっぱり夢じゃない。
その時だった。
背後から、誰かの泣き声が聞こえた。
振り返る。
そこには、無弦と同じ制服姿の少年少女たちが立ち尽くしていた。
人数は多い。
ざっと見ただけでも百人近い。
中学生くらいの子もいる。
高校生くらいの者もいる。
スーツ姿の大人までいた。
皆、同じだった。
状況を理解できず、混乱し、怯えている。
女子が泣き崩れていた。
男子がスマホを取り出している。
だが、画面には圏外表示しか出ていない。
誰かが叫ぶ。
誰かが走り出す。
誰かが地面に座り込み、震えている。
パニックだった。
その中で、無弦だけは妙に静かだった。
いや。
静かというより、現実感がなかった。
目の前の全てが、映画のワンシーンみたいだった。
自分だけ、透明な壁の向こうから見ているみたいな感覚。
その時。
都市全体を震わせるような轟音が響いた。
ゴォォォォォン――。
鐘だった。
巨大な鐘の音。
腹の底まで震えるような低音。
一度鳴っただけで、場の全員が黙った。
泣き声も、怒鳴り声も、足音も止まる。
誰もが空を見上げた。
遠くに見える塔の一本、その最上部が白く発光していた。
光は徐々に強くなり、次の瞬間、空中一面に巨大な文字列が浮かび上がる。
それは見たこともない文字だった。
だが、不思議と意味だけは理解できた。
『転移個体、確認』
『適性測定、開始』
『概念適合率を測定します』
誰かが小さく息を呑んだ。
無弦の背筋に、冷たいものが走る。
概念。
その言葉だけは、妙に重かった。
次の瞬間。
空から、無数の光が降ってきた。
細い糸みたいな光だった。
白く、透明で、どこか生き物みたいに揺れている。
その一本一本が、人々の額へ触れていく。
触れられた瞬間、その人間の頭上に文字が浮かび上がった。
『炎 適合率82%』
『剣 適合率76%』
『雷 適合率91%』
『愛 適合率65%』
『重力 適合率88%』
『速度 適合率79%』
歓声が上がる。
泣き声も上がる。
炎の適性を持った少年の手のひらから、小さな火花が散った。
雷の少女の周囲では、空気がバチバチと弾けている。
重力の男が立った場所だけ、地面にひびが入った。
誰もが、自分の中に生まれた何かに呑まれていた。
才能。
力。
特別。
その言葉に、人は弱い。
そして。
無弦の番が来た。
一本の光が、静かに額へ触れる。
その瞬間。
脳の奥で、何かが弾けた。
熱い。
頭の中が焼けるみたいに熱い。
視界の奥に、一瞬だけ“0”が見えた。
真っ黒な空間。
その中心に浮かぶ巨大な零。
そして、その奥で無限に脈打つ光の弦。
次の瞬間。
頭上に浮かび上がった文字を見て、周囲が静まり返った。
『零 適合率測定不能』
『無 適合率測定不能』
『弦 適合率測定不能』
『総合判定――異常個体』
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
場の音が全部消えた。
風も。
ざわめきも。
呼吸音すら。
百人近い視線が、一斉に無弦へ向く。
恐怖。
困惑。
嫌悪。
理解できないものを見る目。
無弦は、自分の喉が妙に乾いていることに気づいた。
何だ、それ。
測定不能って。
異常個体って。
ふざけるな。
そう思った。
だが、言葉は出なかった。
その時だった。
塔の上空に、一つの影が現れた。
人間だった。
だが、人間離れしすぎていた。
純白の外套。
銀色の長髪。
背中には六枚の光翼。
足元には、巨大な魔法陣のような紋様。
空中に立っているだけで、周囲の空気が変わる。
誰も逆らえない。
誰も目を逸らせない。
その存在だけで、場の支配者だと理解させられる。
人物は静かに口を開いた。
「ようこそ、《概念世界アストラ》へ」
透き通る声だった。
男なのか女なのかも分からない。
高くも低くもない。
なのに、全員の耳へ強制的に届く。
「君たちはこれより、《学園都市アルカディア》へ編入される」
「概念を持つ者は、その強さに応じた階級へ」
「価値のある者は高みへ」
「価値のない者は、価値のない場所へ」
