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第5話 家族に裏切られたがお前らも去ね

 夢を見ている。

 見慣れた夢だ。アンリエッサにとって、終わりであり始まりでもある記憶の再現。


 轟々と音を上げて燃えさかる町。空を覆っているのはオーロラのような七色に輝いているドーム。

 半球状の結界の中にいるのは無数の異形。そして、武器を構えた数百人の老若男女。

 そして……まだ『呪いの女王』、『禁忌の呪術師』と呼ばれていた頃のアンリエッサである。


「何というか……本当にご苦労様ですよね。こんな舞台まで用意して、そこまで私のことを殺したかったのですか?」


 皮肉そうに笑いながら、アンリエッサが結界の向こう側にいる者達に目を向ける。

 アンリエッサの視線の先に立っているのは黒髪の男性が三人、女性が三人、そして一組の老夫婦。

 彼らはアンリエッサと血がつながった家族である。両親と兄弟姉妹、そして祖父母だった。


杏理(あんり)……許せ、我が娘よ。貴様はあまりに強すぎるのだ」


 重々しく口を開いたのは、父親であるはずの男性だった。

 何の感情も浮かんでいない能面のような顔で、淡々として言葉を紡ぐ。


「たった一人で国を滅亡させることができるような化物を放置することはできない。いかに貴様といえど、千人の呪術師が協力して張った結界を破ることはできまい」


「そっちにいる人間は呪術で操られているだけの一般人よ。何の罪もない者達を殺すことができるかしら?」


 母親が続けて言う。

 半球状の結界の中には、呪術で使役された式神だけではなく操られた人間の兵士がいる。

 男も女も子供も老人も……年齢性別を関係なしに包丁や竹槍で武装して、虚ろな眼差しでアンリエッサのことを睨みつけていた。


「私一人を殺すために町を火の海にして、住民を操り人形にして……どっちが悪党なのかわからないですねえ……」


 この舞台を用意した中心人物は目の前にいる家族であったが、その背後には同業の退魔師が何十人、何百人と協力しているのだろう。

 アンリエッサ一人を殺すためだけに、この町を滅ぼして罠として用意したのだ。


(……国を滅ぼすとか、人類を殲滅するとか、そんなくだらない野望とは無縁なんですけどね)


 アンリエッサには何の野心もない。

 呪術師として適当に妖怪を祓って人々を救い、得た収入でのんびりと暮らすことができれば満足だった。

 それなのに……ただ『強い』というだけで周囲の人間が勝手に怖がって、人類の敵として認定して排除しようとする。


(そのくせ、ちゃっかりと利用するところは利用するのだから腹が立つわよね……)


 アンリエッサは呪術師として何度となく出動を要請されており、強力な妖怪や鬼神を討滅・封印していた。


狡兎(こうと)死して走狗(そうく)()らる……すでに主だった妖怪は全て姉上に倒されています。もはや、この国に姉上の力は必要ありません」


「……ああ、そうですか。利用価値がなくなったから殺すということですね」


 弟と呼んだ少年が得意げに口にした言葉に、アンリエッサが苦笑いをする。

 ウサギがいなくなって用済みになった猟犬は始末する、つまりはそういうことなのだろう。


「犬は大好きですよ。可愛いものに(たと)えてくれてありがとうございます」


「……いつまで、そんな口を利いていられるか見物です」


「深淵の闇より出でし我が孫よ……大人しく死んでくれ」


「貴女のような忌み子を今日まで生かしておいてあげたのです。感謝しながら死になさい」


「ずっとお前のことを殺したかった。ようやく、今日その願いが叶う」


「お願いだから死んでよ。この世界から消えて」


「消えろ」「消えろ」「消えろ」


「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」


 祖父母や兄弟姉妹も口々に言って、札や呪具を構えてアンリエッサに殺意をぶつけてくる。

 結界の中にいる式神、操られた人々も動き出す。おしゃべりはこれで終わりということだろう。


(結界の外には他の呪術師も待ち構えているのでしょうね……絶対に何が何でも殺すという意思を感じます)


 力任せに突破しようとすれば……出来なくはない。

 アンリエッサは『呪いの女王』とまで呼ばれた女。単独で国家制圧すらも可能であると謳われた至高の呪術師だ。

 この場にいる人間を皆殺しにすることくらい、容易なことである。


(でも……私はそこまでして生きたいのでしょうか?)


 家族に嫌われ、同業者に恐れられ、友人はおらず、心を許せるのは呪力で屈服させて使役した人外の式神ばかり。

 自分を裏切った家族はともかくとして……ただ操られているだけの無辜(むこ)の住民を皆殺しにしてまで、はたして自分は存命したいのだろうか?


「愚問ですね……」


 長生きしたい理由なんて一つとしてない。

 周囲の人間全てから恐怖され、目的もなく孤独に生きていく理由などなかった。


「まあ……いいでしょう。これでおしまい」


 家族と呼んだ者達が結界越しに術を放って攻撃してくる。

 内部に取り込んだ人間の脱出を阻む結界であったが、外からの攻撃は通すらしい。

 アンリエッサは抵抗することなく攻撃を受け入れ……飛んできた呪力の刃に身体を貫かれた。


「やった……!」


「やった! 殺したぞ!」


「ハハハハハッ! 何が『禁忌の呪術師』だ! 簡単に殺れるじゃないか!」


「ギャハハハハハハハハハハッ!」


 消えていく命。薄れゆく意識。

 失われていく魂の気配を感じながら……アンリエッサはそっと微笑んだ。


「言っておきますれど……私が死んだ場合、私がこれまで封印していた大妖怪が全て復活しますよ?」


「へ……」


「白面金毛九尾狐、神野悪五郎、隠神刑部狸、平将門、酒吞童子、土蜘蛛一族、窮奇、近江富士の大百足……私がこれまで封印してきた連中が一斉に復活して、世の中に放たれることになりますよ。この国は地獄絵図となるでしょうけど、せいぜい頑張ってくださいな」


「なっ……」


 死にかけとは思えないほど朗々とした言葉を受けて、家族であった者達がそろって顔を青ざめさせる。

 至高の呪術師であるアンリエッサでさえ持て余し、封印するしかなかった大妖怪を一斉に相手にしなくてはいけないのだ。

 アンリエッサを殺した呪術師達が地獄を見るのは明らかである。


 最後に意趣返しの遺言を残して……アンリエッサは生まれた世界をおさらばしたのであった。


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