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選ばれなかった伴侶候補は霧の国で寵愛される

作者: 佐倉有栖

 厳かな雰囲気の中、襖を開けて入って来た人物を一目見ると、座敷に詰めかけていた人々が首を垂れた。

 霧島(きりしま)咲彩(さあや)もまた、人々に倣い深く頭を下げると、隣に座る姉の美彩(みあや)を横目で見た。美彩の細い肩から、艶やかな黒髪が零れ落ちる。緊張に固まった顔が、黒いカーテンの向こうに隠れてしまう。


龍鬼(りゅうき)様、お心は決まりましたか?」


 今しがた龍鬼と共に入って来た恰幅の良い男性がそう声をかければ、「あぁ」という低い声が耳朶を打った。

 龍鬼が咲彩と美彩の前に立ち、大きな手が美彩の肩に乗せられる。


「霧島美彩、そなたを我が伴侶とする」


 しんと静まり返っていた座敷に、ざわめきが広がる。


「やはり龍鬼様は美彩様を選ばれたか」

「咲彩様も美彩様も同じくらい美しいが、やはり姉のほうが優れているからな」


 囁き声が、次第に大きくなっていく。元より、誰もが皆、美彩が選ばれることを知っていた。

 一つ違いの美彩と咲彩は、龍鬼の伴侶となるべく同じように育てられた。美貌も能力も、姉妹にさほど差はない。一年の差を感じないほどに、咲彩も懸命に課題をこなしていたのだが、やはり姉のほうが少しだけ優れていた。


「祝言の日取りは予定通りに。美彩と咲彩以外の者は、宴の準備に取り掛かれ」


 龍鬼の一声で、詰めかけていた人々が座敷を後にする。

 咲彩は首を垂れた姿勢のまま、人払いが終わるのを待った。

 最後の客が座敷を後にし、襖越しに十分足音が遠ざかったのを確認した後で、咲彩は頭を下げたまま美彩に祝いの言葉をかけた。


「美彩様、この度はおめでとうございます」

「やめて、そんな他人行儀な呼び方をしないで」

「咲彩、面を上げなさい」


 龍鬼の言葉に顔を上げれば、眉根を寄せて今にも泣き出しそうな顔をした姉と目が合った。ぎゅっと噛み締められた唇が、微かに震えている。


「ごめんね、咲彩」

「謝らないで、お姉様。龍鬼様はお姉様を選ぶって、分かっていたの。だって二人とも、とってもお似合いなんだもの」


 物心ついたころから、龍鬼が美彩に好意を寄せていると言うことは、分かっていた。誰よりも近い場所で二人を見ていたのだ。二人が自分の気持ちを自覚するよりも前から、咲彩は自身が選ばれないことを悟っていた。


「咲彩、選ばれなかった伴侶候補がどうなるのか、お前は知っているのか?」

「もちろんです」


 鬼の伴侶となるべく育てられた子供は、人ならざる者の世界に長く居続けることにより、人外の力を得る。人を越えた力を持つ者は、人の世界で生きることは出来ない。

 選ばれなかった者は、屋敷の地下室に隔離され、生涯外の世界を拝むことは出来ない。咲彩が外の空気を吸っていられるのも、二人の祝言が執り行われる前日までだ。

 もとより、その覚悟はできていた。

 祝言までの短い時間、咲彩は屋敷の外に出ることを許される。最後に目に焼き付けておきたいものを見に行く機会が与えられるのだ。


「その顔、覚悟は決まっているようだが……少し、我の話を聞いてはくれないか?」

「なんでしょうか?」


 龍鬼直々の頼みに、咲彩は居住まいを正した。


「ここ、()の国から海を隔てたはるか遠くに、霧の国と呼ばれる場所がある。そこには吸血鬼と言って、我とはまた違った鬼が住んでいる。人間の生き血を啜って力を得ているのだが、咲彩はすでに人の道から外れているため、吸血の対象とはならないだろう。その吸血鬼、名はシリル・メイウェザーというのだが、その男が現在伴侶を探している」


 龍鬼はそこで言葉を切ると、ふわりと微笑んだ。美しい青の瞳が細められ、思わず息が止まりそうになる。鬼は人よりも美しく、視線一つで魅了することが出来る。龍鬼とは長い時間を共に過ごした咲彩と言えど、鬼の魅了にはかなわない。

 知らぬうちに全身に入っていた力が、ふっと抜けるのが分かった。


「我はその者と面識があるが、なかなか見どころのある男だ。……咲彩の伴侶として、申し分ないと思っている」


 そう言うと、龍鬼が大きな手をそっと咲彩の肩に乗せた。


「咲彩、このままではお前は、生涯を地下室で過ごすことになる。我は、お前ほどの人物がこの先何も成さずに地下で朽ち果てることは、惜しいと思っている」

「勿体ないお言葉、ありがとうございます」

「屋敷の外にすらまともに出たことのないお前に、海を渡れと言うのは酷かもしれない。しかし、このままこの国にいても、お前が幸せになることはない。……霧の国は陽の国とは違い、お前のような人を越える力を持つ者にも寛容だ。お前の幸せも、きっと見つかるだろう」


