第四十九話 帰還と検証
「戻ってきたのか。」
朝一番に目が覚めた多佳棋は、夢からさめたような気分だった。枕元に置いていたスマホを手に取りカレンダーを見ると土曜日の朝8時である。確かに最後に寝た日から一日しか経っていない。夢だったのではと思うのも無理はないと感じるが、右手の人差し指にはまっている指輪を見ると、向こうでニーア、いや、藍の説明を聞いた通りで、実際にこの身で体験した現実のことなのだろう。ふと、現実とは?とひどく曖昧なもののように感じられた。
ふと、自分だけ戻ってきて子供たちは戻ってこないのでは、という別の不安が襲ってきた。藍と慎一をゆすって起こしてみる。
ううーん、と声を上げて二人とも目を覚ましたので、ほっと一安心した。
「起こして済まないな、ちょっと心配になって。」
「別にいいわよ。あれ、戻ってきたのか、それで心配になったってことね。ちょうどそれくらいの期間が経っていたのね。」
藍が寝ぼけた声ながらも父親の心情をしっかりと理解しているようだ。
三人とも起床し、誰と言うもなくリビングに集まった。
「まさか、毎週あんなことになっているなんてな。。正直、いまだに信じられないくらいだよ。」
「とは言っても、まだ、ここ1か月くらいよ」
「全くの別世界で冒険って感じがして楽しいよね。」
「とは言っても、向こうで怪我をしたらこちらに戻ってきたときに影響が残っているんだろう、楽しいだけでは済まない問題だ。行かなくて済むような方法はないのか?」
「残念ながら駄目ね、この指輪が光り始めたら向こうの世界に行く合図っぽくて、今のところ、いつも金曜日には光り始めるわね。」
ニーアが自分の指にはまっている輝きを失った指輪を見せる。多佳棋も向こうの世界を体験したことで指輪を認識できるようになっていた。
「でも、僕の指輪はまだ一回も光ってないんだよね。」
「そうね、そういう意味では最悪私一人だけ行くってこともできるかもね。どうやら手をつないで寝ていると一緒に連れて行けるみたいだから。」
「それはいかんだろう、知ってしまったからにはパパとしては娘一人をあんな危険な世界に行かせるわけにはいかないな。」
「たとえ、自分が足手まといになっても?」
「うぐっ、それを言うか。。だが、ああ、そうだ。」
痛いところをつかれたが、それでも一緒に行くという点は譲れない多佳棋だった。
「まあ、心配してくれるのはうれしいし、元々私が巻き込んだわけだから、今さら来ないでとは言わないわよ。」
藍のその言葉を聞いてほっとする多佳棋であった。
「しかし、かなり厳しい状況での帰還となったな。次は一週間後なのか?」
「そうね、それまでにどうするか考えておかないと。」
「色々考える時間ができるという点は良いことだな。」
「ああ、そうだ。多佳棋、現実世界でもレベルが上がるんだよ。」
慎一が思い出したように言った。
「お、マジか、それはいいな。どうやったら上がるんだ?」
「うーんそれはよくわかっていないんだよね。。でも、何か運動とかでいい結果や記録を出した時に上がることが多かったような感じ。」
「なるほど、運動か。時間があればテニスの草トーに出も出るんだが、来週金曜までとなるとちょっと厳しいな。。」
多佳棋は趣味でテニスをしており、会社の実業団や草トーナメントと言われる大会に出ていた。最近は、少し仕事でテニスの回数が減っており復活させたいと考えていたところだった。
「まあ、1週間で出来ることはたかが知れているわよ。結局、継続してやっていくことが大事かなって思った。」
そんな考えに耽っている多佳棋に藍はバッサリと切り捨て、話題を変えた。
「そうだ、ところでさ、ステータスオープンって言ってみてよ。」
「ん、了解、ステータスオープン。」
「おおっ、凄いな!元の世界に戻ってからでも見れるのか。ってあれ?」
「弱くなっているでしょ?私もよ、約10分の1くらい。」
「うーんそうだな。このかっこの中が向こうでの強さってことか。レベル38がレベル3ってことか。確かに10分の1だなあ。」
「えっ、38ってどういうこと?」
「いや、レベル3の横にかっこ書きで書いているだろ。」
