第十四話:道化師の告白、俺という罪
スポットライトの熱が、肌を焼く。 観客たちの、好奇と侮蔑が入り混じった視線が、無数の針となって突き刺さる。隣では、獅子堂が、子羊のように震えていた。 神楽坂は、論理で魂を解剖した。 三上は、憎悪でルールを焼き払った。 凡庸な罪も、ありきたりな赦しも、もはや何の価値もない。この壊れた舞台で、俺が演じるべきは、聖者か、罪人か。 どちらも違う。 俺が演じるのは、道化師だ。 この地獄そのものを、壮大な茶番劇へと、引きずり下ろす。
俺は、聖者の椅子に座ったまま、ゆっくりと口を開いた。 「始める前に、一つ、訂正させていただきたい」 その声は、静かだったが、ラウンジの隅々まで響き渡った。 「罪を告白するのは、彼ではない」 俺は、震える獅子堂の肩に、そっと手を置いた。 「――俺だ」
ラウンジが、どよめいた。 ルール違反。聖者が、罪を告白する? 前代未聞だ。 蒐集家の声が、興味深そうに響く。 『ほう? 面白い。続けてみろ、道化師』
俺は、獅子堂の前に、深く、深く、頭を垂れた。聖者が、罪人に。 そして、俺は、語り始めた。 俺自身の、罪を。 だが、それは、第十話で見せた、父の心を壊したという、個人的で、矮小な罪ではない。 俺は、その罪を、この地獄の舞台に相応しい、普遍的で、そして、救いようのない、人類の原罪へと、塗り替えてみせた。
「俺は、父を殺した」 俺は、静かに言った。 「だが、それは、ナイフで刺したとか、毒を盛ったとか、そういう物理的な話じゃない。俺は、希望で、父を殺したんだ」 俺は、父が三流の手品師だったこと、客のいない舞台で、それでも魔法を信じていたことを語った。 そして、あの日、父が舞台で失敗したこと。俺が、父を助けたい一心で、より優れた技術で、その場を繕ってしまったこと。 「俺の、優しい嘘が、父の、拙い真実を、殺した。俺の、未熟な正義が、父の、誇りを、完全に破壊した。俺は、善意という名のナイフで、最も愛する人間の魂を、刺し殺したんだ」
ラウンジは、静まり返っていた。 俺は、続ける。ここからが、この劇の、本番だ。 「そして、その時、俺は、気づいてしまった。この世界で、最も人を傷つけるのは、悪意ではない。最も残酷なのは、純粋な憎悪ではない。本当に恐ろしいのは――」
俺は、ゆっくりと顔を上げた。 そして、ラウンジにいる全員の、いや、この狂ったゲームを覗き見ている、全ての観客の、魂に直接語りかけるように、言った。
「――救済しようとする、その傲慢さだ」
「誰かを助けたいと願う、その心だ。誰かを赦したいと欲する、その浅ましさだ。人は、誰かを救おうとする時、無意識のうちに、相手を見下している。『可哀想なあなた』を、『優れた私』が救ってあげる、と。その、神を気取る、醜悪なエゴこそが、人の心を、最も深く、静かに、殺していく」
俺は、立ち上がった。 そして、罪人であるはずの獅子堂ではなく、このゲームの支配者、蒐集家に向かって、両腕を広げてみせた。
「あんたたちが、今、やっていることそのものだ!」
「あんたたちは、俺たちの絶望を買い取り、救済を与えているつもりか? 違う! あんたたちは、ただ、安全な場所から、俺たちの不幸を覗き見て、自分の優越感に浸っているだけだ! 俺たちの魂に値札をつけて、弄んでいるだけだ! それが、どれほど、俺たちを、俺たちの人間としての誇りを、殺しているか、考えたことがあるか!」
俺の言葉は、もう、告白ではなかった。 告発だ。 このゲームの、欺瞞そのものへの。
「俺の罪は、父を殺したことだ。そして、あんたたちの罪は、今、この瞬間も、俺たちを殺し続けていることだ!」 「だから、俺は、赦そう!」 俺は、叫んだ。 「俺は、聖者として、ここにいる全員の罪を、赦す! この地獄の観客である、あんたたちの罪も! そして、何より――」
俺は、再び、獅子堂に向き直った。 彼の瞳に、初めて、確かな光が戻っていた。それは、俺の言葉に、自分の人生を、重ねている光だった。 「――父を殺した、この俺自身の罪を! 俺が、赦す!」
俺は、獅子堂を、力強く抱きしめた。 聖者が、罪人を。罪人が、聖者を。 二つの役割は、溶け合い、一つになった。 「俺たちは、誰もが、加害者で、被害者だ。誰もが、罪人で、聖者だ。誰も、他人を、一方的に、裁くことも、救うこともできやしない!」 「できるのは、ただ一つ! 己の罪を認め、それでも、隣にいる誰かの、罪を、共に背負うと、覚悟することだけだ!」
ラウンジは、完全に、沈黙していた。 それは、畏怖でも、嫌悪でもない。 困惑だ。 自分たちが、ただの観客ではなく、この劇の、当事者なのだと、突然、突きつけられた者たちの、純粋な、困惑。
俺は、賭けに勝った。 神楽坂が論理で罪を無効化したのなら、俺は、感情で罪を無限に拡散させてやった。 三上がルールを憎悪で破壊したのなら、俺は、嘘でルールそのものを茶番へと昇華させてやった。
やがて、モニターに、スコアが表示された。 それは、数字ではなかった。 ただ一言。
『判定保留』
蒐集家は、この劇を、評価できなかった。 いや、評価することを、放棄した。 俺の嘘は、このゲームの根幹を揺るがし、システムの、測定限界を超えたのだ。 第三幕は、終わった。 そして、この地獄のルールは、今、俺の手によって、完全に書き換えられた。




