第九十七話 見張り業務
第二部 大陸戦争編
「おはよう。」
何気ない日常に戻った。布団から起きるとニーアこと娘の藍がちょうど同じタイミングで目を覚ましたらしく声をかけてきた。
「ああ、おはよう。」
そっけなく返し、リビングに向かう。既に空気が平和な日本のそれとわかり、どこかしっとりとしていて、良く慣れ親しんだ湿気を感じる。タカキは向こうの世界に行って困ったことの一つに、朝、目が覚めると、週に1回くらいのペースで鼻血を出していた。どうやら日本よりも乾燥しているらしく、鼻の粘膜がやられるようだった。海外出張でヨーロッパに行った時に同じ経験をしたことを思い出し懐かしさを感じていた。
朝のコーヒーを入れながら、スマホでニュースを見る。現実世界では一日しか経っていないのだから大きなニュースはないのだが、それでも長い期間ニュースに触れていない感覚に襲われ、ついついいろいろなサイトを探し回ってしまう。
そんな時に一つの小さなニュースが目に留まった。
関東圏で強盗事件が相次ぐ。犯人は組織的なグループか。
嫌な事件だ。配達員などになりすましインターホンで呼び出して玄関のかぎを開けさせ、堂々と犯行に及ぶという。その家に住んでいる人の属性を調べ上げ、ある程度力で制圧できると狙いを定めているという話だ。我が家はマンションであまり狙われることは少ないかもしれないが、子供たちだけで家にいる時間もあるため不安はぬぐえない。また、犯罪組織の仕業ということで、自分たちの部署の管轄になる可能性も否定できない。本来は警察が動く案件だが、警察がてこずっていたり、前回のように能力者が絡んだ事件だとExtraordinary Ability Service(通称EAS、多佳棋の所属している部署の名前)送りとなる可能性もある。
ふと、明後日からまた仕事だと思い出す。会社ではなく直接現地に赴き、調査の続きをしなければならない。正直なところ、目的がいまいち見えないがそんな文句を言っても答えてはくれないだろう、下っ端はひたすら作業するのみだ。
今日と明日の休みを有効活用して来週の異世界の旅に向けてできることはやっておこう、やはり車の作り方を復習だろうか。そう考えて身支度を整える出かける準備を始める。準備をしながら、そういえば、とステータスウィンドウを開いた。Lvは65になっており、現実世界だとLv6だ。金曜日の段階(向こうに行く前)ではLv5だったので、またレベルアップしたことになる。EAS所属のメンバーの中で、今も異世界に行ける人は多佳棋しかいないらしく、各チームのリーダークラスでも、昔、複数回行った経験があるものの、毎週というわけではなく数か月に1回とか、数年に1回といったペースらしく、もっぱら現実世界でレベルアップをするべく日々ハードなトレーニングをしているらしい。それでも何年もかけてようやく一つ上がるくらいとの話だった。
ニーアと一緒にいると強い敵とばかり戦う羽目になるということもあるが、異世界にいるとレベルがどんどん上がっていく。しかも毎週その恩恵にあやかれるというわけだ。この調子だと、会社のメンバーの中で俺が一番強くなるのも時間の問題かもしれんな、多佳棋は思わずほくそ笑んだ。
月曜日からタカキはさっそく現地へ行き先週から続きの見張りの仕事を再開した。
土日は部下の蒼場と咲良が対応してくれていた。
「おはよう、お疲れ様。」
現地で引継ぎをする。夜通しではないので、朝に三人わざわざ現地に集まった形である。本当はメールなどの報告でもよかったのだが、出入りした人の画像データを渡すということでわざわざ来てくれたのだった。
「この中に土日の全データが入っています。とはいっても出入りがあったのは4,5人くらいでしたけど。」
「ああ、わかった。助かるよ、見張りをしながら藍まで確認するよ。」
多佳棋にデータを渡すのは、その画像データをタカキが鑑定スキルで確認するためである。データを渡し引継ぎを終えると二人は戻っていった。幸いなことに天気は良く寒くもなく暑すぎずとちょうどよい気候で、外で働くには最適な日といえる。あと数週間で梅雨入りするのかと考えると少し憂鬱になる。梅雨時期のじめっとした感じも嫌だし、そのあとの夏の暑さが何よりも嫌いだった。この任務も動きが少なく退屈であまり楽しいものではないが、梅雨の雨の中や真夏の炎天下じゃなかっただけましだったと前向きに考えることにした。
水曜日まで見張りを続け、木金曜日は会社に戻り事務作業に追われた。
上司の眞武に報告したところ妙なことを聞かれた。
「新幡君ご苦労様、ところでどうだった鑑定スキルの方は?なんか怪しい奴はいなかった?」
「出入りしていた人は全て鑑定しましたが特には、、あの建物は一体何なんです?」
そもそも怪しい奴というのは具体的に何を指すのかもあいまいだ。例えば、小学校などに無職の人間が出入りするのは怪しいが、そこが職安だった場合は自然といえる。場所などの状況により怪しさの定義は簡単に変わってしまう。
