第六話 冒険者ギルド
模擬戦の終了後、戦闘内容の反省会も兼ね、騎士団メンバーとしばらく談笑する。話を終えたあと、藍は勇者の格好から冒険者スタイルに衣替えをすることにした。
先ほどのセルディス国王との約束に従い、勇者だと身バレしないように対策をするためである。慎一は体の一部を覆うような軽鎧を選んだのに対し、藍は全身鎧で、頭はフルフェイスの兜をかぶり顔はほとんど見えない。目の部分が少し開いている程度で顔の輪郭は分からないという格好になった。
これなら勇者とばれることもないだろう。
藍のこの装備は勇者パーティを結成する前にソロで活動していた時のもので、当時はまだ冒険者として生きていくことに不安があったため、なるべくか弱い女子とばれないように顔を隠し、いかつい鎧で威圧感を出す恰好をしていたのだった(とはいえ、体格的にきゃしゃなのはばればれだった気もするが、、)。
さらに勇者アイの時は黒髪だったが、魔法で髪の色を変え金髪にした。この状態であれば、万が一フルフェイスの兜が取れたとしても、すぐに勇者と顔ばれすることはないだろう。
このスタイルの時の名前は冒険者時代と同じくニーア・ハートと名乗るとセルディス王と話をしている。この名前の由来は、自分の本名の新幡藍の苗字と名前の頭文字をとってつなげ、幡の音からハートにしたという単純な名前である。
今思えば、ファミリーネームがハートとかめちゃめちゃ恥ずかしい奴じゃんと思わないこともないが、幸いこの世界の冒険者はファミリーネームを名乗る機会はめったにないのでそれほど問題ではない。
セルディス国王の話では、この町のギルマスに自分の正体を隠して活動できるよう話を通してくれるとのことだったので、この名前のままスムーズな旅の開始ができるはずである。
皆に挨拶をして、城をあとにする。冒険者ギルドに行く予定だったが、模擬戦でかなりの時間を費やしてしまったため既に夜になっていた。冒険者ギルドは明日ということにして、その足で王都内の通い慣れた高級宿に向かった。
サーシャ王女から、城に泊まっていればいいのにと勧められたが、一介の冒険者が王城通いはおかしいだろうということで、身バレしないためにも早々に城から立ち去るべきだと考えた。王都で1,2を争う高級宿のため、ベッドの眠りごごちも王宮のそれとも劣らなかった。
次の日の朝、まだ眠いよと布団の中でもぞもぞしている慎一をたたき起こし、冒険者登録のためギルドに向かった。
「今日から藍じゃなくてニーアと呼んでよ。分かった?」
「んー、分かったけど、慣れるまで大変そうだね。」
ギルドに向かう間に事前にニーアという呼び方を浸透させておく。
道中の街の景観も、普段住んでいる日本の住宅街とは異なり、中世の西洋の街並みに近く、ニーアとしては久々に戻ってきたなという懐かしい気分であった。魔王の襲撃が激しかったころは建物の損壊が激しかったものだが、今はどの建物もきれいである。慎一は異世界の雰囲気に興奮気味で、先ほどまで眠そうにベッドから起き上がるのを嫌がっていたのが嘘のように周りをきょろきょろ見渡している。昨日、城から出たときは既に周りも暗くなっていて、町の建物の外観もよく見えていなかったため、慎一にとって町の外観を眺めるのはこれが初めてであった。
歩いて5分もしないうちに噴水がある大広場に出た。噴水に面した大きな建物が冒険者ギルドである。
冒険者ギルドの扉を開けると、吹き抜けのホールが広がっている。高級ホテルのレセプションを思わせるような落ち着いた雰囲気が懐かしいと、藍は感慨にふけっていた。ホテルのレセプションと異なるのは、ロビーがいかつい冒険者たちであふれているところだろう。
もっとも、王都直下のギルドなので高級感のある雰囲気だが、少し地方の町になると一気にやさぐれた感が増してくる。
カウンターに立つと受付の女性が話しかけてくる。
「お久しぶりです、ニーアさん。エミーです、覚えていますか。」
おっと、「冒険者ニーア」で活動していたのは数年前だったはず、それなのに名前を覚えていてくれたようだ、少しうれしくなるとともに仕事熱心ぶりに感心してしまう。全身鎧で顔も分からないのによく覚えているな、フルフェイス兜の人って感じで覚えているのだろうか。。ニーアの頭にそんな考えまで思い浮かんだ。
「ええ、もちろん覚えているわエミー、久しぶり。」
ちょっとだけ嘘をついた。
「今日はどういったご用件でしょうか、クエストを受注しますか?」
「それもあるのだけど、まずはこの子を冒険者登録したいの。」
と慎一を前に押し出す。
「あら、かわいい子ね、年はいくつ?」
「12歳、いや、14歳です。」
慎一は子供扱いされてちょっと不満そうである。しかし、エミーは年齢的にはもう少し上、20前後といったところに見えるため、年下扱いは仕方がない。
