第七十二話 友人
昔から、両親に守られ大事に育てられてきた。少しでも危険なことだとすぐにやめなさいと制止され、この習い事をやりなさいと言われれば習い、ここの塾が評判がいいと勧められれば通う、そんな生き方。もちろん、言われて始めたピアノはやっていて楽しいし、勧められた塾に通っていることで成績も上がっている。でも、それだけ。私には自分の“我”というものがないのだろう。いや、昔はあったのだ。小学校低学年のころ、ヒップホップダンスをやりたいって言った時のことを思い出す。表面上はサポートするようなことを言うけど、その言葉の裏で何とか諦めさせようという意思が見え隠れする。当時は気づいていなかったが、結局親の言いなりになって諦めてしまった。さらに中学生になって、親の言うことに反抗した時の悲しそうな母親の顔を見るとそれ以上自分の意志をつっぱねることができなくなってしまう。はたからみると理解があり自由にさせてもらえるように見えても、親の思惑にがんじがらめ。自分でやりたいといったことも両親の考える安全安心の領域から外れるようなこと(物理的だけでなく文化的、精神的なことも含む)はやらせてもらえない。
友達と自分で何が違うのだろうといつも考えてしまう。性格なのか、環境に起因するものか、もちろんすべてが違うのはわかっている。クラスのヒエラルキートップに属して彼らみたいにふるまってみたいと思ったことはないけれど、それでも彼らに対してはいつも気持ちが臆してしまうのは確かだ。
昔から仲の良い藍と真唯についても同じだ。自分のやりたいことにまっすぐでそれを全面的にサポートしてもらえて自由奔放に動く真唯や、仕事にかまけて放任主義のように見えなくもない両親だけれども、ある程度自由に裁量を与えられている藍をうらやましく思ったことがあるのは事実だ。
そんな生活を十数年間過ごしてきたことで、いつからか控えめな性格の子になってしまっていた。もっとも、そんな風に冷静に自分を振り返ったことは今まで一度もなかったし、人は人で私はこれでいいんだと思い込んでいた節もあった。
もっと自由に動くことができる状況を与えられたとき、動けなくなっていしまう自分を認識するのが怖かったから、深く考えないようにしていただけなのかもしれない。
自分の責任で判断や決定していかないといけない、藍や真唯が一緒にいるとはいえ親の干渉がない世界で自分がどのような基準で判断を下すのか少し期待している部分もあった。大人になるとそれが普通であるはずだ。大人になっても親の言いなりになる人もいるのかもしれないが、自分はそうはなりたくない。そのためにもこの冒険を自分で決断する力をつけるいい機会と捉えることにしようと思う。
目を覚ますと知らない場所、最初は夢かなと思った。でもそれにしては妙にリアル。左腕にチクチクと痛みを感じる。なんだろうとそちらに視線を向けると、金髪のお姉さんが笑顔で私の腕を指で突っついていた。ちょっと大人びている気がするがよく見ると藍の顔のようだ。
「藍なの?何をしているの?」
「珠莉、起きた?おはよー。」
「え、ああ、おはよう。ここってどこなのかしら。ってそれよりも、その髪の毛は!?」
藍の髪の毛の色も気になったが、部屋の中も様子がおかしい。きょろきょろと周りを見渡すが自分の部屋ではないことは確かだ。
「確か、私の部屋でお泊り会してて、、」
混乱して思わず記憶をたどる珠莉。
「うん、うん、そうなるよね。真唯も起きたら説明するね。ちょっと落ちついて外の景色でも見ていてよ。」
藍に言われた通り、窓から外の景色を覗いてみると日本の住宅街からはかけ離れた見たこともない風景が広がっている。確か、自分の家でお泊り会をしていたはずなのに、なんで、、頭がくらくらする。珠莉は思わずベッドに座り込んでしまった。
ベッドでボーっとしていると、そのうち真唯が目を覚ましてきた。真唯もなんだかいつもと雰囲気が違うように感じた。
「お腹空いたー。」
目覚めの一言。外見とは裏腹に中身はいつもの真唯みたいだ。それどころじゃないと思いつつも、確かに真唯の言うことも一理ある。
「オッケー、じゃあ先にご飯食べよっか。」
藍に促され部屋を出て下の階に降りる。食堂も現代日本とは異なる作りだった。ニスが塗られていない木の質感が色濃く出ているイスとテーブルが、きれいに並べられている。食堂には三人のほかに誰もいなかった。席に着き朝ご飯を食べながら藍の説明を聞くことになった。