そして。
その人物の視線が、真っ直ぐ無弦へ向いた。
冷たい瞳だった。
人間を見る目じゃない。
石ころでも見るみたいな目。
「測定不能個体、零無弦」
「君は最底辺階級《零組》へ送られる」
その瞬間。
周囲から、笑い声が漏れた。
小さな笑い。
だが、それは一瞬で広がった。
嘲笑。
安堵。
優越感。
自分より下がいると知った人間たちの笑いだった。
無弦は拳を握った。
爪が食い込む。
血が出そうになる。
それでも、何も言い返せなかった。
言葉より先に、自分自身が理解してしまったからだ。
この世界でも。
自分はまた、“下”に落とされる側なのだと。
◇
移動は、一瞬だった。
無弦たちの足元に巨大な光陣が浮かび上がり、視界が白に呑まれる。
次に目を開けた時、そこは先ほどまでの転移広場とはまるで別世界だった。
巨大な都市。
だが、今度は近い。
近すぎる。
空へ突き刺さる塔群。
宙を横切る幾重もの透明な道路。
その上を、獣のような形をした乗り物や、金属の翼を持つ飛行機械が走り抜けていく。
建物の壁面には巨大な光文字が浮かび、見たこともない紋章や数字が流れていた。
通りを歩く人間たちも異様だった。
耳の長い者。
肌に発光する紋様が浮かぶ者。
機械の腕を持つ者。
目の色が左右で違う者。
背中に翼の生えた者。
皆、当たり前みたいな顔で歩いている。
誰一人として、転移してきた無弦たちを気遣わない。
むしろ視線は冷たかった。
珍しい動物でも見るみたいな目。
値踏みするような目。
そして、頭上に浮かぶ概念適性値を見て、露骨に態度を変える。
『雷 91%』の少女には感嘆。
『炎 82%』の少年には羨望。
『愛 65%』の少女には微笑み。
だが、無弦に向けられるのは違った。
『測定不能』。
その四文字を見た瞬間、人々の目が濁る。
眉をひそめる者。
顔を背ける者。
小さく笑う者。
中には、あからさまに舌打ちする者までいた。
「何だ、あれ」
「異常個体だってよ」
「初めて見た……」
「気味悪……」
囁き声が、雨みたいに降り注ぐ。
無弦は俯いた。
見慣れた光景だった。
学校でも、家でも、バイト先でも。
結局、人間は同じだ。
分からないものを嫌う。
自分より下を見つけると安心する。
この世界は違うかもしれない。
そんな期待が、少しだけあった。
だが、甘かった。
世界が変わっても、人間は変わらない。
やがて無弦たちは、巨大な門の前へ辿り着いた。
それは城門にも見えたし、巨大な要塞の入口にも見えた。
高さは数百メートル。
白銀の壁面には、巨大な紋章が刻まれている。
剣。
翼。
王冠。
そして、その中心に浮かぶ輪。
門の上には、巨大な文字が刻まれていた。
《学園都市アルカディア》
その名を見上げた瞬間、周囲からどよめきが起きる。
有名なのだと、空気だけで分かった。
誰もが憧れ、誰もが目指し、誰もが階級を競い合う場所。
そんな匂いがした。
門が重々しい音を立てて開く。
その先には、さらに巨大な街が広がっていた。
広場。
噴水。
白い校舎。
空中庭園。
闘技場。
無数の寮。
訓練場。
そして、中央には、空を貫く一本の黒い塔。
あまりにも巨大で、見上げても頂上が見えない。
塔の周囲には、輪のような光が幾重にも浮かんでいた。
まるで世界の中心そのものだった。
転移者たちは、息を呑んでいた。
だが、その感動は長く続かなかった。
白い外套の人物が、空中に幾つもの光板を展開する。
そこには、名前と階級が表示されていた。
S級。
A級。
B級。
C級。
そして、最下層の零級。
転移者たちは次々と呼ばれていく。
雷91%の少女はS級。
炎82%の少年はA級。
重力88%の男はS級。
愛65%の少女でさえB級だった。
呼ばれた者たちは、笑顔だった。
周囲から拍手を受ける者もいる。
歓声を浴びる者もいる。
中には、もう自分が勝者になったような顔をしている者までいた。
そして最後。
広場に、無弦の名前だけが残った。
『零無弦』
『階級:零級』
『所属:零組』
沈黙。
次の瞬間。
誰かが吹き出した。