 すでにできていたはずの覚悟が、龍鬼の言葉に揺らぐ。

 厳しい花嫁修業を乗り越えても、その先に幸せが訪れることはないと分かっていた。長い時間をかけて徐々に徐々に、諦めを学んだ。最後に外の世界を見て、それを人生の宝として生きて行こうと思っていた。

 しかし今、突如として救いの道が提示された。その道の先にどのような試練が待っているのかは分からないが、少なくとも暗い地下室で命尽きるまで孤独を味わわなくても良いのだ。

 咲彩は、恋すらしたことが無かった。恋すべき相手はすでに、意中の人が決まっていた。始まる前に終わった恋だけしか知らないまま、朽ち果てたくはなかった。

 悩んだのは、ほんの一瞬だった。

 すでに閉ざされていた未来なのだ、未知の場所に飛び込んだとしても、今よりも悪いようにはならないだろう。


「……私に、務まるでしょうか……?」

「お前にしか、務まらないことだ」


 肩に乗っていた龍鬼の手に、ぐっと力が込められた。




 人々が宴の準備に勤しむ間、龍鬼はシリルとの話し合いを終え、無事に咲彩の輿入れの日取りが祝言の前日に決まった。

 本来ならば輿入れの際には侍女が何人かつくはずなのだが、誰もが海の向こうの知らない国へ行くことを拒絶し、咲彩だけが海を渡ることとなった。

 輿入れの日、数少ない私物をまとめ終えた咲彩は、メイウェザー家からの使いの者を待っていた。

 見送りに来たのは龍鬼と美彩だけで、今まで咲彩に付き従ってくれた侍女たちも実の両親も、美彩の祝言の準備を理由に来ることはなかった。

 もとより、美彩が選ばれたときから咲彩は不要の存在として、人々の興味の外に放り出されたのだ。地下室へ運ばれようと、海を越えようと、関心はないのだろう。


「咲彩、これを……」


 龍鬼から、真っ白な紙と鬼の家紋が彫られた印を渡された。紙には龍鬼の力を込めた式が宿っており、ほのかな温かさを感じる。


「この紙に文を書いて窓の外に飛ばせば、刹那の間に陽の国まで届く。もしもメイウェザー家で粗末な扱いを受けた場合は、遠慮することなくこの紙にその旨を書け。我がすぐに飛んで助けに行く」

「そんな……龍鬼様のお手を煩わせるわけには……」

「咲彩、我と美彩は、お前の幸せを願って霧の国に送り出すのだ。お前がかの国で不幸せになるのなら、手元に置いてくほうが安心だ。この国では不自由をかけるが、言い換えれば他者から害されることのない安全性は担保されている」

「咲彩……」


 それまで黙って龍鬼の隣に控えていた美彩が、スッと近づくと咲彩の手を両手で包み込んだ。


「昨日龍鬼様と話していたの。あなたは、誰よりも幸せにならなきゃいけないんだって。私よりも、ずっとずっと幸せに生きなくてはならないの。……本当なら、私が侍女について行きたいくらい……」


 語尾が涙に滲む。美彩は目に涙を溜めながら、咲彩を抱きしめると嗚咽をこぼした。


「どうしてみんな、咲彩をもういない人みたいに扱うの? どうして誰も、咲彩について行ってあげないの? どうして、私のたった一人の大切な妹を粗末に扱うのっ!」


 咲彩は今まで、姉がこれほどまでに感情的になったところを見たことが無かった。

 美彩は大輪の百合のように美しく楚々として、凪いだ海のように穏やかな心を持っていた。美彩の感情を動かせる人は、龍鬼ただ一人だと思っていた。

 そっと美彩の背に手を回し、彼女の体を抱きしめる。こうやって触れ合うのは、龍鬼の伴侶候補として指名され、この屋敷へと連れて来られた日以来だった。

 霧島家は代々続く華族の家系で、咲彩も生まれたときから何不自由のない暮らしをしてきた。何か欲しいものがあると言えば翌日には部屋に届き、食べたいものがあると言えば次の食事の際には目の前に置かれていた。

 我儘を言ってもそれが当然のように通ってしまう生活が一変したのは、新たに鬼の当主となった龍鬼の伴侶候補として、霧島家に白羽の矢が立った時だった。

 鬼の当主と婚姻関係を結ぶことができれば、霧島家の名声はさらに高まる。喜びに沸く両親は、確実に龍鬼からの寵愛を受けられるようにと、二人の娘を同時に伴侶候補として差し出した。一人よりも、比較対象がいたほうが選ばれる可能性が高いと踏んだのだ。

