第八十話 お誘い
翌日の日曜日は、前日の夜更かしの影響もあり少し遅めの起床となったが、三人とも来週への準備に向けて動き出していた。
タカキは異世界で錬成するものを調べたいと言って図書館に行き、慎一はまたレベルが上がらないかということで、友達とサッカーをしに行った(それは単に遊びたいだけでは?と思った藍だったが、見逃してあげることにした。)。
藍も、5㎞のランニングをしたあとそのまま裏山へ行き、特訓をすることにした。身体強化スキルを使い、木刀を持って素振りをする。木刀は先日の剣道への一時的な入部の間に知り合った子に聞いて購入したのだ。剣道部で習ったことを思い出し、かつ、それだけではなく勇者アイとして培った異世界の剣術との融合を目指す。とはいえ、言葉で言うほど簡単なものではなく、それほどうまくいっていなかった。勇者としての剣術ではスピードに任せ手数を多く出していくスタイルに対し、剣道では相手との間合いの駆け引きをしつつ静から動への一瞬の動きが大切という印象を受けているためどうやって融合したらよいものかと悩んでしまう。それでも、身体強化スキルが使えなくなると自然治癒を待ち、MPが回復したら再度剣を振る、そんなメニューをひたすらやり続けた。
日が落ちてきたので家に戻ると、ママが夕食の支度をしている。久々の家族全員そろっての食卓である。
「どうだ、調子は?」
パパが藍と慎一に聞いた。
「うん、まあまあかな。」
「僕は絶好調だったよ、Lvは上がらなかったけど。」
「まあまあで大丈夫なの?塾とか行った方がいいかしら。」
藍の返答を聞いてママが心配している。パパと藍は別の話を想定していたのだが、ママにはいらぬ心配をさせてしまったようだ。
「塾は今のところ大丈夫!家でちゃんと予習復習やってついていけているし。ごちそうさまー。」
そう言って慌てて食器を片付けて始めた。あまりここに長居すると、よくない方向に話が行きそうと察知したためだ。
「まあ、本人が大丈夫と言っているんだし、もう少し様子見でもいいんじゃないかな。あとは、実際の成績がついてきている限りはよいかな。」
心配そうなママにパパがフォローを入れてくれているようだった。
月曜日、登校するとさっそく珠莉と真唯が嬉しそうに話しかけてくる。
「おはよー!一昨日はお疲れ。」
「楽しかったよね、藍ありがとう。」
「一昨日っていうか、体感的にはかなりの長期間だったけどね。」
二人の笑顔を見て、いっしょに行けてそして無事に帰ってくることができて本当に良かったと改めて感じる。そんな感慨に浸っていた藍に真唯がさっそく次の訪問のチャンスを探ってきた。
「ねえねえ、次って、私たちいつ行ける?」
予想通り過ぎて藍は思わず苦笑いを浮かべる。
「土曜日の朝にも言ったけど、しばらくはバタバタしそうだからそんなすぐに行けるってことにはならないと思うよ。あと、そんな毎週のようにお泊り会をするわけにもいかないし。」
藍が二人をけん制していると先生が入ってきた。
「おーし、みんな席に着け、朝礼始めるぞ。」
その声を合図に生徒たちがだらだらと自席に戻っていく。出欠を取ったあと、先生からの連絡事項が続いた。どうやら世間を賑わしていた通り魔事件がようやく解決したらしい、確かに昨日テレビのニュースでもそんな話をやっていた気がする。しかし、この犯行を模倣した別グループによる事件が起きているという話もあるらしく、何とも世知辛い世の中である。それでも、ドラゴンと戦うことにはならないから全然平和よねー、と思いながら藍は話を聞き流していた。
そのまま授業に入り1限目、2限目と順調に消化していく。話半分に聞いていても何となく理解ができるのは自分レベルアップによる能力上昇の恩恵だろうが、とてもありがたい。他のことを考えながらでも授業についていけるので、次に異世界へ行ったときの計画を考えるのに役立っていた。
「はー、やっと休み時間かー。なんか眠いな、寝てようかな。」
色々考え事をしていたせいか何だか疲れて眠くなってしまった藍だったが、休み時間に入ると再び珠莉と真唯が藍の近くに来た。しかし、それだけではなく想定外な人物も来たのだった。
学年のカーストトップの河井李依である、美人で優しいため皆に人気があるが、自信にあふれて気が強い一面もあり、一部の男子は恐れていたりもする。
「ねえ、珠莉。ちょっといい?話があるんだけど。藍と真唯もごめんね、ちょっと珠莉借りるね。」
三人のもとに来るなり、そう言って珠莉を連れ出していった。
「なんだろ、珠莉いじめられないといいけど。。。」
真唯が心配そうに言う。
「そんなことないよ、河井さんは確かに派手な感じの人だけど、そんないじめとかするイメージないし。」
「でも、ちょっと心配だよ、行ってみようよ!」
真唯に手を引かれて珠莉と河井さんを追うことになった。教室を出て廊下を見回すと左のほうに二人の姿があった。思ったよりも早く歩いていたのか結構離れている。そのまま階段のところで曲がり姿が見えなくなった。
「ほら、藍、急いで!」
真唯に腕を引かれて思わず小走りになる。
階段の前まで来た時にはすでに二人の姿は見えなかった。
「どっち行ったんだと思う?上かな?下かな?」
「うーん、内緒話するなら屋上とか?いじめたりするなら校舎裏とかじゃない。」
「じゃあ下だ!」
そう言って階段を降り始める真唯、藍も仕方なくついていくことにする。一階に降りた二人は玄関から校舎裏、体育館などいろいろな場所を探し回ったが結局珠莉たちを見つけることができず、時間だけが過ぎて行った。そして、休み時間終了を告げるチャイムが鳴った。
教室に戻るとちょうど珠莉たちも同じタイミングで戻ってくるところだった。すでにチャイムが鳴り終わっていたため話す時間はなかったが心なしか珠莉の表情が曇っているように感じた。その表情を見て藍はにわかに心配な気持ちが沸き上がってきた。まさか本当にいじめだったの?いじめとまではいかなくとも何か脅されたとか?