「そういえば、、怪しいのかわからないですが格闘家が一人いましたね。変わった職業だったので印象に残ったという程度ですが。」
「ふうむ、格闘家か。。。とりあえず、鑑定した結果をすべて資料化してまとめておいてくれ。」
「承知しました。。」
結局あの場所が何の場所なのかは教えてもらえずじまいだった。前の職場でもそうだが変に秘密主義なところがある上司は、信用を失っていくということを認識すべきだろう。さらに上のレイヤーから制限を掛けられて言えないのだとは思うが、その業務の目的を含め最低限の説明はすべきだろう。
週の後半はそんなフラストレーションを抱えながら事務作業をして過ごしたのだった。
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べライグがニーアたちに倒されてから数週間後のとある魔族領にて、五大魔貴族の会合であるデズアリカンが開催されていた。
「獣魔貴族のべライグが倒されたといううわさは聞いていたが本当だったのだな。」
最初に口を開いたのは悪魔貴族、サタンデュークのドゥームだった。それを待っていたとばかりに不死魔貴族、アンデッドデュークのデネアス続いた。
「まったく、人族にやられてしまうとは情けない奴ですねぇ。序列的には五大魔貴族の中では4番目、それより下の方は次は我が身と気を付けないといけませんなあ。いつもは、人族への侵攻状況を報告し合う場なのに逆にやられてしまう話を聞くことになるとはね。」
「いや、魔王様も倒しているのだから人族を侮ってはいけないだろう。」
普段は口数の少ない無機魔貴族のマテリアルデュークのモンドアールが発言する。序列5位の無機魔貴族が名指しで侮辱されたと捉え抗議の意味もあったのだろう。
「序列など、ただの派閥の大きさにすぎないさ。」
ドゥームが言った。派閥の規模、個の強さでもトップに立っているからこその余裕の発言である。
「そんな呑気に構えている場合ではない、これを機に人族が付け上がり一丸となって攻めこんでくるかもしれない。さらに魔族側が倒されてしまうと人族との勢力バランスが崩れるだろう。」
モンドアールが再び口を開く。
「今日はモンドアールさんが良く発言されますね。会議の活性化においては非常に良いことですね。鬼魔貴族としてはどう考えているのですか?」
「我々のボスはそんな争いに興味はないとのことです。」
他のメンバーとは一歩引いたところで鬼魔貴族の使いのものが口をはさんだ。
「ふん、こんなときだってのに今日もオーガデュークのレグルドは欠席ですか。あなたもいつも代理で出席させられてご苦労なことですな。あなたたちは大陸からは遠く離れた島国、レフージョカ領だから、人族も多くない。やろうと思えばいつでもやれるってことですか、うらやましい。私たちは大勢の人族がすむ大陸と距離が近いから、大変ですよ。」
「力で制圧することだけが人族と対峙する方法ではないということです。」
鬼魔貴族の使いのものはすました顔で答える。
「ふん、そうは言っても発言に余裕があるのは所詮大きな敵と向き合っていないからですよ。」
「まあ、落ち着けよ、デネアス。人族だって、一枚岩じゃないのだろう。」
「ああ、そうでした。力で制圧するだけが、という発言には私も賛成です。実は、人族同士の争いが起きようとしています。そこで消耗し合ってもらうのを待つということを考えています。」
「デネアスが注目しているのはワシュローン帝国だったか。もう少し様子を見ようじゃないか。」
その後は、いつも通り人族との戦いの状況の報告をしていった。悪魔貴族は西の大国オースターリア王国の北方の領土の一部の占領を達成し、無機魔貴族も引き続き本大陸の東にあるダニエストル領で人族と交戦中だが、最近は戦力を充実させるために少し戦いを控えめにしているという話があった。
「まあ、そういう時期があるのも仕方ないだろう、べライグは何を焦っていたのやら。。」
ドゥームが再び獣魔族がやられたことに思いをはせる。
「そういえば、獣魔族がやられたことにより、空いた席に名乗りを上げている者がおります。水棲魔貴族として推薦してほしいと。私としてはどちらでもよいのですがね。」
デネアスの提案のあとにモンドアールも続く。
「俺の傘下にいるものも独立して魔術魔貴族を名乗り1大勢力として参画したがっている。」
「ああ、彼女ですか、あなたはいいのですか?無機魔貴族が弱体化してしまうのでは?」
「それも含めて戦力増強を図っているところだ。」
モンドアールはぶっきらぼうに答える。表情にも変化がなく感情を読みにくい、デネアスは笑みを浮かべながら肩をすくめた。
「で、どうしますかねえ、ドゥーム?」
「実績次第だろう、この場にいるものは常に力を示してきた。ちょうど席も一つ空いたところだ、次の会合までにどういった成果を出すか見てみよう。」
「半年後が楽しみですな。」
そのあとは部下魔族の育成状況や、経験値が高いとされる人族の中でも注目の冒険者の情報交換を行い、つつがなく会議は終了し、自身が納める領土に戻っていった。




