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第七十四話 初心

「いらっしゃいませー。こちらの席にどうぞー」

緊張しながらも一生懸命さが伝わる声が響く。ジュリアの最初のお客さんは一人の老婦人だった。

ニーアが見つけてくれた働き口は、レストランというよりはどこにでもありそうな普通の食堂で、店主とジュリアを含めて計七人の従業員とこじんまりとした店だった。昼と夜の二交代制となっておりジュリアは昼の部を担当し三人で店を回すことになる。知らない場所で知らない人に囲まれて一人で働く、これはジュリアにとってはある意味冒険で心が躍るものだった。しかし、言葉は通じるとはいえ、相手は自分の背景など考慮してくれない、一人の大人として扱うだけだ。もしも大きな失敗したときには怒鳴られてクビになるかもしれない。そんな恐怖感が襲ってきて最初はかなり緊張していた。

ホール係となり一通りの説明を受ける、テーブルを拭きお客さんを案内する、ここまでは家のお手伝いの延長だから問題ない。その後、お客さんに呼ばれて注文を取るのだがここからが大変だった。メニューが多く注文を覚えられない、どのテーブルにどの料理を出すかがわからなくなる。大量の注文に対し重くて運べない、などなど。

「最初っから無理しなくていいぞ。」

店長のデニーから声をかけてもらったが、気にかけてもらうことで他の人の目が自分に集まっているのではという錯覚にとらわれ、余計に緊張しうまく動けなくなっていく。そして、食事後の皿を下げるときにバランスを崩し落として割ってしまったのだった。料理を出すときじゃなくてまだよかったというべきだろうか、そんなことを考えながら床に散らばった皿を片付けるジュリア、昼のピークの時間は過ぎてかなり人が空いてきたのも運が良かった。ピークをしのいだおかげで少し気のゆるみがあったのかもしれない。片づけを終えると少し休憩だとデニーから言われ、店の外で日に当たっていた。昼の営業はすでに終了しており、二時間ほど店を閉めて夕方から夜の部が再開される。皿洗いが少し残っているが、ジュリアの今日の仕事はおおむね終了である。

「はぁー、初日からやっちゃったなー。」

思わずため息がこぼれる。こんなダメダメでやっていけるのだろうか。朝のわくわくした気持ちがすっかり萎えてしまった。落ち込んでいると、ふいに後ろから声が聞こえた。

「最初はやっちゃうよね、わたしもやったなー、懐かしい。」

ジュリアの横に同僚のラーヤがやってきた。年はジュリアより3つ上で、ここで働き始めて二年になるという。ジュリアが朝から昼過ぎまで、ラーヤが昼過ぎから夜までと交代制になっている、先ほど仕事の合間にちょっとあいさつしたばかりだ。

「すみません、、」

「いいの、いいの。店長だって気にするなって言ってたじゃん。」

「でも、、」

「ジュリアちゃん、もしも申し訳ないって思うんだったら。笑顔をたくさん振りまいてお客さんたくさん呼ばないとね。お客さんがたくさん来たらそれだけ売上が上がるから、割った皿の分なんてすぐに元が取れるよ。」

なるほど、なんて前向きなんだろう。と思った。私にはとても思いつかない考えだ。マインとかだったら同じような考えに至れるのかもしれない。

「はい、頑張ります!」

ラーヤに励まされて少し元気が出た。ニーアとマインも様子見がてらにご飯を食べに来てくれたが、忙しさがピークの時間だったこともあり話をする余裕はなかった。帰ったら色々話したいと思った。


その後、数日間こなすことで少しずつ仕事に慣れてきた。一昨日より昨日、昨日より今日と体が動くのが実感できる。もちろんメニューはまだ覚えきれておらず、マニアックなメニューを頼まれると慌ててしまう。料理が遅いと文句を言われたり、注文を聞き返すと不機嫌な顔をされたりとストレスがたまることは多いが、充実した日々を過ごした。ニーアとマインも毎日ランチを食べに来てくれて、それもジュリアを勇気づけてくれる一因となっていた。

