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Merfana ーメルフェマー  作者: 八神あき
異世界サバイバル
8/19

テスト

 午前5時、正亜はソーラー式腕時計のちゃちなアラームで目を覚ます。

「……ねっむ……てかさむ……」

 ぶるりと体を震わせる。疲労は重くのしかかっているが、やることは多い。時間を無駄にはできない。


 休息を求める体に鞭打って起き上がる。空はまだ暗く、晴人はいびきをかいている。

 テントから出て、軽く伸びをした。

「さて、やるか」

 メルフェマの指輪に触れる。召喚されるものをイメージしながら、上半分を時計回りに回す。

 指輪の力が発動し、ブラックハウンドが召喚される。それと同時にごそっと、体からエネルギーが持っていかれるような感覚。ランニングでもしたあとのように体力を消耗し、額に汗が流れる。

「なんだこれ……くっそ疲れるな……。昨日は戦ってる最中だから気づいてなかっただけか?」

 息を整え、指輪を見る。黒い侵食は進んでいない。クラーケンを召喚したときにだけ侵食は進むのだろう。ブラックハウンドの召喚では侵食は伴わないが、体力は削られる。

「なんかしらの代償はあるってことか。まあ、体力くらいなら別に死にはせんだろ」

 正亜はしゃがんでブラックハウンドと目線を合わせる。

「あー、えーっと……。ジャンプしろ」

 命令通り、その場で飛び跳ねる犬。

「次はじゃあ……」

 ——とまれ。

 今度は口には出さず、心の中でだけ念じる。犬は動きをとめた。

「へえ、口に出さなくても通じるのか。テレパシーみたいなもんかな。便利じゃないの」

 テレパシー、という自分自身の言葉で、ひとつ思いついた。

「お前が何考えてるか、テレパシーで送ってみろ」

 送信ができるなら受信もできるはず。と思って命令してみたが、犬の思考が送られてくることはない。

「んー、送受信できたら偵察とかしやすいんだけどなー」

 なんとなく背中をなでてみた。しっとりとした毛並みが心地いい。

 と、自分の背中にぞわぞわした感覚。

「……あー、もしかしてあれか。感覚の共有、みたいなのはできるのか。これもテレパシーっちゃテレパシーなのかな」

 さらに複雑な命令も出してみる。言葉で説明するのが難しい動作は頭の中でイメージすると犬はその通りに動いた。だが、常に犬の姿形を思い浮かべて脳内で動かすのはかなり集中力がいる。


