第三十五話 勝ち筋
三時間以上膠着状態が続いていた。クラーケンキングの破損した脚の回復が遅くなっている、あるいはダメージを受けた本体の欠損部分が目立つようになっていたりと徐々にダメージが蓄積していっているように見える。
「かなり時間がたったけどだいぶ弱ってきたように見えるわね。」
そう言いながらもニーア自身、魔法剣技スキルエンハンスドエアスラッシュを多用してきたため、かなり疲労がたまっていた。実際、スキル使用による体力消費と敵に与えるダメージ量が割に合わないと判断し、この30分くらいは魔法剣スキルの使用を控えていた。
「隙を見て離脱する予定だったが思いのほか長引いている。ここまで来ると倒せるのかもしれないと少し欲が出てくるね。だが、我々の消耗も大きいし、何より魔法攻撃メンバがそろそろきついかもしれないな。」
スタークはそう言って、ダミアンを見る。普段ではあまり見ることができない必死の形相を浮かべて応戦している。こちらから大丈夫かと聞けば、彼の性格上問題ないというに決まっている。
その間もずっとクラーケンキングの攻撃は続き、物理攻撃組の3人は必死にしのぎ続けていたが、ついにその防御にほころびが出た。
「しまった!」
疲労による反応の遅れで一瞬の隙ができ、ユータが1本の脚をしとめ損なった。その脚の攻撃がロザーティアに向かった。
「危ない!」
シンイチが魔法の発動を途中でやめ、とっさにロザーティアの間に入り盾で防御する。触手での攻撃自体は防ぐことができたが、勢いよく吹きとばされ船のへりに体を打ちつけた。その間にユータが追いついて脚を始末した。
「いってぇ―。」
海に落ちなくてよかったと思いながら立ちあがる。
「シンイチ、大丈夫!?」
ニーアが心配してくれているようだ、シンイチは片手を振り問題ないことをアピールする。それを見てロザ―ティアがほっとしている。
「シンイチ!僕のせいでごめん!」
ユータが謝りながら元のポジションに戻っていく、しかし足取りが重そうだ。
「まずいね、このままじゃあジリ貧だ。」
スタークが顔をしかめる。
「かなりダメージを与えているように見えるけど、まだまだなのかしらね?」
必死に脚を捌きながらニーアが尋ねる。
「ああ、そうだね。半分以上は削っていると思いたいところだが。。。」
そう言っている間に魔法部隊のメンバにも異常をきたしてきた。まずはロザーティアが片膝をついた。ダミアンも苦しそうにしている。3人同時に魔法を打ち込むはずが、意図的ではなくタイミングが大きくずれてきている。
「くそっ!体調が万全ならまだまだいけるんだが、、情けねぇ!」
ダミアンが悔しそうに吐き捨てる。
「これでも精一杯なのですが、わたしもタイミングが遅れてすみません!」
ロザーティアが大声で謝る。
「大丈夫、大丈夫。もう一度合わせましょう。僕も少しペースを落としてお二人に合わせます。」
魔法部隊はシンイチが何とか立て直そうとしている。
「ダミアンさん大丈夫ですか?マジックポーションは要ります?」
そう言ってマジックポーションを投げ渡す。
「一回は頑張りますので、ゆっくり飲んでください。」
そう言ってシンイチは2つの魔法を発動する。ロザーティアの魔法と合わせて足を二本破壊しつつ本体にもダメージを与えた。先ほどのダミアンのやっていたことを見よう見まねでやってみたという感じだ。全く動じとはいかないが2発目が遅れたことでロザーティアの魔法の後に本体に当てることができた。
「やるなシンイチ。よっしゃ、これ二本とももらうぞ。少し急がないといよいよヤバそうだな。」
そう言ってダミアンは、マジックポーションを二本飲みほした。
「よし復活、嬢ちゃん俺とシンイチで防御の二本脚は何とかする。その間に、船の操縦室に行ってこの場から離れる方向に向かってくれ。とりあえず、目的地と逆の方向でもいい!」
「分かりました。」
そう言って、ロザ―ティアは船室の方へ姿を消した。
「ようし、シンイチ、ここから少し二人で踏ん張るぞ。さっきの要領でダブルキャストしてくれ。完璧じゃなくても、、多少タイミングがずれてても問題はない。」
「はい、わかりました。」
そう言って、シンイチとダミアンが二人で4発分の魔法を同時に放ち始めた。これにより本体に命中する攻撃が2発に増える。