 選ばれなかったほうの娘にどんな未来が待ち受けているのかを、承知の上で。

 龍鬼の屋敷へと向かう道中、恐怖と不安に震えていた咲彩を、美彩は優しく抱きしめてくれた。

 あの時と同じように、背中に回された美彩の手に力がこもる。咲彩は甘えるように姉の胸元に頭を寄せた後で、そっと体を放した。


「お姉様よりも幸せにと言うのは、難しいかもしれませんね。だって龍鬼様は、世界中の誰よりもお姉様を幸せにしてくださるに違いありませんから」


 咲彩にそう言われ、龍鬼が今まで見たこともないような柔らかな笑顔を浮かべ頬を染めた。

 陽の国を守護する鬼の当主として、常に凛とした威厳に満ちている龍鬼とは違う新鮮な表情に、咲彩は思わず美彩に目を向けた。姉も驚いていると思ったのだが、その顔ははにかむような笑顔だった。

 龍鬼は、美彩にはこういった表情も向けていたのだろう。


「お待たせいたしました。咲彩様、お迎えにあがりました」


 バサリと羽が大きく上下する音と共に、背後に人が立つ気配がした。独特なイントネーションから、陽の国語を話し慣れていない雰囲気が伝わってきた。

 振り返れば、赤茶色の髪をした青い瞳の少年と、明るい茶色の髪の女性が立っていた。女性は常に目を瞑っており、その瞳の色は分からない。二人の両腕は黒い翼のような形をしていたが、瞬き一つの間に白い腕へと変わった。


「咲彩、少し左手を貸してくれ」


 龍鬼に言われ、素直に手を差し出す。彼の長い指が手首をなぞれば、赤く輝く文様が浮かび上がり、すぐに消えてしまった。


「霧の国と陽の国では話す言葉が違うのだが、問題ないよう術をかけた。お前たち、霧の国の言葉で話しても良いぞ」

「ありがとうございます。……まさか本当に、シリル様の言ったとおりだとは……」


 少年のほうが丁寧に頭を下げながら、驚いた表情で咲彩を見つめる。人形のように美しい顔に見つめられ、咲彩は咄嗟に美彩の背後に隠れた。

 龍鬼と同じように人間離れした美しさを見るに、彼もまた人外の存在なのだろう。


「シリルの言った通りとは?」

「霧の国へお連れする間、咲彩様の不安を取り除くために陽の国の言葉を多少なりとも話せる僕とお姉様が付き添いとして名乗りを上げたのですが、シリル様は龍鬼様が術をかけてくださるだろうから心配はないだろうと仰っていたのです」

「しかし、お前たちが来ているところを見るに、シリルの言葉を素直に聞き入れることができなかった……そう言うことか?」


 女性が困ったように眉尻を下げながら、閉じたままの目で咲彩を見つめる。その口元は柔らかく微笑んでおり、見ているだけでほっと安心できるような優しさがあった。


「失礼ながら、シリル様からの御言葉だとしても不安がありました。手放される伴侶候補に、龍鬼様がそれだけ手厚いことをなさるのか、疑っておりました」

「……咲彩は、我が妻のたった一人の妹だ。我にとっても妹のような……いや、娘にも等しい大切な子だ。手放した伴侶候補などではない、咲彩は我の愛しい娘だ。そんな娘のために、精一杯のことをしてやるのが親というものだろう」


 龍鬼の大きな手が、咲彩の頭を撫でる。

 実の親は、咲彩が選ばれなかったあの日から一度も顔を見に来ることはなかった。そのことを、悲しく思わない日はなかった。選ばれなかった娘はいらないと突き放された深い悲しみを、考えないようにしてきた。


「咲彩、もう一度言う。我と美彩はお前が幸せになることを願って送り出すのだ。辛くなったらいつでも帰ってくると良い。我も美彩も、常にお前のことを思っていると言うことを忘れるな」


 龍鬼に優しく抱き留められ、咲彩の目から涙が零れ落ちた。

 一つ雫が落ちるたびに、心の中に広がっていた悲しみや不安が流れていくような気がした。


「お前たちも、咲彩を選ばれなかった伴侶候補などという不名誉な扱いをしないように」

「お言葉ですが龍鬼様、ご心配には及びません。シリル様からも、未来の伴侶である咲彩様を丁重に扱うようにと厳命されております」


 少年が咲彩の前に膝をつき、女性も同じように頭を下げた。

 咲彩は最後に美彩を強く抱きしめると、龍鬼を見上げた。


「龍鬼様……お姉様のことをよろしくお願いいたします」


 使いの少年と女性が差し出した手を取る。ふわりと体が浮き上がる感覚に目を丸くすれば、耳元で女性が優しく囁いた。


「咲彩様、目を閉じてください。すぐに霧の国に着きますので」


 素直に目を閉じれば、潮風を含んだ風がそっと頬を撫で、すぐに雨の香りへと変わった。


「さあ、咲彩様目をお開けください。霧の国へようこそ」


 少年の声に目を開ければ、濃い霧のかかった幻想的な街並みが眼前に現れた。




 豪華な馬車に乗って霧の町を駆け抜け、たどり着いた先は見上げる程に大きなお城だった。

 重たい両開きの扉が開かれた先には赤い絨毯が真っすぐに奥へと伸びていた。恐る恐る歩をすすめれば、天井の高い広間の中央で金髪に赤い瞳をした長身の男性がたたずんでいた。

