あなたの頭が悪いのは、あなたのせいであって私のせいではありません。【王子妃編】
夫になった第1王子セルジュとメリアン・ソネット男爵令嬢が、腕を組んでこちらへ歩いてきます。
彼女は、舞台女優を目指してるのかしら?
ドレスが視界に入るだけで、視力が低下していきます。
目がチカチカするのです。
ここは王宮の廊下です。
「あら、お飾り妃殿下ではありませんか。
新婚初日から、お仕事ぉ?
それはそうよね! 夜のお勤めがない分、体力が余ってるものね!
羨ましいわぁ~。私なんて、やっとさっきベッドから出られたんです~。
代わってあげたいわぁ~。
昨夜も立場を教えて差し上げたくて、夫婦の寝室に行ったのにメイドが『妃殿下は自室で、お休みです』って~。
まるで負け犬ね! そんなに殿下から『愛することはない』と言われるのが怖かったのかしら~。
だったらもう少し私達に、媚の1つも売りなさ──」
「衛兵」
わたくしの掛け声と共に護衛たちがソネット男爵令嬢を拘束し、駆け付けた兵士に引き渡します。
「きゃっ! 痛いっ」
「おい、何する? メリアンを離せ!」
「貴族牢で構わないわ」
兵は皆、王子を無視してソネット男爵令嬢を引っ張って行きます。
この国では王族を面前で侮辱すると、打ち首なのです。
それは法で定められているので、王子の一存では覆りません。
湯浴みを終え、寝支度をしているとセルジュ王子の来訪がありました。
「夜這いなら、お断りです」
テーブル越しに告げました。
寝る前なので、飲み物はハーブティーです。
「夫婦なのに夜這いって何だ?!
いや、それどころじゃない!
メリアンを解放してくれ!」
侮辱された王族が「恩赦する」と言えば罪人は牢から出られます。
「取引条件は?」
「取引だと?」
「ええ。ソネット男爵令嬢を生かしてやるメリットが、わたくしにありませんので」
「……君は、俺達を応援してくれてたんじゃないのか?」
「いつ、そんな話になりまして?」
「てっきり……君にとってメリアンは邪魔なのか?」
「いいえ、どうでもいいです」
「そうか……希望はあるか? 取引の」
「ソネット男爵令嬢に王子妃教育を受けさせ、1年後に側妃にしてください」
「俺とは離婚できないぞ、ローズハート」
「第2王子殿下が王太子になれば、わたくしはお役御免ですので」
2歳下の第2王子が学園卒業と共に結婚し王太子になれば、わたくしたちの仕事の大半がそちらへ引き継がれます。
「それでも離婚はしない」
「……今は、それで構いません」
1年後。
セルジュ王子とソネット男爵令嬢の挙式は、側妃にも関わらず盛大に行われました。
「ウフフ、アハハハハハ!」
披露宴が終わり、バルコニーで休憩していると背後から激しめの笑い声がします。
ボリュームが大きいので、耳と腹にズンズン来ます。
振り返ると、金ピカなドレスを纏った側妃でした。
金はセルジュ王子の髪色なので「あたし王子妃ドヤァ」みたいなノリでしょう。
やり過ぎです。
しかし王子妃教育が辛かったのか、頬が痩けています。
そして気が狂ったのでしょう。
わたくしを見ながら爆笑しています。
「墓穴を掘ったわね!」
何のことでしょうか?
「私に仕事を押し付けて、楽しようとしたのでしょう!
残念ね、私はセルジュ様の相手で忙しくなるから、これからもあなたの仕事はあなたの物よ。
そして私も今日から王族!
もう牢には入れられないわ!
だって私も、あなたと同じ立場に──ぶへっ」
言い終わる前に殴りました。
「ぁにするの……?」
床に手を着いたまま、顔だけ見上げてきます。
「わたくしは正妃、あなたは側妃。
不敬罪で牢に入れられなくても、謹慎はさせられます。弁えなさい」
「……すみませんでした。
でも……そうですね、これからも独り寝なさる正妃様への配慮が足りませんでした。
王子妃教育が終わるまでセルジュ様との褥なしにされたのは、正妃様の私への意地悪ですよね?
それも今日までですよ!
結局、誰も真実の愛には勝てないのです。
正妃様は単なる悪役妃です。今までも、これからも」
「何を言ってるのか、わからないけど早く初夜の準──いいえ、婚前交渉してる場合は何て言うのかしら?
初めてじゃないのに初夜って変ね。
ちょっと王妃殿下に聞いてくるから、待っててちょうだい」
わたくしが姑ところへ行こうとすると、慌てて引き留められました。
「いいいいいいい急ぐので失礼します!」
金色の体を揺らして、走り去って行きました。
「お前を愛することはない!」
ビシッとメリアン妃を指差すと同時に、ズバババンっと効果音が聴こえた気がしました。
きっと幻聴です。
セルジュ王子とわたくしは、後宮にあるメリアン妃の寝室へとやってきたところです。
赤いシースルーの夜着に身を包んだメリアン妃がポカンと口を開けて、わたくし達を見ていましたが、やがて笑い始めました。
「やだ、何の冗談?!
アハハハハハ!
いくら流行ってたからって、結婚式の夜に縁起でもない」
バシバシとベッドを叩いて、笑い転げています。
「俺が愛してるのはローズハートだけだ。
お前のことは、彼女の気を引くための駒に過ぎなかった。もう用済みだ。
今後は、お飾り妃としてデスクワークだけしていろ。
俺達の邪魔をするのは許さない」
と、わたくしの肩を抱き寄せました。
今はヒールを履いてないので、身長差はちょうど10cmです。
「へ?」
「わかったら、今後は俺の渡りを期待するな。
行こう、ローズハート。
今日も君が1番キレイだ」
と、わたくしをエスコートします。
「待ちなさいよ!
何よ、何これ! なに言ってるの?!」
こちらに早足で近づき、わたくしに掴みかかろうとするもセルジュ様に阻まれます。
「何したの?! あんたっ!
フザケないでよ!
どういうことよっ?!
人の男寝とって、タダで済むと思ってんの?!
何とか言いなさいよ、このアバズレ!」
新婦は見事にブーメランな台詞を吐きながら、駆け付けた騎士達に連行されて行きました。
新婚早々、牢屋です。
夫婦の寝室に入るや否や夫は、わたくしの足元にしゃがみ、脹ら脛に抱き着きいてきました。
「大丈夫よ、ちゃんと今日の分は渡すわ」
わたくしは胸元から、三角に折られた包み紙を取り出して渡しました。
セルジュ王子は、引ったくるようにして取った包み紙の中身を、強い酒で喉奥へと流し込みました。
この粉は、とんでもない多幸感を味あわせてくれますが、日常的に服用し続けると肉体はボロボロになり早死にしてしまいます。
しかし依存性が強く、1度ハマると抜けられません。
今のところ良質で純度の高いこれを用意できるのは、わたくしの実家くらいです。
わたくしは閨係と交代し、自室へ戻りました。
今頃、新婦は泣き疲れて眠ったかしら?
きっと彼女が真相に気づく頃には、王室の実権はわたくしが握っていることでしょう。
□王子妃篇・完□