第三十八話 現実世界への帰還
遠くで雀の鳴き声が聞こえる、朝になったようだ。
いつもの家の布団の感触、のはずだがとても懐かしく思える。隣には慎一が寝ている。無事に現実世界に帰ってきたみたいだ。幸いなことに今回もけがせず帰って来ることができた、本当に素晴らしいことだ。まだ寝ている慎一を残してリビングに移動する。ソファでコーヒーを飲みながらスマホを見ているパパがいる、いつもの日常の風景だ。
「おう、おはよう!今日は早いね。」
「おはよー。早起きで偉いでしょ。」
「ははっ、そうだな。」
相変わらず朝から元気のいい人だ、こっちは低血圧気味で朝は常に調子が出ないってのにと思いながら時計を見た。早いねと言われたものの、すでに8時を過ぎている、平日なら学校に遅刻している時間である。
「なんか疲れた顔しているな、よく寝むれなかったのか?」
寝れなかったどころか厳しい護衛任務と、自分たちを追い込む修行の日々、そして最後にSランクモンスターの討伐だよ、と言ってやろうかと思ったが理解してもらえないことは明白なので黙っている。代わりに、少し甘えてみることにした。
「んー、そんなことないけどまだ眠いかも。眠気覚ましに、コーヒーかお茶ちょうだーい。」
「はいよ。俺ももう一杯飲もうかな。」
そう言うと、ゆっくりと立ち上がり冷蔵庫を開け、麦茶をコップに注いでくれた。大人ぶってコーヒーと言ってみたものの、藍としてはあの苦い味は好きになれない。それも分かった上でパパは麦茶を出してくれるのだ。何気ない動作だが、優しさを感じてうれしくなる。パパはそのままキッチンに残り自分のコーヒーを淹れ始めた。
麦茶を飲みながら昨日(?)のことを思い出す。クラーケンキングとの戦闘の最後で8本足での攻撃を一人でしのぐことができたがあまり実感がなく、スタークにも説明を求められたが、ゾーンオブモレキュラのスキルのことは言い出せずじまいだった。スタークさんの一撃、グランドスマッシュだっけ、凄かったな。あれがSランク冒険者たる所以なのかな。今の自分の中のスキルではあそこまで火力を出せるものはないし、何か自分にも必殺の一撃みたいな切り札が欲しいな、、せめてゾーンオブモレキュラをいつでも自由に発動できるようになればまだいいかもしれない。
ライジングサンのメンバーの怪我は大丈夫だろうか、早く回復してまた共闘できるといいな。。精神的な後遺症だと時間がかかったりするのだろうか。。イップスみたいにならないといいけど。
帝国との戦争が始まったらどうしよう、そもそもなんで帝国は他国に戦争を仕掛けようとしているのかしら。確かセルディス王国だけじゃなく、隣国のシュテイン共和国にもちょっかい出そうとしているって話だったはず。なんか恨みを買っている?国同士のことはよくわからないな。。
ラニキス王国にも魔族がいるとなると何か対策を考えておかないと、、こないだの護衛任務みたいに他の冒険者の手を借りて共闘する? 都合良くライジングサンやビースツガーディアンみたいなAランク冒険者パーティがいるといいけど。。ライジングサンはあんな感じだし、ビースツガーディアンは協力してくれるとも思えないし、って言うかシモンさんの話だと今王都に向かっているって言ってたっけ。そもそも、魔族討伐が旅の目的の一つだったはずだけど、思いの外強かったのよね。。。
特に一つ一つの問いに対する明確な答えが出るわけでもなく、とりとめもなく思いついては消えていくという感じの繰り返しだった。
そんな考えを巡らせているうちに慎一も起きてきた。
「おはよー、藍ちゃん身体は大丈夫?」
「そういう慎一こそ大丈夫?どこもけがはない?あとは気持ち的な部分も含めてだけど。」
「うん、僕は平気だよ、いやあ、それにしてもすごい戦いだったね、、いろいろと。。。」
「そうね、でも、もしも戦争とかになったらもっとひどいことになると思うの。たくさんの人が死んでしまうことになるかもしれない。あんまり無理しなくていいからね。多分手をつないで寝なければ向こうの世界に連れていかれることはないから、次は私だけ行ってもいいし。」
「いやいや、あそこまで関わっておいて今更抜けられないよ。いろんな人との出会いもあったし、そういう人たちを守りたいよ。」
シンイチは真剣な表情で言った。ちょっと気持ちが入り過ぎているかなと感じた藍は、ふぅ、とため息をつく。
「あんた、ゲームのやりすぎじゃない?なんかの主人公みたいなセリフを言っているわよ。まあ、いいけどさ。一緒に連れて私としても助かるからありがたいけど、でもその代わり、前にも言ったけど、絶対無理をしないって約束ね。」
ちょっと力が入りすぎかなと思ったので少しリラックスさせてやった。
「へへ、分かっているって。」
照れ臭そうに笑いながら慎一も頷いた。そしてすぐに何かに気づいたようだ。
「それよりも、俺も少しは戦力になれてるってことを今認めたね。」
「いや、それはちがっ、、」
藍は思わず照れ隠しで否定しようとしたが、すぐに冷静を取りもどした。
「まあ、最初よりはましになったっのは認めるわ。あれだけ特訓してあげたんだから少しは活躍して乗らわないとね。でも、まだスタートラインから少し進んだ程度よ。強い敵にあったらすぐやられちゃうかもしれないんだからあまり調子に乗らないようにね。」
そんな真面目(?)に異世界の話をしているところにパパが急に話に割り込んできた。