 息をのむほどに美しい男性を前に思わず足を止めて固まれば、彼のほうから歩み寄ってきた。

 彫刻のように端正な顔立ちに、蠱惑的なルビー色の瞳。やや長い前髪は歩くたびに柔らかく揺れ、陽の光を受けてキラキラと輝いていた。

 この人こそが、シリル・メイウェザーその人だと直感的に気付き、すぐに頭を下げようとして陽の国と霧の国では挨拶の仕方が違うと学んだことを思いだした。

 床に座ろうと曲げかけていた足を片方後ろへ引き、ぎこちなくカーテシーをする。


「霧島咲彩と申します」


 ちらりと上目遣いで見上げれば、シリルは慈愛に満ちた優しい笑顔で咲彩を見下ろしていた。


「ようこそ、霧の国へ。遠いところをご苦労様でした。お疲れではないですか?」


 予想外に優しい喋り方に面食らいながらも、咲彩はさらに深く頭を下げた。


「お心遣い感謝いたします。あっという間のことでして、疲労は感じておりません」

「今は気が張っていますから、自覚していないだけかもしれません。今日は早めに休まれると良いでしょう。……ところで、龍鬼から印のようなものを預かってはいませんか?」


 霧の国へと旅立つ前に、龍鬼から渡された鬼の家紋が彫られた印のことを思い出し、咲彩は懐から取り出すとシリルへ差し出した。


「そうそう、これです。イヴ、こちらへ」


 周囲に控えていたメイドたちの中から、栗色の髪をした少女が前に進み出るとシリルの隣に立った。

 年のころは十五ほどだろうか。咲彩とさほど違わないように見えるが、宵闇に染まりつつある空を思わせる紫色の瞳と、怖いくらいに整った顔立ちから彼女もまた人外の存在だと分かる。

 イヴと呼ばれた少女が跪き、シリルが短く何かを呟くと彼女の額に鬼の印を押し当てた。

 印が強く光り、イヴの額に鬼の家紋が赤く浮かび上がる。ミミズばれのようなそれは、すぐに吸収されるように額の中へと消えてしまった。


「さあイヴ、新たな主人のもとへと行きなさい」


 シリルが言い終わらないうちに、イヴは立ち上がると咲彩の胸に飛び込んできた。


「ご主人様、これからよろしくお願いします!」

「……ご、ご主人……様?」


 咲彩よりも頭一つ分は高いイヴが、甘えるように頬を摺り寄せてくる。全身にマーキングをするように体をこすりつけてくるイヴに驚きながらも、説明を求めてシリルを見上げた。


「元々その子……イヴは、私と契約を交わした蝙蝠でした。しかし今はその契約を破棄し、龍鬼の力で新たな契約を結んだのです。今、イヴと契約を結んでいるのは咲彩、あなたです」

「えぇっと……」


 説明がうまく理解できずに戸惑っていると、イヴが咲彩の顔を覗き込んだ。


「侍女を連れて来れなかった咲彩様のために、配下の蝙蝠を一人咲彩様の眷属にするって、龍鬼様と美彩様がシリルと様と約束を交わしたの。イヴは、龍鬼様が契約を破棄しない限りは咲彩様の眷属なのよ。イヴたちにとって、契約は絶対。イヴは契約が破棄されるときか、この命が尽きるときまで、咲彩様に命を捧げたのよ」


 無邪気な顔で言われた重たい契約の内容に、思わず絶句する。


「龍鬼と美彩様は、咲彩がこの国で過ごすためには絶対的な味方が必要だと考えたんです」

「そんな……」


 契約を施してしまえば、イヴはそれに背くことは出来ない。鬼との契約は、それだけの強制力があった。


「咲彩様、そんな顔しないで。イヴはね、自分から咲彩様の眷属になりたいって言ったの。龍鬼様やシリル様が色々と咲彩様のことを教えてくれてね、イヴはこんな素敵な人にお仕えしたいなって心から思ったのよ」

「でも……イヴちゃんはシリル様の眷属だったのでしょう?」

「別にね、契約がなくなったからシリル様のことが嫌いになったとかじゃないのよ。咲彩様に害がないのなら、イヴはシリル様のことも好きよ。大切の順番が入れ替わっただけだよ。イヴの一番は咲彩様で、イヴは咲彩様の味方。イヴはこの国のこともシリル様のこともよく知ってるから、何でも聞いてね!」


