第七十話 新たな領域
約三か月ぶりのオスティアも穏やかな雰囲気で三人を安心させた。
「やっぱいいね、この町は。」
シンイチの言葉に二人も同意する。
オスティアの町に入ってすぐにギルドに向かう。セルディス王への報告の手紙を出すためである。主要な町にはギルドがあるため、そのつながりを活用し手紙の配達のようなことも請け負ってくれる(もちろん、輸送任務といった形でクエストとしてあげられるのでお金を払う必要はあるが)。王室あてだと、王都のギルドまで届ければギルドから直接届けてもらえるだろう。自分たち自身が戻ったほうが早く着くのは間違いないがそこまですることでもないだろうというニーアの判断だった。ここから戻ると少なくとも片道2週間はかかる、次の目的はまだ未定だがかなりの時間ロスとなる。
「あ、ニーアさんたち、お久しぶりです、戻ってきたんですね!?」
ギルドの受付の女性に声を掛けられる。
「こんにちは、いったん一区切りついたところで報告がてらね。またすぐに出発するかもしれないけどね。」
ニーアの発言を聞いて残念そうな顔を浮かべたのは受付の女性だけではなかった。シンイチとタカキも聞いていないとばかりの微妙な表情である。それでもその職員は気を取り直して話を続けた。
「それはそうと聞いてくださいよ。この一週間くらいでですね、急に情勢が変わったかのように帝国の嫌がらせがピタッと止んでいるんです。そんなわけで最近は少し穏やかな雰囲気を取り戻しています。ちょっと前は、セルディスのギルドに所属のAランク冒険者がやられたとか日々何かしらのトラブルが報告されていて帝国の脅威にピリピリしていたのに。」
「そうなんだ、だから手紙の輸送の任務の依頼料がそんなに高くなかったのか。」
治安が悪いとその分危険度が増すため依頼料が高くなる。魔族の襲撃の脅威による依頼料上乗せ分は依然としてあるが、それでも2重のリスクで加算される状況ではなくなったようだ。手紙郵送の任務の場合、ギルドでメッセージに封印をしてくれ、それが解かれていると任務失敗になるので情報の秘匿性は守られる。
どうやら帝国の脅威は少し和らいでいるようだが、ちょうどニーアたちがラニキス王国との同盟を締結させた時期と重なるのは偶然だろうか。ニーアたちの功績の成果かもしれないと考えたがさすがに
口には出さなかった。
ギルドを出て宿にチェックインした後、今後のことについて三人で話し合う。タカキとしては平和なら、少しゆっくりとしてもよいのではと主張しシンイチも同意したが、ニーアには反対されてしまった。
「そんな怠けている場合じゃないわよ。時間があるならラニキス王国に戻ってドラゴン討伐行きましょう!ジェイミーたちが待っているわ。」
「お、おう、ドラゴンね。うーん、今回はクワッドヴァルキリーに譲ってもいいんじゃないか。」
タカキのひよった提案にシンイチは黙って何度もうなずいている。
結局、ニーアがタカキののんびりと過ごす案に賛成することはなく、結論保留のままその場は終了となった。
「あれっ!?」
翌日、タカキが目を覚ますと、いつもの自宅だった。
「戻るタイミングだったのか。。」
起き上がってスマホに手を伸ばす。日曜日の朝8時、前回と同じ時間だ。隣では藍と慎一も寝ている、今回も問題なく戻ってくると信じるしかない。リビング出てコーヒーを淹れるためお湯を沸かす。以前は豆から落とすコーヒーに凝っていたが最近はスティックタイプのインスタントコーヒーで満足していた。スティックタイプの中でもちょっとだけ価格の高い高級感のあるものを選んでいるというところが辛うじてのこだわりだろうか。
コーヒーを飲みながら落ちついて考えに耽る、よくよく振り返ってみるとすごい経験ばかりである。ボスクラスの大きな魔物と戦ったり、銃を扱ったり、対人での命のやり取りをしたりと、いずれもこちらの世界では体験したことがないものだった。特に人を殺すのはすごく嫌な気持ちになる。しかし、やらなければ殺られるという状況下で、正当防衛で仕方なかったと自分に言い聞かせるしかないだろう。あんな世界に子供たちを送り込んでもよいのだろうかという葛藤もやはり湧いてくる。しかし、藍についてはもはや強制的に送り込まれる仕組みのようなので、親としてそこに介在できる余地がなかった。せいぜい、自分も一緒に行くことで、嫌な役回りを引き受けるくらいが関の山なのかもしれない。
そんなことを考えていると藍が起きてきた。
「おはよー、昨日までお疲れさまー。」
緊張感なく挨拶してくる、向こうの世界にいたときのニーアではなく、普段のまだまだ子供(と思っている)の藍って感じであった。
「ああ、おはよう。色々あったな。今回も無事に戻ってこれてよかったよ。」
「そうね、私は三回目だったからそんなに心配していなかったけど。」
慎一も起きてきたので恒例のステータス確認をする。こっちに戻ってきて何か新しいスキルが使えるようになっていないかなど確認しておくためだ。
ニーアが伸び悩んでいるものの、ほかの二人は全体が底上げ出ている感じとなった。
藍: Lv 11(111)、HP111(1110)、MP62(622)、力33(330)、速さ28(288)、守り20(200)、魔力43(434)、精神28(288)、
慎一: Lv7(71)、HP57(570)、MP52(525)、力21(217)、速さ17(176)、守り33(334)、魔力32(320)、精神16(167)、
多佳棋: Lv5(56)、HP35(350)、MP17(170)、力18(180)、速さ12(120)、守り13(130)、魔力13(130)、精神24(240)、
