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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その雨 通せ

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーらくんは、「通り雨」に出会ったことがあるかい?

 多く、にわか雨の表現として使われるねえ。時期によってはしぐれになるかもしれない。雲がどんどんと空を通っていくために、晴れと雨が短いスパンで繰り返され、さっと雨が降っては止んでいく現象をさす。

 時雨などが比喩表現になると、涙を流すことにあたるのだそうだ。

 長々と降る雨ではなく、いっときだけ、さっと通り過ぎていく雨。それがいっときの落涙のイメージに合致するためらしい。空という大きな顔面に比べると、ひとつところの雨などはまさに涙のごとき少なさといえるかもしれないしね。


 しかし、世の中には別物の「通り雨」も存在しているようだ。

 少なくとも、私の地元に伝わる通り雨はただ浴びるだけのものにあらず。人によっては、望んで打たれにいくこともあったらしい。

 その話について、ちょっと耳に入れてみないか?


 むかしむかし。

 私の住んでいた地域では、季節を問わず、妙に暖かい雨の降るときがあったのだそうだ。

 風呂で浸かる湯と大差ないそれらは、さっと降ったかと思うと、すぐに止んでしまう。はじめて体験する人は、まさににわか雨と思うのだそうだ。

 しかし、地元の人にとってこの暖かい雨は「通り雨」と称される。いわく、この雨は天をゆく神様の踏みしめた雲によって、もたらされる恵み。これを長く身に受けることができるなら、健康につながると信じられていたとか。


 実際、この雨降りは移動していたと伝わる。

 通り雨を受け、道なりにそのまま歩いていた人は実に半里もの間、雨に打たれ続けており、それが「通り雨」だと認識できなかったことが、過去にあったという。

 その人は慢性的な身体の凝りに悩まされていたのだが、この通り雨を受けた後は、それら一切がなくなって穏やかな余生を送ったと語られているんだ。

 それにあやかり、通り雨を受けた人々はなんとか、少しでも長い時間浴びられるよう試みることがあった。

 その通り雨は一筆書きで追える道筋かつ、無作為に動いていく。伝説にあるように、半里もの間を道なりに進むなど、まずあり得ぬ確率だった。

 真剣に追おうと思うなら、道をおおいに外れてあちらこちらをうろついたり、行っては戻ったりを繰り返したりする、不可解な軌道を披露する羽目になる。

 もちろん、崖や川の深みなどへ移ってしまったら、そこが人間の限界。追うことはできなくなってしまう。

 話に伝わるような、半里を追うことなど夢のまた夢。そう思われて、実に数百年のときが流れたのちだった。


 かつての道も往来が多くなり、道幅が広まっていったのに対して、なお人が通らずにいるところは自然が青々と身体を広げる街道で。

 山登りから帰ってきた老夫婦が、その街道で通り雨に降られたんだ。

 頭からつま先まで、湯船にしずんだかのようなぬくさ、快さ。二人ともひと浴びで「通り雨」と判断できたそうなんだ。

 よもや、と一瞬戸惑った二人だけど、ほどなく通り雨を追いかけはじめる。

 さいわいなことに、今回は道なりにしばらく通り雨が続いたらしい。夫婦はそれを追っていったものの、妻のおばあさんのほうは石につまずいて転んでしまった。

 その身の上から、たちどころに消え失せてしまう雨降り。おじいさんはというと、雨に降られる心地よさが勝るのか。倒れてしまったおばあさんに構わず、夢中で先へ駆けていったそうだ。

 おばあさんの目からも、おじいさんが雨に降られている姿は確認できたのだが……。


 二人の距離が開いていくのにつれて。

 おばあさんの目には、おじいさんの身体がどんどん濁っていくのが、見て取れたそうだ。

 おじいさんの髪に、肌に、雨粒が降り落ちていくうちに、そこには少しずつ紫色の「ただよい」が姿をあらわす。まるで煙にまかれているかのようだったとか。

 おばあさんは声を張り上げ、おじいさんを止めようとするも、彼の足は止まらない。それどころか、こちらを振り向くことさえしない。

 ただひたすら、通り雨を追いかけていきながら、その姿が汚れていくのをなんとも思っていない。いや、もしや見えていないのか、気づいていないのか。

 おじいさんが遠ざかるにつれ、なおもその身体は紫色の煙に覆われていき、ついにその姿が完全に包まれてしまったとき。


 ふわりと、おじいさんを包んだ煙が浮き上がった。

 元の彼の姿をいっさいのぞかせないほどの厳重さでもって、どんどんと浮き上がっていくそれを目で追い続けて、おばあさんは気づく。

 いつの間にか空に浮かんでいた雲たち。その色があのおじいさんを包んだ煙と全く同じ色合いをしていたことを。そしていま、浮き上がっていった新しいかけらが、その一部に加わっていったのを。

 雨が通り過ぎ、空が晴れ渡って、おばあさんがいくら暮らせども、おじいさんが戻ってくることはついになかったとのことだ。

 以降、通り雨に降られたとしても、それを追いかけるような真似は避けられるようになったという。

 それは快さを餌に、我々を釣り上げようとする何かの意思かもしれないから、と。

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