プラネタリウム
三題噺もどき―にひゃくきゅうじゅうきゅう。
目が覚めるとプラネタリウムの中にいた。
多分、気づいたら寝ていて、目が覚めたと言う所なんだけど。
この空間は、静かで、程よい暗さで、ただ光り輝く星を眺めているだけ許されるから。
つい、うとうとしてしまったようだ。
「……」
目覚めた瞬間に、一面の星空が視界に飛び込んできた。
一瞬あまりの眩しさに、目がチカチカとしたような気がしたのだが。
星そのものが、強く瞬いているだけだったようだ。
「……」
であっても、視界がチカチカするほどの瞬きがあるかとは思うが……まぁここはプラネタリウムで。人工で見せられた星空でしかなくて。多少輝きが異常でもおかしくないのかもしれない……と思う。
「……」
しかし……なんだか……。
異様に静まりかえっている気がする。
映写機(と言っていいのか?)が、ゆっくりと動く、小さなモーター音か何かが聞こえるぐらい。
人の息遣いとか、ここに居るはずのスタッフの影とか。小さな囁き声とか、足音とか、そういうのが、全くない、聞こえない。
「……」
音が聞こえない事そのものはいいんだ。
集中できるし、どこまでも沈み込める。
この暗闇は、とてつもなく居心地がいいし、溺れることができるならそうしたいくらいなのだ。
「……」
だから、うん。
それはそれで、いいのだけど。
……あまりにも。
あまりにも、人の気配というのがしない。
誰一人として、ここに居ないということが、肌感覚で分かってしまう。
常に、他人の存在とか視線を気にして生きてきた身としては、自分のこの感覚は捨てきれるものではない。
だから、ほんとうに、きっと、ここには、誰もいない。
―自分以外。
「……」
確かに、ここには一人で来た。
プラネタリウムには、逃げてきているのだから、1人で来るに決まっている。
それにこのプラネタリウム自体、たいして人の出入りはない。入場者数なんて、たかが十数人だ。
星に興味もなさそうなカップルとか、静かにできるのか不安になるほどの小さな子供を連れた家族とか、何をしに来たのか分からないほど騒がしい若者とか。
そんなのが集まって、十数人。
「……」
田舎の小さな科学館だから、仕方はないのだけど。
逆に大人数がいて、ざわざわしているような場所よりは、好ましい。
だから、ここにはよく来るのだが。
たまに来る騒がしい人に会わなければ、絶好の場所なのだここは。
「……」
だけど。
今日は。
今は。
その、居るはずの他人の気配が全くしない。
そもそも……。
どこかに居るはずのスタッフの気配すらしないのは、おかしいだろう。
何かあったときどうするつもりなんだろう。
「……」
んー。
だけどなぁ。
不思議なことに、嫌な予感とか、しないんだよな。
なんというか……まぁ1人で、静かな空間の方が好きだと言うのはあるんだろうけど。
「……」
それでも、こう。
ひとり気に利なるのは、少し焦りとか出るはずなんだけど。
他人が嫌いとは言え、他人が居るのが当たり前の場所に他人がいないのは、さすがに焦るし、動機がする。はず。
「……」
だけど、今はそれがない。
ただ静かに。
穏やかなまま。
じぃっと。星空を眺めている。
正直。
ここがプラネタリウムなのかも。
現実味が、なくなってきている。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ぁ」
そうか。
夢か。
「……」
静かな映写機の音。
いつもより少しだけ眩しい星。
誰一人いない暗い箱。
「……」
ずっとこのままで居たいと願う程に。
心地のいい空間なんだ。ここは。
「……ざんねん」
あぁ、少し眠くなってきた。
ずっとここに居たいんだけどなぁ。
一生このままで居たいのになぁ。
夢の中でしか息ができないのになぁ。
―現実に帰ったところで、息が苦しくなるだけなのになぁ。
「……」
徐々にぼんやりとしていく視界。
その中でも光続ける、星空の中に。
ふいに影が入り込む。
ゆっくりと、空を横切るそれは。
大きな気球のようだった。
ふわりと浮かぶその姿は、あまりはっきりとは見えなかったけれど。
なぜだか少し。
羨ましく見えた。
「……」
目が覚める。
どうやら、ベット脇に座り込んで、腕枕で寝ていたようだ。
右手が少し痺れている気がする。
「……」
なんだか。
ものすごく。
泣きたい気分だ。
何かを失ったような、何かを羨んだような。
「……」
ダラリと落とされていた左手に違和感を感じ視線をやると。
なぜか、一枚の絵はがきを持っていた。
大きな一台の気球が描かれている。
お題:気球・プラネタリウム・絵はがき