 人懐っこい笑顔で再度抱きしめられ、咲彩は困惑しながらも手を伸ばしてイヴの頭を撫でた。栗色の髪は猫の毛のように柔らかで、手触りの良さに夢中で撫で続けた。


「咲彩、その辺でやめてあげてください。イヴが骨抜きになってしまいますから」


 恍惚の表情でクタリと蕩けたように咲彩に体を預けるイヴを見て、シリルが小さな笑い声をあげた。


「イヴも、今日は早めに休んだほうが良いかもしれませんね」




 食べなれない食事に、嗅ぎなれない甘い香りの石鹸。水は陽の国のものよりも硬く、洗い立ての髪がきしんでいた。

 広い部屋の大きな鏡台の前に座れば、イヴがどこからか持ってきたオイルを髪に塗ってくれた。華やかな薔薇の香りはイヴの髪から香るものと同じで、ほっと安堵の息をつくと肩から力が抜けた。

 オイルを塗るたびに、嫌なきしみが消えて黒髪がしっとりとした光沢を帯びる。


「咲彩様の髪って真っすぐでツヤツヤでサラサラで、とっても綺麗!」

「私は、イヴちゃんのふわふわで柔らかな髪も好きよ」


 イヴが嬉しそうに微笑みながら、半月型の柘植櫛で咲彩の髪を丁寧にとかしていく。鏡台の前にはメイウェザー家が用意していたブラシもあったのだが、咲彩は自分で持ってきた櫛を選んだ。

 鬼の伴侶候補となったときに、霧島家によく出入りしていた商人が祝い品としてあつらえてくれたものだ。美彩とお揃いのそれは、咲彩の大切な宝物のうちの一つだった。


「咲彩様、お休み前にちょっとだけお話ししよう? この国のことでも、シリル様のことでも、イヴが知っていることは何でもお話するよ!」


 ふかふかのベッドに横になれば、隣に寝転がったイヴが楽しそうに話しかけてきた。

 体は疲れているのだが、まだ気持ちが高ぶって眠れそうになかった咲彩は、彼女の提案に乗ることにした。


「そうね……龍鬼様から聞いたのだけれど、霧の国では人を越える力を持つ者にも寛容だって言うのは本当なの?」

「本当だよ。霧の国はね、ちょこっとだけ不思議な力を持つ人がいっぱいいるの。植物の育ちを少しだけ良くしたり、水の流れをほんの少し変えることが出来たり、動物とちょっとだけ挨拶を交わすことが出来たり」


 種の状態からすぐに花を咲かせるまで育てたり、川の位置を変えるたり、動物と話したりすることは出来ない。あくまでも、ほんの少しの不思議な力があるというだけだ。


「凄い……霧の国の人たちは、最初から不思議な力が宿っているのね」

「ううん、それはちょっと違うかな。元々は、その少しの力のせいで他の国から追い出された人たちを閉じ込めておくための場所だったの。ここでしか生きることができなかった人たちが集まってできた国なのよ」


 周辺の国々を追われた人々が集まり、何世代にもわたって生活を営んだ結果、霧の国が生まれた。

 今でこそは立派な国として遠い海の向こうの地まで名を馳せているものの、最初は陽の国の地下牢と変わらない場所だったのだ。


「あら? でも、吸血鬼は人の血を吸うんでしょう? 龍鬼様が、私は人とは違うから吸血対象にならないって聞いたけれども……」

「霧の国の人は、少しだけ不思議な力があるだけの人だから、咲彩様とはちょっと違うの。それに、今では花の国や赤の国、鋼の国なんかと色々と取引があってね、その際に血液で払ってもらったりするから」

「そうなの。……シリル様についても、聞いても良い? 龍鬼様から、素敵な人だって言うことは聞いているんだけれど、詳しくは知らないの」

「シリル様はね、とおっても優しい人よ!」


 イヴが“とても”の部分に力を込めてそう言うと、目を輝かせた。


「吸血鬼ってね、ちょっと傲慢なの。能力の低い人は容赦なく切り捨てるし、吸血鬼って言うプライドが高いの。イヴもね、元々は別の御屋敷で生まれてそこのお家にお仕えしてたんだけど、能力が足りないって言って追い出されちゃったの」


 見るからに細身のイヴは、力も弱く長く飛ぶことができなかった。蝙蝠は通常、夜でも周囲を見渡すことが出来るのだが、イヴの目は闇に弱かった。物覚えもあまり良くなく、無邪気すぎる性格は厳格さと狡猾さを美徳とする吸血鬼社会では嫌われていた。


「お腹が空いて倒れていたところを、シリル様に拾ってもらったの。元気になるまでうちにいても良いって言ってくれてね、イヴがメイウェザー家にいたいって言ったときも、すぐに契約を結んでくれたのよ。メイウェザーの御屋敷にはね、イヴみたいに他を追い出された蝙蝠とか、霧の国の人よりも強い力があって人間社会に馴染めなかった人とか、色んな人がいっぱいいるの」


