名前
一休みした正亜は恐竜にやられた犬の死骸を調べていた。
犬、によく似ているが、ところどころ違う。歯は爬虫類のように同じ形状のものが並んでいるし、足の指も三本だ。
「なにしてるん?」
ひょいと、晴人が覗き込んできた。
「召喚犬調べてる。……まあ、犬なのか微妙なところだが」
「しょうかんけんってなんだ?」
「召喚された犬だから召喚犬。わかりやすいだろ」
「おい!」
急に大声を出し、正亜を睨む。大柄な晴人は真剣な表情だとかなり怖い。思わず引き攣った声が出る。
「なっ……、なんだよ」
「クソダサい」
「…………なにが?」
「名前がださい。もっとセンスある名前にしとけ。犬がかわいそうだろ」
「犬、もう死んでるけどな。…………あー、じゃあ、えーっと。黒いから、……ブラックハウンドとか?」
自身なさげに言うと、晴人はぱちんと指を鳴らす。
「おー。いいね」
「そりゃどうも」
「ついでに魔法の水の名前も」
「ミスリル」
「パクリやん」
「うっせえな……。じゃあもうマジカル水銀とかでいいじゃねえか」
「クソダサの極み」
「文句ばっか言いやがって……」
正亜は渋々、それっぽい名前を考える。
「魔法、マジック、ファンタジー……水銀、魔水銀? 安直すぎか。mercury、fantasy……メーファン、メルファン、これもちょっとな……。magic……メル、merfema、メルフェマでいいや」
「うん……まあまあ」
「じゃあもうてめえが考えろ」
「僕に考える脳みそなどない」
脛を蹴った。「いたっ」と飛び上がる晴人。
いたいいたい、と飛び回る晴人は視界から消し、正亜はこれからのことについで考える。
——まず確保すべきは食と安全。これはどっちが上でもない、同時で進めなきゃいけない。
——安全は、この湖。メルフェマ湖とでも言うか。ここから離れないことだ。現状、恐竜を倒せるのはクラーケンのみ。他に恐竜を倒せる手段を獲得するまでは離れるべきじゃない。
——じゃあ水は? 必要なたびに川へ? 移動時に襲われるリスクがある。食料は、近くに罠を仕掛けまくるしかないか……。
——そもそも、恐竜に襲われるたびにクラーケンを召喚してたら俺の手がもたない。この黒い侵食、時間が経てば痛みは消えるが、動かしにくいし、肺まで進んだらヤバそうだ。
——現実的に考えるなら取れる手段ってのは限られてる。けど、この指輪。俺の知ってる現実とはかけ離れた力を持つ、メルフェマの指輪。力の詳細はわからない。だが、ブラックハウンドとクラーケン以外にも召喚できる生物がいれば、その生物次第では現状を一気に打破できる。
正亜は召喚する生き物を思い描きながら指輪を回した。
何も起こらない。
「馬でも出せたらいいだが、そう都合よくもいかんか」
「なに? お馬さん?」
気づけば晴人が背後にいた。
「うおっ。急にその濃い顔を近づけるなよ、心臓に悪い」
「ん? 褒められてる?」
「まあ、一目見たら忘れられない顔ではある。それより、いくつかやることがある。てつだ」
「やだ」
「……肉食いたいだろ?」
「うん」
「じゃあ、獣道に罠をはっていくぞ。それが終わったらシェルターを作って寝る。運がよければ明日の朝は焼肉だ」
「僕、運だけはいいから」
「ああ、そんな感じするわ」
正亜は罠用の紐を準備する。靴紐や、適当な蔓。蔓は結びにくいし、罠として機能しそうにないが、一応試せるものは試しておく。
「これ、獣道に仕掛けといてくれ」
「獣道って?」
「森の中に自然にできた道っぽいのがある。そこに仕掛けといてくれ。一本の道にいくつもしかけるなよ。いろんな道に罠を張っとけ」
「……脳みそ破裂しそう」
「要領ちっさ! フロッピーディスクかよ」
「カタカナ言わんでよ! 混乱する! いってきます!」
晴人は耳を塞ぎながら森に入っていく。
「さて、俺も仕事するか」
正亜はナイフを手に、近くにあった植物を刈り取っていく。取った植物をナイフで薄く削り……たかったのだが、石器のナイフでは無理があった。
しばし考え、石で叩き潰すことにした。硬い茎がひしゃげ、細かな繊維が出てくる。
潰したり切ったり引っ張ったりしていると、晴人が帰ってきた。
「なにしてんだ?」
「工作」
「楽しそう!」
目をきらきらと輝かせる晴人。意外とこういう作業が好きなのかもしれない。
「やるか?」
「うん」
植物と石のハンマーを渡すと、正亜にならって植物を潰し始める。
「潰したら裂いてくれ」
「…………」
「晴人?」
「飽きた」
「死ね。……じゃあシェルター作れ。昨日作った小屋、わかるよな?」
「僕三歩歩いたら忘れる」
「ぼこぼこにするぞ」
「こわっ」
晴人は逃げるようにして正亜から離れる。正亜がじっと見ていると、気まずくなったのか、小屋を作り始めた。
正亜は作業に戻る。細かく裂いた繊維はナイフで表面を擦って皮を落とす。それも終わると、今度は裂いた繊維をよって一本にまとめる。
「おうちできたー」
ちょうど晴人が戻ってきた時。
「できた!」
「なにが?」
「紐だよ、紐」
正亜はできあがったそれを晴人に見せる。茶色く薄い繊維でできた、50センチほどの紐。完成度は低く、ところどころ余計な繊維が飛び出し、太さも均一じゃない。
晴人はおもむろに紐を引っ張った。練度の低い紐は簡単にちぎれる。
「あ、ごめん」
「あ、じゃねえよ、あ、じゃ! てめえマジぶっ殺すぞ!?」
「いいやん。紐とか、なんの役にたつん?」
「お前の脳みそよりはずっと役に立つわ! ……あー、大変だったのに。まあ、どうせこの強度じゃ道具作りにも使えんか……。あーあ……」
すでにあたりは薄暗く、今から作り直す気もおこらない。
「…………寝るか」
「寝るのは大事。すぐ寝よう」
その場で横になった晴人を踏みつけ、正亜は小屋の中で横になった。