第三十九話 体験入部
昼休みの時間になって、隣のクラスの剣道部の重永君を訪ねた。ここでも空手部への体験をお願いしたときと似たような状況となったが、藍は気にせずにことを進めた。こちらも空手部と同様に参加できるか顧問の先生に聞いてもらえることとなった。自分の魔法剣士というジョブを考えると剣道部の方が本命と言える。いや、そもそも魔王討伐を果たした勇者パーティメンバーである自分が今さら中学校の部活動から学ぶことがあるのか、という思いもないわけではない。今の自分から少しでも強くなるために藁にも縋る想いというやつである。
その日の放課後、早速空手部に行き、練習に参加させてもらう。流石にいきなり組手という訳にはいかなかったが、型の練習においても素手で戦う時の相手との間合いなどは勉強になることが多かった。回し蹴りなどの蹴り技も教えてもらったがほぼほぼ使うことはなさそうだ。ダンスのおかげで体が柔らかいためか、レベルが上がっていて身体能力が向上しているせいか上段蹴りがきれいだと褒められた。慎一を連れて来ればよかったと思ったが、さすがに中学の部活に小学生の弟を連れてくるわけにはいかない。
翌日の朝、重永君から剣道部も参加OKという返事をもらったので、その日の放課後は剣道部に顔を出した。中段の構えから面、胴、小手の基本の打ち方などを教えてもらい、打ち込みの練習をする。向こうの世界では(魔法)剣士で活躍していたこともあり、剣速や間合いの取り方などは素人のレベルを超えていた。ただ、剣道では当たったところがピークで打ち止めるイメージに対し、実戦では敵を絶命させるために斬り下ろすのが基本というところが異なり苦労した。
「ちょっと、新幡さん、力入り過ぎよ。」
打ち込みに付き合ってくれた女子部員から何度も指摘を貰った。一通りの打ち込み、素振りの練習をした後、最後に早速試合をさせてもらうこととなった。すぐに普通の女子部員では相手にならなくなり、最終的に相手をしてくれたのは女子部の主将の神崎先輩であった。
一本目は、藍の速さと勢いでとることができた。
「構えや動きは素人そのものなのに、反応速度、踏み込んでくるときの詰めの速さがやばいわね。」
そう呟きながら、二本目はすぐに神崎先輩も対応してくる、あとで聞いた話だが県内でも屈指の剣豪らしく県大会上位の常連のようだ。何でも親が剣道の師範をしているとか。油断したつもりはなかったが、出小手で一本返されてしまった。三本目は、かなりの接戦となった。暫く打ち合いが続いた後、つばぜり合いからの引き技で藍は相手の左手の小手を狙った。しっかり当たっていたと思うのだが、有効打と認められず、逆に相手の返し技がちょっと小手に当たったのが有効打と認められて試合終了となった。悔しさを押し殺しながら礼をして分かれる。見ていた他の女子が寄ってきた。
「新幡さん、凄いわ。あの主将とあそこまで打ち合えるなんて!本当に初心者なの?」
「どうしてあんなに打ち合えるの?ていうか動きがやばいよね。」
「でも、なかなか一本にならないから難しいわね。」
照れ隠ししつつ、藍は首をかしげながら言う。
その輪の中に主将の神崎さんが入ってきて藍に言う。
「新幡さん、あなたの剣は真横とか、斜め下とかちょっとイレギュラーな方向から来ることが多いですね。剣道では、上、または斜め上から打ち込むのが基本ですので、そう言った方向からしっかり打てばすぐに一本になりますよ。あと、相手の左側(自分から見て右側)への攻撃は中学剣道ではほぼ取ってもらえないのです。キレイに当たっていたとしてもその前の入り方、残身など全て揃わないと一本とならないということを覚えておいていただけるとよいと思います。」
そうなんだ、道理でと藍は納得した。
「それにしても、素人とは思えないのだけど何かやっていたの?」
「いやあ、特には何も、はは。」
さすがに異世界で勇者をやって世界を救ってました、とは言えなかったので、笑ってごまかすしかなかった。
「確か陸部のかおりが、熱心に勧誘している子がいるって聞いたけどあなたのことかしら。?」
「かおりさんですか?」
「ああ、安川しおり、陸部のキャプテンよ。」
「あ、はあ、それ私かもしれませんね。。」
「何よそれ、自分でわからないの。」
神崎先輩が笑いながら言った。
水、金を剣道部、火、木を空手部と掛け持ちして稽古をつけてもらった。レベルが10であるためかやはり体の動きは良い。残念なことに、空手部のほうは、結局、型の練習しかさせてもらえなかった。そもそも部活動は寸止めで実際に殴りあうフルコンタクト空手ではないとのことだ。これも剣道に似て、実際にモンスターと戦うときに止めることはないのだろうなと思いつつ、まあ仕方がないだろうと素直に教えを受け入れた。剣道だけに絞ったほうが良かったかなとも思ったが、何もわかっていない中でやってみたことで、空手の基本部分を含め色々と分かったこともあったので全くの無駄だったということはないだろう。正拳突きや回し蹴りなどのいくつかの基本技の練習風景を見て、ものになると思ったらしく空手部の先輩からの勧誘がすごかった。そもそも、女子の格闘技人口は少ないため貴重なのかもしれない。仲村君も
