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「なんだ、貴様は!!」
その場にいた誰かが声を荒らげる。
まあ、ムスビからすれば、そんな認識だろう。
なにせここにいるので知っているのは、姫とエリスくらいのもの。そりゃあ、王やその后含め全員知らない誰かである。
声で判別なんて無理な話だろう。
「俺?俺だよ、俺!わかんない?」
「えっと…どこかで…?」
どうやら大臣は真面目なのだろう。
ムスビのそんな悪ふざけに乗って来てくれた。
「いや、初対面。」
「貴様ーーっ!!」
「で、それで王?俺、アンタに話があるんだけどいい?」
「無視するでないわ!!」なんて大臣の怒りの声が聞こえている気がするが、気のせい気のせい。ムスビガン無視である。
すると、「貴殿は?」と、いつの間にか身なりを整えた王が尋ねてきて、ムスビが口を開くより先に姫が答えた。
「彼は先生です!」
「せ、先生とな?」
また、王の王冠がコケると同時に少しズレた。姫の言葉に周囲になんとも言えない困惑の空気が漂い出す。
…うん、姫…それじゃあ、誰もわからないよ。
ムスビでさえ、姫のまるで熱弁するかのような、凄い人なんです!と言外に示すその姿勢に、苦笑いを浮かべていると、彼のことを知るもう1人が口を開いた。
「王よ、彼はむ…シオン。冒険者です。…それもSランクの…。」
「はて、シオン…どこかで聞いたような…。」
王冠をもとに戻した王がそんなふうに顎に手を当て考える仕草をした。
すると、先ほどまでムスビによって遊ばれていた大臣が、顔を青くしていたのに近衛騎士団長が気がついたらしい。
「大臣殿、なにかお気づきですか?」
「バッ……はぁ…お主の方こそ何か気づかないのか?ああいう手合いはむしろそちらの領分だろうに…。」
大臣が呆れたように額に手をやると、近衛騎士団長も大臣同様にし、そして「Sランクですか…あっ…。」と、同様に顔を青くし、大臣と見つめ合い、彼が頷くと、恐る恐るといった様子でこちらへと尋ねてきた。
「…まさか…【禁糸】殿…いや、様ですか?」
「えっ、そうだけど?」
「「「「っ!?」」」」「「……。」」
前者が今気がついた人物の反応、そして後者が先に気がついた人物たちの反応である。
ちなみに姫はともかくとして、エリスは途中でそのことに気が付きどうしょうもないからと諦めた。
そして、現在ここで姫を除き、もう1人そのことに気がつかず、困惑の表情を浮かべている者がいた。
それは…。
「大臣。かのSランク冒険者はどのような危険があるのだ?」
大臣に対してのこのような大仰な言いようからもわかるだろうが、王である。…いや、もしかしたら、彼はムスビのことを知っていたのかもしれない。どこかこれまでの道化のような行いが、作り物じみて見えてきた。
大臣は小さく「はぁ…。」と溜め息を吐くと、周りにも確認とばかりに説明した。
冒険者にはランクがあり、その最上位がSである。彼らは最上位ランクの名に恥じぬ一騎当千の猛者であり、他の冒険者たちとは一線を画す。
そのように最上位と銘打たれだけのことはあり、それらの冒険者には、有名だったり高位冒険者の証とされる【二つ名】がギルドによって、当然の如く与えられ、有名なところだと【神の子】や【迷い人】などがある。
…そして、ここからが本題なのだが、【禁】の一文字、これが問題なのだ。
さて、【禁】という文字を聞いて、普通はなにを思い浮かべるだろう?どんな意味だろうか、この文字は…。
…おそらくまず浮かべる二文字の組み合わせ、それは【禁止】に間違いない。
やってはいけないこと。
立ち入ってはならないところ。
そして…触れてはならないもの。
おそらくこの最後の表現が適当であるに違いない。
要するに、このいわゆる【禁】シリーズという【二つ名】を持つ者たちは冒険者ギルドからの警告である。
なお【禁止】の二文字に近づけば、近づくほどに危険度が高いというのは、言うまでもないだろうが、発音がまるで同じであるムスビは、敵対行動や不興を買うような行動などをするには最悪の存在であることは、余程のアホたちでもなければ、わかることだろう。
「……(ブルブルブルブル)。」
…要するに、現在、大臣ピンチ。
心なしか、王が座る玉座が近衛騎士団長の方へとズレている気がし、他の人物たちも大臣から距離を取っているように見えた。
これはいけないと、少しでと心象をよくしようとでも思ったのか、即座にプライドを投げ捨て、ムスビに媚びる大臣。
「コホン……そ、それでなにか御用でしょうか、シオン様?」
そう大臣が尋ねてきたので、ムスビは答える。
「いや、ちょっとこの国でお世話になろうと思って、龍脈の中心地教えてくれない?」