20.さよなら、ルダ
静まり返った個室の中。
私とルダは、向かい合う形で座っていた。
重たい空気が、じわじわと広がる。
私は、そっと口を開いた。
「……ルダ。どうして……?」
低く、でも決して責めるような声ではなく。
ルダは、うつむいたまま、震える声で答えた。
「申し訳……ございませんでした……っ」
小さな体を縮こませ、かすれた声を絞り出す。
「もう……私は……お嬢様の御側にいる資格は……ございません……」
その言葉に、胸が締めつけられる。
でも――
「……何を思っていたのか、話してくれない?」
私は静かに続けた。
「このままだと……命令しちゃうことになるわ」
できることなら、自分の意思で語ってほしかった。
命令ではなく、ルダ自身の言葉で。
しばらく沈黙が落ちたあと、ルダはぽつり、ぽつりと話し始めた。
「……お嬢様……私は、幼い頃より……お嬢様にお仕えしてきました……」
両手をぎゅっと膝の上で握り締めながら。
「ですが、日々……ここで暮らし、フォードレイン家での暖かな毎日が、とても優雅で……離れたくないと、思ってしまったのです……」
声は震え、けれど、その一言一言に重みがあった。
「嫁ぎ先が決まっても……ついていくつもりでした。
お嬢様なら、きっと王家や、公爵家に嫁ぐものだと……それなら、安心できると思って……」
そこで、ルダは言葉を詰まらせた。
(……あぁ)
私は、思い出した。
(そういえば……)
いつだって、どこへでもルダはついてきてくれた。
それが当たり前みたいに思って、深く意識したことはなかったけれど。
(……疲弊していく私に、疑問を持たなかったのかしら)
でも、きっと――
野心のようなものが、心のどこかにあったのだろう。
王家や公爵家の、恵まれた暮らし。
それを“手に入れた”つもりで、満足していたのかもしれない。
(……じゃあ)
私は、ふと、ひとつの可能性に思い至る。
(平民に嫁がされた時は?)
王家でも、公爵家でもない――
むしろ身分の低い相手に。
(……まさか)
ぞわりと背筋が冷える。
(ルダが……ギデモンズ侯爵を手引きした可能性も……)
はっきりした証拠はない。
でも、そんな疑念すら浮かぶ自分が、少し悲しかった。
私は、静かに立ち上がる。
「ルダ」
その名前を呼ぶと、ルダはびくりと肩を震わせた。
「悪いけど……今ここで、従属契約を破棄するわ」
「待っ――お待ちくださいっ!!」
ルダが、椅子から転がり落ちるようにして手を伸ばす。
「そんなっ……!!私は……!!」
必死に縋ろうとする声。
それを、私は冷たく振り払った。
「もう……私と関わらないで」
ひとつひとつ、言葉を区切るように。
ルダの顔が、絶望に染まっていく。
「お許しをっ……!!」
絞り出すような叫び。
でも――私は、もう迷わなかった。
ゆっくりと背を向けながら、最後にだけ、声をかけた。
「……あなたが毒を盛ったことは、
今までの感謝の気持ちで――黙っておくわ」
そして、振り返ることなく、言葉を続ける。
「だから……ね。今まで、ありがとう、ルダ」
背後で、崩れ落ちる音が聞こえた。
私は、それ以上、振り向くことはなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
重たい扉を閉め、個室を後にすると――
廊下には、既にディンヒル卿が控えていた。
背筋を伸ばし、まるでこのときを待っていたかのように、じっとこちらを見つめている。
私は少しだけ躊躇しながら、口を開いた。
「……ルダのこと、黙っていてくれる?」
ディンヒル卿の眉が、ピクリと動いた。
そして、きっぱりとした声で答える。
「いけません。犯罪者を野放しになど」
き、厳しい……!
思わず内心で身震いした。
でも、私は諦めずに食い下がる。
「でも……従属の契約のせいで、彼女はずっと私優先で生きてきた子なの。
……責任の一端は、私にもあるわ」
静かに、けれどしっかりと伝えた。
だが、ディンヒル卿の厳しい表情は揺るがない。
「それでも、いけません」
冷静で、そして毅然とした口調だった。
「彼女は危険すぎます。
逆恨みをする可能性だって、十分に考えられる」
鋭い視線に、私はたじろいだ。
(さ、さすが副団長……!! 容赦ない!!)
ぐっと唇を噛みながら、何か反論できないかと考えるが、
ディンヒル卿は淡々と続けた。
「ですが――お嬢様がそこまで望まれるのでしたら」
そこで一度言葉を切り、厳粛な態度で告げた。
「私の手の内の者と、新たに契約させ、監視をつけます。
よろしいでしょうか」
選択を迫るような静かな圧力。
私は小さく息を呑んだ。
「……それを、許可しなければ?」
意地悪な気持ちで、わざと尋ねる。
するとディンヒル卿は、まったく表情を変えずに即答した。
「即座に、処刑します」
「……」
(せ、選択肢がないじゃないの……!!)
乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
肩を落としながら、私は観念して頷いた。
「……わかったわ。じゃあ、それで……」
「かしこまりました」
ディンヒル卿は、一礼すると、すぐに控えていた騎士たちに指示を飛ばし始めた。
(この人……たぶん、ずっとこの調子なのね……)
苦笑しながら思う。
でも――
(まぁ、確かに……ルダは、罪を犯してしまったんだものね)
庇いようがないのは、事実だった。
そんなとき。
タタタ、と控えめな足音が近づいてきた。
顔を上げると――
「お嬢様」
そこには、きちんとメイド服に身を包んだサリーが立っていた。
清潔な白と深緑の制服。
その落ち着いた立ち姿は、まるで騎士のようにきびきびしている。
サリーは、にこりともせず、
しかし丁寧に、そしてほんの少しだけ柔らかい声で言った。
「さぁ、お部屋へ行きましょう。
本日より、私がお世話いたします」
私は、自然と微笑んでいた。
「……ありがとう」
(…サリーがいてくれて助かったわ。でも、心が痛い…泣きたいくらいに。)