藍がこっちの世界で世界を救って勇者となったこと、現実世界で一定期間過ごすとこちらの世界に来れること。そのときに手をつないで寝ることでほかの人も一緒にこっちに来れること、約1か月半こっちの世界で過ごすと現実世界へ戻れること。
「へー楽しそう。剣と魔法のファンタジーの世界だね。」
真唯が気楽なことを言っている。こっちはそれどころじゃないよ。こんなところで一月半も無理だよー、と珠莉は心の中で叫んだ。
ご飯の後、早速、宿屋の外に出てみた。港町オスティアの珍しい景色に興奮したのか、真唯は勝手にうろうろし物色し始めた。
「待ってー、勝手にウロチョロしたら危ないわよー。」
藍としては二人を守る責任があるので気が気ではない。まるで小さな幼稚園児を引率する先生の気分だ。珠莉は少し元気が出てきたものの、まだ不安そうに、藍のそばについて離れないため、こちらは心配なさそうだ。自由に動き回る真唯に何とか追いつくと、路地を曲がったところで真唯が立ち尽くしている。その視線の先には、一人の青年がガラの悪そうな大きな男三人に囲まれていた。藍の服をつかんでいる珠莉の手に力が入る。
「はいはい、解散よ。痛い目を見たくなければさっさと失せなさい。」
藍は真唯と珠莉をなるべくおびえさせないようにと努めて明るい声で呼びかけた。ちょっとだけ朝の散歩のつもりだったからフルフェイスの兜もかぶっていない、とはいえこの場面に出くわして見知らぬふりということはできなかった。勇者アイとばれないか少しひやひやしたが、フードを深めにかぶっていたおかげで大男が上から見下ろすのに対してうまく顔を隠せたようだ。案の定、逆切れして襲い掛かってきたため簡単に返り討ちにする。腕利きの盗賊や暗殺者とかではなく、ただのチンピラだったようだ。少し痛めつけるとテンプレのような捨て台詞を吐いて去っていった。
「すっごーい!」
「藍、強ーい!」
珠莉と真唯が感動している。普段の学校での私しか知らない二人からしたら別人のようだろう。これで自分が勇者だと見直して素直に言うことを聞いてくれるようになるといいのだけれど。。
そのまま立ち去ろうとすると、チンピラに囲まれていた青年が声をかけてきた。
「すみません、助けてくれてありがとうございます。ちょっと待ってください、突然で迷惑なのを承知でのお願いなのですが、どうか私を助けてくれないでしょうか。私と仲間たちがとある組織から狙われていて、、先ほどの奴らは組織の下っ端なのです。」
「私たち、忙しいので申し訳ないけどお断りよ。」
考える間もなく藍は毅然と断る。青年はがっかりとして肩を落とす。
「えーなんで、冷たくない?」
「困っているなら、助けてあげてもいいんじゃない。」
すぐさま真唯と珠莉から非難の声が上がった。
断りを入れたのはあなたたちのためなんだけど、、そう思いながらも今それを言うのはスマートではない気がする。このまま無下に断ると自分が悪者になってしまう危惧を抱いたため、少し考え折衷案を提案することにした。
「じゃあこうしましょう、冒険者ギルドに依頼を出してちょうだい。依頼人の名前は、、J、A、Mでジャムとしてくれればそれを目印にするわ。別に私たちじゃなくても、腕利きの冒険者、そうね、Aランク冒険者とかが話を解決できればいいでしょう?」
「は、はい、わかりました。ありがとうございます!」
何度もお礼のお辞儀をして、その男は去っていった。
ふう、何とか厄介ごとを背負い込まずに済んだ。と言いつつも半分は背負ってしまった気もするが、、
二人には危険を避ける必要性をよく説いておかないといけないと思う藍であった。
「さっきの冒険者ギルドに依頼って??」
青年と別れて歩き始めたときに真唯と珠莉が不思議そうに聞いてきたので、冒険者と冒険者ギルドの仕組みについて一から説明をしてあげる。ついでに、藍がこの世界でニーアと名乗って冒険者をしていること、自分の名前「アイ」は勇者となって有名になっており、今は秘密裏に行動しているためアイではなくニーアと呼んでほしいことを説明し納得してもらった。
「なかなか、ニーアって呼びなれないかもね。」
真唯が笑いながら言った。その言葉に珠莉はうなずいて同意している。
「さっきの話はギルドに流しておしまいなの?」
「それだとよくわからない冒険者に受注されちゃうかもだから、知り合いのAランク冒険者に受けてもらえるように相談へ行こうと思っているの。この街にいるといいのだけど。。」
