『手のひらの沈黙』
家に着いたとき、空はすっかり晴れていた。
さっきの雷の音が、ほんの気のせいだったかのように、
鳥の鳴き声が街に戻っていた。
「ただいま」
玄関の引き戸を開けて、脱いだ靴をそろえる。
母の返事はなかった。いつものことだ。
遅番のある仕事だから、家にいない日も多い。
僕は静かな廊下を歩いて、自分の部屋に戻る。
制服のまま、畳の上に寝転んだ。
背中がじんわりと汗ばんで、湿った草のにおいがまだ残っている気がした。
──ポケットの中。さっき拾った“あの葉っぱ”が、ずっとそこにある。
僕は、手のひらに取り出してみた。
焦げたような色なのに、火傷するような感じはない。
それどころか、どこか、ひんやりしている。
「なんだろう、これ……」
ぼそりと声に出した瞬間、ふと、部屋の隅にある鉢植えが、かすかに揺れた。
窓は閉まっている。風は入ってこないはずだった。
なのに、リビングの観葉植物──
ポトスの葉が、まるで何かを合図するように、ぴくりと跳ねた。
思わず近づいてみると、葉が一枚、こちらに向かって伸びるように動いた。
ゆっくり、まるで触れてほしいとでも言うように。
僕は手を伸ばした。葉っぱの先が、僕の指先にそっと触れ──
その瞬間、ポトス全体が、ふわっと葉をひらいた。
まるで、大きく息を吸い込むように。それも、僕の鼓動とまったく同じリズムで。
息をのんだ。
なにか、おかしい。けれど怖くはなかった。むしろ、どこか懐かしい感覚だった。
僕は自分の胸に手をあてて、もう一度“燃えない葉”を見た。
その葉が、わずかに……本当にわずかに、震えていた。
「……まさかね」
苦笑しようとしたそのとき──部屋の空気が、すっと冷たくなった。
扉の隙間から、風が吹き込んでくる。
部屋中のカーテンがそよぎ、壁にかけた写真がかすかに揺れる。
でも──窓は、閉まったままだ。
その風は、どこからかやってきて、
まるで僕の背中を押すように、やさしく頬をなでていった。
そして、そのあとすぐ。
ポケットの中に残していた“燃えない葉”が、静かに、空中を舞った。
自分で落とした覚えはない。
けれど、葉はひとりでに宙に浮かび、くるりと回って、僕の肩に、そっと落ちた。
まるで、
**「やっと、見つけた」**とでも言いたげに。