「最初に初心者で急に空手をやりたいと聞いたときはびっくりしたけど、凄くかっこよかったよ。蹴りのセンスもヤバいし、間違いなくもっと強くなるから、これからも空手やろうよ。」
「そ、そうね。ちょっと考えておくわ。」
とりあえずその場しのぎの返事をしてしまった。確かに、しっかり腰を据えて長くやっていけば手ごたえをつかめそうな気もしたが、いかんせんそんな将来的なところではなく、今週末に向けて少しでも力が欲しかっただけなのだ。この目標のずれは解消できそうになかった。当然だがレベルアップはかなわなかった。
一方の剣道部の練習では、金曜日には男子の強い人たちとも試合をさせてもらい、隣のクラスの重永君にも勝利を収めることができた。
剣道の竹刀は柔らかいため、上から振り下ろした時にしなり、相手の竹刀で防がれてもそこからしならせて面をとったりできるのが面白かった。つばぜり合いからの引き面で面白いように一本を取ることができた。向こうの世界の武器でもこれくらいしなるものがあれば同じことができるかもしれない。だが、ここまで柔らかい金属素材はあるだろうか、仮にあったとしても鋳造の技術も課題かもしれない。そんなことを考え始めてしまう自分がいた。
金曜日の練習の後半、顧問の三笠先生が出てきて、かかり稽古をつけてもらった。身長が大きいため、引き面は通用しない。スピードの速さで対抗するが捌くことに専念されるとさすがに一本を取ることはできなかった。剣道五段は伊達じゃない。(あまりにも取れないので最後は、まだ本気出してないし、異世界の10分の1の力だし、と心の中で負け惜しみを言ってしまうほどである。)
練習時間残り30分になろうかという時、不意に聞きなれた声がした。
「やっほー、調子どう?見に来たよー。」
「うわっ、ガチじゃん。」
声がするほうを見ると、真唯と珠莉が窓からのぞいていた。二人とも藍と同じく帰宅部だが、今日は何か残る用事があったようで、どうやら練習が終わるまで待っていてくれるようだ。二人の前で情けない姿はいせられない。奮起して気合を入れなおし、もう一度顧問の先生に挑んだ。
「疲れたー。」
真唯、珠莉と一緒の帰り道に思わずため息が漏れた。
「なんで急に剣道?しかも超ガチだし。」
「どう見ても重永君狙いには見えなかったしねえ、しいて言うなら三笠先生?」
「まだそんなこと言ってるの?だから違うって言ってるじゃない。」
少し怒ったような顔をしていたが言葉には笑いを含んでいた。
「いよいよもって、動機が分からんへんなあ。」
真唯が急に関西弁でしゃべる。
「いつかちゃんと話してくれるんやろね。」
藍は、ちょっと逡巡した後、大きく頷いた。
この一週間の空手部と剣道部での練習、その目的はまだ真唯たちにうまく説明できる自信がない。正直、向こうに行ったときにどこまで役に立つかもわからない。だが、何もしないよりはましと信じたい。とりあえず剣道は来週もお願いすることにした。今週は習い事のダンスをお休みしてしまったが、二週連続では休みたくなかったので水曜日以外は剣道部にお邪魔しようと考えていた。
部活動終了後、他の部員が下校したあと、三笠先生と重永はまだ片付けをして残っていた。
「どうでしたか、新幡さんは?」
重永は顧問の三笠先生に訊ねる、部活に連れてきたものとしての責任だろうか、いや、単なる興味からのものだったのかもしれない。
「彼女の剣は、何と言うか鬼気迫るものを感じるね。剣道というよりは剣術という感じ、より実戦を意識した体裁きのように見える。」
「なるほど、剣術ですか。確かに打ち下ろしとかも力入り過ぎってくらい重いですよね。僕なんかは正直、気圧されてしまいました。」
「私も、おととい試合したのですが、対峙した時に、今まで感じたことのない恐怖のようなものに襲われました。」
いつの間にか女子部部長の神崎道子も話の輪に加わってきた。
「うん、仕方ないと思うよ。あのオーラは相当の修羅場をくぐった人がまとうもののように感じる。中学生であれだけの動きができ、雰囲気を出せるとは信じられん。現役時代、全日本選手権に出ていた時を思い出したよ。いや、あの時もここまでの雰囲気を持った相手がいたかどうか。。。」
「正直、防戦一方だったな、何とか負けなかったというべきか。気を抜いたらやられると思ってね。」
衣笠先生は照れ臭そうに笑いながら言った。その顔を見て重永、神崎は少しほっとした。
「うちに入ってくれれば凄い戦力になりそうですね。」
少し気楽になり軽いトーンで重永が言う。
「ふーむ、神崎との2トップで団体戦の全国も狙えるかもしれんな。まあ、もう一人くらい必要かもしれんが。」
三笠先生が腕を組みながら考え込む。一呼吸おいて、さらに続けた。
「だが、部活には入らんだろうな。目指しているものがなんなのか分からんが、少なくとも部活動での栄光ではないだろう。あの鬼気迫る闘志は。」
少しがっかりしつつもなぜかほっとした神崎であった。