 シリルは他に行く当てのない人々を快く屋敷に迎えたため、他の吸血鬼の屋敷よりも多くの人が働いているのだという。


「シリル様の優しさを、弱さの表れだって言って嫌う吸血鬼もいるのよ。でも、シリル様に助けられた吸血鬼もいっぱいいるの。だから、シリル様を慕う人も多いのよ」


 我がことのように自慢げに言うイヴの横顔を見て、あの龍鬼が一目置く理由がわかった気がした。


「でも……そんな素晴らしいかたがなぜ私なんかを……」


 シリルならば、自分よりももっと良い相手が見つかるのではないか。龍鬼が娘とまで呼んで愛情を傾けてくれているとはいえ、咲彩は選ばれなかった伴侶候補に他ならない。

 それほどまでの人格者ならば、美彩のような完璧な人こそが相応しいのではないか。

 そんな咲彩の苦悩を悟ったように、イヴがするりと体を寄せてくるとポンポンと優しく背中を叩いた。


「イヴはね、シリル様がなんで咲彩様を選んだのか、知ってるのよ。でもそれは、イヴが言うことじゃないと思うの。咲彩様にとっても、イヴの口からきくよりもシリル様から直接聞いたことが良い話だと思うの」


 背中を叩いていた手が、次第にゆったりとしたリズムを刻む。

 幼いころ、寝付けないでいた咲彩の背中を美彩が同じように叩いてくれていたことを思い出す。


「シリル様は、見た目はちょっと近寄りがたい感じだけどね、とっても優しくて穏やかな人なのよ。イヴ、シリル様が怒ってるところ見たことが無いもの。咲彩様が教えてって言えば、答えてくれるはずよ」


 瞼が重くなってくる。イヴの甘い声が、睡魔を呼び寄せてくる。


「明日にでもきいてみたら良いと思うの。きっと、咲彩様が今抱えている不安も消えちゃうから。だからね……私なんかなんて言わないで。シリル様もイヴも、咲彩様だから選んだのよ」

「うん……ありがとう……イヴちゃん……」


 まどろみの中で、咲彩はそれだけ言うと目を閉じた。


「お休みなさい、咲彩様」


 イヴの囁き声が耳元で聞こえ、咲彩は眠りの世界へと落ちて行った。




 レースのカーテン越しに差し込んできた穏やかな光に、咲彩は目を開けた。

 見慣れない高い天井に一瞬だけ混乱したものの、すぐに霧の国へと来たことを思い出して息を吐いた。

 隣を見れば、イヴがスヤスヤと幸せそうな顔で眠っている。寝ていると余計に幼く見える顔に口元をほころばせ、優しく頭を撫でると彼女を起こさないように気を付けながらそっとベッドを抜け出した。

 まだメイドたちも起きだしていないのか、屋敷内は静まり返っていた。足音を立てないように気を付けながら廊下を歩き、調理場へとつま先を向ける。

 ヒンヤリとした厨房は、昨日の夕食後に片付けて以降誰も踏み入れていないようで、ピカピカに磨かれた鍋が流しの隅に置かれていた。

 咲彩は鍋を手に取ると、パタパタと厨房の中を行ったり来たりしてどこに何があるのかを確認した。見慣れない食材に、勝手の分からない厨房での作業はなかなかに難しかったが、簡単な調理くらいならなんとかなりそうだった。

 陽の国から持ってきた昆布と鰹節で出汁を取り、キッチンの隅に置かれていた野菜入れから手ごろなものをいくつか選んで切った。一度沸騰させ、火を止めてから味噌を溶かしいれる。