それをきっかけに、あちこちから笑い声が漏れる。
「零組って、まだあったんだ」
「最底辺の掃き溜めだろ」
「犯罪者予備軍とか、失敗作とかが送られる場所」
「終わったな」
笑い声。
嘲笑。
憐れみ。
無弦は、何も言えなかった。
胸の奥が、冷たくなる。
怒りとも違う。
悲しみとも違う。
もっと深い場所。
諦めに近い感情だった。
やっぱり、自分はこうなる。
そういう人間なんだと。
やがて、一人の男が無弦の前へ歩いてきた。
黒い軍服。
鋭い目。
頬には大きな傷。
年齢は三十代後半くらい。
肩には、零の紋章が刻まれていた。
男は無弦を見下ろし、面倒そうに舌打ちする。
「……お前が今回の零組か」
声は低く、荒れていた。
「来い。説明は道中だ」
無弦は何も言わず、その背中についていった。
学園都市の華やかな区域を抜ける。
白い建物。
笑い声。
噴水。
綺麗な制服。
強い概念を持つ者たち。
だが、進めば進むほど景色が変わっていく。
建物の色は薄汚れ。
道には亀裂が増え。
空気は重くなる。
やがて、巨大な壁が見えた。
学園都市の外周近く。
そこだけ、明らかに別の場所だった。
壊れかけた建物。
割れた窓。
錆びた鉄柵。
崩れた石像。
空は灰色に近く、冷たい風が吹き抜けている。
壁に取り付けられた看板には、赤黒い文字で書かれていた。
《零組管理区域》
男はそこで立ち止まる。
「ここがお前の居場所だ」
その言葉と同時。
遠くで、悲鳴が上がった。
無弦が反射的に顔を上げる。
建物の隙間。
暗闇の奥。
そこには、人間ではない何かがいた。
四足。
異様に長い腕。
剥き出しの骨。
真っ黒な皮膚。
顔の半分だけが仮面みたいに白く、残った半分には大量の目が浮かんでいる。
化け物だった。
それが、血まみれの男を咥えながら、こちらを見ていた。
無弦の呼吸が止まる。
化け物の目が、ゆっくりと細くなった。
次の瞬間。
それは地面を砕きながら、無弦へ向かって飛びかかってきた。
◇
化け物は、速かった。
飛びかかった瞬間には、もう目の前まで来ていた。
黒い巨体。
濁った息。
白い仮面。
大量の目。
その全てが、無弦の視界を埋め尽くす。
逃げろ。
頭では分かっている。
だが、身体が動かない。
足が地面に縫い付けられたみたいだった。
怪物の腕が振り下ろされる。
鋭い爪。
風を裂く音。
その瞬間。
無弦の身体が横から突き飛ばされた。
地面を転がる。
肺の中の空気が全部抜けた。
咳き込みながら顔を上げる。
そこには、黒軍服の男が立っていた。
男は片腕だけで怪物の腕を受け止めていた。
地面が沈む。
空気が震える。
それでも男は一歩も引かない。
「ぼさっとしてんじゃねぇ!!」
怒鳴り声と同時に、男の肩に刻まれた零の紋章が赤く光る。
空間の中に、無数の黒い鎖が浮かび上がった。
蛇みたいにうねる鎖。
それが怪物の四肢へ巻き付き、一気に地面へ叩きつける。
怪物が咆哮を上げた。
男は舌打ちする。
「黙って縛られてろ。《拘束》」
鎖がさらに増える。
一本。
二本。
三本。
何十本もの鎖が怪物の身体を封じ込め、身動きを奪っていく。
無弦は呆然と、その光景を見ていた。
これが概念。
これが、この世界の力。
そう思った次の瞬間。
怪物の身体が、不気味に脈打った。
仮面の下の目が、一斉に開く。
嫌な予感がした。
瞬間。
怪物の影が、地面に広がる。
その黒い影の中から、小型の化け物が次々と飛び出してきた。
犬ほどの大きさ。
だが顔だけは、人間みたいだった。
笑っている顔。
泣いている顔。
怒っている顔。
壊れた感情が、そのまま貼り付けられている。
何十体もの怪物が、一斉に無弦へ向かって駆け出した。
男が目を見開く。
「っ……分裂型か!!」
鎖では全部を止めきれない。
何体かが男の横をすり抜ける。
無弦は後退った。
一歩。
二歩。
背中が壁にぶつかる。
逃げ場がない。
小型の怪物たちが、一斉に飛びかかる。
その瞬間。
無弦の頭の奥で、何かが切れた。
耳鳴り。
視界が白く染まる。
世界の音が、全部遠くなる。
その代わりに。
