第ニ話 検証、再来
異世界での記憶が戻った藍は、シャワーを浴びながら他にも異常はないか隅々までチェックをした。しかし、幸い他には特に大きな外傷はないようだ。大けがをした記憶は多々思い出したが、その都度、仲間の賢者が回復魔法をかけてくれたので傷が残るようなことはなかったのだ。
この横腹の傷が残っているのは、魔王討伐後、みんなMPが尽きてボロボロになりながらお城に戻ったため、全快するまで回復ができなかったためだ。帰り道の道中、動けなくなりモンスターにやられそうになったところを王国の騎士団に助けてもらったっけ。
そのあと、王様に報告をして、凱旋のパーティをしてもらって、、というところまでが思い出せた記憶だった。
勇者をやっていた時もこっちの世界の記憶があって早くこの世界に戻ることを目標に頑張っていた。
慣れない頃は陰でよく泣いていたことも思い出す。
シャワーを浴びた後、離れの部屋に入り向こうの世界でできたことをいろいろと試してみることにした。向こうで負った傷跡が残っているということは、ほかにも何か現実に引き継がれていることがあるかもしれないと考えたからである。
まずは、
「ステータスオープン!」
そう声を発すると目の前の空間上に見慣れたウィンドウが表示された。
RPGゲームのように自分のステータスが表示されている。
やっぱりね、思った通り出てきてくれたよ!と絶叫したくなるほど心の中で歓喜した。
どれどれ私の強さはと、、ステータスの詳細を眺めていく。
「レベル10、HP:100、MP:40、力:15、速さ:16、守り:12、魔力:10、精神:10」
あれっ?私のステータスこんなに低いの?!
確か、向こうの世界にいたときには、最後はLV99まで上げてカンストしていたはずだ。
LV10とはまたずいぶんと初期まで戻っているような。。ゴブリン2、3匹をようやくソロで討伐できるくらいのレベルだろうか。とはいえ、現実世界ではLv10がどれくらいすごいのかよくわからないところである、この辺は今後、検証が必要だろう。ふと、今日の体育での出来事を思い出した。そうか、もしかしてこれのせいで何かしらの補正が乗っていたということだろうか。もしも以前の自分がLv1だったとすると、Lv10になって好記録を連発できたというのもつじつまが合う。元々の自分の能力より高くなっているのは確かなようだが、人間離れしてチート能力を手に入れたというほどではなさそうだ。
「まあ、レベル10だしな。」
と独り言をつぶやいた。もっとレベルが上がればもしかすると、という希望もなくはないだろう。気を取り直して、その他のスキルをチェックしていく。どれどれっと、
「剣技(スラッシュ、ダブルスラッシュ、エンハンスドスラッシュ、2段切り、エアスラッシュ、ライトニングスラッシュ、(ユニークスキル)剣の舞、・・・)」
「魔法(ヒールウォータ(Lv10)、キュアウォータ(Lv5)、ライトニング(Lv10)、ギガライトニング(Lv10)、エクスライトニング(Lv10)・・・」
称号
「勇者、剣姫、ドラゴンスレイヤー・・・」
資質
「剣の資質、魔法の資質、水の加護、雷の加護、風の加護、・・・」
スキルや称号、資質は向こうの世界のものが全て引き継がれているようだ。向こうの世界は、RPGゲームとよく似ていて、ジョブと言われる職業を選択し、レベルが上がるにつれステータスが上がり、強くなる、その過程で職業に関連したスキルを獲得することもできるというシステムであった。
藍は下級職から始まり、何度かジョブチェンジを経て上級職まで成長を積み重ねていた。そこで覚えたスキルや得た称号が全てが網羅されているので思わずうれしくなる。
ただし、現実の世界で資質や加護、スキルが役に立つのかわからないけど。。。
称号はまず意味がないだろう。異世界でも実効的なステータスアップとかはなく、功績に敬意を表して二つ名でそう呼ばれるくらいだし(しいて言うなら、名が通っていると不届きな冒険者に絡まれなくなるくらいがメリットだろうか)。
スキルや魔法についても、ウィンドウ上でスキル名がグレーアウトしているように見える。消費MPが今の最大MPを超えている、そのためMP不足で使えないということだろう。スキルの中にはMPを消費せずに体力さえあれば発動できるものもあるはずだが、そう言ったスキルも同様に使えなさそうに見える。こっちの世界では向こうのスキルは使えないということなのだろうか?
