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Merfana ーメルフェマー  作者: 八神あき
異世界サバイバル
6/19

指輪

 最初に浮かんだ疑問は呼吸ができることだった。

 水銀の湖に落ちた正亜は、おそるおそる目を開ける。


 淡く光る空間を浮遊していた。


 ——なんだこれは。

 ようやくにして、正亜の思考が動き出す。

 ——体が浮かない、ってことは水銀じゃないのか? それに、この景色……。

 上を見ても、水面などはなく、どこまでも同じ光景が続いている。外の光景はなにも見えない。音も聞こえない。まるでここが別世界でもあるかのようだ。

 外でどうなってるかはわからない。だが早くしないと晴人が危ない。いかにインターハイ出場者の格闘技経験者とはいえ、相手は恐竜。それも四匹。

 ——どうすればいいんだっ! 原始的な暴力の前に、本で覚えた知識なんてなんの役にも立たない……。晴人みたいな体力も、武力もない。なにもできない……。でも、それでも、死んでたまるかっ!

 強く、死を拒む。その意思に応えるように、周囲の光が増した。とりわけ眩しい光の線が、正亜の周囲を舞う。

 ——なんだこれ……。人の意思に対応してる……? わからない。けど、考えたってしょうがない。それでももうこれしかない!

 その光を掴もうと、手を伸ばした。

 光のリングに触れた瞬間、脳裏に鮮烈なイメージが流れ込んでくる。

 太古の地球。恐竜たちが闊歩する時代。彼らはすべての大陸で繁栄し、哺乳類は夜の暗がりに追いやられていた。

 太古の地球の空を、眩い光が走った。

 一億年以上もの長きにわたる恐竜の時代を終わらせたのは、たったひとつの、宇宙から打ち下ろされた一撃。

 ユカタン半島に落ちた隕石は、すべてを一変させる。


 天を切り裂く光を、正亜は呆然と見上げていた。

 隕石の衝突。

 数千キロの地平が炎によって薙ぎ払われ、巨大なクレーターは地形を変える。

 クレーターの縁にいた正亜は、足元に、水銀のような液体が飛び散っているのに気づいた。

 隕石から溢れ出した銀色の水は、クレーターの中に満々と湛えられ、湖となる。

 いまだ燃え盛る中心地から、一体の竜脚類が歩き出てくるのを、正亜は見た。

 20メートルを越す巨体、四足で歩く、首の長い草食の恐竜は、皮膚を燃え上がらせ、何度も膝を降りながらも、銀色の海を進んでくる。

 生きたい。

 強烈な願いが、湖を通して正亜へと伝わってくる。

 湖は光を増し、恐竜のもとへと集まり、巨大な球体を成す。

 球体は膨らみ続け、周囲にいた恐竜や、植物、さらには水中の生物までも呑み込み——消えた。

 あとに残ったのは空っぽのクレーターと、燃え盛る炎だけ。

 炎は迫り、その熱は正亜に届き、皮膚を焦がし、そして————

 白昼夢は終わる。


ーーーーーーーーーー


 水面に出ると、湖の真ん中だった。咳き込みながらも泳いで岸を目指す。

 晴人は恐竜たちの牙と鉤爪を紙一重でかわしている。

 正亜は少し離れた岸にあがった。恐竜たちはまだこちらに気づいていない。

 手のひらの中には指輪。

 あの白昼夢が終わった後、この指輪を握っていた。不思議なことに使い方もわかる。理屈なんてわからない。だが、今はこれを信じるしかない。

 正亜は左手の中指に指輪をはめる。

 指輪は上半分は金、下半分は銀に分かれている。その上半分を回した。

 指輪の力が溢れ、形となり、それは顕現する。

 体調1メートル足らずの、真っ黒い犬のような生き物。

 召喚された生き物を見て、正亜は首をかしげる。

「……これ、大丈夫か?」

 若干不安になりながらも、頭の中で命令をくだした。犬は駆けだし、恐竜へと飛びかかる。

 正亜を食べようとしている恐竜の尻尾に噛み付いた。恐竜はそれに気付き、うっとうしそうに尾を振るう。

「きゃん!」

 健気な鳴き声をあげ、犬は飛ばされた。だが怖気付くことなく再び恐竜に噛みついていく。

「なんだなんだ、なんでポチがいるんだ!?」

 それまで真剣な顔で立ち回っていた晴人が素っ頓狂な声をあげる。

「晴人! 今だ、逃げろ!」

 恐竜たちが犬に気を取られた隙に、晴人が包囲から抜け出す。正亜のもとに走ってきた。

「なに、あれ?」

「わからん。なんか出た。ていうかポチって、お前の飼ってる犬か?」

「いや、犬はポチやろ」

「……そうか」

 2人が話している間に、犬は恐竜の一匹に捕まった。

 あっさりと頭を食いちぎられ、恐竜の胃袋へと消えていく。

 けれど犬一匹では、満腹には程遠かったらしい。

 おやつを平げた恐竜たちは2人に向き直る。2人は顔を見合わせ、走り出した。

「僕、あの世に行ったらポチと遊ぶわ」

「諦めるな! まだ諦めるな! もっとがんばれ!!」

「君が溺れてる間も僕戦ってたんよ」

 実際、晴人の服はあちこち鉤爪で切り裂かれている。

「じゃあもうちょっとがんばってもらおうか!」

「なんかテンション高くない?」

「犬じゃダメだったが、もっとすごいのを出す!」

「もっとって?」

「わからん! とにかく時間稼ぎたのむ!」

 正亜が懇願すると、晴人は「うがーっ!!」と雄叫びをあげた。恐竜へと向き直る。

「かかってこいやー!!」

 正亜は20メートルほど距離をとり、指輪をはめた手を湖に突っ込んだ。その状態で力を発動する。

 ——なんでもいい、なんでもいいから、あれに勝てるやつ、来いっ。頼む!

 湖が、脈動した。小さな波が立つ。それはだんだんと大きくなり、まるで湖全体が生きているかのように動き始める。

 水銀の柱が何本も立ち上る。柱は重力に逆らって林立し、触手のような見た目になった。

 触手は恐竜へと襲いかかる。晴人を囲んでいた恐竜たちを掴み、地面に転ばせた。その隙に晴人が逃げる。

 触手は恐竜たちの四肢に絡みつき、締め付け、腕を引きちぎり、首を捻じ切って、湖の中へと引き込んだ。

 恐竜たちは触手とともに水中へと消える。あとには何も残らない。

 湖の周辺はしんと静まり返る。晴人がそばまで来ていた。

「………………クラーケン」

「…………たしかに、そんな感じだったな」

 脅威が去り、2人は一気に力が抜け、座り込んだ。

 顔を見合わせ、どちらからともなく笑い、腹を抱え、地面を転がる。

「疲れたー」

「ああ、本当にな……痛っ」

 激痛を感じ、正亜は手を見た。

 指輪の周辺が黒く変色していた。皮膚が硬くなり、動かすと痛む。晴人がそれに気づいて覗き込んできた。

「……性病?」

「童貞がどうやって性病なるんだろ。……たぶん、今の化物、クラーケンを召喚した代償、とかかな」

 銀色の湖、召喚の指輪、クラーケン、考えることがどんどん増える。

 だがすべての思考を切りやめ、正亜は言った。

「ちょっと休ませてくれ……疲れた」

「いいよ」

 晴人の言葉に甘えて、正亜は横になる。目を瞑った瞬間、眠りに落ちた。

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