軽く散歩のつもりがかなりの時間がいたため、ランチの後、その冒険者のところに行くことにした。
近場のレストランに入り注文をする。料理を待っている間、先ほどの話の続きを始めた。
「この世界は、危険なことが身近だから、あまり厄介なことに首を突っ込まないでね。二人の安全は私が必ず守るってパパと約束しているんだから。」
「ごめん、ごめん。次から気を付けるよ。」
真唯が笑いながら謝り、珠莉も頷いている。
「ところで、藍のお父さんもこっちに来ているんだね。」
「まーね、私が強引に巻き込んじゃった、慎一も一緒にね。」
藍がいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「慎ちゃんもこっちに来ていたのか、それで迎えに行ったときあんな顔していたのか。」
真唯が納得したという表情で頷いた。
「でも、藍くらい強かったら私たちを守るのなんて余裕なんじゃない。」
「確かにそうだね、さっきもあっという間に三人の大男を追い払ったし。」
「そんなの、わかんないわよ。一緒にいるならともかく、何かの罠とかで二人と分断されちゃったら守り切れる保証なんてないし、私では治癒しきれない毒とか状態異常攻撃があるかもしれないし、、」
先日のシュッタウが受けた闇属性の攻撃がふと頭をよぎる。
「とにかく、楽しく過ごすのが今回の目的で、危険なことを進んでやるのが目的じゃないからね。」
「はーい。」
ニーアの言葉に二人はようやく納得してくれた。
ランチの後、強い冒険者に先ほどの依頼を押し付けるため、冒険者ギルドに向かうことにした。彼らがまだオスティアにいればギルドに顔を出すはずだ、いないならいないで何か情報を得られるかもしれない。どこにいるかわからないときは冒険者ギルドに行ってみるのが一番である。
その前に、いつものフル装備をしておく必要があるため一度ホテルに戻って装着することにした。
「すごいごついね、動きずらそうだね。」
「なんか暑そう。。汗で匂ったりしないの?」
全身鎧をまとったニーアの姿を見た二人の感想はもっともだ。だが、かなりグレードの高い装備ということもあり、熱耐性、俊敏性補正の魔法が付与されているため、全く暑さは感じないし、動きにも影響はほとんどない。そんな説明をしつつ、ここからはニーアであることを念押しして冒険者ギルドに出発した。
「こんにちはー。」
ギルド受付に声をかける、何か御用ですかと聞かれAランク冒険者ビースツガーディアンがどこにいるかを聞いてみた。あの護衛任務のときに一緒だった彼らである。ライジングサンも候補として考えたが、帝国からの刺客による襲撃で重傷を負っていたこともあり頼みにくかった。あれからすでに三か月くらい経っているはずだが回復したのだろうか。ラニキス王国から戻ってきてまだ挨拶できていないことに気づいた、一度お見舞いに行ってもよいかもしれない。
「ビースツガーディアンはちょうど先日、王都からこちらに着いたところですよ。」
ラッキーだ、さっそく滞在場所を聞いて向かうことにした。こういうのは急いでことを起こすのが一番である。
教えられた宿に着くと、オープンテラスでビースツガーディアンの皆がちょうどお茶をしていた。
「やっほー、久しぶりー。」
ニーアは明るく声をかけたが、向こうは意外という感じでぎょっとしている。真唯と珠莉が一緒にいて無自覚に浮かれていたのかもしれない。そんな仲でもなかったか、、と反省し、気を取り直して話を始める。
「あ、あの久しぶりね。お元気かしら?今日はちょっとお願いがあって話に来たの。」
「やあ、ニーア、君から僕たちのところに来るなんて珍しいね。」
レオンはすでに平静さを取り戻し対応してくれている、さすがリーダである。
事情を説明し、ギルド経由でJAMことジャムからの依頼を出すのでそれを受けてもらえないかとお願いをした。
「うーん、僕らもつい最近オスティアに着いたばっかりで少しゆっくりしようと思っていたんだよね。シモンからの依頼で王都に言伝をしに行ったんだけど、今回の旅も結構ハードでね。」
シモンの依頼もある意味自分たちがらみなので、ニーアとしてはひやひやしながら話を聞いていた。どうやら裏にいる自分たちのことは気づいていないようなので、あまり深く聞かないほうがよさそうだと判断した。
「そこを何とかお願いしますー。」
