19.忠義の檻、裏切りの涙
リックウェンの囁きに、私は顔面を真っ青にしながら必死に考えた。
(誰……誰がそんなことを……?)
思い当たるのは――
玄関に来たとき、やけに挙動不審だった、あの子。
「だとしたら……ルダかしら」
小さく呟くと、リックウェンは静かに頷いた。
「あの子、明らかに震えてたし……様子もおかしかったわ。
私の専属侍女が、どうして……?」
胸の奥が、きゅっと痛む。
まさか、自分に仕える者の中に、裏切りがあるかもしれないなんて――
想像しただけで、胃がきゅうっと縮こまるようだった。
そんな私を見て、リックウェンが、冗談めかすでもなく、ごく自然に言った。
「よければ、俺が直接尋問しても?」
「えっ?」
驚いて見上げると、リックウェンはほんの少しだけ口元を緩めた。
「こう見えて……得意なんだ」
さらっと、信じられないことを口にする。
(尋問が得意って、どんな特技なのよ!?)
思わずツッコミたくなったが、今はそんな場合じゃない。
「……できるの?」
半信半疑で尋ねると、リックウェンはあっさりと頷いた。
「拷問までは必要ない。
俺は、“話を引き出す”ことに関しては、それなりに訓練されている」
どこかさらりと、でも確信めいた響きがあった。
(……本気だ)
この人なら、やってのけるのかもしれない。
私は小さく息を吐いて、意を決した。
「――わかった。お願いするわ」
すぐに私は、ディンヒル卿を呼び出し、事情を説明した。
ディンヒル卿は一瞬だけ目を細めたが、
すぐに無言で頷き、ルダを拘束するために静かに動き出した。
数分後――
「ルダを確保しました。指示通り、傷ひとつつけておりません」
報告とともに、ディンヒル卿が厳しい顔で戻ってくる。
リックウェンはそれに軽く頷くと、少しだけ考え込むように眉を寄せた。
「防音のきいた個室は、あるか?」
問われて、私はすぐに使用人に指示を出す。
だが、屋敷の通常の応接間や応接室は、防音仕様ではなかった。
「……急ぎ、昔使われていた応接間の一室を整えます!」
侍女たちが慌てて準備に走る。
私は内心焦りながらも、リックウェンを案内することにした。
地下に近い位置にある古い個室。
元々は外部に機密を漏らさないための重要な話し合いに使われていたらしい。
そこに、ルダを移送する手筈を整える。
部屋の扉の前に立つと、リックウェンは手袋を直しながら、さらりと言った。
「中には俺だけ入る。君たちはここで待っていてくれ」
その目には、一切の冗談も甘さもなかった。
私は、思わず小さく息を飲む。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
防音個室の扉が閉じられてから、ほんの十数分――
思ったより早く、カチャリとドアが開いた。
姿を現したのは、もちろんリックウェン。
何事もなかったかのように落ち着いた顔で出てきたが、
その瞳には、うっすらと探るような光が浮かんでいた。
そして私のそばまで来ると、再び――
あの時と同じように、距離を詰めて耳元でささやいた。
「……どうやら、君と“従属契約”を結んでいることが問題だったようだ」
「……え?」
私は一瞬で血の気が引いた。
リックウェンの言葉の意味が、すぐには飲み込めなかった。
(従属契約……?)
そう思った瞬間、頭の中でいくつかの記憶が浮かぶ。
――そう、フォードレイン家では昔から、
未成年の子供に専属侍女をつける場合、その侍女には“従属契約”を義務づけていた。
フォードレイン家は、能力の強さゆえに、時に敵を生みやすい。
だからこそ、侍女にまで一定の“忠誠の強制”が必要だった。
ルダとも、確かに――
「……あぁ、そうだったわ。ルダと私はその契約を結んでる」
思わず口にする。
「でも、それは……私が成人したら、解除される契約よ」
少し力を込めて言った。
けれどリックウェンは、どこか遠くを見るような目で、静かに首を振った。
「あぁ、そう聞いている」
そして、わずかに口角を下げながら、続けた。
「だが……彼女の中では、“君に仕え続けたい”という気持ちと、
“この先の自分の身の保証”とで、ずっと葛藤していたようだ」
「……」
「結果的に、“俺を殺す”という選択肢に行きついたらしい」
「……えぇぇぇっ!?」
思わず声を上げ、目を見開いた。
(待って、待って待って!? そんな結論になる!?)
驚愕と困惑で頭が追いつかない。
けれど、はっと気づく。
「……って、それより!」
私は慌ててリックウェンの肩を掴み、真剣な目で見上げた。
「リック、あなた……体は平気なの!? 毒は!?」
その問いかけに、リックウェンはまるで「今さら?」と言わんばかりの顔で、淡々と答えた。
「……あぁ。俺には、ほとんどの毒は効かない」
「……え?」
唖然とする私に向かって、彼は軽く肩をすくめて言った。
「人より少し……頑丈なんだよ」
まるで、筋肉が多いとか、風邪をひきにくいとか、そんな軽いノリで。
「……」
(そんなことある!?)
私は思わず心の中で叫んだ。
頑丈って……そういうレベルじゃないでしょ!?
毒が効かないって、どれだけバケモノなのよ、この人!
混乱のまま、ふいに口をついて出た。
「……どうやって、この短時間で……どんな酷い拷問をしたのよ」
できるだけ冷静を装ったけど、声がわずかに震えていた。
すると、リックウェンは小さく息をつき、無言で個室の扉を開ける。
「何も?」
中を示すように軽く顎をしゃくる。
私が恐る恐る中を覗き込むと――
そこにいたルダは、椅子にきちんと腰かけたまま、ただうつむいていた。
特に縛られているわけでもなく、傷らしい傷もない。
けれど、頬のあたりにうっすらと涙の跡が見えた。
「ルダ……」
思わず、その名を呟いていた。
何があったのか――彼女の心に、何が渦巻いていたのか。
それはまだ、私にはわからない。
けれど、少なくとも今の彼女は、
リックウェンに無理やり何かをされたようには見えなかった。
リックウェンは私の反応を確認したあと、静かに背を向ける。
「後は二人で、ゆっくり話してみることだな」
足音を立てず、扉の外へと出ていく彼。
「えっ……ちょっと待って、リック。なにもしないの?」
思わず追いかけるように声をかけた。
いや、そうじゃなくて――
(お咎めなし、なの……?)
私の疑問に、リックウェンは立ち止まり、わずかに振り返る。
そして、ふっと柔らかく微笑んだ。
「……君が“結婚する”と言うなら、咎めても仕方がない」
やけに紳士的な口調で、けれど、どこか底知れぬものを感じさせながら続ける。
「だが、君が“しない”と言うなら――その時は、色々と、させてもらう」
言葉は優しく、あくまで丁寧だった。
なのに――ぞくりとするほどの圧が、そこにはあった。
去り際のその背中には、どこまでも余裕と威圧が同居していて、
私は思わず言葉を失ってしまった。
(……リック、あんた……こわっ)
だけどなぜだろう。
その背中を見て、少しだけ、心が落ち着いたのも事実だった。