働き始めてから最初の休日を迎えた。ゆっくりしようと思っていたら二人に強引に外に連れ出されて、ジュリアは魔物狩りのクエスト受けていた。

「私冒険者じゃなくて、レストランの店員なんだけどな。」

最初はそんな小言を言っていたジュリアだったが、モンスターを狩っている間は仕事のストレスを忘れることに気づき、少しずつ熱中していった。どうやら、仕事で落ち込んでいた自分を元気づけようと、二人なりに気を使ってくれていたようだ。

「ふっふっふ、ジュリア君。なかなかいい攻撃だね。もっと強いモンスターでもいけそうだ。」

マインが偉そうにコメントしていることにちょっとイラっとしたが、ニーアと二人でかなり修業を積んだらしく、実際のところかなり強くなっているようだ。冒険者ランクもFからEランクにアップしたということだ。ジュリアとしては冒険者としての強さに興味はないのだが、二人とジュリアのレベル差を縮めるという狙いも今回のお誘いの意図としてあるらしい。

「じゃあ次は、キラータイガー行ってみよーか。」

場所を移動し少し強いモンスターとターゲットに変える。ジュリアの攻撃手段は今のところ水属性魔法のウォーターボールが一番協力だが、キラータイガーを倒せるほど強くないのは事実である。そこで、ニーアが手ごろな太さの木に剣を刺し、剣先が飛び出るようにセットしておいて、そこにキラータイガーを吹き飛ばすことで討伐しようということになった。聞くだけだと簡単だが、実際にやろうとするとなかなか思うようにいかない。剣が刺さった木と、モンスターと自分が一直線になるような立ち位置を調整しつつ、かつ高さをそろえて吹き飛ばさないといけない。

「ああ、おしい!ちょっと上に行き過ぎた。」

上から襲い掛かってくるとどうしても上に吹き飛ばしたくなり、剣の高さに飛んでくれない。それでも何度もトライし、木から距離をとることで高さを微修正し、数十回挑戦してようやく一頭討伐することができた。

「やったぁ!ナイスぅ!」

「お疲れ様、いい攻撃だったよ。」

二人からねぎらいの言葉をもらい思わず笑みがこぼれる。レベルも上がったようだ。ふと、店員の仕事に限らず、冒険者も一つ一つを積み重ねなんだなと実感する。最初からできなくても仕方ない、できるようになるまで挑んでいくしかないってことなんだ。

その後もキラータイガーを狩り続け経験値を稼いでいく。

「だいぶ魔法のコントロールが上がったわね。」

繰り返し戦うことで、狙った的(ニーアの剣)に吹き飛ばすまでにかかっていた回数も10回から7回、5回、3回と少なくなった。魔力操作によりキラータイガーに命中させた後からでもウォーターボールの軌道を変えることができる、ということに気づいたためである。また、レベルアップすることで、魔法の威力、魔力操作能力が向上し、狙ったところに吹き飛ばせるようになっていった。

「もう少しで、私の剣に刺さなくても魔法の威力だけで倒せるようになりそうだね。」

ニーアにそう褒められて気分がぐっと上がったが、その日の討伐では叶わず、それは次の機会にお預けとなった。


気分転換によりリフレッシュし翌日からまたレストラン業務をこなす。空いている合間に同じ昼の部で働く同僚たちとも雑談ができるくらいの余裕ができるようになってきた。ようやく軌道に乗ってきた矢先だったが、ジュリアはトラブルに巻き込まれることになる。


もうすぐ昼の部終了という時間のことだった、一組の冒険者パーティがジュリアに絡んできた。

「おい、俺の注文したのと違うぞ!」

ジュリアが料理を出したとき、突然いかつい冒険者が言った。

えっ、でも、、注文を受けた時のメモを見返してみても確かに注文通りのはずだ。しかし、言った言わないという争いをしたくないという気持ちが働いて、簡単な方で進めようとしてしまった。

「すみません、では少々お待ちください。」

そういって、料理を下げて戻ろうとしたとき、何かに足を取られバランスを崩し持っていた料理をこぼしてしまう。そして、それが、いちゃもんをつけた男の仲間にかかり、事態が大ごととなっていった。