「おいおい、あいつらここに来て火力を上げ始めたぞ。今まで出し惜しみしていたのか?」
スタークは不満そうにダミアンの方を見た。
「ん、いや、、ロザ―ティア嬢がいないな。二人で無理をしているって感じか?」
魔法攻撃陣営の異変に気付いたスターク、ちょうどダミアンもスタークの視線に気づき大声で呼びかけた。
「おい、スターク!今から強引に離脱を図るぞ。そろそろこっちは限界が近い。」
「ああ、そういうことか。りょーかいだダミアン!」
そのやり取りの後、まもなくして船が動き始めた。火力の上がった攻撃を受け、クラーケンキングの動きはさらに遅くなっている。船とクラーケンキングの距離が少しずつ開いていく、脚の攻撃が届かなくなり、これでうまく逃げきれそうだと思ったその時、クラーケンキングが複数の脚を海面にたたきつ付け始めた。狙ってやっているのかわからないが、特定周波数で共振させるがごとく瞬く間に波が強くなる。
「おいおい、これは。。。」
ダミアンがバランスを崩して思わず船につかまる。
「なんか戻されていません?」
シンイチの指摘の通り、船が波で押し戻されクラーケンキングと再び距離が縮まっている。再びクラーケンキングの射程距離に入り、脚での攻撃が始まってきた。
「今まで聞いたことがなかったが、まさかこんな動きをするなんてな。よほど、俺たちを逃がしたくないのか、、?だいぶ恨みを買ってしまったようだな。。さて、どうしようかニーア。何か手はあるかい?」
「そうね、、スターダストラッシュが使えればいいかもしれないけど、まだ意図的に発動できないし。。もう一度確認するけど、近づければあなたの物理攻撃の手段はあって、本体にも物理攻撃のダメージは通るのよね?」
ニーアがスタークに確認する。
「ああ、両方ともYESだ。だが本体までは海上20メートルくらいはある、さすがにジャンプでというのは厳しいだろう。海の上を歩くスキルでもあるならいけるかもしれないけどね。」
「それはこっちで任せて。おーい、シンイチー!」
ニーアが大きな声でシンイチを呼ぶ。
「本体までの道を作って!安定した足場をよろしくね!」
それを聞いて意図を察したシンイチ。先ほど、ロザ―ティアが操舵室から戻ってきて先頭に復帰した。
「お二人は攻撃を継続してください。」
そういうと魔力を練って海に向かって魔法を放った。
「フローズンストライク!」
瞬く間に海が凍り、幅数メートルの道が出来上がった。そして、シンイチはすぐに別の魔法に向けての準備を始める。
「できたわよ、道。本体への攻撃は一撃の火力が最も高そうなスタークさん、お願いね。」
ニーアが笑った。
「氷属性の上級魔法か。ああ、これなら足場としていけそうだ。しかし、この8本脚の攻撃はどうする。僕がいないと溢れた足が船を攻撃するかもしれない。そうすると船が壊されてしまう。今の魔法部隊の疲労度だと、このスピードに対抗して迎撃できるとも思えないが。。」
「大丈夫、私たちが何とかするわ。ユータあなた、もう一本任せるわよ、他は私がなんとかする!」
ニーアが力強く言う。ユータは驚いてニーアの顔を伺ったが、その眼は冗談を言っている様子はなかった。そしてすぐにニーアは集中力を高めていく。
スターク自身、脚4本を一人でしのぐのもかなりしんどいかったというのは痛感していた、6本の脚を一人でさばき切れるとはとても思えなかったが、選択の余地はなかった。出来るだけ速く本体を叩きニーアのダメージを減らしてあげることが自分にできる最善の行動だろう。スタークはそう判断して、ニーアとユータに後を託し、本体を目掛け一気に距離を詰めていく。一本の脚がスタークに狙いをつけて襲ってくる。シンイチが作ってくれた足場を壊させるわけにはいかない、そう思いスタークは斧の投てきスキル、ヘヴィトマホークで撃ち落とす。その攻撃を退け、さらに接近していくと、今まで防御に徹していた2本の脚が橋を壊そうと振り下ろしてきた。その瞬間、後ろからダミアンとロザーティアの援護射撃、2本の脚が一時的に無力化される。2秒ののちにすぐ再生したが、スタークがクラーケンキングを射程距離に捉えるには十分な時間だった。
「グランドスマッシュ!」
