第1話 ブラック化前史① 始動
長良先生はスポーツとは、ほぼ無縁の人生を送ってきた。
運動が得意ではなく、中学生だった時は放置状態の卓球部の幽霊部員、高校時代はやや熱心な文芸部員だったという。
野球、サッカー、バスケットボール、バレーボール、陸上競技、水泳、柔道、剣道…どれも、全く興味がなかったのだ。
そうしたスポーツや、武道と呼ばれるものとのかかわりは、体育の授業をおいて他になかったらしい。
今の高校に着任して、副顧問になったバドミントン部にも全くと言っていいほど顔を出さなかったそうだ。
が、着任3年目のゴールデンウィーク直後、事態が急変した。
当時サッカー部の主顧問だった池井という先生が、心の病で突然、休職してしまったのだ。
その突然、というのが本当に最悪のタイミングで、GWの初目にあったインターハイ予選1回戦の会場に、当の監督が姿を見せなかったのだ。
学校的に、より正式な言い方をすると、「管理職から職務命令が出ていた公式大会引率の出張における無断欠勤」ということになるらしい。
副顧問にも引率を頼んでいなかったから、試合前の会場で選手たちは宙ぶらりんになった。
キャプテンから監督に電話するも、全く出てくれない。
LINEにも既読がつかない。
いよいよ試合開始時間になっても監督が現れないため、部員の一人が保護者に相談し、その保護者から休日の学校に連絡がいった。
たまたま休日出勤していた教頭先生がその電話をとって事情を聴き、慌てて監督に連絡を取るも繋がらず、2人いる副顧問にも電話が通じず、とりあえず生徒のスマホ越しに会場本部の先生に事情を説明し、急いで会場に駆け付けたときには既に45分押しの状態だった。
運がよかったのは、教頭が駆け付けた会場のグラウンドと学校とが、比較的近かったこと。
そして、直前の試合が延長までもつれていたことだった。
もしその試合が既定の90分で終わっていたら、遅刻により不戦敗となっていた可能性もあった。
ともかく急遽、監督席には教頭先生に座ってもらい、前後半を何とか戦ったが、0-5という大敗だった。
これで引退となる3年生は、泣くに泣けなかった。
実は池井監督がグラウンドに姿を現さないというのは、その日に始まったことではなかった。
さすがに公式試合を当日欠席するということはその日が初めてだったが、平日練習はもちろん、休日練習や他校との練習試合にも姿を見せないといったことが、ちらほらあったらしい。
一教職員としての勤務態度も良好とはいえず、職場での仕事ぶりも精彩を欠いていたり、当日に急に休むということが続いていたらしいのだ。
結局、GWを通して池井監督とは連絡がつかず、その期間に予定されていたサッカー部の練習は全てオフになった。
翌週、休みが明けてから教頭先生が監督の自宅を複数回にわたって訪ねるなどして詳しく事情を調査したところ、ようやく事態が明らかになってきた。
なんでも、株およびギャンブルがらみの借金が膨れあがっていて、それとともにアルコールへの依存が深刻化し、鬱状態になっていたということだった。
こちらの真偽は不明だが、休職直前、自家用車を運転していて事故を起こした、という噂もある。
とにもかくにも、サッカー部主顧問のポジションが、突然に空いてしまった。
その穴を誰が埋めるのか。
職員間でも、相当にもめたそうだ。
普通であれば、副顧問が主顧問に「昇格」するのが流れらしい。
しかし、専門家以外の人にとって、部活動の主顧問なんて、罰ゲームみたいなものなのだそうだ。
当時のサッカー部の副顧問というのが、一人は育休明けで時短勤務する3人の子持ちの女性。
もう一人は定年を迎えて再任用として働いているおじいちゃん先生で、どちらも主顧問のポジションは、能面のような無表情で拒絶したらしい。
そして、世にも見苦しい回避ゲームが始まった。
回り始めたお鉢を誰が受け取るのか。
多くの折衝を経て、バドミントン部の副顧問だった長良先生に白羽の矢が立った。
日本代表監督の名前も知らなければ、テレビで試合を見たこともない、そんな人が、サッカー部の主顧問に。
ワールドカップが4年に1度のペースで開催され、マスコミを中心に国中が盛り上がるのだから、そうした情報すら知らないというのは、いくら何でもサッカーに興味がなさすぎる。
