10代から20代に書いた詩
初めまして、天川裕司です。
ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。
また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。
どうぞよろしくお願い致します。
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
お暇な時にでもぜひどうぞ♬
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【YouTubeドラマにつきまして】
無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、
お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。
基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。
創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪
出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬
でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、
どうぞよろしくお願いします(^^♪
『復活の半生』
彼は、自分が信じる神に喜ばれる人に成りたかった。彼は、神の子に成りたかった。その為に先ず、彼は真実を欲しがった。この世で生きて居るにも拘らず、永遠に変わらない真実を見付ける事を求め、その為の努力を続けていた。しかし、俗世間は彼に厳しく打ち当たって、彼の真心と礼儀とを変え、彼の体裁と内実とは、彼自身でさえも変わった様に見えていた。鏡に映る自分の姿と、目に映る人と流行の姿の方がその内実よりも形が在った為、彼は自分の内実さえも変わった事に気付いて居た。変えられたその生きる道の先には悪い自分の内実と、体裁と流行とが携えられているのを彼は見たが、ここでも以前と同様に、内実を知る事が出来ず、姿形だけがはっきりと見えて、その姿形が今の自分の姿形と変わらない様に思えた為、それ等を良しとし、その生きる道を歩いて行った。彼にはそれ迄に得た友人が在り、暫く歩くその道の途中で友人が出来、孤独ではなかったが物書きであった。彼はよく、夜中に起きて物を書いて居たので、その周りの静けさが彼の空想の助け手と成って様々な事を彼に想わせて居た。彼は、その友人達と自分との間に空想により出来た壁を作り上げ、段々と自分とその友人達との距離を遠いものにして行った。彼が、その友人達の事を自分の事ほどに知らなかった為であり、又、臆病だったからである。彼は三つの頃からクリスチャンホームで育てられて居り、まるで生まれた時からそこに居る様に彼は自分を自分で崇める癖があった。幼少の頃から自己中心的に物事について考える癖がそのまま成長して、その成長した彼をも支配したからである。彼は、それが習慣であった為、自分の癖を癖として捉える事が出来ず、自然とはそう言うものだ、とまた独り納得した上で、その考え方を信仰の土台として強めて行った。彼は我儘な上に欲が強く、自己顕示と、異性に対してその欲がより発揮され、それ故に自分の信仰の内実よりも体裁として捉えた姿形の方を大事とした。彼にとって、生活が第一に在り、次に神への思いが在って、その思いに付随する形で信仰と教会、その教会に集う者達、その者達の信仰等が在った。彼が生活を第一とした為、彼の周りには信仰と教会に集う者達が集まらず、教会の外に居る者達、即ち俗世間でのみ生きる者達が集まり、その者達と自分の頭上に神が残った。故に、彼はなぜ自分が信仰生活を送り、教会へ行くのかについてよく理解せず、又、自分の周りに集った俗世間でのみ生きる者達の方が彼に近く、その者達が彼に知恵を付けたので、彼は、その理解の為に考える事をする余裕が無くなり、神を見失い、時間に追われる身と成った。こう成ったのも、彼が臆病だったからである。彼は自分がそう成ったのを俗世間でのみ生きる者達の所為だとして、その事は自然の内で起こる成り行きだとして、寄り道をする気分で、またクリスチャンとして神へ近付く為の理想の道にいつでも戻る事が出来るとして、神から離れて俗世間でのみ生きる者達と共に生活する事の失敗を大事としなかった。