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歌わぬ辺境伯と契約花嫁 ~君に捧げる、世界で一番優しい歌~  作者: 無月公主


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30/35

30.何度目かの人生で、やっと踏み出せた一歩

帝都の中心にそびえる、大聖堂。

 その天蓋の高い天井には、幾重もの光が差し込み、

 まるで神に祝福されているかのような静謐な輝きが満ちていた。


 今日、ここで――私は、嫁ぐ。


 結婚式は、帝都でも類を見ないほど大々的に催されていた。

 列席した貴族たちは煌びやかな正装に身を包み、

 誰もが作り笑いを浮かべながら、形ばかりの祝福を口にしていた。


 だが――その裏では。


(……分かってるわ)


 あちこちの列席者の手が、テーブルクロスの下で握りこぶしをつくっていた。


 苦虫を噛んだような表情を隠しきれない男たち。

 “こんな男より自分を選ぶべきだった”

 “利用価値なら自分の方が上だ”と、内心で叫び続ける声が、

 皮肉にも祝福の拍手に混じって聞こえる気がする。


 そんな視線を背に受けながら、私はゆっくりと歩き出した。


 右腕を預けているのは――父。


 この半年間、思えば父とはよく話した。

 昔よりずっと、近くに感じられるようになった。


 階段を一段ずつ降りながら、私はふと考える。


(……もし、いつかリックに裏切られるようなことがあっても)


(――それでも、私に“家族”を見せてくれた彼には、きっと感謝が残る)


 祭壇の前に立つリックウェンが、こちらにゆっくりと振り向いた。


 漆黒の婚礼衣装。金糸が織り込まれた上着。

 その姿は、まるで絵画の中から抜け出してきたようだった。


(……何度も結婚式を経験してきたはずなのに)


 私の視線は、自然と彼に吸い寄せられていく。


(……カッコいい、なんて。バカみたい)


(でも――やっぱり、こういう人が“私のタイプ”だったのかしら)


 ドレスの裾を揺らしながら、私は彼の隣に立った。


 誓いの言葉が読み上げられていく中、頭の片隅に浮かんだのは――


(そういえば、何度か治癒師に検査を受けたのよね)


 “魅了”の魔法を疑われてもおかしくないほどの惹かれ方だったから。

 けれど、結果はどれも“異常なし”。


 あのオルゴールを聞いた状態で検査を受けても、

 むしろ“治癒効果”が確認されたという報告だった。


(つまり――色欲の神ではない)


(じゃあ、彼はいったい……)