「あちぃ、やけどしたぜ。」

「てめぇ、なんてことしやがる。この責任はどう取ってくれるんだ。」

「治療費を払ってくれるんだろうな、あるいはあんたが自分の体で返済してもらうしかないか、ちょっと俺たちに付き合えよ。」

ジュリアは怖くなって声も出せずに固まってしまい、そんなジュリアを見てにやにやしながら男がジュリアの手を掴もうとした。

「やめとけよ。」

突然後ろから声が聞こえ、一人の男が手に持ったコップに入っていた水をその冒険者の頭の上からかける。

「これできれいに洗えただろう。」

「てっめぇ、なめてんのか!」

「俺たちはCランク冒険者だぞ、やろうってのか。」

水をかけられた冒険者が立ち上がり殴り掛かる、しかし、簡単にかわされてバランスを崩されて床に転がされる。しかし、すぐに立ち上がり腰にある剣に手をかけた。

「剣を抜いたら後戻りはできないぞ、やるというなら相手になる、ただし店の外でな。」

その男は落ち着いた声で言った。

「おい、やめろ!こいつは、、」

最初に、絡んできた男が何かに気づき制止する。

「くっ、お前はBランク冒険者の、、、」

後ろのテーブルにはBランク冒険者の仲間がいるらしく、制止した男はそちらの方もチラリと目をやってうかがっている。

「ちっ、勘弁してやらぁ。おい、いこうぜ。」

そういうといちゃもんをつけてきた冒険者グループはいそいそと店を出て行った。お金もテーブルにおいてしっかり払っているようなのでジュリアとしてもほっと胸をなでおろす。

「大丈夫だった?君みたいなかわいくて優しそうな子は狙われやすいから気を付けないとね。」

助けてくれた男が声をかけてくれた。

「あ、あの、ありがとうございました。せめてお名前を。」

「名乗るほどのものじゃないさ、お仕事頑張ってね。また食事に来るよ。」

そう言って助けてくれた冒険者パーティも店を出て行った。

急な展開にボーっとしてしまうジュリア。こんな風に男の人に守ってもらったことが初めてでまだドキドキしている。同僚の二人が近づいてきてジュリアに話しかける。

「大丈夫だった、たまに変な奴も来るんだよね。夜はまあまああることなんだけど、昼の時間でもあんな奴が来るなんて。」

「私たちの出番かと思ったけど、よかった、大丈夫だったようね。」

「ジュリアちゃんも舐められないように、余裕あるときに冒険者ランク上げといたほうがいいわよ。」

「は、はあ。」

あとで聞いた話だが、この店の従業員はみな、現役、もしくは元冒険者らしく、ジュリア以外はB、Cランクの冒険者だったらしい。

「こういった食事するところはどうしても荒れたやつがたまに来るからな。自分の身は自分で守らないとってわけさ。」

店長のデニーがそう言って笑う。しかし、そうはいってもデニー自体は元冒険者でもなく普通の料理人らしい。強い従業員を雇うというのが店の方針になっているらしい。

それにしても優しいBランク冒険者に救われてとてもうれしかった。顔はものすごいイケメンというわけではないがいい感じで、とてもやさしくされたのでちょっと気になってしまう。早く帰ってジュリアとニーアに話したいと思った。


その日の夜、さっそくニーアとマインにあったことを話した。

「へー、いいなー。ピンチに駆けつけるなんて白馬の王子様みたいなやつじゃん。」

「そ、そうだね。身なりはそんなにきれいな感じではなかったけど、でも素敵だったな。」

どうやらジュリアはその王子様に一目ぼれしてしまったようだ、話を聞いていて不可解な点もあり、二人の身を守る責任があるニーアとしては由々しき事態である。ジュリアには恨まれるかもと思いつつも切り出すことにした。