「そんなの、あったかな。ステータスオープン」
藍は慌てて自分のステータスウィンドウを開く。やはり「レベル11」以外の記載は見当たらない。
「あれー、やっぱ私のステータスにはそんなこと書いてないよ。他にどんなことが書いてある?」
「そうだな、普通にHP,MPとか、力、速さ、守り、魔力、精神かな。この辺は全部かっこ書きで数字がついているな。あとは、スキルか。ああ、これのせいかな。鑑定スキル。」
藍の方を向いてそう話しかけたとたんタカキの視界の中にいるアイの頭上にウインドウが浮かび上がった。
「おお、凄いな、藍ちゃんのステータスも見えるぞ。」
「ええっ、嘘!?」
「いや、本当だよ。うーん、やっぱ強いなぁ、Lv110か、勇者といわれるだけはある。向こうの世界では逆に鑑定しても見えなかったから初めて藍ちゃんのステータスを知ったよ。」
「そっか、向こうの世界だと認識阻害スキルが発動しているけど現実世界だとレベルが低いからそのスキルが発動しないのね。それにしても、向こうの世界でのレベルまで見えるなんてひどい話ね。仕様のバグじゃないかしら。」
憤る藍であったが、慎一は逆にテンションが上がったようだ。
「へー、それはすごいね!僕も見てみてよ。」
「よし、いいぞ、鑑定。」
タカキがそう言うとやはりステータスウィンドウが浮かび上がってきた。
「おお慎一はレベル66か、かなり強くなったようだな。こっちの世界ではレベル6だけどな。」
「昨日の夜、宿で確認したから合ってるよ。いいなあ、現実の世界でもスキルが使えるなんて。」
「藍も慎一もこっちじゃ何も使えないのか?」
「うん、ステータスウィンドウ上ではグレーアウトされているんだよ。多分MPが足りないってことだと思うのだけど。」
「うん、なるほど、確かにMPが2減っているな、鑑定は消費MPが1のようだ。だからこっちの世界でも使えるのか。」
「他のスキルは向こうの世界よりも消費MPが増えて使いにくくなっているんだよ、レベルも下がって最大値も下がってるからさらに厳しい状況なんだよね、体術系スキルはまだましだけど魔法系は全然だめだね。消費MPは10倍だよ。」
「そうか、まああんなスキルがこっちの世界で使えたら大変だからな。」
「でも、身体能力はすごく上がっているのよ。」
藍は先日の体育の授業での話をした。
「凄いな!全国レベルなんて。いいじゃないかそれ。一躍スターになれるぞ。」
「いやよ、そんなので有名になっても、なんかインチキじゃないけどフェアじゃない気がするもの。」
「ん、そうだな。そこをちゃんと理解しているならいい。あれ、でも藍ちゃんは身体強化はグレーアウトされていないからこっちでも使えるんじゃない?」
多佳棋は藍の鑑定結果を思い出すように空を見ながら言った。
「うそっ、前はグレーアウトしていたはずだけど。。。そっか、Lvが上がってMPの上限が上がったことで使えるようになったのかな。」
そういって再度自分のステータスを確認する。
「ほんとだ、ぎりぎり、一回だけど使えるみたい。ただでさえ、身体能力上がっているのに、身体強化使ったらどうなるんだろ。」
そういってひきつった笑顔を浮かべた。
「もう、サ〇ヤ人みたいな感じで人間をやめているレベルって言ってもいいんじゃない。」
慎一がからかった。藍は怒った顔をしている。
「ちゃんと試してみて自分の力を把握しておいたほうがよさそうだな。」
多佳棋の提案により、朝食の後、家の裏にある神社に向かい実験をすることになった。普段、人が全くいないため、隠れて何かを試すにはうってつけの場所である。
「よし、早速やってみろ。」
多佳棋の合図で藍が身体強化を発動する。
「おお、なるほど。体力、攻撃、守備が3倍、早さが1.5倍ってところだな。数字上はまあそれでいいが、実際の強さはどれくらいだ?」
そういって持ってきた木製バットを立てる。それに向かって藍がローキックを放つときれいに折ることができた。
「おお、すごっ!」
慎一も歓声を上げた。防御力も木製バットでのフルスイングに対しても腕で防御すれば、ちょっと痛いくらいで、怪我はしないというかなり強化されているようだった(さすがに頭部で受け止めたりするのは怖いので試してはいない)。但し、針や刃物の攻撃はそのまま通りそうなので、人間を辞めるとこまではいっていないようである。