確かに現実世界で剣とか使う機会はないし、剣技も何もないかという気もする。魔法が使えたら面白かったのに。。
それにしても、、、改めてステータス画面を確認していると各スキルや魔法の消費MPが随分と増えていることに気づいた。各スキルによって増加量に幅があるものの、およそ2~10倍くらいの増加だろうか、身体強化魔法でMPを50も消費するとは。。向こうの世界だと半分以下で使えていたはず。しかし、ここでふと思いなおしてみる、消費MPが変わっているということはその条件を満たせばこちらの世界でも使用することができるということじゃないだろうか。元々使えないなら消費MPを変える必要はない。そう考えると希望が出てきて、少しテンションが上がった。その希望に興奮してなかなか寝付くことができない藍であった。
翌日の火曜日から金曜日までの4日間は、なるべく目立たず、大人しくするように心がけ学校生活を過ごした。その間、自分の今の能力をいろいろ試してみたかったのである。授業が終わると病み上がりを理由に習い事を欠席しすぐに帰宅し、ランニングや、筋トレをすることで体力測定のようなことを一人していた。その結果、フィジカル面では、昔の自分や一般的な同級生のパフォーマンスを著しく超えていることを確認できた。疲れにくくなっていたり、トップスピードの上昇、筋力の上昇とまさに力が湧いてくるような感覚を実感できた。やはり月曜日の体育の授業で出した記録はたまたまではなく、出るべくして出た記録ということのようだ。とはいえ身体能力的には全中レベルなので、人間離れしすぎているということはないだろう。それでも、簡単に町のスターになるくらいは可能なレベルといえる。元の運動神経が特別よかったわけでもなくごく普通だったので、この程度で納まっているのであって、元々運動神経の良い人であればもっと高いレベルに到達していたのかもしれない。
今の状態だと、一般の大人に勝てるほどの力があるかというと微妙なところで、女性同士ならともかく、男性の大人に勝てるほど力が上がっているようには感じなかった。
ただし、今後何かしらのスキルを使えるようになったあかつきには、もしかすると、という希望はあるかもしれない(今はまだ使えないけど、、きっといつかは、、)。
頭脳についても、能力が上がっていると実感できる(計算が早くなっているとか、記憶力が良くなっているという点)が、まだ習っていない数学の問題が解けるようになっているとか、知識として何か増えている訳ではなさそうだ(正確に言うと異世界の知識は増えているわけだが、、)。
体力的な能力もさることながら、頭脳的な能力向上はかなりありがたかった。
これで勉強をあまりしなくてもよい成績が取れそうである。(いや、むしろ、もっとしっかり勉強したら学年トップも夢じゃないのでは?と思ったり、、)
まあ、それはなんかインチキしているみたいで後ろめたいからあえてしないのよ、
といった言い訳をして自分の中で消化したのだった。
能力アップの確認に気を取られ注意がおろそかになっていたが、日がたつにつれ、指輪の光が強くなっていることに気づいた。幸いというべきか、他の人には気付かれない(そもそも見えていない)ようなので藍自身もあまり気にしていなかったというのが実情である。
金曜日の授業を終え、無事に退院後の最初の学校生活を乗り切った。初日の体育の授業こそあやしかったものの、そのあとは誰かに異変を気付かれることなくやりすごせているはずだ。陸上部の中でちょっとした話題の人になっているらしいが、それくらいなら放置しておいてもかまわないだろう。特に副作用もなく体調も健康そのものである(お腹の傷は触ると少し痛むという後遺症?はあるが。。。)。
一週間を無事に終え、いろいろ気付かれないよう気を張っていたせいか、家に帰ってほっと一息つくと、体にだるさが広がっていくのを感じた。
「はあ、やっと一週間終わったか。自分の力を抑えるのって意外と大変なんだなー、いろんなところに気を使わないといけないし。」
ソファーの上で寝転んで一人呟いた。そのあとすぐに弟の慎一が帰ってきた。
「あれ、藍ちゃん何やってるの?もしかして具合悪い?」
ソファーでぐ打ついている姉を見て声を上げた。心配性な弟だなあと一瞬思ったが、ほぼ丸四日間昏睡状態で寝込んでいて、退院してからまだ一週間も経っていない身だから気を遣うのも仕方がないかとも思った。
