13.パンツ一丁、寝起きの惨劇
「きゃぁぁぁ!!」
けたたましい悲鳴で、私は目を覚ました。
「ん……な……?」
寝ぼけた頭で状況を理解しようとするが、体が重い。
(……なに、この重み)
重たいまぶたをどうにか開けた瞬間――
視界いっぱいに、隆々とした筋肉が飛び込んできた。
それも、ただの筋肉じゃない。
ぎっしりと鍛え上げられた、見るからに本気の筋肉。
……が、私に覆いかぶさっている。
「な……なにを……?」
呆然と声を漏らした次の瞬間。
リックウェンがハッと顔を赤らめ、バッと跳ね起きた。
「……っ!! み、見るな!!」
焦ったように叫びながら、ベッドを飛び降り、
背中を壁に押し付けるようにして何故か背中を隠している。
(いや…もっと隠すとこ他にあるでしょ。パンツ一丁で…。)
そこにあるのは、明らかに動揺しまくっている大柄な男。
(……え、なにこの状況……)
混乱しつつも、私は冷静に思い出した。
――互いの秘密は尊重し、強制的に暴くことはしないこと。
婚約契約書にしっかりと記された一文が、頭をよぎる。
(……はぁ)
深く、深くため息をついた。
ふと手元を見ると、脱ぎ散らかされたリックウェンの上着が落ちている。
なるべく見ないようにして、拾い上げる。
そして無言で、壁際のリックウェンへ差し出した。
「……どうぞ」
顔は一応、そっぽを向いておく。
リックウェンは真っ赤な顔のまま、必死に上着を受け取った。
「す、すまない……」
どもりながら着込もうとする彼を横目で見ながら、私は微妙な気持ちになっていた。
そこへ。
青ざめた顔のルダが、おずおずと近づいてきた。
「お、お嬢様……婚前で……まだ……成人も……」
おろおろと半泣き状態。
私は慌ててルダに手を振った。
「待って、誤解しないで。
何もなかったわ」
きっぱりと断言すると――
「そうなのか!?」
なぜかリックウェンが驚いた顔をする。
「……どうしてあなたが驚くのよ」
私は呆れたようにため息をつき、言った。
「あなた昨日、かなり酔っぱらってたから、寝てる間に服を全部脱いでしまったんでしょ」
わざとさらりと言うと、リックウェンはぐっと言葉に詰まり、
しばらくして、深くうなだれた。
「………そうか……すまない」
申し訳なさそうな声。
私はふと、リックウェンの様子に違和感を覚える。
(……背中を、やたら隠したがってるわね)
詮索するつもりはないけれど、
自然と思考が巡る。
背中といえば――。
(神から愛されし者には、背中に【神の印】が刻まれる)
それは、この世界では誰もが知る常識。
(もしかして……リックウェンにも、印が?)
でも、それならどうして、隠す必要があるのだろう。
素直に見せれば、誇り高い証のはずなのに――。
(……いや、今はそんなことより)
私は軽く首を振って、現実に引き戻った。
この状況を、まずどうにかしなきゃ。
乱れた寝室、青ざめた侍女、先程までパンツ一丁だった男。
冷静に考えれば考えるほど、破滅的だ。
「ルダ」
私はきっぱりと声をかけた。
「お父様とお母様は?」
震えながらも、ルダはすぐに答える。
「だ、大公様は、朝早く王城へ行かれました。
奥様は、まだお部屋にいらっしゃるかと……」
「そう……」
私は小さく頷いた。
私の両親は、別に働かなくても贅沢に暮らせる立場なのに、
なぜか律儀に王宮勤めを続けている。
特に父――フォードレイン大公は、今や帝国の宰相。
(……最初の人生では、父も現皇帝も、クレイシスに毒殺された)
思い出すたび、胸が痛む。
けれど、次の人生では違った。
私と一緒にならなかったクレイシス皇太子は、
別人のように善良で――父は何事もなく生き延びた。
さらに次の人生でも、結果は同じ。
(やっぱり、私の能力のせいで……彼の人格を歪めてしまったとしか…。)
小さく、胸の中でつぶやく。
だから、今回はきっと大丈夫。
父は無事だろう。
――いや、そんなことより。
私は改めて寝台の惨状を見回し、内心で頭を抱えた。
(……まず、この状況をなんとかしないと)
父に、どうしてリックウェンに酒を飲ませたのか、
本当なら問い詰めたいところだったけれど――
肝心の父は王城へ行ってしまっているのなら、仕方がない。
私は小さく息を吐き、目の前で固まっているルダに向き直った。
「ルダ。
とりあえず、ね? このことは、黙っててもらえると……嬉しいなー、なんて」
わざと軽い調子で、冗談めかして言う。
「……もともと、お父様が彼にお酒を飲ませたのが悪いんだから」
ルダはしばらく悩んだような顔をしたが、
やがて、力なくうなだれた。
「……お嬢様に、そう言われてしまうと……
私には、もう……黙っているしか、できません……」
小さく、今にも消え入りそうな声だった。
私は胸が痛んだ。
ルダは、誰よりも私のことを思ってくれている。
本当は、何もかも投げ出して、私を止めたいくらいなのに。
それでも、私の望みを優先しようとしてくれている。
そんな健気な侍女を、私はそっと抱きしめた。
「そう悲しまないで、ね? ルダ」
ぎゅっと、優しく。
小さな体が、私の腕の中でわずかに震える。
「………どうか、今一度……いえ、何も……」
ルダは、絞るような声でそう言ったが、
それ以上は何も言わなかった。
私は静かに、彼女の耳元で囁いた。
「ごめんなさい。
本当に、私にとって――クローディアス辺境伯様しかいないの」
そう、心からの言葉だった。
「理解して。ね? ごめんね、ルダ」
ルダの体が、ほんの少しだけ、私に寄りかかる。
私は、そっと彼女の背中を撫でた。
決して、裏切ることはしない。
私が選んだ未来を、きっと、後悔しないために。




