第七話 ギルドマスター
突然現れたギルドマスターに、ニーアたちだけでなく、受付のエミーも驚いている。
ギルマスが直々に冒険者の応対することはほとんどないため、驚くのも無理はない。
ニーアはギルマスにちょっと待ってと声を掛け、薬草採取からモンスター討伐までいくつか適当なクエストを受注してから別室に入った。もちろんシンイチも一緒である。
お茶を運んできたエミーが退室するのを見届けてからアンドレイが口を開いた。
「アイ殿、時間を貰って済まないな、まあ座ってくれ。セルディス王から話は聞いている。ここでは気を楽にしてくれて大丈夫だ。部屋全体に遮断の魔法がかかっているので外部から盗み聞きされたり、のぞき見されることはない。」
そういって笑顔を浮かべた。若かりし頃に、Aランク冒険者として名をはせたとは思えないくらい優しい笑顔である。それを聞き、ありがとうとニーアも兜を取った。それを待ってからアンドレイが話を始める。
「先ほどの高難度クエストの件だが、、勇者パーティが魔王を討伐した後、魔族の侵攻が増えているという話はセルディス王から聞いているかと思う。それに伴って冒険者のレベルもこの数か月で急激に上がったのだ。まあ、魔族との戦いが増えたので必然のことと言えるかもしれない。かなり上位の魔族が襲撃に来ていたりもしたからな。もちろん、冒険者の被害も大きかったのだが、魔族との戦いに生き残った冒険者は劇的に強くなり、Sランク冒険者だった3人に加え,この2か月で数々の魔族討伐や高難度クエストを達成した4名の計7名はSSランク冒険者となっている。Sランク冒険者もかなり増えて、各国に数名ずつ常駐しているような状況だ。SSランクやSランク冒険者は今のアイたちを凌ぐ能力を持っている者もいるかもしれない。」
そうなんだ、、、わたしたち勇者パーティメンバーは最強、って思っていたけど、物凄く能力インフレが起きているのね。アイは少なからずのショックを受ける。
「でも、自分で言うのもなんだけど私ってLv99でカンストしているのよ。それより強いって、いったいどういうことなの?」
そんなアイの疑問にアンドレイが頷きながら答える。
「その点についても説明しておこう。説明、と言っても、どういった理屈なのかわかっていないのだが、魔王討伐後にLv99を突破してくるものが増えたのだ。これまではLv 99が限界といわれていたが、今やSランク冒険者の平均はLv120、SSランク7人に至ってはLv150オーバーとなっている。Aランク冒険者でもLv100を越えている者は何人もいるんだ。」
うすうす感じてはいたけど、やっぱりか。。自分のステータスもLv100になっていて何かの間違いかなと思ったけどそういうことなのねとニーアは納得した。
シンイチは隣で聞いていて、よくある転生ものラノベだったらチートで無双できるはずなんだけどな、、アイちゃん、いや、ニーアレベルの強さでもダメなんて厳しい世界に来ちゃったな。。。とぼんやりと考えていた。
「まあ、そうは言っても、単純な力だけで凌駕していても、スキルや、戦闘経験、あとは装備にもよるから、単純にレベルが高い方が必ず勝つとは言えないと思うけどな。」
難しい顔で考え込んでいるニーアに対し、アンドレイがフォローしてくれた。シンイチは、なるほど、と黙って頷いている。ニーアもそこは同感だった。特定のモンスターを専門で狩る冒険者もいるが、そればかり相手していると、そのモンスターにはめっぽう強くなるが他のモンスターに対しての攻略はやはり劣ってしまう。ドラゴン狩り専門なんて冒険者パーティもいるくらいだからそこは住み分けというやつだろう。
「ただ、そういった強い冒険者を取り込もうとしている国があって、それが問題だ。下手したら、魔族よりもそっちのほうが厄介かもしれんな。」
アンドレイが顔をしかめる。
ああ、ワシュローン帝国のことか、とセルディス王との話を思い出す。
「王様が言ってた話だね。」
シンイチが代わりに答えてくれた。アンドレイは頷きながら話を続けた。
「そんな状況なので、アイ殿達はくれぐれも取り込まれないように頼むぞ。それと、既に帝国側に取り込まれているSランク冒険者や、高位ランクのパーティもいるだろうから気を付けてくれ。いくら勇者アイとはいえ、駆け出しの冒険者を連れた状態、かつ一人で複数人の相手するのは分が悪いだろうからな。」
「確かにそうね、そういう意味でも早く強くなってもらわないとね。」
そう言って笑いながらニーアはシンイチを見つめた。シンイチは分かっているよと言わんばかりに、ニヤニヤしている。
「そういうセルディス王国はどうなの?いい冒険者を取り込んでいる訳?」
「いや、それはやっていない。セルディス王は、やってほしいみたいだが、俺の判断でな。」
「そうなんですか?王様も容認しているならやればいいじゃないですか。」
「うーん、ただでさえ、セルディス王国は勇者を抱えているからな。そこからさらに強い冒険者も囲い込んでしまうと、他国の警戒心をあおると思ってな。別に戦争をしたいわけじゃないから、そういうのは積極的にやるべきじゃないと思うんだ。」
「なるほどね、確かにそうね。でも高難度の依頼がたくさんあるってことは、強い冒険者が集まってくるんじゃないの?」
