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歌わぬ辺境伯と契約花嫁 ~君に捧げる、世界で一番優しい歌~  作者: 無月公主


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24.この誓いが、契約じゃなければいいのに

 ナイト・オブ・ノーブルスが無事に幕を下ろし、私たちは馬車に揺られて屋敷へと戻っていた。


 窓の外には、夜の静けさが広がっている。

 街灯に照らされた石畳の道を、車輪の音がゆっくりと刻む。


 リックウェンは、何も言わず隣に座っていた。

 けれど沈黙が苦ではなかった。むしろ、どこか安心できる空気があった。


 やがて、屋敷の門が見えてくると、馬車が止まる。


 扉が開くと、リックが先に降り、手を差し伸べてきた。

 私はその手をとり、彼にエスコートされる形で馬車を降りる。


「……今日はありがとう」


 ドレスの裾を整えながら、私は小さく微笑んでそう言った。


 するとリックは、ふと胸元に手を差し入れ――

 内ポケットから、小さな黒い小箱を取り出した。


「……これを」


 その一言と同時に、彼は片膝をつき、私の前に跪いた。


 月明かりの下、彼の瞳がまっすぐに私を見上げてくる。


「君は……この結婚を“契約”だと思っているようだが」


 一瞬だけ、彼の瞳に苦笑のような揺れが映る。


「……俺は、この結婚に――案外、本気なんだ。

 だから、受け取ってほしい」


 胸が高鳴っているのが、自分でも分かった。


(……おかしいわ。もう何度も結婚した。

 三回目以降なんて、誰といてもこんな風に心が動くことなんてなかったのに)


(私は、男という生き物に絶望していた。裏切られ、利用され、傷つけられてきた)


(それなのに……私はまた、反省もせずに、同じ轍を踏もうとしてるの?)


 でも、私はすぐに気を取り直す。


(……いいえ、これは“受け取るだけ”よ)


(たとえ彼に想いを向けられても、それを返すことはしない。

 彼も何かを――きっと何かを、隠しているのだから)


 私は、笑みを浮かべて――でも、どこか切なく――頷いた。


「……えぇ。喜んで」


 箱が開かれ、そこには繊細な銀細工の指輪が収められていた。


 宝石は小さい。きっと、他の男たちが贈った指輪よりもずっと安価なものだろう。


 でも――


(……それなのに)


 なぜか、その小さなリングが、どれよりも“重く”思えた。


「……素敵」


 思わず口に出ていた。


「……自作したんだ」


「え……」


 今度こそ、私は本気で驚いた。


 戦場に立つような男が、自分の手で、こんな繊細なものを?


 驚いてリックの顔を見ると、彼は少しだけ恥ずかしそうに目を伏せた。


(この男といると……本当に驚かされることばかり)


(なぜ、こんなにも一途に私を……私は、あなたを利用しようとしているのに)


 私はそっと、跪く彼の頬に手を添えた。


 そして――

 唇の端についた、私の口紅の跡を親指で拭ってやる。


「……ありがとう。とても嬉しいわ」


 そう言って、彼の頬に軽くキスをした。


 ――その瞬間。


 ぐいっと、腰を引き寄せられたかと思うと、

 そのまま唇を奪われた。


 驚く間もなく、息を呑む。


 けれど、すぐに唇が離れ、彼は少し照れたように、でもとびきり優しく微笑んで言った。


「――君の十八歳の誕生日に、心からの祝福を。

 今宵、誰よりも美しかった君に――おめでとう、ヴィア」


 月の光を背に受けて微笑む彼の姿は、

 まるで物語の中の騎士そのものだった。


 私はただ、胸の鼓動を抑えることもできず、

 見上げたまま、小さく頷くことしかできなかった。


 ……と、そんな甘やかな空気を壊すように――


「泊まっていってはどうかね? 夜も遅いし」


 ふいに聞こえてきたのは、どこかにんまりした父の声だった。


 驚いて振り向くと、門の影からひょっこり顔を出した父が立っていた。

 その隣には、控えめに笑みを浮かべる母の姿もある。


(……いつから!?)


 リックウェンが、あからさまに気まずそうな顔をした。


「え、っと……はい……」


 微妙に声が裏返っているのが、少し面白い。


 そんな様子を見た母が、ふふっと笑ってから言った。


「ぷふっ。じゃあ、部屋を用意させるわね」


 すっかり主導権は両親に取られ、私たちはそのまま屋敷の中へ入っていった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 夜も更け、部屋で着替えを終えた頃。


 コンコン、と控えめなノックが響いた。


「どうぞ」


 声をかけて扉を開けると――そこに立っていたのは、リックウェンだった。


 もう上着を脱いで、シャツだけになっている。けれど、その姿も妙に整っていて、

 あの夜の余韻が、一瞬で戻ってきた。


「……どうしたの?」


「渡すものがある。これを……」


 そう言って、彼は小さな黒い箱を差し出してきた。


 まるで先ほどの指輪と同じようなサイズの箱。


「……これは?」


「誕生日プレゼントだ」


 相変わらず淡々としているが、どこか不器用な優しさを感じた。


「開けても?」


 尋ねると、彼は小さくコクリと頷いた。


 私はゆっくりと蓋を開ける。


 中に入っていたのは――


 透明な魔石で作られた、小さなオルゴールだった。


 見た瞬間、心を奪われた。


 その繊細な細工、滑らかな曲線、そして宝石の中を優しく揺らめく魔力の光。


 でも、それだけじゃなかった。


(……この加工……)


 目を凝らした瞬間、私は息を呑んだ。


 それは、かつて“セイレート”で流行していた、特殊な魔石加工だった。


 回帰前――私が皇妃だった頃に目にした、極めて精密な技術。


 魔石から力を一気に奪うのではなく、微弱に引き出すことで、

 石内の魔力を失わせず、繰り返し使用できるようにする――未来的な技術だった。


(どうして……?)


「……どうして、この加工方法を?」


 思わず問いかけると、リックはほんの少し首をかしげて答えた。


「俺が考えてみたんだが……」


「あなたが?」


 信じられない気持ちで見つめ返す。


(……じゃあ、もしかして……

 セイレートにこの技術が渡ったのは、リックウェンが敗れた後……?)

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