「ん、大丈夫よ、心配してくれてありがと。ちょっと休憩してただけ。」
そう言って体を起こす。そのあと暫くの間、心配をする慎一に監視されていたが、何も異変がないことをようやく分かってもらうことができた。
パパも帰ってきて、家族みんなで夜ご飯を食べた。ママはどうやら来週からまた海外出張らしい。私が目覚めないということで急遽帰国し、この一週間は在宅勤務に変更して家にいてくれたが、子供の体調も問題なさそうと判断したようだ。申し訳なさげにごめんね、と言われたが特に気になってはいなかった。むしろ弟の慎一が小学6年生だというのに、ママがまた出張に行くと聞いて、小さな子供のように寂しがり、甘えていたのが何とも情けない光景であった。一方で自分は、残念な気持ちはあるものの、そうなんだ、という程度の冷めた感情しかわかなかった。ふと、そんな家族のだんらんを冷静に、第三者的な視点で見ていることに気づく。まあ、思春期の中学生ってそんなもんよね、などと自分を納得させた。ぼんやりと眺めていたので、パパが心配して声をかけてくれた。
「藍、どうした、ぼーっとして。どこか具合悪いのか。」
「ううん、大丈夫、大丈夫。体調はむしろ良いくらいよ。体育での私の100m走のタイム、マジで凄かったんだから。それよりも、こら慎一。赤ちゃんじゃないんだからいつまでも甘えてるんじゃないの。ママだって仕事なんだから仕方ないじゃない。」
藍がそう言うと、慎一がキッとこちらをにらみ返してきた。さっきまでは姉の体調を心配してくれていたのに凄いギャップである。慎一が小学校高学年になったくらいから、力負けすることもあったけど、覚醒してステータスアップしている今の私ならば、取っ組み合いのけんかになっても負けないはずだ。しかし、慎一は睨んだあと、すぐに目をそらしふてくされるような顔をしていた。退院したて(実際、病気やけがはしていないが)の姉を気遣ったのだろう、性根の部分ではやはり優しい子である。
夕食後、勉強をして、寝るための準備を済ませてテレビを見ていたが、疲れを取るべく普段より早めに布団にもぐった。隣で慎一がすでに寝息を立てている。一人部屋が欲しいと言っているのだが、2LDK の狭い我が家のためそれもかなわない。中学生になっても未だに家族が横に並んでいわゆる川の字で寝ているのだった。子供部屋も弟と同じ部屋とかヤバい気がする。部屋が狭いのでベッドも置けず、比較的広いもう一部屋を家族の寝室として使っていた。弟の慎一も来年は中学生だし、もっと広い家に引越ししてほしい、そして念願の一人部屋をと訴えているのだが。。
パパは世間一般に認知度が高い日本有数のIT企業のエンジニア、ママは外資系の商社に勤めているので、きっと貧乏ではないはず。二人とも海外出張が多く、家の狭さを気にする暇がないのがこの問題の根本原因と推測している。
この能力を得たことで、今後、何をしていくべきなのか、何か正しいことに役立てられないだろうか、などと考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
目が覚めると見慣れない白い天井と豪華なシャンデリアが視界に飛び込んできた。ここはどこだろう、体を起こすと大きなベッドで寝ていたようだ。
あたりを見回すとすぐに記憶がよみがえってくる、そうだ、ここはお城だ、異世界のセルディス王国の王城。魔王を討伐したあと、お城での祝宴があって、そこでみんなヘロヘロになるまで大騒ぎして、それから寝室に案内されたのか、、、?
最後にこの寝室にどうやってきたかは記憶があいまいだが、その前までの記憶ははっきりとしてくる。その記憶と混在するようにこの一週間の現実世界での出来事も思い出した。一体、どうなっているのか、、べたなことと思いつつも頬をつねってみると確かに痛い。てことは現実世界に戻っていたのは夢だったのだろうか⁉
いや、でもお腹の傷跡を触った時は痛かったような。。
そもそも最初はどうやってこっちの世界に来たのだろうか。事故で亡くなって転生?、それとも召喚の儀か何かで転移だったか、、そこは靄がかかったように思い出せない。
そんな考えを頭の中で巡らせていたところ、ベッドの中でもぞもぞと何かが動いている。少しぎょっとしたが、冷静さを保つよう努めながら思い切って掛け布団をはがしてみた。
すると、そこには幸せそうな寝顔を浮かべる弟の慎一の姿があった。