第八話 冒険者クエストと修行
翌日、早速、シンイチとともにクエストの消化に着手することにした。
受注したクエストは、薬草採取とモンスター討伐をそれぞれ3件づつである。
薬草採取は冒険者として生きていくための基本行動ともいえるため外せないものとニーアは考えている。戦士系の冒険者はもちろん、治癒魔法が使える魔導士系の冒険者であっても、様々な状況下を想定する必要があり、例えばMP枯渇で魔法が使えなくなったり、魔法の治療効果が低下、あるいは魔法が使えないような空間で戦うこともあるかもしれない。実際、魔王討伐をした際の魔王の居城は光魔法の効果が弱まる結界が張られており、ヒールライトの回復効果が弱まっていた。そんな場合に回復手段がなくなるというのは冒険者にとっては致命的なこと、というのがニーアの思想である(魔王の居城には薬草も生えていないため、適切な例ではないかもしれない。)。
薬草採取自体には戦闘力アップは望めないが、調合系の便利なスキルを覚えたり、生産系技能のレベルアップが期待できる。どんな才能が伸びるかは実際にいろいろ体験してみないと分からないのが難しいところだ。
ちなみにニーアが持っている生産系スキルは採取スキルに加え、鍛冶スキルと料理スキルである。鍛冶スキルは自分の武器を自分で鍛えたり、修理したりできるので便利である(もっとも、そこまで高レベルに極めているわけではないので、最近の武器に対しては武器の強さに対して鍛冶スキルレベルが足りないため使うことがなくなった。。)。
料理スキルは高レベルまで上げており、勇者として活動していたときは、たまに野営をする際に食事を作ってあげてみんなに喜ばれていたものだ。勇者パーティに採取スキルを高レベルで取得している魔法オタクがいたので、その人から採取の基礎は叩きこまれていた。しかし、実際には、採取レベルの高い人がやる方が効率的だということで、皆その人に任せてしまっていた。そのためニーア自身も薬草採取スキルを高レベルで習得しているわけではなかった。
薬草の見分け方を教えてやると、シンイチは勘が良く、HP回復薬、MP回復薬、解毒薬の材料となる薬草を次から次へと発見し、採取していった。一時間もしないうちに3つのクエストを達成するために必要な薬草の採取を終えた。
「あら、早いじゃん、凄いわね。」
「へへーん、まーね。」
虫取りで虫を探す感じだねと言っているが、ニーアにはその感覚が正直よくわからない。シンイチは幼少より虫取りが好きだったことを思い出した。12歳になった今でもたまに行っているくらいだ。まあ、現実世界の経験が生きているなら何よりである。シンイチにステータスを確認してもらうと、採取の技能レベルが上がったとのことだった。この調子でこの後の数日は同じようにクエストをこなしながらスキルの習熟度を上げてやるのがよいだろう。
これからは採取要員決定だね、とニーアは心の中でシンイチにエールを送った。
次にモンスター討伐系のクエストを進めていく。
セルディス王国の王都周辺にいるスライム、キラーラビット、キラービーといった雑魚モンスター狩りである。
とりあえず好きに戦ってみてとやらせてみると、スライムは簡単にコアを攻撃して討伐することができた。
「ぶよぶよして気持ち悪いけど、槍が刺さった時の感触はちょっといいかも。」
なかなか有望な発言である。
「そうね、スライムは斬りつけるよりも刺突の方が有効かもね。スライムの中には切られた部分を毒や酸としてまき散らす種類とかもいるから。」
「この種類のスライムはそういうのは全く心配ないからいろいろと試してみるのがいいわよ。」
正直なところ、ニーアくらいのレベルまで上がれば斬撃であっても確実にコアを破壊することができるのであまり大差はなくなるが、今のシンイチには基本情報として教えておいた。
シンイチはその後も、斬りつけたり、蹴り上げたりと色々と試した。
「うーん蹴りだとやっぱり攻撃が吸収されちゃうな。」
「そうね、私が見たことがある格闘系ジョブの冒険者だと、打撃で吹き飛ばして壁に当ててつぶしたり、そもそも打撃のスピードが速くて貫通したり斬撃に近いようなダメ―ジを与えていたりしたわね。」
「なるほどー、さすがにキックで切り裂くのはレベルが高いなあ。壁にぶつけて潰すならいけるかな?」