「おい、二人とも。久々に魚釣りに行きたいんだけど、来週とかどう、行かない?」
魚釣り(=海)という提案に、Sランクモンスター、クラーケンキングとの戦いが頭によぎり二人はどきっとして、あわてて横に首を振った。今は回転ずしに行くのも遠慮したいくらいだ。
「そっか、そりゃ残念。前はあんなに好きだったのに、こうやって親離れが進んでいくのかね、これが大人になったってことなのか、、、」
しょんぼりして去っていくパパの後ろ姿は心なしかさみしそうであった。
藍は心の中でごめんねと謝る、タイミングが悪いだけなんだけどね。。
午後になってシンイチが友達と遊びに行ったので、藍は一人、散歩に出かける。家の裏にある山を登っていく。ここは上に神社があり、大晦日の時などはそこそこ人でにぎわうものの、普段はほとんど人がいない。100段くらいの階段を一気に登り切ったがそれほど息も切れていない。落ちていた木の枝を拾いあげる、向こうの世界で使ってた片手剣と比べると重さは少し軽いが、長さはちょうど同じくらいである。
その木の棒を振り回す。周りの大きな木の幹に打ち込んでみる。昨日まで戦っていたこともあり感覚は悪くない、ただし体は重く動きはイメージするものよりもかなり遅い。これがレベル差だろうかと残念な気持ちになった。それでも5分ほど続けすぐにへとへとになった。
「これ、他の人に見られたら完全に中二病っぽく見えるわよね。。」
息を切らしながらそんなことをつぶやき、辺りを気にしてみたが誰もいない。
ほっとしつつ、もうちょっとだけと再び木の枝を振り始める、今度は木の幹に打ち込むことはせずにただの素振りである。こちらはあまりあまりしっくりこなかった。
「やっぱりもう少しその道の人からの指導が必要かもしれないわね。」
そもそも今まで独学で剣を振ってきたが、それが正しいかもわからいままにモンスターを倒してきた。倒せているのであまり気にしてこなかったが、これからの戦いでより強い敵と戦う時にはもっと剣術と向き合うべきかもしれない。素振りを終え、呼吸を整える。
木の枝を、落ちていた辺りに投げ、再び階段を降りて行った。
月曜日、登校後、昨日考えていたことを行動に移した。
空手部の仲村君のところに話に行く。さわやかイケメンで誰とでもすぐに仲良くなる人種、クラスの人気者、いわゆるジョックというやつで私の苦手なタイプである。
クラスのヒエラルキートップのギャル連中を刺激しなければいいけどと思いつつも、頼れそうなパスはここしかないので背に腹は代えられない。
「あの、仲村くんちょっといいかしら。」
声をかけると中村君を囲んでいた周りの男子がざわつき始め、遠くの席でギャル連中も目を光らせている、ような気がした。。噂では、クラスの女王と言われている、河井さんの側近、花柳さんと付き合っているという噂だ。
「え、何?新幡さんが声をかけてくれるなんて珍しい、うれしいなあ。」
周りの男子が「モテモテだな」、「浮気か?」などとはやし立てている。
それらを無視して教室の隅へ連れていき、空手部の練習に参加させてほしいこと、できれば実践的な練習をしたいということをお願いした。最初は困ったような様な表情を浮かべていたが、藍の真剣な顔を見て主将にお願いしてもらえることとなった。
「無理言ってごめんね、ありがとう。」
「ああ、でも先生や主将に聞いてみるという段階までで、できるという約束はまだできないけどね。」
自席に戻ると真唯、珠莉が興味津々という感じで寄ってきた。クラスのみんなの視線を感じるようで嫌な雰囲気である。藍はなんだか悪いことが起きそうな予感がした。
「ね、ね。何話していたの?デートの約束?いつからそんな関係なの?」
真唯が持ち前の突破力(?)を生かしてぐいぐいと聞いてくる。
「藍って、仲村君みたいのがタイプだったんだー、ちょっと意外だね。でも仲村君って花柳さんと付き合っているんじゃなかったっけ?」
珠莉も身を乗り出して聞いてきた。
「違うよ、ちょっと部活の体験入部みたいなことをさせてもらえないかと思ってお願いしてきたの。」
他の人にも聞こえるよう少し大きめの声でアピールする。花柳さんにも聞こえているといいけど、とひそかに祈った。
「えー、ほんとにー?怪しいな。仲村君って空手部だよね?なんで急に、空手なの?」
真唯は信じられない、といった表情を浮かべている。色々あるのよと藍は説明するが納得してくれたかは微妙である。
「じゃあ、仲村君は違うとして、藍はどんな感じの人がいいと思うの?」
珠里がすかさず話を戻し、さらにつっこんだ質問をしてくる。うーん、あまり考えたことがなかった、、とりあえず当たり障りのない答えをと思い、
「そうね、うちのパパみたいな人かな。」
「うわっ、出たファザコン!」
「やっぱ藍はそんな感じだよねー!」
二人とも大笑いをしている。そんなに変かなとちょっとムッとして、もういいよとふてくされて見せた。
「藍ってば、ごめんごめん。もう言わないから。それはそうと、お泊り会だけど、再来週の金曜日に決まったからよろしくね。」
真唯が急に話題を変える。
「うん、わかった。多分大丈夫だと思うけど念のため親に確認するね。珠莉の家でいいのよね?」
「いいわよ、うちはもう了解が取れているから。」
珠莉の答えに藍もうなずいた。
「おーい、川崎、海下、早く自分たちの席に戻りなさい。」
いつの間にか先生が入ってきていた。珠莉と真唯は慌てて自分の席に戻っていった。