◇ ◆ ◇ ◆  ◇


 早朝から執り行われた結婚式は、盛大に滞りなく進められ――

 午後には、帝都の社交界を揺るがすほどの華やかな披露パーティーが開かれていた。


 貴族たちの祝いの言葉、音楽隊の演奏、笑い声と拍手。

 絵に描いたような幸福の光景――のはずだった。


 だが、その空気を一変させたのは、パーティー終盤のことだった。


「――クローディアス辺境伯領に、セイレートからの侵入者が確認されました!」


 報せに、場が一瞬にして凍る。

 リックウェンの表情も、鋭く引き締まっていた。


「……すぐに戻らなければ」


 そう呟いた彼は、私に視線を向けて言った。


「君は、帝都でしばらくゆっくりしてから来てくれ。

 無理をする必要はない。俺は先に帰還する」


 その声はどこまでも冷静で、優しかった。

 でも、私は――即座に首を横に振った。


「――いやよ。一緒に行くわ」


 少しの間、リックのまなざしが揺れる。


「……しかし、今日は結婚式だったんだ。身体のことも……」


「“私がいたほうが、百倍強い”って。あなた、わかってるでしょ?」


 私はぴたりとリックの前に立ち、笑みを浮かべて言い切った。


「この程度でへこたれるような花嫁じゃないのよ」


 リックは小さく息を吐き、ふっと笑う。


「……そこまで言うなら、お手上げだな」


 肩をすくめながら、どこか安心したように目を細めた。


 私はくるりと振り返り、すぐ背後に控える者たちに声をかける。


「サリー、ディンヒル卿。アースにディルバも――準備はできてる?」


「もちろんです、お嬢様!」


 即答したのは、サリーだった。

 その瞳にはいつも通りの冷静さと、隠しきれない誇りが宿っている。


「いつでもお供できるように、荷造りも完了しております」


 ディンヒル卿も力強く頷いた。


「全て、計画通りです」


「ほら、優秀な“部下”でしょ?」


 私はリックに振り返り、少し胸を張るようにして言うと、

 彼は笑いを堪えるように、顔を伏せた。


「部下……って。ははっ」


 笑いながら、リックウェンがそっと私の肩に手を置く。


「……じゃあ、帰ろうか。“俺たちの領地”へ」


 リックウェンがそう言って、そっと私の手を取ろうとした瞬間――


「――エリヴィ!!」


 感情の詰まった声が、背後から響いた。


 振り返ると、駆け寄ってくるのは――ヴォレアスお兄様と、ディレル。


 そのすぐ後ろには、父と母の姿も見えた。


 ヴォレアスお兄様は、私の名前を呼ぶや否や、勢いよく私を抱きしめてきた。

 強く、そしてどこか不器用に。


「ヴォレアスお兄様……?」


 驚いて問いかけると、その肩がかすかに震えていた。


「幸せに……なってくれ……!!」


 堰を切ったように、言葉が溢れ出す。


「もう……俺には何もしてやれないけど……!

 誕生日プレゼントひとつ、まともに贈れなかったけど……!

 それでも……元気で……生きててくれれば、それで……っ」


 言葉の端々ににじむ後悔と、兄なりの愛情。


 胸がじんわりとあたたかくなって、私はそっと兄の背を撫でた。


「お祝いの言葉だけで、十分よ」


 そう返すと、ヴォレアスはぐっと顔を上げて――鼻をすすりながら叫んだ。


「花は贈る!! めちゃくちゃ豪華なやつをな!!」


「ふふっ。……待ってるわ」


 私が笑ったその瞬間、今度はディレルが勢いよく飛び込んできた。


「僕だって……っ! 僕だってたくさん花を贈るからね!!

 エリヴィが花だらけで歩けないくらいに!」


「えぇ……。楽しみにしてる」


 思わず笑いながらも、胸の奥が温かくて、涙がこぼれそうになる。


「――よさないか、二人とも」


 その兄たちをぐっと引きはがしたのは、父だった。


 が、そのまま父自身が、私をがばっと抱きしめる。


「エリヴィ~~~!!

 王都の屋敷に帰ってくるくらいは……許可するからなぁ~~~!!」


「もう……お父様ったら……」


 私はくすくすと笑いながら、父の背をぽんと叩いた。


 最後に、そっと歩み寄ってきたのは母だった。


 母は何も言わず、私の肩に手を置いて、優しく微笑んだ。


「エリヴィ……手紙を、待っていますね」


 その声は、まるで“本当に巣立つ娘”を見送る母鳥のように、優しかった。


 私はまっすぐに母の瞳を見つめ、深くうなずいた。


「――はい。必ず」


 その瞬間、背中をそっと押されたような気がした。


 家族の温もりを背に受けながら、私はゆっくりと振り返る。


 リックウェンが、静かに私の手を取った。


 その隣には、すでに準備を整えたサリーとディンヒル卿。

 そして、荷を運ぶアースとディルバの姿もあった。


(……私の、旅立ち)


 それは“嫁ぐ”というだけではなく、

 これまでの私をすべて背負って、次の未来へ向かうこと。


 白く光る婚礼衣装が、風に揺れた。


 儀式の終わりを告げる鐘の音も、

 もう遠く、帝都の空に溶けていく。


 私は、婚礼衣装のまま――

 信頼する者たちと共に、帝都を後にした。



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