「もちろん、冒険者の方から来てくれる分に拒まないけどな、無理に引き留めたりはしないってことさ。」
そう言ってアンドレイは笑顔を浮かべる。
その後も、この世界の今の情勢に関する情報をいろいろと入手して、ギルドを後にした。
「ギルマスのアンドレイさん、いい人だったね。」
帰り道にシンイチがアンドレイとの会話を思い出しながら言った。
「そうね、優しくて強くて、考え方も先まで見据えていて尊敬できる人よね。」
「昔は冒険者だったんでしょ?」
「そうよ、現役時代は私も知らないけど、聞いた話で、はAランク冒険者だったときにセルディス王都がモンスターの群れに襲われたときに先頭に立って戦って守り抜いたらしいわよ。それだけじゃないだろうけど、いろんな功績が評価されてギルマスに選ばれたらしいわ。」
「ふーん、ギルマスって冒険者から慣れるのか。校長先生みたいなもんかな。学校の先生が偉くなると教頭先生、校長先生ってなっていくでしょ?」
「う、うーん。まあ、そうかしらね、、、」
余りそんなことを考えたこともなかったが、言われてみると、冒険者の指導をしたりもするし、先ほどのシンイチの冒険者試験をしてくれた試験官もまさにギルマスへの出世に向けた過程の途中と言えるかもしれない。
「学校の先生だとしたら、体育の先生ね、体格的に。」
「確かに、でも体育の先生が校長先生になれるのかな?」
うーむ、また微妙なことを言い出したな。確かにあまり聞いたことはないが、絶対ないとも言い切れないだろう。
「ま、まあ、そんな細かいことはいいのよ。それよりも問題は聞いた話の内容よね。」
誰に似たのかシンイチは意外と変なところで理屈っぽい、ニーアは何とか話をはぐらかした。
ギルマスから聞いた情報で明らかになったのは、ニーアが眠っていた2か月の間に、強さのインフレが急激に進んでおり、勇者だったニーアの強さは中の上、あるいは上の下あたりの位置づけになっているようだ。やっとのことで頂点を極めたと思ったのに世知辛い世の中である。
きっかけはやはり魔王討伐による混沌とした世の中が原因とのことだ。それにより、半強制的に戦いの場が増え、冒険者の経験が増したという話だが本当だろうか。冒険者がレベルアップで強くなると魔族であっても弱くなるので、得られる経験値は少なくなるのが普通のはず。そうすると冒険者のレベルは上がりにくくなるはずなのだが、2か月でLvを50も上げた冒険者がいることを考えるとLvが上がりにくくなっているようには思えない。(魔王討伐前はLv99がMaxだったので、Lv150のSSランク冒険者はわずか2か月で50以上アップしている)
自分が相対的に弱くなっていると思うと少し落ち込みもしたが、考え方を変えるとちょうどいいのかもしれない、とニーアは考えた。
魔王という絶対的存在がいなくなったことで、最大の脅威は取り除かれている。こっちの世界に戻って来て何か使命がある訳でもないので、セルディス国王にも言った通り、修行して強くなりながらスローライフを満喫するのもいいのかもしれない。そもそも、シンイチもいることだし無茶はできないというのもあった。いやいや、でも魔族の残党が攻めてくるって話だから、シンイチも含めて急きある程度の強さにはなっておく必要があるのか。
そんな逡巡をしつつ、すぐに武器・防具屋に向かった。シンイチの装備一式を揃えるためである。昨日城で着替えた際にはシンイチ用にはとりあえずの装備をつけていた。ニーアが所持している武器防具はダンジョンの宝箱から出たものや、高位のボスからドロップしたものなど希少なものばかりで装備するにはレベルが高くないと難しく、シンイチがすぐに使えそうなものはなかった。そのため、駆け出し冒険者でも扱うことができるそれなりの性能を持つ装備を町の武器・防具屋でそろえることにしたのだった。
幸い、勇者時代の貯金が十分にあったので、お金には困らない。勇者パーティの時は個人個人でお財布を管理していて、クエストの報奨金なんかもしっかりと等分だった。一般的には前衛が割に合わないということで取り分を多く貰うことも有るようだが、勇者パーティの皆は大人だったというか、お金の分配でもめることはなかった(前衛で頑張っていた一人はお金に興味がなかったというのもあるだろう)。ニーア自身も前衛を任されることが多かったが特に不満もなかった。性能が高い装備は金額も張るうえ、使用する者が一定のレベルに達していないと使いこなせないことが多い。
「意外と重くなくて動きやすいね、この装備。」
店に入るやいなや、槍、盾、鎧、と早速お試しで初心者向けの装備したシンイチは満足そうに言った。盾は腕に固定する小型のバックラータイプのものをチョイスした。重さを感じなくて不自由なく動けるということなので適切なレベルの範囲内ということである。腕に固定されているということであれば槍使いでも盾を生かした戦いができるだろう。
中級冒険者向けものも試したが、盾を付けた時点で重さに耐えきれず動けなくなっていたので、まだレベル不足ということだ。初心者セットを購入し、店を後にした。暫くはこれでレベルアップに勤しむ日々となるのであろう。
満足そうなシンイチの顔を見るとニーアもいい買い物だったと思えるのであった。