ニーアが必死に拝み倒し何とか依頼を引き受けてくれることになった。
クエスト依頼の報酬を決めていなかったことを思い出し、あの青年の雰囲気からあまり大きな報酬が期待できないことが想像できたので追加の支払いを申し出たところ、タイガに断られてしまった。
「お前、俺たちをなめてんのか! そんな報酬はいらねぇ! これは貸しだ、いつか返してもらうぞ。」
「わ、わかったわよ、、」
あまり貸しを作りたくなかったので、金銭で何とかしたいと思っていたのだが、そうは甘くなかったようだ。
「おい、ところであの坊主はどうした?クビか?」
タイガが唐突に尋ねてきた。
「シンイチはちょっとお休み中よ、別にけがとかじゃないから心配しないでね。」
タイガは心配してねえとばかりにチッと舌打ちし、ヒーラーのラビリはほっとしたような表情を浮かべた。
「ふん、そうか。クビになっていたら拾ってやってもよかったけどな。」
「あんな優秀な少年をクビにするはずないさ、そうだろうニーア。」
レオンのフォローに対して今のところその予定はないわねと返した。
「それで、そこの二人たちはニーアの新しい仲間なのか。」
今まで黙っていたジライヤが真唯と珠莉を見ながら言った。
「彼女たちは、そうね、仲間だけど冒険者じゃないわ。どっちかというと護衛対象って感じかしら。」
「ふーん、そうなのか護衛するならそんな変わった格好させておかないほうがいいんじゃないか。余計目立って狙われやすくなるぜ。」
確かにジライヤの言うことはもっともである。そうねとニーアも同意した。
「僕にはそこのお嬢さんたちも特別な力を持った冒険者なのかと思っていたよ。」
レオンの言葉にドキッとしたが、そんなこと考えていないと言葉を濁し退散することにした。とりあえずこれで役目を果たした。
「レオンさん、超かっこよくない?」
帰り道、真唯が口を開く。
「そうかな、私はあーゆーのは苦手だけど。」
ニーアが答える。
「正統派イケメンだとは思うけど、私もあまり得意ではないかな。」
「やったぁ、じゃあ私だけなのね。私の推しメンにするわ。」
何が「やったぁ」なのか分からないが、まあ好きにすればいいだろう。Sランク冒険者のスタークもあんな感じだがやっぱり真唯の好みなのだろうか。今度会わせてみたいところだ。
「珠莉はどんなのがタイプなの?」
真唯が質問攻めにしていたが、あの中にはいないというそっけない答えが返ってきただけだった。それでも真唯はめげずに明るかった。
「珠莉のタイプの人がいたら教えてよ?絶対だからね!」
珠莉はどうしようかなーともったいぶっている。くだらない話をしながらがワイワイと三人で過ごす、まさにニーアが求めていたものな気がした。
宿に戻り夕食前にお風呂に入ることにした。
「見て、見て、私めっちゃ胸大きくない。」
真唯がこれでもかと胸を持ち上げ強調して見せてきた。確かにでかい。。
「はいはい、うるさいわよ。どーせわたしはそんなに大きくないわよ。」
真唯のアピールに藍が若干不機嫌になっている。珠莉は二人のやり取りを見て笑っている。
それにしても、藍も真唯も少し大人になっていてとっても美人になっている、と珠莉はずっと思っていた。この世界では現実世界の年齢からがプラス2,3歳ほど前後するという話を藍から聞いたが高校生くらいになるとこうなるんだと考えてしまう。
私はどうなっているんだろう、鏡がないので自分の顔つきはよくわからなかったが、体つきも真唯ほどではないにせよ、大人になっていることがうれしかった。あとで水面で顔も見てみよっと。珠莉はこっちの世界に来て、ようやく少し気持ちが前向きになった。
それから数日は町中探索をしたり、ニーアの知り合いの冒険者のお見舞いに行ったり、釣りや花摘みといったノスタルジックなことをして過ごした。勉強や習い事に追われることもなく、ゆったりと時間が流れてとても気持ちがいい。
花を摘んだついでに薬草も摘み、ニーアが調合を教えてくれた。
「こうやってこれとこれを混ぜてすりつぶして絞るの。そうしたらほらポーションの完成だよ。」
ニーアの真似をしてやるが、できた液体の色が微妙に異なる。これはニーアのスキルレベルが二人よりも高いことに起因するらしい。でもなんだか自分で作るのは楽しかった。
「うちのパパなんかこういう作る系に凝っちゃってさ。」
ニーアが笑いながら説明してくれた。
珠莉も自然と笑顔が浮かび、ここに連れてきてくれたことに感謝したのだった。