「じゃあ、こちらの用紙に必要事項記載して下さいね。」
渡された紙を見て困惑する慎一にニーアがすぐに助け船を出した。
「大丈夫、日本語で書けばちゃんと伝わるわよ。」
そう伝えてあげると、安心して書き始めた。どういう仕組みかわからないが、自動的にこっちの言語で記載されている。翻訳スキルのようなものがあるのだろうと特に深くは考えないことにしている。登録名はそのままシンイチとしたようだ。ファミリーネームはハートよと、耳打ちしてやるといぶかしげな顔をしながらも素直に従って書いてくれた。
「では、適性試験がありますのでそちらでお待ちください、今、試験官を呼んできます。試験官との実戦形式の模擬戦での実技試験となりますが、負けたからと言ってすぐ不合格という訳ではありませんので心配しないでくださいね。」
そういってエミーはバックヤードに消えていった。
「うーん、大丈夫かな。やっぱり急に不安になってきたよ。」
「大丈夫、大丈夫。昨日やった特訓を思い出してやれば問題ないって。」
不安そうなシンイチを励ましてやる。現実世界でもろくにケンカもしない優しい子だったから仕方ないか、そう思いつつも、ここはなんとか頑張ってもらうしかない。
シンイチは頼りない笑顔を浮かべうなずき、ギルドの建物に併設されている闘技場に移動していった。ニーアは闘技場の観客席に座って観戦となった。
数分して、試験官のギルド職員が現れた。筋肉粒々で身長180㎝以上はあるだろうか。当然ながら、元冒険者である。
「獲物は何にする?好きなものを使え。」
試験官がシンイチに問いかける。
「槍でお願いします。」
「ほう、冒険者登録の適性試験の受験者で槍とは珍しいな。ほらよ。」
そう言ってシンイチに投げ渡した。そして闘技場の中央で対峙する。
「よし、いつでもいいぞ。」
試験官のその声が開始の合図となった。
奇襲とばかりにシンイチがいきなり動いた。突きからの薙ぎと基本の槍技を中心に攻撃する。昨日の、一夜漬けならぬ一日漬けの割に様になっているように見えた。とはいえ相手の試験官は元Bランク冒険者、難なくさばいている。
「なかなかいい攻撃だ。」
と言いつつ余裕の表情。試験官がシンイチの攻撃を捌きつつ、徐々に剣の速度を上げ反撃を加えていく。試験官の攻撃は軽く振っているように見えて一撃、一撃が重く、次第にシンイチは防戦一方になっていく、耐えきれずついには体勢を崩して膝をついた。観客の皆がここまでかと思った瞬間、振り下ろされた剣撃を躱し、スキル「ヴォールト・ムーンサルト」がさく裂した。試験官は防御が間に合わず体勢を変えて頭部への直撃を避けるので精いっぱいだった。なんとか打点をずらし肩で攻撃を受けた。当然、レベル差もあるため、ダメージはほとんどないが、一本取った形である。
「おお、やるな。」
少ないながらいた観客もどよめいている。
「全く、昨日ので味をしめたわね。」
ニーアは苦笑いを浮かべた。下手に温存して使わずに不合格になるよりはましなので、行けると思った技に頼るのは全然OKである。
試験官も動揺を隠せない。そのあとも全体的に押されつつも、粗削りながら随所で二段突きなどの基本スキルを繰り出し、有効打も何本かとれているようだった。もちろん、試験官の攻撃をすべていなすことはできず、やられている部分はあるが。。
試験官も警戒して少し攻撃が慎重になったということも有るかもしれない。
ニーアとしても特訓の成果が出ているようで安心してみることができた。
「よし、ここまでだ。」
試験官が声をかける。
「シンイチだっけか、俺的には問題なく合格だ、受付で待ってな。」
そういって、ギルド建物に戻っていった。
「よかったね、合格だって。」
早速、お祝いの言葉をかけてあげた。かなり疲れたようで、ぼーっとしている。まだあまり実感がないようだ。見知らぬ人との初めての対人戦だったので無理もないか。
「じゃあギルドのロビーに戻って少し休憩しよう。」
そういって移動を促した。
受付の近くの椅子に腰を掛け、呼ばれるのを待った。暫くして名前を呼ばれ、カウンターに向かった。
「シンイチさん、おめでとうございます!すでに分かっていたかもしれませんが、無事合格です。しかも特例でいきなりDランク冒険者からスタートできますよ。」
そういってまぶしいほどの笑顔でライセンス証を差し出した。その後ろから先ほどの試験官が現れた。
「よかったなシンイチ。俺がギルマスに直訴してDランク冒険者にしておいてやったぞ。近年まれにみる有望な逸材だからな、お前ならまじめにやればすぐにCランク、Bランクと上がっていけるだろう。」
その言葉を聞いてシンイチの顔に笑顔が広がった。
「適正ジョブを調べることができますがいかがいたしますか。」
試験官が立ち去った後、受付のエミーが尋ねてきた。