そう言ってシンイチは試してみるが、ニーアには壁にボールを蹴っているような姿にしか見えず、ちょっとおもしろくなってしまった。
次にキラービーの討伐にかかる。こちらは最初は飛び回る動きに苦戦したものの、槍を振り回し、羽を切り落とすことで飛べなくなったキラービーを突き刺すというパターンを見出し、最後は作業のように簡単にこなしていた。
「最初はそれでいいわよ。けど慣れてきたら、飛んでいるやつを一刺しでとらえられるようになるといいわね。」
ニーアのアドバイスを聞き、試してみるがさすがにすぐにはうまくいかない。それでも何回かに一回は成功しており、これも修練を積めば問題はないだろう。
ところが、キラーラビットに対しては一転して苦戦を強いられた。
シンイチは動物を殺すのはちょっとと躊躇しており、スライムやキラービーとは異なり、見た目が現実世界の動物に近いものを討伐するのには抵抗があるようだ(キラービーは見た目が蜂だが、サイズが違い過ぎて躊躇なく倒せたようだ。現実世界でも危険な生き物という認識があることも手伝っていたかもしれない。)。
しかし、キラーラビットはサイズ的にも現実のウサギとそれほど差がなく(もちろん、変異種とかで巨大なものもいるが、、)、頭の角くらいしか見た目の差にならないためなかなか討伐すべき敵と認識することが難しかったようだ。槍で戦っていたが、キラーラビットの集団に襲われて、間合いを詰められいたるところを噛みつかれていた。ダメージを受けることにより、自分自身の身に危険があると認識して、ようやく覚悟を決め討伐したのだった(実際は、覚悟を決めてからもキラーラビットのスピードに翻弄され、シンイチの攻撃が当たらずかなり苦戦していた。)。
「もっと素早く攻撃して!」
「相手の動きをよく見て次の動きを予測してそこに攻撃を置きに行くイメージで。」
とニーアも後ろからアドバイスを送った。
なかなかうまくいかず見ていて歯がゆいものであったが、初めてだからこれくらいで仕方ないとぐっとこらえていた。相手との間合い、動きや癖をつかむ観察力、技を出すタイミングなどを身に着けるためにはいい練習になっているだろう。
戦闘訓練の最中で、攻撃スキルの説明もついでにしてあげる。
「武器での攻撃スキルは基本的には体力を消費するからね、使い過ぎると体が重くなったリ、動けなくなったりするから気を付けて。一方で、魔法だったり、採取スキルとか、錬成スキルみたいな補助系スキルはMPを消費するんだけど、こちらも使い過ぎると頭痛が出たり、意識を失ったりするからね。あと、魔法剣技みたいな属性を付与した攻撃スキルだと体力とMP両方消費するものもあるわよ。」
「オッケー分かったよ。両方の管理が大事なんだね。」
ようやくのことでキラーラビットを討伐した後も、討伐証明の部位取得の際には顔をしかめ、いやいやながらに切り取るという状態であった。ミノタウロスやグリズリーといった大型の動物型モンスターや、ゴブリンやオークといった人型に近いモンスターの討伐はまだまだ厳しいかもしれない。それでも、今回のターゲットであるモンスターは順調に討伐が進み、こちらも1時間ちょっとでクエストの目標討伐数を達成した。
早速、冒険者ギルドに戻り、討伐証明の部位を提出する。
「あら、お帰りなさい、シンイチさん、さすが早いですね、期待通りのご活躍です!では早速確認させてもらいますね。」
受付のエミーはそういって笑顔で迎えてくれた。そして、手慣れた手つきで仕分けしていく。数え終わったあと、一度バックヤードに戻り、すぐにまた戻ってきた。
「はい、問題ありません、受注いただいた全クエスト達成です。こちらが報酬となります。引き続き頑張ってくださいね。」
そういってシンイチの顔を見つめ、手を握りながら報酬が入った袋を渡した。
「あ、ありがとうございます。」
シンイチはちょっと照れた様子で受け取った。
それを隣で見ていたニーアは、ギルド受付のエミーがシンイチにちょいちょい色目を使っているように感じていた。ボディタッチも多いような。。有望な新人ということで今のうちに手を付けておこうと狙っているのかもしれない。まあよいだろう、弟の浮いた話をつぶすようなやぼな姉ではなく私は寛大なのだ、と心の中で納得させていた。