「私全然上がってない、、そういう意味では今回、あんまり強い敵と戦っていなかったからかな。敵のSランク冒険者もシュッタウたちに任せちゃったし。」
「そういうものなの?僕たちはだいぶ強くなったよ、ニーアとのレベル差も縮まっているし。」
「やっぱ強い敵と戦わないとレベルは上がらないわね。二人が強くなってきているのは素直にうれしいことだけどね。」
「まあ、そうは言ってもやっぱ力の差はまだまだ歴然だな。なんか俺のステータス、、レベルのわりに全体的に低くないか。」
多佳棋が少し不満そうだ。
「でも慎一はもうBランク冒険者くらいの能力はありそうね。パパもCランクはいけそう。次に行ったときにランクアップを狙ってもいいかも。」
藍のコメントに慎一も嬉しそうに頷いた。
「あっ、それよりも慎一はもうこっちの世界で体術スキルが使えそうだぞ。回し蹴りと後ろ回し蹴りだな。消費するのはMPじゃなくてHPみたいだな。また後で裏の山に行って試してみよう。」
「そんな体術スキルあったかな、なんかそれって普通の技じゃない?スキルじゃなくてもちょっと練習すればできそうだけど。」
「まあ、まあそういうな、なんかいい効果があるかもしれん。ものすごい威力があるとか。」
慎一本人よりも多佳棋のほうが楽しみにしているようである。
午後にシンイチのスキルを試してみたところ、普通に蹴るのと威力はそれほど変わらないことが分かった。ただ、スキルを使用すると自分の足が痛くないらしく硬い大木に打ち込んでも足が痛くなかった、反対に普通に蹴ると自分の足が痛いとのことで、ここがスキルの差だろうという結論となった。痛みを感じないため躊躇なく蹴ることができ、無意識に手加減をしない分だけ威力が上がるということだろう。
「なんかすっごく疲れるんだけど。。」
慎一が弱音を吐くと、
「そうだな、スキルを使うとHPが50近く減っているからな。まあ自然治癒で回復していくとはいえ、最大HP57に対してはかなりきついな。。」
「一回使ってヘロヘロになっちゃうようだと、現実だと使い道はないね。まあ、使うような場面もないけど。」
スキル使用による体力消耗を自然治癒で回復するのに30分以上かかる。2時間の検証で3回しかスキルを使用できなかった。自然治癒も黙って座って回復している状態だったので、これが戦闘中とかだとするともっと時間がかかるかもしれない。
「まあ、今のところはな。」
多佳棋がフォローする。レベルが上がると、体力(HP)も上がり、スキルが使いやすくなるだろうということが自分の経験で予想がついていたが今はまだ黙っていることにした。
月曜日、多佳棋は早速新しい職場に向かった。日曜日の夜に異常な人事により仕事が変わったことを思い出して少し気分が落ちた。それでも生活のためには働くしかないため、覚悟を決めて出かけて行った。
新しい職場の建物は思ったよりもきれいなビルだった。建物のきれいさと反して、仕事の内容としては予想していたよりも重い世界であった。同僚の数としては二、三十人といったところだが、全員と会うことはほぼないだろうとのことだ。
全員の前で自己紹介をして、簡単なミーティングのあと、すぐに解散となり、各チームがそれぞれの仕事に向けて部屋から出て行った。
1チーム当たり4~5人の構成でタカキはいきなりチームリーダーに任命されていた。
前の会社の係長と同じようなポジションといえばそれまでだが、知識ゼロのところでいきなりリーダーはなかなかきついな、と思ったが口に出すことはしなかった。
「戦闘を期待されても無理ですよ。体も鍛えていないんですから。」
あらかじめできないことを上司にくぎを刺しておく。
「わかっているよ、君にはその期待をしていない。それぞれの得意分野で活躍してもらうまでさ。とはいっても、ここに来たからには基礎体力はつけてもらうけどね。」
上司の男がそう言って顎を撫でる。上司は先週会社に乗り込んできた佐藤と名乗った男だった。
タカキのチームは男性一人女性二人で、多佳棋を含め四人である。皆タカキより年下で、20代~30代といったところだろう。
話に聞くと今日は4チームしかいなかったが、全部で6チームいるとのことだった。 チームリーダーはLv4~7らしく、意外にもタカキよりもレベルが高い人は3人しかいなかった。話に聞くとほとんどの人が定期的に向こうの世界に行けるわけではないようだ。一度しか言ったことがないという人がほとんどで、リーダークラスのメンバーでも多くても3回くらいということだった。この課のエースの男はLv9ということだが、ほとんどはこっちの現実世界でのトレーニングや任務達成によりレベルアップをして来たらしい。
自分が毎週行っている(実際、まだ2回だけだが)というのは何となく言わないほうが良い気がして黙っていることにした。
さっそくチームのメンバーと話をしてどんな仕事をするのか聞いていく。事務仕事が多いらしいがたまに現場作業もあるとのことで、勤務時間中に毎日2時間程度トレーニングの時間が設けられている。
「慣れればなんてことないですよ。」
と言われたが、若い君たちとは違うんだがなあと思いながら聞いている。多佳棋のチームメンバーはみなLv1~2でまだスキルも使用できないらしい。日々のトレーニングで精進しレベルアップを目指すというのも立派な仕事だと佐藤からフォローが入った。
細かな事務仕事のやり方を一から教えてもらいその日は終了となった。
しかし、翌日からいきなり事件に巻き込まれ、怒涛の一週間を過ごすこととなる。
電話でその旨を伝えると、
藍から週末に友達の家でお泊り会をするという話を聞き大丈夫かなと心配になったが、残念ながら多佳棋も人の心配をする余裕もないほど追い詰められ、結局家に帰れたのは日曜日の朝となるのであった。




