2.神々に愛された一族
この世界は、神々によって管理されている。
火を司る神。
豊穣を司る神。
芸術を司る神。
そして、時には、破壊と再生をもたらす神。
人間たちはそれぞれ、神々の加護を受けて生きてきた。
大地を耕し、海を渡り、剣を振るい、歌を紡ぐ。
どんな生き方を選ぼうとも、その背後には、必ず神々の意志があった。
けれど、それは同時に――。
生まれた瞬間に、定められた運命に縛られることを意味していた。
そんな中で、フォードレイン大公家は異彩を放っていた。
代々、"変革"を司る神に愛された血筋。
変化を促し、力を増幅し、時に世界そのものを塗り替える加護を受け継いできた。
それは、他のどんな家柄にも真似できない、圧倒的な魔力の才能を意味していた。
──私が、六歳のとき。
初めて、「魔法開花の儀式」を受ける日が訪れた。
舞台は、帝都の中心に建つ白亜の神殿。
天を突くほど高い天井、足元には磨き上げられた大理石。
祭壇の上には神々の象徴たる紋章が並び、無数の蝋燭が静かに揺れていた。
周囲に控える神官たちが、厳かな祈りの詠唱を始める。
私は、祭壇の中央に小さな足を踏み入れた。
真っ赤な髪を丁寧に結い上げ、真新しい純白の式服に身を包んだ自分が、どこか他人のように思えた。
胸の前でぎゅっと手を組み、緊張で身体がこわばる。
心臓は耳元で爆音のように鳴り、小さな手が微かに震えていた。
(……大丈夫。私は、フォードレインの娘だから)
必死に自分に言い聞かせる。
そして――。
ふわり、と。
空気が震えた気がした。
次の瞬間、誰にも聞こえないはずの囁きが、私の耳元を撫でた。
『汝、変革の加護を授かりし者なり』
ぞくり、と背筋が粟立った。
その声は、あまりにも荘厳で、優しかった。
言葉を超えた"力"が、私の中に流れ込んでくるのを感じた。
『汝の力は、"増強"と"増幅"なり。
魔力を練り、対象に触れることで、その力を高めるだろう』
胸の奥に、熱いものが芽吹いた。
まるで、心臓が新しく生まれ変わったかのような感覚だった。
視界の端で、神官たちが一斉に跪き、祈りを捧げているのが見えた。
(……これが、私の魔法)
まだ幼い心にも、それがただの「力」ではないことは理解できた。
これは、私の生き方そのものなのだと。
──そして、それはフォードレイン大公家の宿命でもあった。
兄たちも、同じようにして加護を授かっていた。
長兄ヴォレアスは、対象を目視し、指を鳴らすことで力を増幅させる。
彼が指を鳴らすと、たとえ小さな魔法でも、瞬く間に破壊の嵐と化す。
次兄ディレルは、対象にそっと口付けをすることで魔力を高める。
優雅な仕草の中に、とてつもない破壊力を秘めたその力に、誰もが畏敬の念を抱いた。
神は、その者の"血"にふさわしい"儀式"を与える。
それは、ただの魔法の条件ではない。
生まれ持った本質、宿命にすら繋がるものだった。
例えば、こんな使い方もできる。
小さな火種を自ら起こし、そっと指先で触れる。
すると、その火は一瞬で巨大な炎となり、辺りを業火で包み込む。
小さな力を、爆発的な力へと変える。
それが、私たちフォードレインの力。
誰にも止められない。
誰にも、制御できない。
だからこそ、帝国はフォードレインを恐れ、利用し、決して手放そうとはしなかった。
──私たちは、世界を変える一族だ。
かつて、そう信じていた。
誰よりも誇り高く、誰よりも力強く。
──なのに。
それがどうして、こんなことになってしまったのだろう。
また、回帰した。
結婚五度目にして、またも最期を迎え、また元に戻った。
現在、私は十七歳。
あと数ヶ月で十八歳を迎える年頃だ。
……けれど、通算すればもうすぐ百三十歳を迎える計算だった。
──百三十歳。
我ながら、笑うしかない。
深いため息をつきながら、私は天蓋付きのベッドの上で大の字になった。
レースの垂れ下がったカーテン越しに、朝日がぼんやりと差し込んでくる。
「……なんなの」
呆れと絶望が混じった声が、部屋の中に虚しく響く。
「どうして、死なせてくれないのよ」
腕をだらんと広げたまま、ぼんやりと天井を見上げる。
気が遠くなる。
何度死んでも、何度人生を終えても、また同じ場所に引き戻される。
この無限地獄から、私は一向に解放されない。
(あー……死にたい)
ぽつりと、心の中で呟く。
最初の頃は、まだよかった。
自分だけが特別な存在であるような、そんな誇らしい気持ちもあった。
過去の失敗をやり直せることに、希望さえ感じていた。
けれど、何度も繰り返すうちに、私は少しずつ壊れていった。
死に際の恐怖が、夢の中で何度もよみがえる。
鋭い槍の痛み。
焼け落ちる城の熱。
民衆たちの怒声。
気づけば、人を人として見ることすらできなくなりそうだった。
どれだけ微笑みを向けられても、裏切られる未来しか想像できない。
(……同じ本を、何度読んでも新しく楽しめる人がいるけど)
(私も、そんな風に生きられたら、少しは楽だったのかしら)
ぼんやりとそんなことを考えながら、私はゆっくりと身体を起こした。
ふわりと、長い真紅の髪が肩を滑り落ちる。
起き上がった視線の先。
机の上には、山のように積み上げられた求婚状があった。
上等な羊皮紙。
香水の香りが染み込んだリボン。
どれもこれも、私という"商品"を手に入れようとする者たちからのものだ。
胸の奥に、じわりと冷たい感情が湧く。
「……革命の神は、いったい何を考えてるのよ」
ぽつりと呟く声には、皮肉と諦めが滲んでいた。
神に愛された一族。
特別な加護。
運命を変える力。
──すべてが、今の私には、ただの呪いにしか思えなかった。