 ふわりと味噌の甘い香りが広がり、咲彩は思わず微笑んだ。

 龍鬼の御屋敷では、毎食必ず味噌汁が出されていた。自家製の味噌は風味がよく、咲彩の大好物だった。

 幼いころから慣れ親しんだ香りを楽しんでいたとき、ガタンと背後で音が鳴った。振り返ればコック帽をかぶった男性が、驚いた顔でこちらを見ていた。


「おはようございます」


 咲彩がにこやかに挨拶をすれば、男性の顔が険しいものに変わった。


「咲彩様、ここで何をなさっているのですか?」

「朝食のご用意を……」

「そんなこと、奥方の仕事ではありませんよ!?」


 どうやら霧の国は陽の国とは違い、料理は料理人が行うものらしい。

 不勉強に顔を赤くしながら、出来上がったばかりの味噌汁を前に途方に暮れていたとき、騒ぎを聞きつけたイヴに手を引かれてシリルが現れた。

 赤く染まった咲彩の顔が、青く変わる。昨晩、もっと霧の国の常識についてイヴにきいておくべきだったと後悔するが、今更そんなことを言っても仕方がない。

 咲彩は深く頭を下げると、ギュっと目を閉じた。


「申し訳ありません! 不勉強で霧の国の作法を知らず、調理場に踏み入ってしまいました」


 調理場に咲彩が入ったことがどれだけ失礼なことなのかは分からない。

 もしも陽の国に帰れと言われたらどうしようかと泣きそうになっていると、シリルが無言で鍋へと近づくとお玉に味噌汁を取りそのまま口をつけた。


「……うん、美味しいですね。咲彩、これは何というスープなんですか?」

「あの……お味噌汁と言います。龍鬼様のお屋敷からお味噌を少しだけ持ってきていたので……お出汁を取って、隅に置いてあるお野菜を少しいただいて……」

「オミソシル? 初めて聞きますが、陽の国では普通のスープなんですか? あぁ、そう言えば、龍鬼の屋敷に行くとこの香りがしていましたね……」


 陽の国では一般的に食べられる家庭的なスープなのだと伝え、チラリとシリルの顔を見上げる。ルビーの瞳と目があえば、蕩けるような優しい笑顔を浮かべた。


「こんなにも美味しいオミソシルが作れるなんて、咲彩は料理上手なんですね」

「そんなことは……」

「確かに霧の国では、料理人が食事を用意するのが一般的です。しかし、陽の国ではそうではないのですね」

「料理人が作ることもありますが、旦那様のお食事は基本的に伴侶が用意しています」


 緊張で縮こまっている咲彩の肩にシリルの手が乗せられる。触れられたところからジワリと温かさを感じ、咲彩の緊張がほぐれていく。


「もしも咲彩さえよければ、今後も料理を作ってくれると嬉しいです」

「……厨房に勝手に入ったことを怒らないのですか?」

「怒る? 何故ですか? だって咲彩は、私のために料理を作ってくれたのでしょう? 料理長だって、霧の国にはない常識に驚いただけで別に怒ってはいません。そうですよね?」


 話の矛先を向けられた男性が、大きく頷く。


「陽の国では奥方が調理場に入るのが普通だと知っていれば、止めませんでしたよ」

「そう言うことです。私は逆に、咲彩に感謝しています。こんなにも珍しくも美味しい料理を私のために作ってくれたことを」


 シリルはそこで言葉を切ると、ぐるりと周囲を見渡した。騒ぎに気付いて駆けつけた使用人たちが、視線を向けられて背筋を正す。


「結婚というのは、どちらか一方がもう一方の常識に縛られることではないと私は考えています。特に私と咲彩は、育った国すら違います。異なる常識を前に、どうしても譲れない部分は話し合い、受け入れられる部分は寛容になる、そうやって新しい常識を作っていくことが結婚なのだと思います」

「陽の国では咲彩様がシリル様のお食事を用意するのが常識、霧の国では料理人が主人のお食事を用意するのが常識。だから今日は、咲彩様がスープを作って、そのほかの食事を料理人たちが作るって言うのはどうかな?」


 イヴが咲彩の腕に抱きつきながら、そんな提案をする。

 咲彩は小さく頷くと、イヴに手を引かれるまままだ何も用意されていない食事の席へ座った。

 調理場があわただしく動き出し、料理人たちが朝食の用意を急ピッチで進めて行く。

 次々と用意されていく料理の中に、咲彩の作った味噌汁も入っていた。平たい皿に乗せられ、スプーンと共に目の前に提供される。

 イヴが興味津々といった様子で味噌汁に手を付け、一口飲めば途端に笑顔になった。どうやらイヴの口にはあったようだ。

 咲彩はほっと安堵の息を吐くと、ふわふわのパンを一口サイズにちぎって口に入れた。甘い小麦の香りに舌鼓を打ち、小さなバターを乗せて味の変化を楽しむ。黄身まで火が通った目玉焼きに、カリカリに焼いたベーコン、フルーツもどれも新鮮で瑞々しかった。

 食器が触れ合う音だけが響いていた食堂で、ふとイヴが顔を上げると口をもぐもぐさせながら咲彩に尋ねた。


「咲彩様、シリル様にあの事を聞かないんですか?」

「あの事? 何か私にききたいことがあるのですか?」


 味噌汁を口に運びかけていたシリルが、スプーンを置く。

 あの事とは、何故シリルが咲彩を選んだのかということだろう。

 言おうかどうしようか迷った咲彩だったが、今を逃せばタイミングをうかがったまま聞きそびれてしまいそうな気がした。

 真っすぐにこちらを見つめる赤い瞳から目をそらさずに、口を開く。


「シリル様は、なぜ私を伴侶に選んだのでしょうか?」


 思いがけない問いかけだったのか、シリルが戸惑ったように赤い瞳を揺らしながらも、ゆっくりと話し始めた。


「龍鬼とは古い付き合いで、昔から頻繁に文のやり取りをしていましたし、互いの屋敷に招いたことも何度もあります。その過程で、彼の屋敷に伴侶候補の少女が二人身を寄せていることも知っていました」


