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歌わぬ辺境伯と契約花嫁 ~君に捧げる、世界で一番優しい歌~  作者: 無月公主


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15.いや誰か止めて

 数日後。


 私は、暇を持て余していた。


(……いや、別に今に始まったことじゃないけど)


 回帰を繰り返してきた中で、もう分かりきっている。


 婚約期間中というのは――とにかく、暇なのだ。


 なにせ、今さら焦って準備することなんてない。

 必要な手配はすべて済んでいるし、

 婚約者とは、これ以上、急いで何かを詰める段階でもない。


(……やること、ないわね)


 ふと、気まぐれにお茶会へ顔を出してみた。


 けれど、そこにいるのは、誰も彼も――

 回帰のたびに見飽きた、同じ顔、同じ笑い、同じ噂話。


(……人形みたい)


 心から、そう思ってしまう自分がいた。


 何もかもが、薄っぺらく感じる。


 彼女たちの微笑みも、優しい言葉も、全部。


 私は静かにカップを置き、そっと席を立った。


(……今できること……)


 歩きながら、考える。


(そういえば――)


 ふと、思い出した。


(私、フォードレイン家から騎士を連れて出たこと、一度もなかったわね)


 当然といえば当然だった。


 フォードレイン家に仕える騎士たちは、生まれたときからこの地に育ち、

 そして、ここで死んでいくのが当たり前だったからだ。


 この家は、平和だ。


 あまりにも、異常なほどに。


 ここにいれば、戦いも楽で、

 しかも通常以上の力を発揮できる恩恵も受けられる。


 わざわざ外へ出ようなんて、誰も思わない。


 一度、外へ出たら――

 二度と戻れない。


 それが、この家の暗黙の掟だった。


 家族を持つ者たちはなおさらだ。

 この地にとどまれば、自分も、子孫も、末代まで安泰なのだから。


(……まぁ、誰も出たがらないのも当然よね)


 私は空を見上げた。


 今日も変わらず、穏やかな空。


 何もかもが、静かで、守られていて――退屈だった。


(でも、今回は……最初から諦めずに、大々的に募集してみようかしら)


 そんなこと、無駄だとわかっている。


 それでも。


 今の私は、ほんの少しだけ、

 新しい未来に足を踏み出したい気分だった。


(どうせなら、ね)



◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 騎士団の訓練所は、いつも通り活気に満ちていた。


 剣を振るう音、号令の声、武器が打ち合う乾いた音。


 その中に、私の姿は明らかに浮いていた。


(……まぁ、当然よね)


 私は白い手袋をはめ直すと、用意してきた「募集の貼り紙」を胸に抱え、訓練所の掲示板へと向かった。


 騎士たちの視線が、次第に集まる。


 それでも気にせず、私はぺたり、と貼り紙を掲げた。


 


【フォードレイン大公家・直轄騎士団

 特別遠征隊・隊員募集

 目的:辺境警備および婚姻同行

 条件:忠誠心、覚悟、そして希望を持つ者】


(……よし)


 最後にぴしりと紙を整えて、私は一歩下がった。


 周囲の騎士たちが、ざわめき始める。


「……え、遠征隊……?」

「……誰が行くんだよ、そんなの」

「うちにいれば楽なのに、外なんか行くわけないだろ」

「家族もいるしな……」


 予想していた反応だった。


 この家で育った騎士たちは、基本的に【ここに残る】ことしか考えていない。

 出ていくなんて、馬鹿げた話にしか聞こえないのだろう。


 私に向けられる視線には、困惑や戸惑い、ほんの少しの哀れみさえ混じっていた。


(……ふふ、まあ、そうよね)


 私はそっと笑った。


 この家に生まれ、守られ続けた人たちに、無理を言うつもりはない。


 でも。


(それでも――)


 私は静かに、掲示板の前に立ったまま、空を見上げた。


 今日の空も、穏やかで、平和だった。


(誰も来なくてもいい。

 でも、やれることは、全部やっておきたい)


 そう心に決めて、私は貼り紙の前で静かに立ち尽くしていた。


 そのときだった。


「あの……」


 小さな、けれどはっきりとした声が背後からかけられた。


 私は驚いて振り返る。


 そこに立っていたのは――

 フォードレイン大公家の若き副騎士団長、フラート・ディンヒルだった。


 銀色に輝く髪、澄んだ青い瞳。

 繊細な顔立ちを持ちながら、しっかりとした筋肉の輪郭が見て取れる、華奢で凛とした青年。


(……ディンヒル卿?)


 私は無意識に瞬きを繰り返した。


 そういえば、クローディアス領の戦地にも、

 彼は同行してくれていた。


 でも、まさか。


 まさか、こんな形で目の前に立つなんて。


 フラートは、騎士らしく膝を軽く折り、

 礼儀正しく頭を垂れた。


「立候補しても……構いませんか?」


「ん?…………ん!?!?!?」


 私は、思わず間抜けな声を上げてしまった。


 周囲の騎士たちも、驚いたようにこちらを見ている。


 フラートは真剣な顔のまま、さらに続けた。


「クローディアス領の戦地にて、

 怯むことなく堂々と指揮をなさっていたお嬢様を見て――」


 真っ直ぐな青い瞳が、私を射抜く。


「この方に一生お仕えしたいと……

 そう、心から思うようになってしまいまして。

 どうか、御同行を許可していただけませんでしょうか」


「えぇ!? そ、それは……!」


 私は慌てて両手を振った。


「ま、まずいわ!! ここからあなたを引き抜いたら、それこそ戦力が無くなっちゃうじゃない!」


 フォードレイン大公家の副騎士団長は、軽々しく動かせる存在じゃない。


 それくらい、私にだって分かる。


 けれど――


 フラートは、わずかに微笑んで、静かに言った。


「ですが、ここにいても……

 腐っていくだけですし」


「…………」


 私の口から、妙な音が漏れた。


(ディンヒル卿、かなりさらっと、うちを貶してない!?)


 だけど、本人はいたって真剣だ。


(……まぁ、いいわ。不問としましょう)


 私は小さく咳払いをして、言った。


「……まぁ。お父様のお許しが出れば、だけど」


 それを聞くなり、フラートはぴしりと背筋を伸ばした。


「かしこまりました。

 では直ちに、許可を頂いてまいります!」


「今から!?」


 慌てて引き止める暇もなく、

 フラートは疾風のように訓練所を駆け抜け、

 屋敷の方へと走っていってしまった。


 私はその背中を呆然と見送った。


「……」


(本気、なのね……)


 思わず、額に手を当てる。


(どうなってるのよ、この人生……!!)



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