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第5話 ブラック化前史⑤ 荒れ模様

師厳館の監督は微動だにしなかった。

師厳館イレブンにも、動揺の様子は見られない。

声をかけあって、慌てず、いつも通りやることを確認し合う。

師厳館ボールで再キックオフ。

白鷺はプレッシャーをかける。

ボールは師厳館のトップ下からサイドバックへ、そしてボランチへ、さらにGKまで一旦、戻った。

GKが、クオリティーの高いロングキックで、ボールを白鷺陣まで送る。

ヘディングでの競り合い。師厳館のトップ下の選手の方が、白鷺ボランチよりも頭一つ高い。

が、セカンドボールをギャンブル気味に予測して動いていた白鷺トップ下の優等生の読みが当たり、自陣センターサークルの外からワンタッチで股割りFWに縦パスを送った。

繋がった、と思いきや師厳館のボランチの、スパイクの裏が脛を捉えるとんでもない当たりが股割りFWを襲った。

彼はよろけながらも、ボールをキープして進もうとしていたが、接触の直後に審判のホイッスルがけたたましく鳴った。股割りFWはボールをあきらめて速度を落とし、明らかに様子がおかしい歩き方で2歩、3歩と歩いてから、地面に両手をついて、馬跳びの馬ような姿勢になった。

わざとらしい倒れこみがなく、歩き方の痛々しさが本物だっただけに、ファウルの悪質さがより際だった。ソックスに血が滲んでいたが、それ以上に骨や関節に異常がないかが、心配される当たりだった。

レフェリーがレッドを提示し、両チームのベンチがどよめいた。

レッドカードを提示された師厳館のボランチは、ショックと動揺で顔を青ざめさせながら、心配そうに股割りFWに近寄った。

開始2分でのレッドカード。

会場に異様な雰囲気が漂った。

股割りFWは痛みをこらえる様子で、うずくまりながら大丈夫だ、大丈夫だというジェスチャーをしていたがすぐには立ち上がれず、二人がかりで肩を借りてようやく立ち上がったと思えば、先ほどの歩き方と比べても明らかに症状が深刻そうな、異常な足の引きずり方をしていた。

出血もしていたため、プレーは止められ、本部から担架が用意されたが、股割りFWはチームメイトの肩を借りてグラウンド外に出た。

10人対10人で試合が再開されたが、さすがの師厳館イレブンも、動揺を隠せていなかった。

一方の白鷺イレブンは、怒りを抑制しながら、こちらも動揺のただ中にあった。

テントの外で股割りFWを治療したのは、柔道整復師である彼の父親だった。

股割りFWの額に、脂汗がにじんでいた。

触診される声にも余裕がなかった。

しかし、本部からの、救急搬送を希望するかという質問に対しては、NOの返事だった。

息子の膝を曲げ伸ばしする中で、「きれいに入った」と感じる瞬間があったらしい。

しばらくすると彼は立ちあがって、右足を引きずりつつ、試すように少し歩き、そしてすぐにジョグを始めた。

父親の見立てでは、ごく軽い亜脱臼ということだった。

完全に関節が外れてしまうのではなく、外れそうになる状態を亜脱臼という。

すぐに手術が必要なものではないとはいえ、放置すると亜脱臼する癖がついてしまう場合もある。

本来は、テープで固定して靭帯についての精密検査が必要なケースだそうだが、押し切られる形で、父親は息子の背中を見送った。

5分後、股割りFWはピッチに復帰し、両チームの応援から拍手を受けた。

前半も40分になるころには、しっかりと調子も戻ってきていた。

試合は白鷺高校の有利に進んだ。

10人になった師厳館は、動揺の中にありながらも、随所にチャンピオンらしい強さを発揮し、質の高い個人技や見事な連携を見せるが、本調子からは程遠く、決定機に至る場面はほとんどなかった。