彼は、その俗世間でのみ生きる者に、それまで知らなかった人の葉から出る煙を経験する為に吸う事を教えられ、その煙を生きる為に吸うものとして、吸い続けた。自分が悪い道の上を歩いて行く事を彼は自ら知って居たが、この時も同様に、いつでも元の道へ戻る事が出来るとしてその失敗を大事としなかった。故にその悪い道に歩を進める際に彼はそれが悪い事だとする意識をすぐに隠す事に成功し、自分を麻痺させる術を覚えた。こう成ったのも、彼が臆病だったからである。彼は俗世間でのみ生活を繰り返して居たので、競争する事を教えられ、又、彼は生きる為にその競争は続けられるもの、とした。学校でも、職場でも、街中でも、人の熱を帯びた果ての無い競争が人によって続けられて居り、そのため彼もその競争に参加した。その競争は子供の頃よりも大人の頃の方が成長する為の経験の故により勢いを増すものとして在り、その成長段階を越える毎に彼の競争心には人の熱が灯り、一時は、その競争に於いて賞を貰う程の嬉しさを覚えた事により、自分で競争する種目を作るまでに成り、自分を偉人だと思い込む迄に成った。しかし、俗世間に生きる形の内に「『節度を保つ事』が世を渡る秘訣である」という言葉を知った為、彼はその競争の内でも一定の節度を保つ事を覚え、故に、彼の競争心は彼も気付かない内に安定して行き、やがて彼を苦しめる事に成った。彼の心はいつでもその競争心に火を灯し彼の心身を見得ない世間へと駆り立てて行く為、彼を安めず、これも人の麻痺が人に与える、彼の悩みと成っていた。彼は、厚いその競争心の熱を今度は冷ます事に努めて行った。目的を失った為、その内で体調を壊し、頭痛が続いて嘔吐し、その吐物を見た時に自分の身体の異変に気付いて神の自分への愛を求める様になった。その時は、その身体の苦痛の故に、その神の愛が自分にとって多少厳しい要求であっても仕方が無いと心を大きく拡げて居た。(中略)
私は、この世間と言うものを知りました。私の耳には、私の口から出た言葉が一番正直の様に聞こえます。どの様な場所に居ても、私の言葉が生きて残るのです。私に、あなたの言われた御言葉は書けません。しかし、私は不安の内から、確信の内から、あなたを信頼し、この世から天へ上る迄にあなたを信じたいと試みます。これでも私は自滅して居るのでしょうか。私のあとも先も、訳が分からなくさせる、幻に包まれて居ます。唯、あなたが示された過去の栄華に縋って生きる事は、この世間に於ける人の自然に背いて居る様なのです。あの教会に居る牧師は、常に、あなたの御声を聴いて居るのでしょうか。それとも、聴く努力を続けて、私達と同じ様に、時に聴こえて、実際、聴こえて居ないのでしょうか。私には、あなたの姿が分らないのと同じ様に、他人の中身が分りません。唯、見えるだけです。しかし見えて居る分、人があなたを無いものとする事があります。それも信仰による業なのでしょうか。あなたの印なのでしょうか。真実を見分けられない為の歯痒さは、今も私にあります。やはりあなたを信じ続ける姿勢が、この世の人の姿勢なのでしょうか。
私は今、生涯を懸けてする生業を、哲学を書く事、に決めようとして居ります。興味があるこの世の事をより深く知った上で、あなたの御国へ入ろうとした為です。あなたは言われました。不毛の地を彷徨う哲学は、人の言い伝えに過ぎず、それだけに人をあなたに依る真実から遠ざけるものである、と。私はもはや、罪の中に居ます。その哲学が構築した許容の内に、私は何か光の様なものを感じました。その光はやがて私の目を晦まし、人が創った暗闇の内に私を誘おうとしたのです。その暗闇さえもあなたの御手の上に在るのなら、と私はその闇を通り抜けた後であなたの光を見ようとしたのです。暗闇の内ゆえに小さな光が大きく見えただけかも知れません。どうか見守って居て下さい。最後には、どんなに私が汚れても、私をあなたの所へ引き上げて下さい。自分の周りが暗闇の故に、私はひたすら自分の行為から出た両刃を悔い改めて自分の盾とし、一層あなたを信じるでしょう。私はあなたの前で、自分の信仰を吟味します。そして、どうしても救いようの無い者と、少し、自分に就いて決め掛けて居ます。どうして、私がこの様な事を思うのでしょう。私の中に何が宿って居るのですか。私はあなたに祝福され、喜ばれる者に成りたいのです」。彼は、この頃はまだ教会へそれまで通り通って居た。(後略)
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
お暇な時にでもぜひどうぞ♬




