やり直し
あの子に「好きだ」と伝えた。
『ちょっと考えさせてください』
その瞬間、頭が真っ白になった。
常に何かしらを考えているような自分だが、その時に人生で初めて思考がストップした気がした。
世間一般には、保留は断られることと同義らしい。俺もそれは肌感で感じていた。
家に帰ってからは次の出会いがあると言い聞かせてみるも、あの子への思いが理性を上回る。
人はよく、振られた後の慰めに異性は星の数ほどいるとか曰うが、俺の見る夜空に輝くのはたった一つの星だけ。それ以外はただの空に浮かぶ粗大ゴミだ。
あの子に伝えたのは「好きだ」の一言だけ。もっと伝えたいことがたくさんある。なんで好きになったのかだって、俺がどんな思いでこの一年過ごしてきたのかも。何も伝えられていないじゃないか。
好きだ!君が好きだ!俺はまだ君のことなんて全然知らない!俺のことも知ってもらえてない!だから!もっと知りたいし、知ってほしい!俺には君しかいない!君以外見えない。見たくもない!
もう終わりたい。
全てを終わらせて楽になろう。
俺は枕元の携帯を手に取った。
「もしもし。返事、聞かせてくれないかな」
「うん。ごめんなさい。私、先輩とは付き合えないです」
「そっか。話してくれてありがとう。それじゃあね」
俺はベッドから立ち上がり、ベランダに出た。
「死んだら、やり直せるかな」
そして夜の街中に、鈍い音が響いた。
◇
目を開けると、そこはどこかの教室だった。
教師が前で板書をしていて、周りの人間たちも、それに合わせてノートに筆を走らせる。
ここ、高校か?
走馬灯というやつだろうか。嫌なものを見せやがって。ここには何の思い出もないというのに。
「ここ、テストに出るからなー」
ポケットの携帯で日付を見れば、2021年 7月3日。
高校二年の頃の記憶ということか。
いや待て。これは俺の記憶のはずだよな?
でも、なんで着ている制服が違うんだ?俺の高校は学ランだった。なんでブラザーなんて着ているんだ。おかしい、何かが違う。
違和感は他にもある。高二の夏だというのに、なぜ今さら二次関数の基礎を授業で取り扱っているんだ。教科書が数Ⅰだ。
周りにもほとんど知っている奴がいない。高校時代のクラスメイトが一人も見当たらない。いや、そんなはずはない。これは走馬灯なんだ。だから、いるはず。誰か知り合いは…。
「な、なんで…」
なんで、君がここにいるんだ。
窓際の俺の席から離れた対岸の廊下側の席。そこに少し幼いあの子が座っていた。
俺があの子と知り合ったのは間違いなく大学だ。彼女は俺の一つ下で、俺の高校とは別の隣の市の高校に通っていた。これは一体…。
俺は不思議とこのあり得ない状況に高揚していた。
これから始まるのはただのやり直しではない。違う世界線からのやり直しだ。