高く飛び上がり、スピードをのせ大きく斧を振り下ろした。回復した2本の脚が防御してきたが構わず振り切った。斧の斬撃とともに土属性魔法の攻撃、巨大な岩が同時に叩き込まれた。
手ごたえはあった。かなりのダメージを与えたはずだが、まだ動けるようだ。
「クロスアタックガンマ!」
クロスアタックという2回斬撃を十字状に斬り付ける技のの3連撃である。これも本体に直撃しダメージを与えているが、とどめを刺すまでは至っていない。2本の腕が回復し、スタークを狙っている。防御しなくてはならないのだが、スタークは大技繰り出した後の反動によって体が重く、思うように動かせない。
「シンイチー!今よ!」
「わかってるよー! ダークフレア!」
その瞬間、クラーケンキングの頭上に黒い闇が広がり、たちまちクラーケンキングを包んだ。スタークが必死に距離を取るが、相変わらず体の自由が戻っておらずこれ以上動くのは難しいだろう。黒い闇に包まれた中で無数の爆発が起きているような音がした。
不意にスタークは体が持ち上がり、クラーケンキングから離れていくことに気づいた。ニーアがいつの間にかスタークを抱えて氷の道を走っていた。後ろから物凄い衝撃が伝わってきた。氷の道も破壊されて追われている。あそこにいては確かに巻き添えを食っていただろう。
船に到着した時にはクラーケンキングの姿はなく海も静寂を取り戻していた。
「終わったか。」
スタークの顔にも安堵の笑顔が戻った。
「さすがSランク冒険者ね。スキル2発で、Sランクモンスターの体力を3割以上削るなんて。」
ニーアが笑いを含んだ声で言った。
「お褒めの言葉かい、光栄だね。それよりも最後のあの魔法。いや、君は6本の脚の攻撃をしのぎ切ったのか?無傷で!?」
「ふふ、まあね、ケガしなかったのは運が良かったからかしらね。6本担当すると言っておきながら、最初一本はスタークさんの方に向かってしまったし。」
「あの状態からよく倒せたな。」
ダミアンがニーアとスタークに近づいてきてつぶやいた。その後ろにはロザ―ティアとシンイチも来ていた。魔力豊富なシンイチもさすがに疲れた表情を浮かべている。
「クラーケンって、タコのモンスターじゃなかったでしたっけ?でもこれってイカだよね。」
「そうね、実際にまじかで確認した人がいなかったんじゃないかしら。多足の海の巨大モンスターという姿を見てクラーケンって名前を付けていたのかも。」
「そうだね、近くで見た人は生きて帰れていないようだからね。因みにクラーケンの名前を関するモンスターは他の海域にもいて、あと2体いるよ。」
「あいつのせいで、レフージョカとオスティアを往来している船が何隻も沈められたと聞く。クラーケンキングの討伐はすばらしい偉業になるな。」
「そう、それは良かったわ。今は確かその航路は運航できていないって聞いたけど、再会できるかもしれないわね。ユータ、Aランクに上がるのに必要な条件満たせそうよ。」
ユータは笑顔ながらも、いやいやと首を横に振っていた。
暫くの休憩の後、クラーケンキングの素材(本体は暗黒魔法で焼き払ってしまったので残っていたのはゲソばかり)の回収をし、クラーケンキングに破壊された船の補修・点検など再度帰るための準備を始めた。幸い船には大きな損傷はなく、スムーズに出発することができた。みんなボロボロだったため、ほとんど寝て過ごしていたが、幸いにもその後は平和な航海となり、夜が明け、正午過ぎ、ようやくオスティアの港に戻ってくることができた。
「やったー、やっとついた。陸が恋しかったよ。」
シンイチがはしゃぎ、それを見て、ロザーティアが笑っている。ダミアンとニーアが何か話しながら下船していく。
それに続こうとしたとき、ユータがスタークに話しかけてきた。
「スタークさん、あの、言おうか迷ったんですが、実はクラーケンキングとの戦いの最後、僕は2本の脚を任されたのですがしのぎ切れず10秒と持たずに吹き飛ばされてしまったんです。なので、ニーアさんはほとんどの時間、2分弱くらいでしょうか、一人で8本の脚を捌いていました。」
スタークは改めてニーアの後姿を見つめた。腕に鳥肌が立っているのを感じる、Sランクになって長いこと経つが、他の冒険者に恐怖を覚えるのは初めての体験であった。