もちろん「オフサイド」などというややこしい規則など知りもしない。
そんな人が、高校サッカーのクラブ主顧問を務めることになってしまったのだ。
僕が入部する4年前の話だ。
前任のギャンブル依存監督は部活動を疎かにしていたし、部内では様々な問題が生じていた。
そこへ、体育の先生ですらない、サッカー未経験の先生がやってくるという。
それも、さんざん待たされた挙句にだ。
サッカー部員たちの学校への不信感はマックスまで高まっていた。
辞めようかなという選手、実際に辞めていくレギュラー、もうおしまいだな、とニヒルな笑みを浮かべる上級生、顧問なんていなくたってサッカーはできるんだからやるしかないじゃんという前向きな1年生、バイトを探し始めるヤツ、といった感じで、毎日の部活の参加者も歯抜けみたい状態になっていた。
でも、何だかんだで、残ってたメンバーは新しい顧問に興味を持っていた。
授業おわりの休み時間なんかに、「時の人」である長良先生に声をかけてみたり。
センセー、サッカー部の顧問になったってほんとっすか、みたいな感じで。
そーなんだよー、全然サッカーの経験ないんだけどねー。
出鼻をくじかれてテンションが下がり、顔を見合わせるサッカー部員。
そうして迎えた、新顧問就任初日。
何はともあれ新しい先生が来てくれるというので、残っている部員は結構集まった。
センス0の古いジャージを着て、色とりどりの練習着の部員たちの前に立った長良先生は、簡単なスピーチをした。
自分はサッカーのことは何も知らないし、運動が得意でもない。
だから、君たちが上手くなるための役には立てない。
だけど、大会の申し込みや予算の執行に関しては、責任を持ってやる。
試合の引率もする。
希望があれば、練習試合も組めるように努力する。
ひとまず、君たちの活動を見せてもらおうと思う。
一人の大人として、できる範囲で、君たちのことを応援する。
そんなスピーチだった。
休み時間に話しかけに行くタイプのサッカー小僧が、ここでもしゃしゃり出たらしい。
先生もやってみないすか? ほら、ジャージも着てきてるし。
え…、と戸惑う長良先生。
と、そこへ。
どこのサッカー部にも一定数、品行方正な優等生が混じっている。
先生、スパイクなしで大丈夫ですか、と助け船を出した。
長良先生の足元は、普通の運動靴だった。
あ、そうか、スパイクじゃないとダメなんだね。
ほっとする長良先生。
そこへ人懐こい組が、無理しなけりゃ大丈夫っしょ、と軽いノリの再反駁を試みて、なんとなくやる流れになってしまった。
そうして、ためしに練習に混じってみた長良先生だったが、てんで話にならなかった。
最初のランニングに付いて行けず半周以上遅れて走り終えると、準備運動に入る前に地面に片膝ついて息を切らしていた。
基礎練が始まると、キックはひどいものだし、飛んできたボールに足はかすりもしない。
何もないところで転ぶ。
眼鏡は、2回飛んだ。
無様すぎて、見ていられないパターンのやつだった。
結局、先生は途中で見学に回った。
終わりのミーティング。
すごいね、君たちは、と髪をぼさぼさにした長良先生は言った。
毎日、ハードなことしてるんだね、いい経験になったよ。
練習にはついて行けないけど、たまには、また混ぜてもらおうかな。
いやいやいや、と弄り大好きなサッカー小僧は、笑いを取りにくる。
笑いが起きて、悪い雰囲気じゃない。
部員達からすれば、期待はしてなかったけど、まあ、そんな悪くないよな、といった感じだった。
リタイヤしたとはいえ、ちゃんとグランドに来て、あいさつをして、途中まではいっしょに汗を流したのだ。
運動部員という種族は、そういうところは、ちゃんと評価する。
笑顔の部員を前に、長良先生は続けた。
それはまあ、ともかくとして手伝いなんかは僕にもできると思うし。
できれば、毎日見に来ようと思うけど…。
先生は、笑ってそう言った。
「毎日」という言葉に、部員たちは敏感に反応した。
本当なのか、嘘なのか、答えがはっきりと判別できる言葉だから。
その年に入って3カ月ばかり、大人のダメさや、保身や、事なかれ主義をいやというほど見せられてきた彼らは、さっきまでの笑いを消して顔を見合わせたり、半信半疑の上目遣いで先生を見たりした。




