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あれからさらに2日、いや3日ほど、最初の村に着いてから、ちょくちょく村々の歓迎を受け、足を止めるなどしてゆっくりと進んでいき、ようやく先ほど王都へと辿り着いた。
「姫様、万歳!!」
「姫様、こっちを向いて〜!!」
と、喜びの声が響き、エリスたち護衛は苦笑いプラス背筋への寒気。
「ヒルドリン様とお幸せに〜!!」
加えて、なんて祝いの声まで聴こえてきて…ギロリとひと睨み。
「ひっ!」
…と、いけないいけない。
民たちは知らないのだ。
あのク…王子のことは…。
そうして、民たちの出迎えに応えつつ、街を行くと、いつの間にやら王城へと辿り着き…彼女たちは謁見の間へと立っていた。
「おお!よくぞ帰ってきた、我が娘よ!!」
「お父様!」
ヒシッ!
2人は感動の再会のごとく、再会を喜び合っていた。
確かに謁見中にするべきことではないのかもしれないが、誰一人として咎めることはない。
后も大臣も、騎士団長も微笑み、中には苦笑いを浮かべる者たちもいたが、反応は概ね良好。
そんなこの場の雰囲気に、エリスも流されそうになるが、その雰囲気の前提たるものを思い出し、彼女は口元を引き締めた。
その前提とは言うまでもない。そう…。
「して、娘よ…ヒルドリン王子はどうだった?」
ピシッ!
そう王が姫に尋ねるなり、空気感が変わった。
その場の温かかった春の心地良い風に、ほのか…どころか完全に季節を2つほどぶっ飛ばした、冬の訪れを告げるようなそれが吹き込み、姫が口を開くより早くエリスが声を上げた。
「恐れながら、王!」
「…なんだ?」
「ヒルドリン王子は姫様に一方的に婚約破棄されました。」
「なっ…。」
ざわざわざわざわ。
エリスの言葉にその場にいたほとんどの者が慌てふためき、そして者によっては「なにしたんだ!」とまるでエリスたちが悪者のように声を荒らげる者さえいた。
そんな中、王はというと、姫との抱擁を力なく解き、ヘナヘナと後退ると、後ろにあった玉座に、まるでイスがそこにあったのに気がつかなかったように膝をぶつけ、無様に滑り落ちるように腰を下ろしていた。
装いも乱れ、王冠までずり落ちてさえいる。
「い…いまにゃんと…。」
酩酊しているわけでもないのに呂律も廻っておらず、その姿は見るに堪えない。
エリスの言葉から、姫も親子再会の喜びからすっかりと、目を覚まし、自分が何のためにここに来たのか自覚したのか、ムスビと出会う前のように、オドオドオドオドとしており、完全に使い物にならないとさとったエリスは再びその口を開く。
「恐れながら!婚約が破棄されました!!」
半分やけくそ気味にそう言葉を放つエリス。
すると、王は天を仰ぎ、王冠がカランと転がり落ちるのすら忘れ、こう短く告げた。
「…そう…か…。」
この一言。
それが告げられ、しばらくの間、時が止まったかのような無言の時間が訪れる。
もちろん時が止まったわけではない。
「はあ…。」というどこからともなく聞こえてくる失望の溜め息がそれを教えてくれる。
なんともいやな知らせ方だ。
そんな王でさえ、口を開くことを許されないような雰囲気の中、1人の男が立ち上がった…というか、口を開いた。…なんとも能天気に。
「ちょいちょい、話は終わりでいいかね?お〜い、も〜ういいか〜い?」
…そして、まるで隠れんぼで鬼が返事を求めるようにふざけた声を上げたのだ。