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第2話 ブラック化前史② 約束

迎えた翌日の放課後。

宣言通りグラウンドにやってきた長良先生を、サッカー小僧たちは珍しいものでも見るかのような笑顔で迎えた。

センセー、昨日の練習じゃヒッデー様子だったけど、今日も来てくれたんすね、という笑いだ。

つまりはささやかな歓迎であって、サッカー小僧たちの持つ、そのあたりの「文法」は長良先生にもちゃんと通じた。

気のいい子たちだ、と長良先生は思った。

何か小さなサポートをするたびに、律儀に「あざっす」とか「ありがとうございます」と言ってくれるサッカー部員たちに、好感を持った。

雑用をしていると、「俺、やりますから」と気を遣ってくれる選手もいた。

次の練習も、その次の練習も、長良先生はグラウンドに姿を現した。

顔を出すだけじゃなく、先生なりに、自分に対してマイルールを課していたらしい。

その①:グラウンドに入る礼儀として、最低限ジャージに着替える。

その②:活動の最初から最後まで、フルで参加する。

最初から、と言ってもミーティングからではなく、その前の段階から。

つまり、ライン引きやゴールの移動といった準備からだ。

そして練習後のあと片づけ、トンボがけ、自主練に至るまで。

つまり、ずっとだ。

その分、授業準備の時間はタイトになるし、学校内の係の仕事もたまっていく。

だけど、そこは歯を食いしばって、こなしていったんだそう。

初日の練習で、軽い気持ちで言った「毎日」という言葉だったが、全く考えなしに言ったわけではなかった。

教員生活を15年続けてきて、初めてクラブの主顧問になり、自分なりに組織を盛り上げてみたいという気持ちがあった。

どうせ次の4月には人事異動でサッカー経験者の先生が着任してきて、主顧問を代わってくれるだろう。

それまでは、自分で決めたことを続けよう。

そんな気持ちだった。

教員として中堅と呼ばれるような年になっていて、独り身だったというのも大きかった。

その③:キャプテンから予めメニューを聞いておいて、練習のサポートを行う。

シュート練習のボール出しはできないが、ボール拾いならできる。

助言はできないが、称賛の声を出すことならできる。

そういったことを、愚直に続けることにした。

1年生が昼休みに毎日グラウンド整備をしていると知ると、それにも混じった。

ライン引きはやがて、ちょっとした履歴書に書けるくらいには上達した。

多くの放課後、先生は誰よりも先にグラウンドに着いて、きれいにラインを引いた。

会議がある日は、会議前のちょっとした時間に一度グラウンドに立ち寄り、すれ違う部員に声をかけ、キャプテンと言葉を交わした。

そして会議が終われば、またすぐにグラウンドに帰ってきた。

出張の日であっても、よほどの遠方でなければ戻ってきて少しの時間でもサッカー部の活動に付き添った。

休日練習もフルで参加し続けた。

その⑥:分からないことや疑問があれば、そのとき一番近くにいる部員に、恥ずかしがらずに聞く。

最初、それらの質問は、どれも他愛ないものだった。

そんなことも知らないんすか、という類のやつだ。

スローインって、両手じゃないとだめなの、とかキーパーはどこまで手で触ってもいいの、とか。

インステップキックとインフロントキックってどう違うの、とか。

そうさせてほしいとミーティングで頼んで了承を得ていたから、部員たちは親切に教えてくれた。

ありがちなことだが、そういう簡単な質問であっても、上手に答えるのは部員にとって骨だった。

なんでスパイクが必要なの、と聞かれたって、みんな小学校のころから履いてきたものだし、だけど自分なりにスパイク選びの基準はあるし。

それを普遍化して伝えるのが、何気に難しい。

肩はハンドになるの、という質問を受けた選手もいた。

肩の上を使ったトラップはあるけど、正面から来たボールが「腕の上の方」に当たってハンドになったチームメイトの例を見たことがあるし、正直いって微妙なケースが多い。

審判だって迷うときがあるし、何しろ一瞬のことでもある。

その選手は一晩待ってもらって、「脇の一番奥の点から腕に引いたライン」というワードをジェスチャー付きで示した。

先生は、練習で出て来る専門用語も、すかさず近くの選手に聞いた。

バイタルエリアって何なのとか、くさびって何、とか。

センセーがめっちゃ質問してくる、という噂が広まって以前に離れていった部員もグラウンドにそれを見に来るようになった。

長良先生はそんな彼らにも気さくに質問してきて、もちろん、聞かれた元部員たちは親切に教えてあげた。

気が付けば、ごたごたの時期に離れていった元部員たちのほとんどが、何人かの新入部員まで連れて戻ってきていた。

その⑦:生徒の要望を聞く。

練習試合がしたい、と実際に言われたときは少し戸惑ったが、長良先生は前任校に電話をかけて、顔見知りだったサッカー部顧問に練習試合を頼んだ。

同じ高校とばかりやっているわけにはいかないから、あちこちに赴任している元同僚に電話やメールをして、それぞれの高校のサッカー部監督に口利きをしてもらった。

白鷺高校がうちの高校と練習試合をしたがってるみたいなんですけど、と言ってもらえれば、大体はすんなりと話が進んだ。

そして部員たちは殊のほか、練習試合を喜んでくれた。

その⑧:練習風景を撮影し、それを見返す。

もとは、試合で他校がビデオ撮影しているのを見て、予算要求して買ってもらったビデオカメラと三脚だった。

長良先生は、それで練習風景を撮影するようになった。

そして、特に気になる選手の様子や練習メニューを、職員室や家で見返した。

そんなことを3カ月も続けたていたら、先生はチームのこと、選手のことを誰よりも理解している存在になっていた。

そうして長良先生は、自主的にサッカーに関する勉強を始めた。

まずはルール。

JFAが出している競技規則を購入して読破した。

次に基本技術。

サッカー関連の本を読んだり、映像資料を見たりする。

そして戦術へと進んだ。

疑問点を尋ねる習慣は続いていたが、始めとは意味合いが変わってきていた。

秋が深まるころには、長良先生の質問に答えようとすることで、キャプテンや3年生は自分たちの練習を自然と見直すことになっていた。

助言ではなく、素朴な疑問を投げかけるという形で。

選手たちに一つ一つの練習の意味や、メニューの効果的な組み立てを自主的に考えさせられる、そんな「指導者」に、自然体でなり得ていた。

寒くなってきたころ、長良先生はごくたまに「仮説と実験」をチームに提案するようになった。

たとえば、左利きの選手で左サイドを揃えてみる効果の検証だとか、最も持久力のある選手二人をツートップに置いてみる効果の検証、といった具合だ。

もちろん、実験なのだから全く大外れのことも多かった。

だけど、選手たちは楽しみながら思い切ってそれに取り組んだし、はまると確実に効果を発揮した。

そうした検証は、白鷺高校サッカー部の新しい伝統になった。

そうして、選手権予選を迎えた。


このあと、キャラの設定をアドリブで変更して第3話を書いたのですが、パタリと後が続かなくなってしまいました。

ド素人で申し訳ありません。

しばらく練り直して、再開を目指します。

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