しかし、すぐに、「はっ、でも、このままいってしまうと、いずれは義理の妹ということになるかも。」という思いが浮かんだ。すごくいい子なので別に構わないが、、、外見が大人びているし、スタイルとか私より全然いいし、私が妹に見えないだろうか。。。いやいや、私はまだまだ発育途上だから大丈夫、のはず。そう思いなおして、ひとりかぶりを振るニーアであった。
そんな姉の葛藤を知らずに、シンイチは嬉しそうに報酬を数えていた。報酬は銀貨4枚、銅貨8枚だった。低ランククエストは報酬が決まっている。Cランククエストは銅貨8枚、Dランクは銅貨4枚、Eランクは銅貨2枚となっている。銅貨1枚が日本円に換算すると約500円、銀貨1枚が銅貨十枚相当というところだ。さらに、金貨(1枚で銀貨十枚相当)、白金金(1枚で金貨100枚相当)といった高価なお金も存在する。
半日での稼ぎは日本円換算だと2万4千円くらいとなかなか悪くないのだが、今いる王都は物価が高いためこれくらいの稼ぎだと安めの宿にしか泊まれない。せっかくなので今泊まっている宿(一泊当たり約金貨一枚/部屋)を定宿としたいとニーアは考えていた。暫くはニーアの貯金を切り崩しての生活になるだろう。(ニーアとしては寝るところへのこだわりが強く、そのためであればお金が減るのは気にしないのであった。)
午後から魔法の練習に取り組む。シンイチはたくさんの加護を持っているから魔法の習得も容易だろうと思っていたが、コツをつかむまでなかなかに苦労した。
「魔法はイメージが大事なの、ほら、体中から手のひらにエネルギーを集めるようにイメージして、空気中で焚火を燃やすような炎を思い浮かべて、それを飛ばす。」
残念ながらニーアが脳筋なのか、なかなかうまく伝わらない。魔法に関しては理論派というよりは感覚派だったからなぁ、どうやって説明したらよいものか。あの子がいたらもっとうまく教えてもらえるのに、と歯がゆい気持ちになる。日が暮れるまで特訓をしたが、その日は成果ゼロで宿に戻った。
「ふうっ、疲れた。」
そう言いながらフルフェイスの兜を脱ぐ。金髪の髪が広がり、シンイチは思わずドキッとする。外見が変わっているためいつもの姉に見えないときがあるのだ。
「魔法の資質や、いろいろな属性加護があるから行けるかと思ったけど、さすがにすぐとはいかなかったね。」
「そうだね、面目ない。。」
「いや、いいのよ。私でも一日は無理だったし。まあ、焦らずやりましょう。暫くは今日みたいにギルドのクエストと魔法の特訓を継続するわよ。」
そんな話をしていると外見は変わっていてもやっぱり中身は姉だな、とシンイチは実感するとともに安堵を覚えるのであった。
翌日からも同じように魔法の特訓を継続した。ニーアが隣で同じ魔法を使いイメージをしやすくしたりすることで1週間を費やした結果、シンイチは闇魔法以外の属性については基本となる下級魔法をマスターすることができた。(闇魔法はニーアも使えないのでイメージを伝えることができず、覚えることが叶わなかった。。)
一度覚えてしまうとさすがは魔法の資質持ちといったところで、威力、魔法発動速度は一般的な魔導士が使う下級魔法のそれとは一線を画したものになった。特に、加護を持つ火、水、土、光はすぐに練度が上がっていくのが感じ取れる。何度も練習するうちに魔力の密度が高くなり、威力の上昇も早かった。もちろん無詠唱である。一般的には詠唱する人が多いが、ニーア自身が無詠唱だったのでそのまま教えたという訳である。詠唱が基本と言われているが、無詠唱でも特に威力に差はない。のちに知ったことだが、詠唱することで魔法のイメージを具体的な言葉にすることで発動しやすくするのが主な目的のようだ。
最初はシンイチがなかなか魔法を使えないので、詠唱法もしっかり覚えておけばよかったと少し後悔したが、実戦を考えると、詠唱をしていると隙ができるし、これから魔法を撃ちますと宣言しているようなもので、護衛する前衛が必要となってしまう。
勇者パーティの時も各々が無詠唱で魔法を使っていた(一部、極大魔法を使う時に詠唱していたメンバーはいた)。大規模な部隊やパーティであればまだしも、二人パーティの我々では詠唱する余裕はないだろうとニーアは考えている。(ニーアが守ればシンイチが詠唱することができるが、そんなことしている暇があればニーアが直接攻撃した方が速そうである。)