「プロの格闘家並みだな、こんな女子中学生はいないな。」
その後いろいろと試したところ、身体強化スキルの強化度合いは2段階で調整ができた、成人男性並みの強化だと15分、プロ格闘家並みに強化する場合の持続時間は3分といったところだった。MP回復速度は消費したMPの半分を回復するのに約30分かかっていたので、1時間のクールタイムといったところだろう。持続時間や強化度合いを調整できる究極系ともいえるスキルであるマイティストレングスが、ニーアが得意とするものであることを考えると、藍が現実世界で使用できるスキルが身体強化というのも何か因果関係があるのかもしれない。
「いいなあ、身体強化。僕には何かないの?」
「うーん今のところシンイチが使えそうなスキルはなさそうだな。藍、身体強化をむやみに普段学校で使わないようにな。」
「分かっているわよ、私だって変な目立ち方したくないし。こないだの体育の授業でもうこりごりよ。」
「うん、それでいい。それにしても、身体強化は便利だな。今度俺にも教えてくれよ。」
多佳棋も興味があるらしく藍に懇願する。
「いいわよ、今度向こうに行ったときにね。比較的簡単に覚えられるスキルだと思うし。武器を使って攻撃するスキルの邪魔もしないから誰にでもフィットすると思うわ。でもこっちで使えるようになるとは限らないわよ。」
「ぼくにも、僕にも。」
慎一が焦って懇願する。藍はもちろんよと笑顔で快諾するのだった。
検証を終えて家に戻り、しばしの家族団らんの後、一人になったタカキは改めて向こうの世界について考えを巡らせた。次に行く時にはもっと自分が強くなれるようにしたらどうしたらいいだろう。身体強化魔法の習得にこだわったのもそんな想いからであった。そんなことを考えながら、ネットサーフィンをし、さらに調べ物をするため図書館に行った。銃について調べるためであった。現時点で、すぐに強力な魔法を覚えるというのは無理がある、昨日までに積み重ねた実戦経験からすると、即戦力となりうるのは錬成で製作した銃での戦闘だろうというのが結論だった。単純だがこの世界で強い攻撃力を持つもので、かつ、自身の身体能力に依存しないとなるとそのような答えに辿り着く。より強力な銃を錬成スキルで作るができればもっと楽に戦いを進められるようになるだろう。銃でなくても、飛び道具的な兵器でもいいかもしれない。とにかく、一撃で強敵を倒せる威力をもっていたり、散弾銃のようにワンショットで複数の敵を倒すことができたらよいのでは、といった思い付き程度のふわっとした考えだった。魔法を込めた魔石の弾丸についても、威力を上げるために何か参考とできるものがないかと考えていた。
昼過ぎから出かけ、閉館ギリギリの時間まで粘り、調査をして帰ってきたのであった。なんだか次の週末が待ち遠しくなってくる。月曜日からの仕事の帰りに、向こうで何か役に立ちそうで錬成スキルで作れそうなものの構造を調べておこうと考えていた。
夕食後、お風呂から上がった藍は、テレビを見ながら何か言っている多佳棋の姿が目に入った。
「ふん、力、、、たったの15か、、、ゴミめ。」
どうやらテレビの総合格闘技を見ながら鑑定スキルを使用しているようだ。画面越しでも鑑定が可能らしい。
「何、ニヤニヤしながらテレビに向かってぶつぶつ言ってんのよ、ちょっときもいよ。」
藍が辛辣なことを言う。
「なんだ、藍ちゃんか、ひどいこと言うなよ。すごくないか、画面越しでも鑑定できるんだぜ。ただ、直接見るよりも鑑定の精度が落ちるっぽいけどな。」
「へー、そうなんだそんなことなんでわかったの?」
「シンイチを写真に撮って、その写真に対して鑑定をしたところ、実際のシンイチの値とずれがあったんだ。」
そんな細かい検証をやっていたのかと感心半分、あきれ半分になったが、興味あることに情熱を注ぎ込めるところがパパの強みなのだろう、と藍は思った。まだいろいろと話をしたそうな多佳棋をリビングに残し勉強を始めたのだった。




