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プチ・プレゼンター【Alith_Link】

作者: 都築

自創作掌編。

看板娘ちびトリオ(ミュー・ラムダ・ミカゲ)。贈り物のはなし。

 窓から差し込む陽光を弾いてきらめく色とりどりのグラスにキャンドル。小綺麗に飾りつけられた陳列棚で艶を競うのは、四季折々の花を浮かべて閉じ込めたハーバリウムの瓶。華やかさに負けじとばかりに、また別の棚の上では犬猫から熊まで大小さまざまのぬいぐるみたちがすまし顔で肩を並べる。

 月に一度の定期市(バザール)で活気づく王都アイオニア。人波行き交う大通りから一本脇に逸れた閑静な路地に、その小さな雑貨店はつつましやかに居を構えていた。表通りに建ち並ぶ大店ほど広すぎもせず、さりとて内装が小ぢんまりしすぎているということもない。ろくに事前知識も店のあても持たない子供にはうってつけの好物件といえるだろう。──ちょうど、自分たちのような。


「んー……」


 目線は右に、すぐに左に。すぐ眼前で悩ましげにふわふわ揺れる撫子色の頭に向かってラムダは声をかける。


「迷うのはいいけど、あまり根を詰めすぎると頭から湯気が出るわよ。ミュー」

「むー……もう、ゆげしゅぽしゅぽ、なきがする」

「選択肢が多いのも考えものね」


 なおも頭を抱えた様子の片割れの隣に立ち、二人並んで陳列棚を眺める。もう一人の首尾はどうかと一歩進んだ店の奥を窺う。子供向けであろうかわいらしく簡素にまとまった装飾品の棚の前で、ぴょんぴょんと忙しなく左右に振れる橙色のふたつ結び。目に留めた銀製のバングルを試しに手に取るも、しばし歯切れの悪い沈黙を置いて「うーん」と首が傾いた。


「これもかわいい! でも、ちょっと違う……?」


 しかめつらしく腕を組んでむむと唸ってから、橙色、もといミカゲは困り顔で連れこと双子を振り返る。


「どうしようミュー、ラムダ。わたしのプレゼント、全然決まらないー!」

「だからと言っていつまでも決めあぐねているわけにもいかないでしょ。……サフィたちには、王都の街を少し散策してくるとしか言ってないもの」


 あまり悠長に悩んでいる時間はないのよ。傍らの蒼い瞳と自らの紅を見合わせて、ラムダは呆れ気味の仏頂面で友人に応えた。

 ──日頃からお世話になっている親代わり(ひぃさま)に感謝の気持ちを伝えるために、自分で何か贈り物(プレゼント)をしたい。

 ミューとラムダと三人で遊んでいたさなか、双子の暮らす王都のギルドを保護者同伴で訪れたミカゲは目を輝かせてそう切り出してきた。決して気付かれないよう渡す寸前まで相手には明かさず伝えず──いわゆるサプライズというやつらしい。

 天涯孤独の身の上のところに手を差し伸べられ、惜しみない愛情を注いで育ててくれた大切なひとがいるという意味では、自分たち双子とこの少女は間違いなく同類だった。何より、ヒトの子として生きる道を選んでこのかた初めてできた同年代の友達である。二人の側としても願ってもない提案には違いなかった。

 そんな経緯で今現在、自分たちは揃って贈り物の算段にこんこんと頭を巡らせている。ただしまだ幼い部類に入る少女三人で市中に繰り出すのだから当然というべきか、当たり障りのない建前だけで養い親たちを説き伏せるのはかなり骨が折れた。実際にはこうして無事に許可を得て抜け出せたわけだが……。


(おおかた、ワタシたちに気取られないように誰かしら『お守』がつけられているでしょうね)


 気配こそ感じないが、今頃店の外にでも身を潜めていることだろう。素っ気ない物腰に反して少々過保護な面のある『父』ならやりかねない。ラムダは内心軽く肩をすくめる。いたずらに時を延ばして心配をかけないためにも、そろそろ潮時を見極めなければいけないようだった。

 熟考に沈みかけた意識を引き戻してふと傍らを見やると、未だ困り果てているかと思ったミューとミカゲは想像と裏腹、どことなく浮き立った表情で棚の品々を見分していた。ひとつ瞬きしてつぶやく。


「──アナタたち、楽しそうね」

「ふぇ?」


 ことんと首を傾げるミュー越しに、「そうだよっ」とミカゲが大きく頷く。


「決まらなくってタイヘンなのはほんとだけど、みんなで迷ってうんうん言ってたらなんだか楽しくなってきちゃった。あれでもないー、これでもないー! って」

「そう……かもね」


 何を贈れば伝わるだろう、喜んでもらえるだろう。自分たちの偽りない気持ちを受け取って、ありがとうと頭を撫でてくれるだろうか。そんな逡巡を拠りどころに試行錯誤するのもまたきっと大事な過程なのだ。贈られた品を手に微笑みかける大切なひとの優しい横顔を脳裏に思い描けば、胸の芯にほわりとぬくもりが灯る。