 簡単な命令なら言葉で伝えて終わり、複雑な動作をさせることもできるが、相応の集中力がいる。

「ま、一匹の動作はとりあえずはこんなもんかな」

 言って、指輪を回し、もう一匹のブラックハウンドを召喚した。


 続いてやってきた疲労に、がくりと膝を折る。一瞬目の前が暗くなった。

 地面に座り込んでしばらく休むと、少しずつ落ち着いてきた。

「おお、二匹目の召喚ってかなりきついな……。何匹同時に使役できるか試したかったんだが……」

 3体目を召喚したら本当に気絶するかもしれない。そしたらテストどころではない。

「回復待ちながらゆっくり試していくしかないかな……。えーっと、犬1号、ここからひたすらまっすぐ歩き続けろ」

 言うと、最初に召喚したブラックハウンドが命令通りに歩き出す。どこまで離れるとテレパシーが通じなくなるのか、それも知っておく必要がある。


 犬一号が森の中に消えた後も、微弱ながらテレパシーで歩いている感じは伝わってくる。

 一通りテストを済ますと、晴人を蹴り起こす。晴人はむにゃむにゃ言いながら罠の回収に向かった。


ーーーーーーーーーー


 罠には一匹だけトカゲがかかっていた。丸焼きにし、2人でわけて食べる。

「たんぱく質」

「よかったな」

 晴人は肉を食えただけで幸せらしい。正亜も正亜でゲテモノ料理には興味があったので抵抗なく食べることができた。

「で、今日は何すんだ?」

 お腹が落ち着いた晴人は正亜に尋ねる。

「食べ物探しだな。俺たちはこの状況だと狩猟採取経済で生きていくしかないが、それにはまず食べられるものと食べられないものを知る必要がある」

「この世界に食べられないものなどない。胃に入ればすべて同じ」

「そりゃお前だけだ。お前とちがって俺は人間だから、うっかり毒草とか食ったら死ぬんだよ」

「おー、ソラニン」

「……お前の中で毒の代表ってソラニンなのか」

「うん。ソラニンしか知らん」

「いろいろあるだろ、青酸カリとかヒ素とか。逆にソラニンどこで覚えたんだよ」

「中学校の授業。……えーっと、あれはたしか……数学!」

「俺、お前と同じ国の学校通ってたはずなんだけどな。理科で習わないんだな」

「家庭科だったかもしれない」

「ああ、たしかにその説はある……って、ソラニンはいいんだよ」

 正亜は話を戻す。

「お前はこのブラックハウンド連れて、その辺歩け。で、見つけた植物片っ端から食わせろ」

「犬さんがかわいそうだろ」

「俺たちが死ぬよりいいだろ。いいから行け」

「お前は何すんだ? さぼりか?」

「俺はまた道具作り。っていうか紐作りだな。昨日は強度足りなかったから、今度は根で試してみる」

「ふーん。がんばれ」

 晴人はブラックハウンドとともに茂みへ入っていく。正亜もまた、作業に移った。


ーーーーーーーーーー


 ブラックハウンドの召喚は1日に2匹が限界だった。それ以上は体力が持たない。

 ただ、召喚したあとの制御は数が増えても難しくはない。同時に使役できる数は召喚ペースに縛られるので、制御可能数は気にしなくてもいいだろう。


 5日目、犬1号のテレパシーが途切れる。これで指輪の力でできることは概ね掴めた。また、思ってもみなかった収穫があった。ブラックハウンドと視界を共有できたのだ。


 犬1号との連絡を確認するため、常に繋がりを意識していたことが幸いした。

 時間が経つにつれ、だんだんテレパシーが強くなっていたのだ。四日目にはブラックハウンドが見ているものを正亜も見ることができるようになった。


 正亜はテストの結果に満足だったが、対する晴人は退屈そうだった。

「正亜ー、トカゲ食べ飽きたー。てかひまー。スイッチやりたーい」

 子供みたいなことを言い出す晴人。

「ひまてお前……。異世界来て喜んでたじゃねえか」

「んー、そやけど。冒険してないし魔王おらんしバトルは同じ相手ばっかりやし。てか火傷痛い」

 晴人は右手にできた水脹れをレロレロなめる。先だって火鼠との戦いで負った怪我だ。

「なめるなよ……」

「舐めたら怪我治んねんで? 知らんの? あほやん」

 晴人の軽口はムカつくが、火鼠を問題視するのは正亜も同じだ。


 この世界に来てから、戦闘は8回起こっている。

 うち6回は火鼠。小型の肉食恐竜ー特徴からしておそらくはデイノニクスだろうーは2回。

 クラーケンを使ったのは初召喚を含めて3回。2回はデイノニクス相手に。もう一回は、10匹近い火鼠に追い回されたときだ。

 川に水を汲みに行った時、火鼠の群にエンカウント。いかに晴人といえど多勢に無勢。ブラックハウンドを囮にし、なんとか湖まで逃げ、クラーケンを召喚して危機を乗り切った。


 クラーケンを召喚するには指輪は出力不足らしく、メルフェマ湖も使わないといけない。また、召喚するたびに侵食は進む。正亜の中指は真っ黒に変色し、動きもぎこちない。手の甲にも3センチほど侵食が進んでいる。


 火鼠は2人のいるキャンプに来ることもあるが、ほとんどが水汲みの途中で襲われている。

 ブラックハウンドと視界の共有をできるようになったあと、正亜は火鼠の巣を探させに7匹すべてを放っていた。すると案の定、キャンプと川の経路上の近くに、30匹ほどから成る火鼠の巣があったのだ。

 火鼠の巣を発見したとき、正亜は次の目標を決めていた。


 正亜は「ひまー、ひまー」とうだる晴人の肩をぽんと叩く。

「ま、あれだ。魔王はいないかもしれないけど、ちょっとしたボス戦ならできるぞ」

「ま?」

「ま。火鼠の巣を攻撃する」

 それを聞いて、晴人はぱちんと指をならす。

「攻撃は最大の防御なり」

「知ってる言葉適当に言ったろ、今」

 図星をつかれ、晴人は明後日の方向を向き、ひょっとこみたいに唇を突き立てて下手な口笛を吹く。


「あながちまちがいでもないけどな。ようは安全圏の確立のために一番の脅威を取り除くわけだし」

「ぬわっはっはっは。私は天才。で、巣って何匹くらいおるん?」

「30匹」

「んー、棺桶に足突っ込んでる」

「自殺行為って言いたいのか?」

「そういうことだ。よくわかったな」

「そりゃお前みたいに正面から突撃したら死ぬだろうが、準備すりゃ勝算は高い。火鼠の習性を把握したうえで罠を張る。最終的には突っ込むこともあるかもしれんがな」

「ちょっと待て、混乱してきた」

「勝ち目はある。ただそのためには準備が必要。準備にはまだしばらく時間かかるから、それまで待ってろ」

「おー、わかりやすい。最初からそう言え」

 晴人の物言いには腹が立つが、いちいち相手にしていては疲れるだけだ。


 正亜は会話を切りやめ、火鼠掃討に意識を切り替えた。

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