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「ちょっと邪魔するよ。」
入って来たのは、艷やかな黒髪の美人だった。
声も中性的であり、振る舞いから男性だと推測するが、正確にはどちらかはわからない。
エリスは入ってきたその人物に見惚れた。
エリスが見惚れている間に、その人物はニヤリと笑うなり、姫の隣に座り…。
「なに泣いてんだ?元気だせよ。幸せが逃げちゃうぞ。ハハハッ!」と、肩を叩く。
ポンポン。「ひっ!?」
……ポンポン?「ひ?」……っ!?
エリスはそこでようやく事態を察知した。
「き、貴様っ!?一体なにをっ!?」
「なにをって…慰め?なんか元気なさそうだったし?」
彼はなんてことはないと、そんなことを口にした。
「慰め?ではない!!貴様何者だ!!これがリース王国王族の馬車と知っての狼藉か!!」
「あっそ。知らない。はい、とりあえずこれ身分証。手土産の1つでもあったほうがよかった?」
「貴様…舐めたことを…なになに…糸音ムスビ…え、Sランクっ!?」
「えっ?」
「俺の素性はわかったろ?なら、警戒を解いてくれないか?」
「い、いえ…し、しかし…。」
エリスがどうしたものかと視線を送ると、姫は目元はまだ赤いものの、泣きやんで頭に???とクエスチョンマークを乱舞させている。
仕方がないので、エリスは「はぁ…。」とため息を吐き、腰に携えた剣から、手を離した。
「ああ、それと、見張りの子たちは叱らないでやってね。俺、こそこそしちゃったから。」
確かに見張りがエリスの声より前に騒がしくなった様子はなかった。
「そ、そう…ですか…。」
なんとなく姫が冷や汗をかいている気がする。
彼女はもし彼が暗殺者だとしたら、為す術なく暗殺されていたのではと思っているのかもしれない。
なにせエリス自身その想像が一瞬頭に過ぎったのだから。
「…して、Sランク冒険者がここに何用か?」
「用?う〜ん…まあ、色々。」
「……ふざけているのか?」
「いいや、ちっとも。さて…なにから話したものか…って感じなんだよね…。ホント色々すぎて。」
そうムスビは苦笑いをし、唇に手を当て、考えるようにしていた。
「……。」
話にならない。このまま引っ張り出せ…はしないだろうから…せめてどういう方向性の目的なのかくらいは知っておきたいところだな。
そうエリスが思っていると、ムスビはふと思いついたように口を開いた。
「…ああ、この馬車を選んだのは、中でもこの馬車から感じる雰囲気が断トツで悲壮感に塗れていたから…で…。」
「うっ…ううう…。」
「あっと、ごめんごめん。嫌なこと思い出させちゃった?というか、いい加減元気出そうぜ。」
ムスビは姫に向かってグッドサイン。
「ううう…ありがとう…ございますぅ…。」
「おう、で…目的…目的…ああ…とりあえず最終目的でいいか?」
最終目的?ということは、いくつもの目的を達成していくということ…か…?
「…どうぞ。」
「まあ、俺、この国の王族に舐めたことされちゃったんだよね…だから嫌がらせをすること。うん、それが最終目的かね…。」
「いや、かね…と言われましても、なんで最終目的なのに自信なさげなんですか…。」
「いや…だって俺って飽きっぽいから。もしかしたら、途中で投げちゃうかもだし…。」
…なんなんだこの人は…。
エリスは言いようのない不安と、なんとなくグダったこの雰囲気に少し肩の力が抜けた。