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第6話 ブラック化前史⑥ 決着

 攻めるも何も、ボールを安定して所有することすらできない。

 それでも何とか失点を防いでいたのは、ピッチの選手たちが自己ベストと言える、限界を超えた持久力で相手にプレッシャーをかけ続けていたからだった。

 長良先生がアップさせていたサブのボランチと左サイドバックの選手を交代ゾーンに立たせた。

 しかし、なかなかゲームの切れ目が訪れない。

 不穏な匂いのする速くて質の高いクロスボールが死神の鎌のように何度となく白鷺ゴール前に弧を描いた。

 キープするのはいつも、師厳館の選手だった。

 そしてついに、オーバーラップした相手CBの頭にドンピシャのタイミングで合わせられた。

 ゴール右上の角近く。

 ヘディングシュートが突き刺さった。

 そこからの約20分、師厳館イレブンは余裕を持って敵陣でボールを所有しながら、迷いなく残り時間を消費し続け、試合を決めた。

 彼らのスタミナ、技術、経験からすれば、それはたやすいことだった。

 終了のホイッスルが鳴った。

 敗戦。

 ベンチを引き上げ、駐車場の近くのスペースに集合した白鷺イレブンは、泣いていた。

 色んな思いの入り混じった涙だった。

 昨年度以来、前任監督は休みがちで、チーム状態も悪く、練習もままならなかった。

 不完全燃焼だった県総体。

 後悔が残る3年生の引退。

 前任監督の休業。

 長引いた指導者の不在期間。

 白鷺高校サッカー部は逆境の連続だった。

 そして、サッカー初心者の主顧問の就任。

 だが、その初心者というだけでなく、運動音痴も甚だしい、お門違いの顧問が選手以上に努力し、学び、成長してくれた。

 クラブから足が遠ざかっていた選手たちを、自然とグラウンドに戻し、チームを引っ張ってくれた。

 選手たちは、その姿勢に応え、報いた。

 今日の戦いにおいても、彼らは自分たちの意志で勝ちを目指し、自分たちの知恵で局面を判断し、自分たちの執念でゲームを作った。そのための力を惜しむことはなかった。

 試合に負けて流す涙だったが、今日の戦いに、そして長良先生と努力してきた日々に満足していた。

 だから彼らのその涙は、単純な「悔し涙」ではなかった。

「申し訳ない……僕のせいで負けた。僕のせいなんだ。自分が、情けない……。交代のタイミングをしくじった。それだけじゃない。自分がゲームメイクをできなかったから、勝てる試合を勝たせてあげられなかった。僕が、3年生をこんなに早く引退させてしまった。本当にお詫びのしようもない。」

 円陣の正面で、うつむいたまま、涙をぼたぼた落として泣き声で敗戦のスピーチをし、頭を下げた長良先生を見て、皆は逆に笑った。

 いやいやいや、という初日のツッコミを、再び入れたサッカー小僧がいたから。

 涙声だったけれど。

 白鷺らしい笑い泣きになった。

 相手は師厳館高校で、もし彼らを初戦敗退に追い込んでいたら、地元メディアだけでなく、サッカー界隈においては全国レベルのニュースになっていただろう。

 本当に勝ちたかったし、その希望はあったように思っていたけれど、もし、後半開始の段階から守りに徹していたとしても、おそらくは勝てなかったはずだと、ピッチで戦った選手だけでなく、ベンチの選手、応援の部員たちも感じていた。

 それだけ厳しい戦いだったし、持久力のいかんともしがたい差や、選手層の厚さは、戦術やテクニックでどうにかできるものでもなかった。

 また、2-1になってからの見事に統制された冷徹な試合運びは、白鷺イレブンに王者の強さと嫌らしさをまざまざと思い知らせた。

 誰も長良先生に負けの原因を押しつけるような選手はいなかったし、たとえ長良先生が何かのミスをしたとしたって、感謝こそすれ、なじるような気持ちになれるはずがなかった。

 その証拠に、3年生は引退後も、実によく練習に出席した。

 就職が決まっていた2名と、推薦で早々と進学先から合格をもらった1名は、毎日のようにグラウンドにやってきて、練習に参加したり、何くれと手伝ってくれたりしていた。

 受験組のうち、国際科の1人は志望校がそんなに高くなかったため、彼もまた、ちょくちょく顔を出してくれた。

 国際特進の1人と、理系の1人は、共通テストを受験し、国立2次に挑む予定だったから、さすがに合格が決まるまでは練習に参加しなかったけれど、帰り際にグラウンドに顔を出して、時々、挨拶をして帰っていった。ここで練習して、あの師厳館との死闘を戦いきったんだ……彼らはそんな目をして、懐かしそうにグラウンドを見て、受験勉強に戻っていった。

 そして、合格が決まるとその日にグラウンドにやってきて、ユニフォーム姿で報告をしてくれた。

 それもこれも、彼らが白鷺高校サッカー部で、競技サッカーを心ゆくまで楽しんできたからだった。

 そして、自分の意志で成長することの喜びを、心の底から味わった5か月間があったからだ。

 初めての選手権は、普通に見ればただの2回戦敗退だったが、相手チームの師厳館は結局その選手権予選で、M県のチャンピオンチームとなった。

 また、組み合わせの妙や、各試合の展開の妙があるし、チームも成長するのだから一概に比較はできないが、1-2というのは、その大会における対・師厳館戦の試合としては最もよいスコアだった。

白鷺に勝利後、師厳館は3回戦7-0、準々決勝5-0、準決勝4-1、決勝3-1で予選を終え、全国大会もベスト8まで駒を進めたのだった。

この選手権予選の盛り上がりを体験した長良先生は、宝物のような思い出をもらったと、心から思えた。

とはいえ、この時点でも長良先生には「代打監督」的な感覚があった。

とりあえず1年間、やり切る。

春には後任として、サッカーの専門家が着任するはずだ。

そうしたら、「副顧問」を引き受けてもいいかな…。

きっと、役に立てるはずだ。

だけど、その時、みんなとした約束をどうしようか…。

副顧問になることを考えると、少し、心がチクッとした。

いやいや……、違う違う。

1日1日を丁寧に。

長良先生は思い直した。

あまり先のことは考えない。

とりあえず自分が主顧問である限り、目の前の1日1日の練習を、自分にできうる限り充実させていこう。

そんな風に考えていた。

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