心臓の音だけが聞こえた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
脈打つたび、頭の奥に“0”が浮かぶ。
暗闇。
巨大な零。
その周囲を巡る、無数の光の線。
無弦は、見た。
怪物たちの身体から、細い糸みたいなものが伸びている。
命。
存在。
繋がり。
そういうもの全部を束ねたみたいな糸。
何故か分かった。
あれを断てばいい。
そう思った瞬間。
無弦の右手が、ゆっくりと持ち上がる。
指先の前に、一本の黒い線が浮かんだ。
糸だった。
細く。
鋭く。
夜そのものを細く裂いて作ったみたいな、漆黒の糸。
小型の怪物が飛びかかる。
無弦は、ただ腕を振った。
黒い糸が、空を走る。
次の瞬間。
怪物たちの動きが止まった。
一拍遅れて、その姿が黒い粒子になって崩れていく。
砂みたいに。
煙みたいに。
跡形もなく。
静寂。
風だけが吹いた。
黒軍服の男が、目を見開いている。
無弦自身も、自分が何をしたのか分からなかった。
指先から伸びる黒い糸。
それはまだ消えていない。
空中で、微かに揺れている。
綺麗だった。
不気味なほどに。
まるで夜空を一本だけ切り取って、そのまま線にしたみたいだった。
その時。
巨大な怪物の本体が、鎖を引きちぎった。
轟音。
砕け散る鎖。
男が叫ぶ。
「避けろ!!」
だが、遅い。
怪物は無弦へ向かって飛びかかる。
今度こそ終わる。
そう思った瞬間。
無弦の視界に、“0”が浮かんだ。
黒い輪。
何もない穴。
空間そのものが抉り取られたみたいな、巨大な虚無。
怪物の腕が、その輪に触れる。
瞬間。
腕が消えた。
斬れたわけじゃない。
砕けたわけでもない。
最初から、そこに存在しなかったみたいに。
怪物が絶叫する。
だが、“0”は止まらない。
腕。
肩。
身体。
仮面。
大量の目。
全てが黒い輪に呑み込まれ、静かに消えていく。
数秒後。
そこには、何も残っていなかった。
風だけが吹いていた。
無弦は、その場に膝をつく。
全身から汗が噴き出していた。
呼吸が苦しい。
頭が割れそうに痛い。
視界が揺れる。
吐き気が込み上げる。
黒軍服の男が、ゆっくりと近づいてきた。
その目には、さっきまでの面倒そうな色はなかった。
代わりにあるのは、驚愕。
そして、ほんの少しの恐怖。
「お前……今、何をした……?」
弦は答えられなかった。
答えられるはずがなかった。
自分でも分からない。
ただ。
頭の奥で、あの三つの言葉だけが脈打っていた。
零。
無。
弦。
まるで心臓みたいに。
遠くで警報が鳴り始める。
赤い光が、零組区域を照らす。
学園都市アルカディア。
その最底辺に落とされた少年は、この日初めて、自分が“異常”であることを知った。
そして同時に。
この世界そのものを壊しかねない何かを、自分の中に抱えていることも。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
今回の作品は、連載中の『KIMEN:GOU』とはかなり違う方向性で、「概念能力」「学園」「最底辺からの逆転」をテーマに短く凝縮して書いてみました。
零無弦という主人公が、何も持っていないように見えて、実は誰よりも危険な存在かもしれない――そんな不穏さと、覚醒の瞬間のカタルシスを全力で詰め込んでいます。
そして、この作品は短編として投稿していますが、皆さんの反応次第では続きをかなり書きたいと思っています。
・零無弦が気になった
・能力や世界観が好きだった
・零組や学園の設定をもっと見たい
・続きを読みたい
そう思ったら、ぜひ感想やコメントで教えてください。
また、
・無課金無双
・KIMEN:GOU
・紅蓮
・ドラグーン
・境に生きる
・概念能力バトル(本作)
この中で、特に続きを読みたい作品があれば、それもぜひ教えてほしいです。
皆さんの反応を見ながら、次にどの作品を優先して書くか決めていこうと思っています。
零無弦の物語が、少しでも心に残ったなら嬉しいです。




