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第4章|遺伝子は誰のものか

視点:ミナ・ハヤセ(医師)

舞台:東京・第六開発圏〈遺伝子特区ゴーシュ〉、ロウシティ地下診療所


命の価格表


暗号コードで開かれたエレベーターが地下9階に到着した。ミナが足を踏み入れたのは、空港のように広大な研究室だった。静かすぎる空間の中央には、ガラス越しの胎児成育チューブが30本、規則的に並んで「眠っていた」。


「……これが、代理出産?」ミナが呟くと、エリカは無言で頷いた。「この子たちは依頼主の遺伝子をもとに、強化ナノとの親和性を調整して人工授精されています。妊娠期間は7ヶ月に短縮され、引き渡し後に“最初の記憶”がナノで植えつけられます。」

「……生まれた瞬間から、記憶も設計されている……?」ミナの声が震えた。


「はい。愛着形成、言語発達、性格傾向まで“最適化”された、**親が望む通りの“子ども”**です。」

「もう、“生まれる”じゃない……“つくられる”……子どもが、完全にマーケティングされた商品になっている……」ミナは震え、その足で地下診療所へ戻り、「遺伝子無登録児」の保護制度立ち上げを誓った。これは国家にとって「公的存在の否認」とみなされる反逆だった。


ミナがその女と初めて出会ったのは、夜の診療所だった。灰色のダウンジャケットに身を包んだ女は、スモーク眼鏡越しに周囲を静かに観察していた。「ハヤセ先生……で間違いないですか?」落ち着いた声には人工発声フィルターの処理音が混じっていた。ミナは直感的に「国家関係者か」と身構えた。


だが女は胸元から【元・ジーンスフィア社 第三開発課 遺伝子分析部門】と書かれたカードを差し出した。名前はエリカ・ミズノ。三週間前に職務を放棄し、身を隠していたという。彼女の口から語られたのは、ナノ医療の根幹を揺るがす“事実”だった。


エリカの告発

「ジーンスフィア社は、国内の全ナノ導入者のDNAを“医療モニタリング”として収集していました。ですがそのデータは、匿名化されるどころか、遺伝子IDに名寄せされ、売買可能な**『資産』として運用されていたんです**。」

ミナは凍りついた。「匿名データじゃなかった……?」

「ええ。特に注目されているのが、特定の病変に対する**“遺伝子耐性”の持ち主**。つまり――“病気になりにくい身体”のDNAは、金になるんです。」それは治療ではなく、“所有”だった。


エリカは続けた。「もっと酷いのは、“未発症因子”の扱いです。例えば、将来がんになる可能性が1.2%ある子供のDNAに、特定の微細変異があるとわかったら――企業はその子の親に、“保険料の増額”を勧める。一方で、その変異パターンを富裕層の代理出産設計図に組み込む。つまり――“病弱な遺伝子”は差別され、“健康な遺伝子”は売られる。」


Genotype Market

エリカが持参したタブレットを、ミナは旧式プロジェクターに接続した。映し出されたのは**「Genotype Market」**と書かれた画面だった。


▷ ID:#PN-229100812-C

▷ 項目:高耐性DNAパターン(免疫・肝機能)

▷ 提供元:国家衛生ネットワーク

▷ 所有権:スフィア・バイオ財団(登録認証済)

▷ 市場評価額:¥3,880,000/1パターンあたり


「……これは」ミナは絶句した。「国が、私たちのDNAを“売った”というの?」

「国家は“安全保障の一部”として収集したと言っています。でも、現実にはその裏でバイオ特区の企業と情報共有契約を結んでいたんです。」


ミナの決意

「私が診た少年──彼のナノが“未知の挙動”を見せていたのも、民間企業が施した独自アルゴリズムだった可能性が高い。つまり、私たちの患者は**“商品化された命”だった**……」

ミナはその瞬間、診療所のロゴに目をやった。


NO TAG, NO TRACE, NO CONTROL


この言葉が、単なるスローガンではなく、「命の非商品化」を守る唯一の原則であると、骨の奥まで実感した。


少年の遺伝子レポート

ミナは診療所で保管していた少年のナノデータを照会し、国家医療クラウドに接続した。


「アクセス履歴:2件」

▷ アクセス元:厚生セキュリティ局(匿名化済)

▷ アクセス元:ジーンスフィア社第7研解析部(遺伝子耐性評価完了)


【評価結果】:医療資産グレード「A」

【リスク】:自己免疫性疾患の発症可能性「低」

【市場提案額】:¥4,200,000(交渉中)


──すでに、少年の命は“査定”されていた。

ミナは覚悟を決める。「私は医者として、“命の見積もり表”にサインはしない。」

その夜、彼女はエリカとともに、国家バイオネットを逆探知し、「遺伝子登録解除リクエスト」を非合法的に生成するプログラムを走らせた。

それは、生きる権利を「値段」から奪還する戦いの始まりだった。


Design Genome Industry

分類:非合法医療経済圏レポート(匿名医師アーカイブ)

発信元:ミナ・ハヤセ診療所/地下データノードT-2093


Genotype Market:遺伝子資本主義の中枢

■ 表向きの構造:

機関名役割登録名義

スフィア・バイオ財団医療データ保管機関国家医療連携法に基づく

遺伝子倫理証券取引所(GESE)「疾患リスク因子」や「健康耐性コード」を商品化・価格評価公開市場で購入可能

ナノ・パターン評価局(NPEB)ナノボットが解析したDNA配列を匿名評価AIによるランク付け(S〜D)


■ 裏面構造:Deep-Bio Layer(D層)

いかなる倫理委員会もアクセス不能。クラウド内に構築された匿名プロトコルに基づく取引所。


【非公開コード】

“未出生個体設計サービス”(G-BABYオプション)


“疾患回避設計”(遺伝子リスク編集付き)


“将来的知能因子配列の上乗せ”(NeuroGene-Enhancement)


【プレミア遺伝子の取引例】

ロットID内容買主

#GXP-80933高記憶保持パターン(7世代持続型)北アジア新興財閥

#ZC1-22019心疾患耐性 + 骨密度増強コードEU圏ナノスポーツ協会

#HYX-44401自閉傾向遺伝子除去パッケージ無名:イスラエル系ベビーラボ


■ 闇取引の流れ:

ナノ診療データの自動送信(国家義務)


匿名名義でGESEに登録 → 自動査定


高評価コードに対し“クロス相関AI”が設計候補を提案


富裕層が“胎児設計オーダー”として入札 → 正式設計ラボへ納入


胎児設計と代理出産契約(平均価格:2800万〜1億円)


デザインベビー産業:美と知と資産の選別

■ 産業名:Genetic Aesthetic & Intelligence Service(GAIS)

“健康と才能を選ぶ自由”を掲げる民間企業群による、完全遺伝子設計胎児の製造・出産サービス。


主要提供オプション:

サービス内容

外見デザインパック瞳・骨格・皮膚・対称性、20項目カスタム可

知性強化オプション空間認識・言語系統・神経伝達の高活性型を埋め込み

疾患リスク除去20種以上の疾患発症遺伝子をCRISPR変異除去

“血統保存”データベース付属家系コード化による継代追跡(貴族的流通)



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