 その甘い揺らぎが表情に出たのを察したのか、双子の小さな細面を映した夕焼け色の瞳を、ミカゲは嬉しそうに輝かせて「それからね、」と言葉を継ぐ。


「ミューとラムダと、わたし。三人いっしょだからもっと楽しいんだよ、きっと!」


 ──屈託のない朗らかなその笑顔を快晴の陽だまりに例えていたのは、他ならぬ彼女の『(ひぃさま)』だったか。確かに納得もいくと、ラムダは少しだけ相好を崩した。


「……ワタシたち二人とも、アナタのそういうところに惹かれたのかしら」

「ん。ミカ、ともだち、だから」

「えへへ」


 さすがに少々照れくさくなってきたか、ミューと繋いでいた手を離してミカゲが再び店の奥にぱたぱたと駆けていく。相変わらず元気のよい二つ結びを眺めながら二人も陳列棚に向き直った。

 そのまましばらく目を泳がせていると、傍らのミューが「あ」と小さく声をあげた。


「どうかした?」

「ラム……」


 片割れの指が示したのは連なる棚のうちのひとつだった。きらめく石の象眼された根付に髪留め、組み紐に櫛。王国や他の大陸諸国から取り寄せたと思しき品々の中で、その一画だけはささやかながら異彩を放っていた。


「東方渡りの彫細工ね。この国ではあまり見かけない珍しいものばかりだわ」

「きらきら」


 ミューはすっかり装飾の繊細な美しさに見入って目を丸くしている。思い思いに手に取ってみていれば、いつの間にか戻ってきていたミカゲも加わり、小さな頭がちょこんと三つ並ぶ形になった。


「見て見て二人とも!」


 ややあって差し出されたミカゲの手には小ぶりな一本の簪が収まっていた。漆塗りの鼈甲製で、撫子と紫苑の花を模した飾りと珠留めがあしらわれている。その筋に明るくない二人から見ても、派手さこそないが落ち着いた気品の漂う精巧な一品のように感じられた。


「わぁ……!」

「髪飾り、ね。とても素敵」


 このひと振りを(サフィ)の淡く輝いて波打つ白金の髪に飾れば、さぞみやびやかに馴染むに違いない。ひとしきり感心する双子を見渡してミカゲが意気込む。


「この花ね、ミューとラムダと同じ色でしょ? これなら魔女さん、喜んでくれるんじゃないかなって思って」


 またしても名案が飛び出してきてくれた。正面からかち合ったミューの瞳にくるくると光が弾んでいるのを認めて、ラムダも珍しく素直に口元をほころばせる。


「わたし、これがいい!」

「ワタシも同意見。ミカのおかげよ」


 ひとまず『おでかけ』の目的の一端は果たせたけれど、恩に着てばかりではミューもラムダも割に合わない。ミカゲの胸中を占めているであろう贈り先の相手を思い浮かべながら方々に目を配るうち、ほどなくして目当ての代物が見つかった。


「ミカ、ミカ」

「ワタシたちの見立てだとこんなところね」


 自分たちの母もあの美しい巫凪も、娘の髪を梳いて結び方の手ほどきをしてくれるところがよく似ている。その一点に思い当たって二人で選んだのは銀色がかった白木の櫛。きめ細やかに磨き上げられた表面を飾る螺鈿細工の三日月と芍薬の花がひときわ印象深い。一目見たミカゲもたちまち頬に喜色を乗せてはしゃぐ。


「こっちもすっごくキレイ! それにこの模様も、ひぃさまの刀とちょっと似てるかも」

「どうかしら?」

「うん、決まり! わたしもこれにしようっと。ありがとねっ、ミュー、ラムダ」

「ふにゅ……どう、いたしまして」

「役に立てたなら重畳だわ」


 三者三様に顔を見合わせて、思わずやわい笑みがあふれる。

 後は互いに小花仕立ての紙で丁寧に包んでもらって、リボンをかけて。最後まで隠し通したまま不意討ちで差し出すこの贈り物(サプライズ)を前にしたら、大切なひとたちはどんな顔で自分たちを迎えてくれるだろう。想像する事の成り行き

を戯れに語らいながら帰路につくのも、また楽しみのひとつだ。


 ──私たちの『おかあさん』が喜んで……笑ってくれますように。


 胸の奥でそっと投げかけた願いに応えるように、簪を彩る飾り石がほのかに光を零した。


***


『楽しそうだねミューちゃんたち!』

『窓に張りついて中の様子窺ってる僕らはちっとも楽しくないけどね』

『傍から見たら単なる不審者集団じゃねーかよ』

『姐さんそれ禁句禁句! ハードな現実を直視させにくるのやめて!』

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