第十七話:最後の嘘、あるいは始まりの真実
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ゼロの宣告が、無音の刃となって、俺たちの魂を切り裂いた。 投票の時間は、終わった。 もう、誰も、何も変えられない。 俺は静かに目を開けた。不思議と、心は凪いでいた。これが、道化師の幕引きに相応しい。俺の嘘は、俺自身を、生贄の祭壇へと導いたのだ。
『――投票結果を発表する』
蒐集家の声が、厳かに響く。 ラウンジの中央に、ホログラムの集計盤が現れた。 一人ずつ、名前とその人物が誰に投票したのかが、映し出されていく。
【投票結果】
・獅子堂 剛 → 鬼頭 大輔 (当然だ。彼は、俺の忠実な犬であり続けることを選んだ)
・三上 弥生の配下の男 → 黒崎 譲 (恐怖による、完全な支配。これも、当然の結果)
・怯える男 → 鬼頭 大輔 (彼は、俺の最初の提案という、罪悪感の少ない藁に、最後までしがみついた)
・怯える女 → 黒崎 譲 (彼女は、三上の正論という、より強い風に、最後の最後で、なびいた。これもまた、弱者の生存本能)
これで、鬼頭に二票。俺に二票。 残るは、四人。俺、三上、神楽坂、そして、鬼頭。
・鬼頭 大輔 → (無効票) (彼の魂は、もう、ここにはない。ペンを握ることも、誰かの名前を書くことも、できなかった)
・黒崎 譲 → 鬼頭 大輔 (俺は、最後の最後まで、俺の嘘を、貫き通した。偽善の仮面を、被り続けた)
・三上 弥生 → 黒崎 譲 (彼女の憎悪は、決して、ぶれることはない。その刃は、真っ直ぐに、俺の心臓を、捉えていた)
これで、鬼頭に三票。俺に三票。 同数。 全ての視線が、ただ一人、まだ投票結果が表示されていない女に、突き刺さる。 神楽坂怜。 彼女の一票が、俺と鬼頭、どちらかの、あるいは、俺たち両方の、運命を、決定づける。
彼女は、俺を見ていた。その瞳は、もはや、俺を分析する研究者のものではなかった。 初めて、そこに、人間的な、ほんのわずかな「揺らぎ」のようなものが、見えた気がした。
そして、最後の結果が、表示される。
神楽坂 怜 →
息を、呑む。
→ 黒崎 譲
決着。 鬼頭に三票。俺に四票。 敗者は、俺。
ラウンジが、安堵と、恐怖の入り混じった、奇妙な溜息に包まれた。 三上は、静かに、俺を見ていた。その瞳は、こう言っていた。「ほらね、あなたの嘘は、誰も救えなかったじゃない」と。 獅子堂が、「そ、そんな……」と、信じられないものを見るように、俺と神楽坂を、交互に見ている。
俺は、静かに神楽坂に視線を送った。 「……なぜ?」 声に出さず、唇だけで、そう問いかけた。 彼女は、俺の問いを、正確に読み取った。 そして、彼女もまた、唇だけで、静かに、答えた。 その答えは、俺の、そして、おそらくは三上さえも、想像しえなかった言葉だった。
「――あなたの方が、面白いから」
面白い。 ただ、それだけ。 彼女は、論理でも、感情でもなく、ただ、知的好奇心という、最も純粋で、最も残酷な、行動原理で、俺を、選んだのだ。 俺という、嘘つきな道化師が、この地獄の果てで、一体、どんな結末を迎えるのか。それを、特等席で、見たかった。そのために、彼女は、俺を生かし、そして、俺を、この最後のゲームの、敗者にした。 敗者、だが、まだ、生きている。
『――投票は、終了した』 蒐集家の声が、響く。 『敗者は、黒崎譲。よって、最後の晩餐の席に、君の席はない』
だが、俺は、まだ、消滅しなかった。 どういうことだ? 俺は、敗者になったはずだ。 その、俺の疑問に答えるかのように、蒐集家は続けた。
『だが、君の最後の告白は、実に、興味深かった』 『よって、君には、特別な役割を与えよう』 『君は、この晩餐の、給仕となるがいい。生き残った七人の聖者たちに、パンを配り、水を注ぎ、彼らの最後の宴を、その目に、焼き付けるのだ』
それは、罰だった。 死よりも、残酷な。 生き残った者たちの、幸福(あるいは、次の地獄)を、ただ、指をくわえて、見ていることしかできない。 観客になることさえ、許されない。 舞台装置の一部として、そこに存在し続けること。 それこそが、道化師である俺に与えられた、最後の、罰。
俺は、力なく、その場に、膝をついた。 完敗だ。 俺の嘘は、全て、見抜かれ、その上で、弄ばれた。
円卓に七人が着席する。 神楽坂が、三上が、獅子堂が、鬼頭が、そして、残りの者たちが。 彼らの前には、パンと、水が置かれている。 俺の席だけがない。
俺は、立ち上がった。 そして、給仕として、最初の一人、神楽坂怜の前に立ち、水差しを手に取った。 彼女は、俺を見上げていた。 その瞳には、勝利の優越と、そして、共犯者を見るような、仄暗い光が、宿っていた。
最後の晩餐が、始まる。 そして、この晩餐の終わりこそが、この地獄の、本当の最終ゲームの始まりなのだと、俺は、まだ知らなかった。