 伴侶が決まるまではと屋敷に行くのを遠慮していたシリルだったが、龍鬼が久しぶりに会って話したいと強く望んだため、陽の国を訪れたことがあった。


「その時にたまたま、あなたたちを見たんです。美しい衣装に身を包み、優雅に舞っている姿に目を奪われ、すぐに咲彩……あなたに目が引き付けられました」

「私ですか? お姉様ではなく? 見た目も所作も、私とお姉様は瓜二つです。けれど、全てお姉様のほうが上品で優雅です……」


 姉のほうが凛として華やかで優美。それは、他者から言われるまでもなく自覚していることだった。一歳と言う年齢の差ではない、生まれ持った気品が美彩のほうが高かったのだ。


「確かに、美彩様は華やかで品があります。大輪の百合のように気高く美しい。けれど私が引き付けられたのは、純粋で控えめながらもひたむきに頑張る咲彩のほうでした」


 伴侶候補が二人いると言うことは知っていた。すでに龍鬼の心は決まっており、周囲もそれとなく察していると言うことも聞いていた。


「誰もが、美彩様が選ばれると言うことを知っていました。おそらく咲彩、あなたも。それでも、腐ることなく一生懸命自分が今できることを必死にこなしている。そんな咲彩のことが頭から離れませんでした」


 陽の国を後にし霧の国へと帰ってからも、シリルは頻繁に龍鬼に咲彩の様子を聞いていた。最初は一目見ただけの少女になぜそれほどまで執着するのかといぶかしんでいた龍鬼だったが、次第に咲彩の様子を細かく伝えるようになっていた。


「美彩様を祝言を上げたその日、選ばれなかった咲彩は生涯龍鬼の屋敷の地下に囚われると言うことも聞いていました。……私にはそれが我慢できなかった。龍鬼に、何とか咲彩を霧の国へと引き取ることは出来ないかと打診したんです」


 霧の国ならば、咲彩のように特殊な力を持つ者でも外で過ごすことができる。地下で死ぬまで隔離されるよりは、異国の地とは言え自由がある場所のほうが良いのではないかと。


「龍鬼は言っていました。美彩様を愛しているから彼女を選ぶだけで、咲彩が嫌いなわけではないと。咲彩にも人並みの幸せを掴んでほしいのだと。そしてそれは、美彩様も願っていることなのだと。龍鬼は、私が咲彩を伴侶として選ぶのならば、霧の国へと行かせることを考えても良いと言いました」


 シリルは、迷わなかった。

 すぐに二つ返事で咲彩を伴侶として迎え入れる旨を龍鬼に伝えたのだ。


「龍鬼と美彩様から、しつこいほどに言われましたよ。咲彩を伴侶とするからには、世界で一番幸せにしてくれなくてはいけないと。世界中の誰よりも、咲彩を愛してくれないといけないのだと。それが誓えないのならば、咲彩を嫁がせることは出来ないのだと」


 シリルが柔らかく微笑む。目が離せないほどに美しい笑顔に、咲彩の心臓がキュっと苦しくなった。


「私はすぐに、誓えると答えました」


 心臓の音がうるさい。顔が火照る感覚とともに、目に涙が浮かぶ。泣いてしまわないように眉間と口元に力を入れれば、泣き笑いのような顔になった。


「今はまだ、私のことを愛してなかったとしても、いつか愛してもらえたらと思っています。……いや、仮に愛せなくとも問題はありません。でも、私が咲彩のことを愛しているのだと言うことだけは忘れないでいてください」


 選ばれなかった伴侶候補を不憫に思い娶ったわけではない。最初からシリルは、咲彩を選んでいたのだ。

 ジワリと胸に広がった幸福を戸惑いながらも噛み締めていると、イヴが咲彩の肘をつついた。


「ね? イヴの口からきかなくて良かったでしょう?」


 悪戯っぽく微笑みながらウインクを投げるイヴに、咲彩は小さく頷いた。

 姉よりも幸せになるのは難しいと思っていた。龍鬼はきっと、世界中の誰よりも美彩を愛し幸せにするだろうから。

 今でもその思いは変わっていない。けれどもしかしたら、美彩と同じくらいの幸せを手にすることが出来るのかもしれない。

 シリルの隣にいれば、きっと。


(お姉様、龍鬼様……私、絶対に幸せになります)


 今夜にでも、二人に文を出そう。霧の国へと送り出してくれたこと、幸せを願ってくれたこと、全てに感謝を込めて。

 咲彩はにっこりと微笑むと、シリルを見上げた。

 極上の笑顔を向けられてシリルの目が一瞬だけ大きく見開かれ、すぐにふいとそらされた。

 横顔が、徐々に赤く染まっていく。

 愛していると伝えたとき、シリルはどんな顔をするのだろうか。そんなことを考えながら、咲彩は愛し気にシリルの横顔を見つめるのだった。

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