一方、白鷺は攻め続けることでリズムを作っていた。

しかし、師厳館のディフェンスを崩すまでには至らず、放った4本のシュートはどれも得点の匂いが薄かった。

前半を1-0で終え、ハーフタイムを挟んで迎えた後半。

柔道整復師の父親からよく話を聞いた長良先生は、大事を取って股割りFWに代えて、3年生の控えFWを投入することを提案した。

しかし、その案は結局、覆されてしまった。

股割りFWとキャプテンが相談して、長良先生に直談判した。

その場でジャンプとダッシュも行って、無事をアピールした。

柔道整復師の父親も、「先生が心配してくださるのはありがたいですが、大丈夫そうです。もし戦力としてお考え下さるなら、行かせてやってください」とお願いするに至った。

生徒同士で話し合って、保護者も納得してくれている。

長良先生にはそれ以上の反対は出来なかった。

後日、病院で精密検査を受けた股割りFWは、靭帯にも半月板にも血管にも神経にも何の問題もないという診断を受けた。日常生活を送りながら様子を見ていっていいでしょう、と言われた股割りFWは結局、1日も部活を休まなかった。これこそが白鷺高校サッカー部に今もなお「股割りレッドの奇跡」あるいは「股割りの功徳」のとして語り継がれている話のもとなのだ。

後半。

いざプレーが始まってみると、白鷺高校は前半とは打って変わって、押し込まれる状況が続いた。

一つには、基礎的なスタミナの部分で、師厳館に劣っていることが原因だった。

もう一つとして、師厳館はハーフタイム後、隠していたレギュラーを2枚投入してきていた。

一方の白鷺は、攻めるのか守るのか、判断が曖昧になっている場面が見られるようになってきた。

ハーフタイムのテント内では、このまま攻め続けよう、という確認がなされていた。

が、その意識はあるのに、実際のプレーでは体がついて行かない。

守りに徹するべきではないか、という思いが兆してきている選手は何人もいたが、それを確固として判断し、統一するシステムが白鷺にはなかった。

選手交代を通じて戦術を伝えるということに長良先生が思い至ったのは、相手がハーフタイム明けに投入した2枚に加え、さらに2枚の主力選手を投入し、それまでセンタリング一辺倒だったのが、急にゴール前にドリブルで切り込まれるようになって、その新しい局面に対応できないままに1点を奪われた後だった。

攻めるのか、守るのか。

1点を奪われることで、その迷いはシビアに変質した。

今や、試合の相はガラリと変わってしまったのだ。

2-1として試合を決めに行くのか、1-1のままPKを狙うのか。

ピンポイントでその判断が迫られる勝負所だった。

長良先生は、この試合をこう振り返る。

「ディフェンスを3枚投入して、絶対にPKを狙いに行く場面だった。」と。

しかし、なまじ長時間にわたってリードを保っていただけに、長良先生も選手たちも、そういうクリアな思考に至ることができなかった。

ある意味では、後半に入る時点で、すでに普通の精神状態ではなかったとも言える。

それは長良監督と白鷺高校サッカー部員たちにとって、何もかも初めての状況と言ってよかった。

3部リーグの試合を経験してはいたが、相手チームのサッカーに対するモチベーションはまちまちだったし、4連勝した試合は、どれも危なげのないイケイケドンドンの展開ばかりだった。

また、練習試合などでは接戦の試合もあったが、それらはそもそも、絶対に勝ちをもぎ取るというマインドの試合ではなかった。

今、目の前にあるのは負けたら即終了のトーナメント。

しかも、高校サッカーに打ち込む多くの選手が3年間の集大成として、多くのものを賭けて出場する選手権予選だ。

相手は県内随一のサッカー名門校であり、ここ数年では全国の切符をほぼ独占してきたチャンピオン校である師厳館高校。当然、選手たちのサッカーに賭ける意識は凄まじく高い。県内外から集められた有力選手たちが恵まれた環境でサッカーに打ち込み、レギュラーの座を目指して鎬を削っている。

そしてほとんどの選手は本気でプロを、あるいはサッカー推薦での大学進学を目指し、全国大会のピッチでスカウトの目に留まるよう、全力でアピールしようと覚悟して大会に臨んでる。

「白鷺ごときに負けるわけにはいかない」のだ。

片や白鷺高校は全国大会とは無縁で、ベスト16にさえ入ったことはなく、つい数か月前には部の崩壊に直面していたような状態だった。

もし白鷺が勝てば、「師厳館、初戦敗退」という大番狂わせとして、間違いなく地元メディアやネットニュースで報じられるような、そんなビッグネームとの試合。

その後半。

一点が値千金となる、ヒリヒリした接戦。

全て、未経験の要素だった。

気が付けば、ずっと自陣でボールを廻されている状況になっていた。


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