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ムスビのおかげで魔物との遭遇戦がなかったためか、すっかり夜になってしまったとは言え、3日ほどでリース王国の最初の村メルトへとたどり着くことができた。
やはりここ数年やたらと景気が良さそうなアーキテクト王国の村々より廃れたそれである。
しかしながら、贔屓目ながら、貧しいながらも慎ましやかな幸せのある村でもあった。村長はそれを体現するような、人の良さような笑顔で姫たちを歓迎してくれた。
「よくぞお越しくださいました、姫様にエリス様。狭いところですが、どうぞごゆるりとお寛ぎください。」
「ああ、ありがとう。…と言いたいところだが、明日の朝にはここを発たねばならない。許してほしい。」
「なにかあったので…いえ、詮索は無用ですな。して?そちらの方は?」
「ああ…彼は姫の友人で…。」
ムスビは道中それなりに仲良くなったエリスたちに自分のことをムスビと呼んでほしいと頼んだ。
エリスたちは知らないが、もちろんこれには理由がある。実のところ、ムスビのSランク冒険者としての名前で有名なのはシオンの方。
冒険者登録当初の幼かったムスビは、アーキテクト王国のあるこの地域では、その人の名前・家名という順になっていることに気がつかず、彼が親や親類から言われた通りに登録してしまったのだ。
本当にうっかりさんである。
しかし、まあ、それもこの国に来たというのがバレる時間稼ぎにはちょうどいい。
よって、ムスビはこの護衛隊の人物たちにそう呼ばせるように触れ回ったのだ。
姫の友人というのは、道中、彼女に懐かれたからだろう。
「そうでございますか。ムスビ様もどうぞよろしくお願いします。」
「おう!」
そうして、村長はこの小屋を出ていく。
「ふぅ…しかし…。」
エリスは村長が小屋から出ていくなり、大きくため息を吐いた。
「…まさかこれほどまで早く辿り着いてしまうとは…。」
いや、正確には辿り着いたことは良いことだ。
合理性の面で、より早く、姫の婚姻が破談となったことを伝えられることは良いことに違いない。
しかしながら、気持ちの面で、やはり気が重いものは気が重い。
「…はぁ…。」
エリスは再びため息を吐いた。
「大丈夫か、エリス?もぐもぐ。」
「大丈夫、エリス?もぐもぐ。」
「…まあ…大丈夫ではないな。とりあえず姫様、口にモノを入れてしゃべるのは行儀が悪い。」
「あっ…ごめんなさい…。」
「……???というか、姫、その食べ物どこから…。」
「え?先生がくれたんですけど…。」
…どうやらムスビの格付けが先生にまで到達してしまったらしい…いや、まあ、こんなモノローグ入れるまでもなく知ってたけども……って、ん?じゃなくてっ!!
姫が持っていたのは、明らかにこんなエリスが考えごとをするような短時間で出来上がるようなものではない料理。それは滅多に料理をしない、ダークマター製造のスペシャリストこと、エリスでもわかるほどのもの。
そんなもの一体どこから…。
「エリス、イイ男には秘密がいっぱいあるもんだ。ほれ、お前の分もあるぞ。」
「あ、これはどうも…。」
エリスはムスビから、それを受け取ると、流れのままにとりあえず一口。彼女もまた、ムスビを「先生。」と呼ぶ姫ほどではないにしろ、もう完全に彼のことを信用しきっていた。
毒見がどうと姫に言うのを、自分がそれに手をつける時にすら、思い出さないほどに。
「あっ…美味しい。」
「だろ?自信作なんよ。そのしゃぶしゃぶ。」
「へぇ…そういう名前の料理なんですね…。」
どうやら姫は料理の名前すら知らずにそれに口をつけたらしい。
まあ、それはエリスもだが…。
「薄切りの肉がこんなに美味しいものだとは思いませんでした。肉と言えばかたまりなので…。」
「おっ、わかるか?やっぱり余程美味い肉以外は薄切りがベスト。まあ、肉がかたまりなのはカッティング技術の問題だろ…たぶん。俺の場合、糸でシュパッだから。極端な話、紙なんかの薄さまでできるぞ。」
「ほう…それは凄いな…。」
「ですね〜。」
もう姫の目にすっかり涙はなかった。
それどころか、エリスが知る限りで最も生き生きとしているのではなかろうか?
「あっ…そうでした。皆さんにもあげたいのですがが…。」
「ああ、そこにあるだろ?」
いつの間にかテーブル一面に置かれたたくさんの皿。
エリスは苦笑いを浮かべると、自分の分をかっこみ、姫の手伝いをするべく、皿を手に取り、姫に続く。
「姫〜。お待ちを。」