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歌わぬ辺境伯と契約花嫁 ~君に捧げる、世界で一番優しい歌~  作者: 無月公主


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31/35

31.初陣は、夫婦の旅路にて

馬車の窓の外には、次第に帝都の石造りの街並みが遠ざかり、

 広大な草原と、まばらな村々が広がっていく。


 ゆっくりと、けれど確かに――私たちは、クローディアス辺境地へと向かっていた。


 車内には静けさが満ちていた。

 けれど、その沈黙を破ったのは、リックウェンの低く落ち着いた声だった。


「……ヴィア。少し寝ておけ。領地まではまだかかる」


 私は、ひとつ小さく息を吐いた。


「寝てる間に何かあったらどうするの?

 私が寝てるあいだに、襲撃でもあったら大変よ」


 その言葉に、リックウェンがすこしだけ眉を寄せる。


「……心配性にもほどがあるな。まぁ、君らしいけど」


 彼は、わずかに目を伏せたあと、ぽつりとつぶやいた。


「ヴィアは……いや、なんでもない」


「何よ、それ。言いかけてやめるのは、いちばん気になるでしょ?」


 私は彼の顔をじっと見上げながら、じりじりと詰め寄る。


 彼は一拍だけ間を置いて、困ったように笑った。


「いや、俺が話せないくせに君にだけ聞くのはどうかと思ってな」


「ふぅん。……でも、聞いてから考えるわ。私の気分で決める」


「ふふ、そうか」


 リックは静かに笑ってから、私の目をまっすぐに見て、こう尋ねてきた。


「……ヴィアは、何の神に愛されてるんだ?」


「――ハッ」


 思わず小さく吹き出す。


(言えないって言ってたくせに、やっぱり聞くのね。ずるい人)


「革命を司る神……らしいわ」


「革命、か。……確かに、俺には革命が起きたな」


 彼の言葉に、私は思わずふっと笑ってしまった。


「何を言ってるのよ。大げさなことを」


 そう口では言いつつも、心のどこかが静かに、くすぐったくなった。


(……あなたの“神”は、なんなのかしら)


(魅了の効果がないってことは、やっぱり芸術……?

 でも、クローディアス辺境伯家って、たしか代々“戦の神”の加護を受ける家系だったはず……

 それなのに芸術だから、魔法を使えないことにされたのかしら。もったいないわ。)


 思考を巡らせながら、私はそっと問いかけた。


「いつかは……あなたも話してくれる?」


 彼は、窓の外に目をやったまま、少しだけ口元をゆるめた。


「本当は、今すぐにでも話したい。

 だが……一番“おいしい時”に話すとしよう」


「なによ、それ。わざとらしい」


「問題ない。すぐにわかる。それに、言っただろう? 俺は君に――」


 その瞬間。


 ガタンッ!!


 馬車が大きく揺れた。


 車内の空気が、瞬時に張り詰める。


「――敵襲です!!」

 前方から、騎士の鋭い声が響いた。


 私はドレスの裾をつかみ上げ、即座に姿勢を正した。


「……来たわね」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


馬車の扉を押し開けた瞬間、冷たい夜気が肌を打った。

 湿った土の匂い。月明かりの下、林の木々がざわめき、風が葉を鳴らす。


 私はすぐに周囲へ目を走らせながら声を発した。


「ディルバはいる?」


「はい!」

 馬車の陰から、小柄な影が跳ねるように姿を現す。


 その輪郭を確認した私は、素早く彼の肩に手を置き、静かに命じた。


「リックウェンの服に防護魔法をかけて」


「了解しました!」


 ディルバの手がすっとリックの礼服に向けられる。

 指先から放たれた淡い魔力が、布の繊維に沿って魔法陣を描いていき、

 たちまち繊細な刺繍のように広がった。


 その光が収まる頃には、ただの礼装だった服が、

 まるで魔法金属で編まれた甲冑のような、重厚な防護力を宿していた。


「……すごいな」

 リックが袖口を軽くつまみ、目を細める。

「軽いままで、ここまで強化できるとは」


「終わりました!」


 ディルバが胸を張って報告する。私はうなずき、すぐ次の指示を出した。


「次は、私の荷物用の馬車。これを使って」

 懐から取り出した魔石を手渡す。


「はい!」


 彼が駆け出していく背を見送ったあと、私は隣のリックに目を向けた。


「自分のドレスにはかけないのか?」


「とっくに組み込み済みよ。襲われる可能性も考えてたわ。」


 思わず笑みがこぼれる。

 リックはその言葉に少し呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。


「……とんでもない花嫁だな」


 そのときだった。


 ヒュンッ――!


 空を切る音と共に、何かが飛来する気配。


 リックは即座に剣を抜き放ち、音の方向へ刃を振り抜いた。


 カンッ! と金属音が響き、矢は宙を跳ねて地面に落ちた。


「鼻歌は使えないの? あれ、増強すれば何倍にもなるはずでしょ?」


 私はすぐに問いかけたが、リックは眉をしかめ、低く言った。


「範囲が定まらない。使えば、味方も巻き込む」


「……っ、確かに!」


(あの鼻歌には人の精神に作用する力がある。下手に広域で使えば、こっちが崩れる)


 私が思考をめぐらせている間に、もう一人の気配がそっと背後に立った。


「ディンヒル卿」


 振り返るより早く、リックが声をかけた。


「――ディンヒルといったか」


「フラートで大丈夫です」


 その返答に、リックは小さくうなずいた。


「なら、フラート。しっかり俺の花嫁を守っててくれ」


「御意」


 凛とした一言と同時に、フラートは片手を掲げ、

 空気を一気に冷やしていく魔法を発動――

 次の瞬間、氷柱が森の茂みに向けて一直線に飛び出し、

 敵の影を貫いた。


 リックはその横で、剣さばきに加え、

 腰に仕込んでいた小型ボウガンを抜くと、

 静かに、しかし迷いなく矢をつがえ――

 闇に隠れた気配を正確に撃ち抜いていく。


 シュッ、シュッ、シュッ――

 放たれる矢の軌道に無駄はなく、まるで夜目が効いているような精度だった。


(……リック、夜なのによく見えるわね)


 私は息をのんで、彼の後ろ姿を見つめた。


(闇の中で、あれほど正確に狙えるなんて――何か、力を使ってる?)

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