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Merfana ーメルフェマー  作者: 八神あき
異世界サバイバル
5/19

襲撃

 とれたての魚に、晴人はかぶりついた。

 鱗も骨も一緒くたに噛み、ごくんと飲み込む。

「おいしい」

「お前、適応力高すぎんだろ」

「なにが?」

 魚は石器で真っ二つにし、半分は正亜が持っている。

 正亜は生の魚を見下ろし、考える。

 寄生虫、雑菌、食あたり、死……。

 火を通せばそれらの心配はなくなる。火打石として使える石はその辺に転がっているが、火打金がない。鉄やステンレスで代用できるが、制服のポケットにはそんなもの入っていない。

「…………なあ、晴人」

「なに? 食べんねやったらそれもちょうだい」

「スマホくれ」

「?」

 晴人はスマホを差し出す。正亜は受け取り、晴人と目を合わせた。

「これぶっ壊していい?」

「ぶっ殺すぞ!?」

 時がとまった。

 数秒の沈黙ののち、晴人は真顔で魚をもう一口かじる。

「どうせ電波もないんだし、使えないだろ」

「電波なくてもできることあるんよ」

「充電もできないからな?」

「まだあと14%ある」

「微妙! どうせもう使えないんだし、いいだろ」

「よくないわ! なんでそんなことするん!?」

「スマホの表面って金属だろ。……それなりに重いしアルミじゃない。もしステンレスだったら火が起こせる」

「それ、壊す必要ある?」

「この石あるだろ。これで金属部分をぶっ叩く」

「ほうん……スマホってそんじゃんじゃ壊れんやろ。僕、1日に5回は落とすけど元気やもん」

「落としすぎだろ」

 よく見たらスマホの画面は割れ、ケースも傷だらけだ。

「まあ、とりあえずこれで火起こしていいか?」

「いいよ。君の力じゃ僕のスマホは壊れんから」

「その言い方イラッとするな」

 スマホのケースを外し、試しに石器で叩いてみる。一度目は何も起こらないが、二度目はかなり強めにうった。

 シュッと、音がして火花が飛ぶ。

「おー」

 その光景に晴人が歓声をあげた。

 正亜は適当な枝を用意し、石器で薄く削って火種を作る。木の粉が小さな山になり、その上で火花を散らした。

 火花は火種の上で赤い斑点を作り、数秒で消える。

 正亜は何度も何度も試すが、結果は変わらず。10回ほどで体力が尽きた。

「ちょっと休憩」

「お前弱すぎ」

 すでに食事を終えていた晴人は非力な同級生を嘲笑う。なんの気まぐれか、正亜の横にきて同じように石器とスマホを叩き合わせた。

 大きな火花。晴人は火種を触って平たくすると、その上で火打石を用意。

 がっがっがっがっと、連続で火花を散らす。赤い斑点が消える前に新たな火花が降り注ぎ、やがて火種は黒い焦げ目が目立つようになり、ついには煙があがる。

「え、お、おおおお! マジで!?」

「ふははははははは。僕を崇めろ」

 できあがった炎が消えないよう、慎重に小枝を置き、息を吹きかけ火を大きくする。

「ちょ、それ、消えないように見てて!」

 言い残し、正亜は急いで枯れ枝を集める。焚き木を十分に用意すると、大きめの枝を火にくべた。炎は高々と燃え上がり、もう消えることもないだろう。

 魚を炙って食べる。

 切り身をひとつ、晴人に差し出した。

「あげる」

「いいの?」

「火作ってくれたし」

「ありがとう! いただきまーす」

 晴人はそれを一口で飲み込んだ。

 食事を終えると、正亜はお手製の家に入る。出口では炭化した枝に小さな炎が残っているのが見えた。あれを火口にすれば明日は簡単に火が起こせる。

 ぬっと、入り口を影が覆う。

 晴人だ。

「いーれて」

 一瞬、「星でも見てろ」と言おうとしたが、魚をとったり火を作ったりしてくれたことを思い出す。隅にどいてスペースを作った。

「お邪魔しまーす」

 晴人が入ってくると、一気に中の温度があがった。

「お前体温たっか」

「そう?」

「筋肉って発熱してるんだな」

「じゃあお前めっちゃ冷たいやん」

「るっせ」

 晴人は横になるなりいびきをかきはじめる。正亜も横になるが、やはり寝つきが悪い。繊細なシティボーイに、この環境で眠るのはまだ慣れない。

 正亜は起き上がり、余っていた枝を手に取る。しばし弄んだあと、閃いた。

「…………弓矢か」

 槍は正亜に奪われたし、何より自身に近接格闘ができるはずもない。弓なら遠くから攻撃できるし、狩りにも使える。

 枝の中から、とくにしなるものを見つける。両端にナイフで切り込みを入れ、そこに靴紐をくくりつけた。

 試しに弦を引き、離すと、たわんだ弓が勢いよくもとの形に戻る。

「いけそうだな」

 弓を置いて、今度はまっすぐな枝をいくつか選ぶ。尻の部分にV字の切り込みを入れ、先端はナイフで尖らせる。

 十本ほど作ったところで、ようやく眠気がやってきた。できあがった弓矢セットを晴人の槍の隣に置く。ごろんと横になり、瞼を閉じた。


ーーーーーーーーーー


「正亜、正亜っ」

 押し殺した声とともに、頬を叩かれる。

「あぁ? んだよ……ねみい……」

 仏頂面で晴人を見上げると、しーっと人差し指を立てられた。

「なんかおる」

「なんかって?」

 正亜の問いには答えず、耳をすませる晴人。正亜もならって音に集中するが、何も聞こえない。