もしそうだったら許さない、藍はそんな思いが沸き上がった。おかげでアドレナリンが出ていたようで眠気もすっかり吹き飛びそのあとの授業を受けることができた。
「今日三人で帰らない? もしかして藍は部活に行く?」
その日の授業が終わったあと、珠莉からの提案に二人はうなずいた。
「もちろんいいよ、私は今日は部活はいいや、もともと体験で期間限定ってお願いだったし、毎日必ず参加って話でもないからね。」
「私も、もちオッケー。あのこと話す気になった?」
あの事とはもちろん河井さんとの話のことである。昼のご飯の時間もそのことを聞いてもなんだかお茶を濁すような言い方ではぐらかされてしまった。
「なんか嫌なこと言われたなら私たち力になるよ。河井さんに直接言ってもいいし。先生に相談することもできるし。」
藍は珠莉の力になろうといろいろと案を出してみる。珠莉は首を横に振り黙って歩いている。
しばらく歩いた後、珠莉がようやく口を開く。
「実はね、、今週の週末遊びに行かないかって誘われて。」
「へー、河井さんから?珍しいね。でもそんな話なら別に悩むほどのことでもないんじゃない?」
真唯が不思議そうに尋ねる。確かにそれほど仲良しじゃないとはいえ、クラスの友達と遊びに行くのにそれほど悩むことでもない気もした。
「どうしても嫌なら断ればいいじゃん、なんか用事あるとか言って。」
「うーん、それがね。なんか他に男の子が二人いるっぽくって、、」
「えーっ!それってダブルデートってやつ!?」
真唯と藍もさすがに予想をしていなかったのでびっくりした。せいぜい陽キャグループみんなで行くのだろうくらいに考えていたが思ったより進んだ話だ。珠莉が戸惑いながらも頷き、詳細を説明してくれる。
どうやら、男の子一人が珠莉を誘ってほしいとのことで河井さんにリクエストを出しているらしく、日程も珠莉の都合の良い日に合わせるということで、今週末がだめだとしてもリスケされるため断り切れない状況らしい。
「だめだめぇ!そんな、ダブルデートなんて不純よ。ねえ、藍!」
真唯がまくしたてる。不純って言われてもと突然の振りに藍も戸惑ってしまう。
「うーん、まあ真唯の言いたいこともわかるけど、珠莉がどうしたいかじゃない。その男の子はどんな人なのかは分からないの?」
「うん、当日のお楽しみとか言われちゃった、、うちのクラスの人ではないらしいんだけど。。」
「そっか、せめてそこがわかっていればね。まだ準備のしようもあるのに。」
真唯は二人のやり取りに不満そうな表情を浮かべ、我慢しきれずに口を挟む。
「なんか、向こうはこっちのこと分かってて、こっちがわからないのって卑怯じゃない?」
確かに、と藍も思ったが、まあ向こうが珠莉のことを気に入っていることは状況的にわかっているので、珠莉のほうに優位性があるともいえるかもしれない。誰なのか聞いてから断るとそれはすなわち完全に振られたということになるのに対し、誰かわかっていない時点で断れば明確にその人自身が振られたとはならず傷も深くならないだろう。この辺は河井さんの配慮だろうか。
その後も色々話したがすぐに結論が出る訳もなく、珠莉自身でもう少し考えてみるということでその場はお開きとなった。
「んーそれにしても珠莉がねー。」
一人で歩きながら改めて考える。確かに清楚な感じで可愛いのは知っている。しかし、他のクラスの男子がそこに気づくとはなかなかやるなというか、見る目があるなと、藍は少し感心しなぜか誇らしくなった。真唯はあまり良く思っていないようだけど珠莉の選ぶ考えを尊重しようと思うのであった。
それから数日経って木曜日、昼休みに珠莉から集合がかかり、再びその話となった。
「私、決めたよ。ちょっと不安だけど土曜日河井さんたちとの遊びに行ってくるよ。」
珠莉の言葉に藍は頑張ってということと、どんな感じだったかあとで教えてねとだけ伝えた。真唯は不満そうだったが、それでも経過は気になるらしく報告ヨロと寂しそうにつぶやいている。
「でも意外だった。珠莉は断るんじゃないかなと思っていたから。」
藍の言葉に真唯も珠莉もうなずいた。
「うん、前までの私だったら間違いなく断っていたと思う。でも、藍が見せてくれた世界で挑戦することだったり、自分の意志で選択することの大切さを気づかせてくれたから、やってみようって思えたのかな。まあ、今回のは他の人にとってはそこまで大ごとじゃないのかもしれないけど。」
そう言って照れながら笑う珠莉を見て真唯もようやく笑顔を浮かべ、頑張ってこい!と珠莉の背中を叩いていた。
藍は、異世界に連れて行ったことで、珠莉に新たな一歩を踏み出すきっかけを作ったということに驚きとショックを受けていた。二人には伝えていなかったが現実世界の身体能力アップ効果があることが、潜在的に自信にもつながっているのかもしれない(まだ二人とも現実世界ではせいぜいLv2か3くらいで、かつ運動も苦手なほうなのでそこまで大きく影響は出ないと思うが。。)。
自分の行動が人の心身に大きな影響与えている、と思うといまさらながらだが軽率だったかもしれないなと少し反省をする藍であった。