ギルドではその人に適したジョブを調べることができる。ジョブとはその名称の通り職業を意味していて、職に就くと、その職のスキルを覚えやすくなる。
例えばニーアでいうと、最初は魔法剣士であったため、魔法剣のスキルを覚えることが可能であった。
「異世界ものでよくあるやつだね。」
とシンイチは喜んでいる。ニーアは知らなかったが、どうやらその手のお話ではテンプレの展開らしい。
せっかくだからと適正職を調べてもらうことにした。
「こちらに手をかざしてください。」
エミーに言われるがままに調査用の魔道具に手をかざした。異世界もののラノベだと凄い職業とかチート能力が発現するのがパターンらしい。シンイチはどうだろうか、加護とか凄かったからもしかすると、、、とその光景を眺めながらニーアは思った。魔道具が光り、結果が出た。
「あらっ、パラディン、暗黒騎士、ランスマスター、魔導士、トリエレメントマスター、、、、まだ新米冒険者なのにこんなに上級職が出るなんて、、信じられません!」
エミーが驚きと羨望のまなざしでシンイチを見つめる。
魔道具が破壊されない、と訳の分からない不満を述べていたシンイチもその結果を聞いてまんざらではなさそうだった。
あ、やっぱりそういう展開なのね、あの加護の付きかたならばそうなるかー。とニーアは心の中でつぶやいた。だが、残念ながら、レベルが低いのですぐに無双することは難しいだろう。
それにしても、聞いたことがない職業がちらほらあるな。横からのぞき聞いていたニーアも興味を持った。
ちなみにニーア自身の職業鑑定時は、最初から適正ありと出ていた上級職は、パラディン、ソードマスターと魔法剣士の3つだった。今は1stジョブがデュアルマスタ~(デュアルは剣と魔法両方という意味らしい)、2ndジョブはソードダンサーとなっている。最初は適性がなくてもその後の訓練や経験次第で適正職が増えることがある。シンイチの希望で1st ジョブはパラディン、2ndジョブはニーアの勧めでトリエレメントマスターとしてもらった。直ぐにジョブを決める必要はなかったのだが、早めに決めておいた方がその職に適したステータスの成長が早くなるため選定を早く済ませるのが一般的である。
「早速、クエストを受注されますか?最近、クエストの依頼が多くて、冒険者の需要がひっ迫しているのです。できれば簡単なものでも引き受けてもらって消化してくれると助かります。」
「そっか、いいよ。ところで、複数のクエストを同時に受注することも可能なんだっけ?」
エミーの案内に、ニーアが聞き返す。
「はい、可能ですが、期限内に達成できなかったらペナルティがあるのであまりお勧めはしませんけど。。。」
「ああ、分かっているわ。いいの、いいの、大丈夫よ。」
私を誰だと思っているのよ、勇者よ。と心の中で思いながらクエストが張られた掲示板を眺める。あくまでシンイチの訓練用のクエストを見繕っているので、いざ時間が足りなくなったら、私がササっとクリアしてしまえばよい。
「ニーアさんはご存じかと思いますが、、ソロなら現時点のランクと同じランクのクエストまで、パーティでの受注ならパーティ内の一番低いランクの方から一つ上のクエストまでが受注可能です。」
念のためとエミーが説明してくれたので助かった。そんなシステムだったわね、とニーアもなんとなく思い出してきた。私たちの場合、シンイチがDランク冒険者だから、シンイチのソロなら同じDランククエストまで、二人でパーティを組めばCランククエストまで受けられるというわけだ。
掲示板を眺めていると、高難度クエストの依頼が張られているエリアに目が留まった。
難易度SS「魔族退治」、
難易度SS「魔族支配の村の解放」、
難易度S「魔物の群れ(魔族込み)からの村の護衛」、etc..
基本的に魔族がらみは難度S以上らしい。それにしても、、、高難易クエストの依頼量がとてつもなく多い。
そんなに高ランク冒険者っているのだっけ?確か、昔は、私たち勇者パーティを除いて、Sランクが全世界に3人、Aランク冒険者も各国に数名程度だったはず。SランククエストってことはAランク冒険者でパーティを組んでいないと達成は難しいはず。
「ねえ、高難易度クエストってこんなにたくさんあるけど捌けるの?」
どうしても気になったニーアは、カウンターにいるエミーに尋ねた。
「はい、一応は。最近は強い冒険者さんが増えましたから。もちろん、強い冒険者さんが増えたとはいえ、依頼も多いのでなかなか解決できていない依頼があるのも事実ですが。」
そういった最中、カウンター奥の扉が開いた。
「その点については私から説明させてくれ、少し別室で話ができないだろうか、ニーア殿。」
そういって出てきたのはギルドマスターのアンドレイだった。