 5分ほどそうしていただろうか。ざっと、落ち葉を蹴るような音が聞こえた。

 正亜はぱっと晴人を見るも、晴人は瞑目したまま動かない。

 音だけではわからないが、外に出るのも怖い。正亜は出口へ目を向ける。月明りの中、背の高いシダ植物の茂みだけが見える。足音は茂みの奥から聞こえている。

 突然茂みが揺れ、足音の主が姿を現した。

 獰猛な肉食獣の目。補足鋭い牙、長い首。前脚は短く、羽毛が生えている。三本の指には巨大な鉤爪。全長3メートルはあろうかという巨体。

 地球では見たことがない、否、骨格と復元図でしか見ることができない生物。

 太古の時代に滅んだ爬虫類。2本の脚で立ち、三本の指を持つ、肉食の獣脚類。

 恐竜。

「ひゃっ…………あぁ……」

 正亜が小さな悲鳴をあげる。晴人が慌てて正亜の口を塞ぐも、遅かった。

 大きく見開かれた丸い瞳が、2人に向けられる。

「ああああああああああ!!!!????」

 正亜の絶叫。

 晴人は咄嗟に槍を掴み、相手の目に投げつける。

「がああっ!?」

 不意打ちを食らった恐竜は悲鳴をあげる。晴人は槍のそばにあった弓矢に気づくとそれも掴み、正亜を抱えて飛び出した!


ーーーーーーーーーー


「がああああああああ!」

 咆哮が夜の森に響き渡る。木々が震え、近くに潜んでいた小型の動物たちが逃げ出していく。

 目を負傷した恐竜は追ってくることもなく、2人をただまっすぐに見つめている。

 槍の一撃で食べるのは諦めたのかと、正亜がほっと息をついたときだ。

 茂みの中から、さらに三体の恐竜が出てきた。傷ついた恐竜は仲間と合流するや2人を追いかけてくる。

 ライオンやチーターなどの肉食獣ほどのスピードはない。だが、人間なんかよりはずっと早い。開いていた距離はどんどん詰められる。

「正亜! 正亜!!」

「……えっ! あ、なに!?」

「これ!!」

 晴人が渡してきたのは先ほど作っていた弓矢だ。

「これ、武器やろ!! 使え!」

「わ、わわ、わかったよっ」

 晴人に喝を飛ばされ、正亜は震える手で弓矢を構え、狙いをつける。

「があああ!」

「ひっ!」

 吠えられただけで狙いがそれ、矢は明後日の方向に。

「ビビりすぎやろ! がんばれがんばれ!」

「いや、だって、だって、こわっ無理! あれは無理!」

「死にたいんか!? やれ!」

 死ぬ、その言葉を聞いた途端、冷水を浴びせられた気分になる。

 ——そうだ、やらなきゃ死ぬんだ。死にたくない! 決めたはずだ、生き延びるって。

 強く息を吐き、恐怖を押し込める。

 すぐそこまで迫っている肉食獣を真っ直ぐに睨みつけた。

 ——怖い。けど、やるしかないっ!

 弓矢をひきしぼり、先頭の一体に向かって矢を放った。 

 矢は今度こそまっすぐに飛び、先頭の恐竜の目に突き刺さる!

「がああああああああ!!??」

 恐竜は首を振り、走る速度を緩める。それで警戒したのか、2人からわずかに距離をとった。それでも食べることは諦めていないのか、一定の速度でついてくる。

 正亜もさらに矢を放ち、何本かは当たる。矢が当たるたびに恐竜たちは警戒心を強めていた。徐々に距離も開いていく。

 だが今度は晴人に限界が来ていた。

「お、おおう……正亜、そろそろ僕の足がやばい」

「このまま行けば諦めてくれそうだ。もうちょっとがんばれ!」

 正亜が言うと、晴人は「ああ、もう!」と足に力を込め、ぐんと加速する。

 だが、気力で支えたのも一瞬だけ。

 とうとう晴人は限界を迎え、がくんと膝の力が抜けた。体勢を取り直すこともできず、地面を転がる。

 正亜には恐竜たちが、獰猛な笑みを浮かべたように見えた。

 警戒心を解き、恐竜たちはまっすぐに2人へ走ってくる。晴人は正亜を掴み、恐竜と反対方向へ投げ飛ばした。正亜はあちこちをぶつけながらも木々の間を抜け、開けた場所に放り出される。

「晴人!?」

 正亜の顔が恐怖に染まる。

 だがすぐに聞き慣れた声があとを追ってきた。

「うがあああ!」

 最後の力を振り絞った晴人は森を飛び出し、正亜の横に転がった。

「……なんなんだここは」

 晴人の言葉につられ、正亜もあたりを見回す。

 不思議な場所だった。

 森の中にぽっかりと空いた空間。中心には直径30メートルほどの湖。それが異常だった。

 湖には、水ではなく、水銀のような液体が溜まっていた。

 鏡のようになった水面に、銀色の月光が降り注ぎ、幻想的な景色を作り上げている。

 見たこともない光景に目を奪われていたのも束の間、追っ手が森を飛び出してきた。

 晴人は逃げることをやめ、恐竜に向き合った。

 そして、にやりと正亜に笑いかける。

「ここは僕に任せて先に行け!」

「いや、勝てないだろ! 一緒に逃げるんだよ!」

 が、晴人は首を横に振り、足を叩く。

「もう走れん」

「いや、けど、戦うのはもっと無理だろ……」

「いいから!!」

 言って、晴人は正亜を突き飛ばした。自身は恐竜に立ち向かう。

 だがやはり、晴人はバカだった。 

 突き飛ばしたのは湖の方向だった。

 晴人の力で、正亜は簡単に吹き飛んでいく。

「あ」

 晴人はやってしまったと気づいて声をあげるが、もう遅い。

 どぷん、と重たい音をたて、正亜は湖に落ちていった。

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