「でも、それってちょっと気になるわね。最初、足をかけられたって言ったわよね。全て仕組まれていたのかも。」

「どういうこと?」

マインが気になって質問してくる。

「つまり、グルってことよ。仲間が言いがかりをつけて絡んで、困っているところを助ける。それを恩に感じて女の子を思い通りにするってことよ。」

「ええ、マジ?エグいんだけど。」

ニーアの説明にマインはドン引きしている。

「でも、絡んできた人たち、頭から水かけられたり、倒されたりしていたよ。」

「そんなの、ある程度のお金もらえばやるって奴なんていくらでもいるわよ。」

「そんなことないもん!あの人はそんな人じゃないよ!」

ジュリアが怒って反論する。これ以上何か言っても聞いてもらえなさそうだ。だが何かあってからでは遅い、そうならないために手を打つ必要があった。

「わかった、わかったよ。私も万が一のことでジュリアが巻き込まれるのが心配だから疑り深くなっちゃうの。じゃあこうしようよ。また来るって言ってたのよね、その時に私たちにも見定めさせて頂戴。私たちのお昼ご飯の時間も遅めにするからさ。」


結局、ニーアの案が採用されみんなでジュリアの職場に張り込むことになった。

それから数日後のある日、少し遅めの時間にレストランに入るニーアとマイン。いつものようにジュリアが明るく迎えてくれる。

「いらっしゃいませ!」

そして、すぐに小声でニーアたちに伝えた。

「例の人が、来ているのよ。奥の窓側の席よ。」

どれどれと見ると、男が一人、こちらに背を向けて座っているため顔が見えない。確かに格好からすると冒険者のようだ。あえて近くにテーブルにして席に着いた。ジュリアをもて遊ぶような輩なら、即叩きのめしてやるつもりで臨戦態勢である。

相手の顔を見た瞬間、ニーアは思わず、えっ!と声が出た。

なんとそこには、以前、一緒に修業をしたブレイブファングのユータの姿があった。

「ちょっと、ユータ?」

「うわっ、ニーアさんですか!お久しぶりです!ラニキスから戻っていたんですね。」

「うん、つい最近ね。そっちの調子はどう?新しいパーティメンバーは入ったの?」

「いえ、残念ながらまだ。。でも最近はレイドクエストみたいな感じで複数の冒険者パーティで協力するクエストを中心にやっているとこです。Bランクだと引く手あまたで、色々と声をかけてもらえるんですよ。明日からもビースツガーディアンのレオンさんに誘われて合同クエストです。」

「へー、そうなのね。まあ、うまく回っているならいいことね。そういえば、ロザ―ティアはどうしたのよ?」

「ロザ―ティアは今日は別行動で来ないです、明日からのクエストに向けて準備を手分けしていて。でも、普段は一緒ですよ。この間ここに来た時もね。」

「そうなの、会いたかったけど残念。それよりもあなた、会わないうちにずいぶんと女たらしになったんじゃない?」

ニーアがこの間ジュリアを助けたことについて圧をかけて詰め寄る。

「えーっと、助けた方はニーアさんのお知り合いだったんですか。いや、確かにちょっとカッコつけちゃいましたけど。。かわいいなと思ったのも確かですけど、別に下心があったとかじゃなくてですね。。。お二人と一緒に過ごして、特にシンイチさんの考え方や行動を学んで自分もそうなりたいって思っての行動だったんですよ。」

「ふーん、ま、いいわ、ありがとうね。私の友達を救ってくれたんだもん、お礼は言っておかないとね。」

シンイチにあこがれての行動というところが気に入らないが、とりあえずジュリアを救ってくれたのがユータということがわかり、一安心となった。

ジュリアとともに一緒に冒険している友達ということでマインを紹介し、楽しく食事をした。シンイチのことも聞かれたが、説明が難しかったので、別行動をしているとだけ話しておいた(嘘は言っていないだろう)。


「なんか、良くも悪くもなくで普通だったね。ジュリアの恋の相手がどんなかっこいい人か期待したんだけどなー。」

レストランを出て、ユータと別れてから放ったマインの一言が辛辣で、ニーアは苦笑いを浮かべるだけだった。

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